花火大会当日の巻:終 それぞれの帰宅

 ステファニーさんは、

 忠と手を繋いで家路に向かう途中。

 忠を心配したのもあるが、

 彼女自身のことも彼が守ってくれたのだという事実がすごい嬉しくて。

 なんとかそれを表したかったのだが、わっと抱きつくことも出来ないし、

 いきなりキスしたりするわけにも行かないし、と色々考え込んでいた。

「ステファニーさんどうかしました?」

 ちょっとだんまりが過ぎたかも知れない、忠は思案に耽っている彼女を見て訊ねた。

「あ、ううん、その、何でもないの。

 でも何でも無いって訳でもないか……」

 ?という顔の忠。

「あのね、さっき先生にも怒られちゃったでしょう?」

「ああ、そうですねさっきはありがとうございました」

「ううん、そうじゃなくて、言い聞かせるなんて言っちゃったけど、

 私も忠さんに助けて貰ってその、川瀬さんと村田さんと同じか、

 それ以上に感謝してるの。でね、どうやってこの気持ちを伝えたらいいかなぁーって」

 少し上を向いて、忠の顔を見て笑う彼女は、

 いつもの笑顔とちょっと違って甘い笑みだった。

「そ、そんないいですよ。十分気持ちは伝わってますから」

 忠が彼女と繋ぐ手に力が入る。

 花華さんには大人なこと言ったけど、こういう時は私もお姉さんとしてじゃなくて、

 女の子として対応したほうが良いよね。とステファニーは考える。

「んーそれじゃあ、忠さん、お家までちょっとしかないですけど、

 もう一度さっきの肩車お願いします!」

 花火大会の喧噪からは徐々に離れつつあって、同じように帰路を行く人たちがいっぱいる。

 ゴブリン族と人間の家族は忠と同じように手を繋いだりして帰って行っている人が殆どだが、

 人の子供と、ゴブリン族の子供達はそんな中に混じって

 肩車して貰って帰っている人も居ることは居るが。

「肩車ですかぁ、まぁそれなら。そんなに気に入ってくれたんなら嬉しいですけど」

 と忠は言って、頬を掻きつつどうして肩車? と思いつつも、屈んで、

 はい行きますよーと彼女が跨がるのを待って立ち上がった。

「よっと。これでいいですか? ステファニーさん」

「はいっ、ありがとうございます。ふふふ、これなら気兼ねなしに~」

 忠の頭を彼女は優しく抱え込んだ。

 抱え込むというか身長差を鑑みると抱き込む、に近いかも知れない。

 当然忠の頭の後ろにステファニーさんの一番柔らかい部分と、

 頭頂部に彼女の顔もくっつく。

「す、すす、ステファニーさん!?」

「あら、今更慌てても遅いですよー。もっとぎゅってしちゃいますよ?」

 とびきり優しい声で耳元で囁かれて忠は気が気じゃない。

「だって、忠さん頑張ってくれたんですから。

 感謝したくて頭をこう撫でてあげたくても私の背じゃ出来ませんし――」

 いいつつ忠の黒髪を彼女の小さい手が撫でる。

「――それにありがとう、って抱きしめるのも人前じゃ恥ずかしいんですもの」

 小さい声でいいつつ今度はふわりと抱きしめる。

「で、でもあの、当たってますから!! その……胸と……か」

 上からだと忠の表情は見えないがきっとものすごく照れてて、

 可愛い顔をしているのだろう。

 でも、だけど、こんなこともたまにはいいでしょっ?

 柔らかくその肩から上に身を任せて、

「……今は、いいの。私も可愛い女の子二人に妬いちゃったのかも知れません」

 とおどけた。

 忠は鈍い男ではないから、これが女性としてステファニーさんが、

 僕に、その、なんていうか、甘えてくれている!? と言うことにまでは、

 なんとか気付いたけれども、それ以上の行動は不可能になってしまい。

 彼女が落ちないよう、バランスを取って脚を掴んで、

 ゆっくり家路を急ぐことに集中するしか無くなってしまっていた。

 しばらくして住宅街に差し掛かる頃になると花火雲が晴れてゆき、

 夜空から星空が覗く。

「忠さん、まだ緊張してるんですか? ねぇ、上を見て下さい」

「え、わあ。綺麗な空」

「ですよね、忠さんのおかげでちょっと空に近くて嬉しいです。

 この夏皆さんと一緒にいろいろな所に行けると嬉しいなぁー」

 忠はようやく、頭上のふわふわ感にも慣れてきて。

 遠慮がちに夜空を仰ぎながら、

「そうですね。僕も楽しみです。ステファニーさんと色々なところ行くの!」

「ふふふ、そうだ、忠さん、折角だから聴いちゃいますけど、

 忠さんは川瀬さんのことが好きなのかしら?」

 いきなりの質問にややビックリしながらも、彼女のいつもの優しい声音なので素直に答える。

「え、うーん、その、まだ。上手くいくとは解りませんけどね」

 苦し紛れだったが。

「そうですかー。だったらー、私が割り込む隙はあるかなっ?」

「えっ!!?」

 彼女の告白に驚き上を見上げようとしてしまい、

 胸がむにゅっと頭に当たって慌てて下を向く。

「私だってー女の子なんですよー、

 さっきみたいにカッコイイところ見せられたらドキっとしちゃうものです」

 ふふふーと彼女は笑い混じりに言うが何処まで本気なのか解らない。

「だから、この夏は私ももっと、忠さんと。花華さんと、仲良くなれるといいなって!」

 彼女の顔は見えないが、きっととびっきりの笑顔なんだろう声がした。

 花華の名前が出たから、仲良くに他意がないだろう事に一安心だけど、だけど。

 そわそわした。

 やはり彼女は大人の女性だなぁと忠は思った。


 そんなこんなで、家の近くまで行くと、

 家の前には浴衣姿の花華と……見知らぬ男がいた。


 ――その数分ほど前。

「芹沢、家まで送ってくよ」

 安達は花華との花火大会を終え、帰り道花華を送って彼女の家近辺まで来ていた。

「もう、この辺でいいよ? まだそんなに遅くないし」

 カラカラと下駄を鳴らして、どこか恥ずかしそうに花華は安達に呟いた。

「ま、まぁ一応送らせろよ。カッコつかねぇだろ?」

 安達は花華の家を知らないので、彼女が隣に居ないと進めない。

 今日は色々なことを話した。

 彼の部活のこと、私の友達のこと。

 思った以上に距離が近くなってしまって、それが結構急だったからかも知れないが、

 落ち着いてみると恥ずかしいし、照れくさい。

 でも彼は見た目に反して優しかったし。

「しょうがないなぁ、家までお願いします」

 と言って花華が手を差し出すと。

「おうよ!」

 と元気の良い返事で誤魔化して、汗だくの手で握って、隣を歩いてくれた。

「ふふ。おかしな返事」

「えー? そうかな? そんなことねぇと思うんだけどなぁ」

「だってお寿司屋さんじゃないんだからっ」

「うーむ。女の子と手を繋ぐのは大変らしいことは今日の教訓だなっ!」

「ははは」

 互いに笑い合う。


「あ、そこの緑の壁の家よ、私のうち」

 二人だと帰り道もあっという間だった。もうお別れかぁ。

「うん。そっか」

 家の前まで行き、ちょっと話す。

「な、なぁ芹沢、お前が良かったらだけど。

 鶴岡八幡宮のお祭りとかも、もしよければ、一緒に――」

「もーう、そのお前ってのやめてくれる?」

 花華は苦笑しつつも、自分としては割と大胆な提案だったかなと思う。

「えっ?」

「私には花華って名前があるんですうー」

「そ、そうだよな。……花華サン?」

「なによ、呼び捨てでいいわよ統――って私も呼ぶからっ」

「わ、解った! 花華が良かったら、俺と鶴岡八幡宮のお祭りも行かないか?」

「うんっ。よろしくねっ! 楽しみにしてるっ」

 にっこりと今日一番の笑みで笑う花華に安達は胸を打たれるのだった。

 ふ、雰囲気が良ければここで、ということがチラリと頭を過ぎる。

 過ぎるが……。


 角を曲がって家の前に居る花華と良い感じの雰囲気を醸し出している男。

 を目撃してしまった忠は、次の瞬間。

「忠さんダメですっ!」

 とステファニーさんに眼を塞がれた。

「わわっ! ステファニーさん!? 前が! あぶないですって」

「あ、あれは、ステファニーさんと、お兄ちゃん!?」

「げ、もしかして俺ってお呼びじゃないスか?」

 あっちゃーと額に手を当てたのは花華だ。どうしたもんだろう。

「花華、俺、お前になんにもしてないよな!」

「う、うん」

 ぎこちなく花華が答える。

「よ、よし。そ、それじゃな! おやすみ。バイバイ!」

「うん、バイバイ!」

 と、その様子を見ていたステファニーさんは忠の眼を塞いでた手を離して胸を撫で下ろす。

「ふぅ……」

「ステファニーさん! 僕だって怒って噛みつきに行ったりはしませんからっ!」

 と忠が物騒なことを言ったところでちゃんと忠の前に安達が来て、

「はな……、芹沢の兄さんっスよね?」

「ええ、はい」

「その、俺、いや僕。安達っていいます。

 はな……、芹沢サンのダチっす。よろしくお願いしまっす!」

 運動部よろしく斜め45度のきちっとした礼を忠はされてしまった。

 頭上のステファニーさんもこれには眼を丸くした。

「こ、此方こそ、よろ、しく」

 忠がそう言うと。彼は頭を上げて、ステファニーさんを見て、

「兄さんはゴブリンさんと仲が良いんっスね! 僕そいういうの好きっス!

 それじゃ! 失礼します!!」

 と言い残して足早に去って行った。

「……あら、彼、良い方ね」

 忠の上でステファニーさんは呟いた。

「……うん」

 忠も頷いたのだった。


 忠は家に入る前に、花華に、

 意外にも良い奴っぽいけどお父さんにはぜったい、ぜったい、

 ぜーーーーったいバレないように付き合えよ! と釘挿すのを忘れなかった。

 花華はビックリして

「まだ、つ、つ、付き合ってなんかないからっ!!」

 と顔を真っ赤にして否定したが、

 その後ステファニーさんと顔を見合わせて笑ってしまった。


 一方、川瀬、村田の両女の子はと言うと、

 二人揃って、思わぬ忠の格好いい一面を目撃してしまい。

 途中まで帰り道が同じだったのでどちらとも照れくさくなってしまい、

 にやにやしながら家に帰っていた。

「なによルナ」

「なによ月子ちゃん」

 へへへー

 と、忠に対する評価は彼の知らぬ所でも急上昇中だった。

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