大漁旗と台風の様子?

 忠と真一が帰ってきたのは日が昇りきった7時過ぎ。ヒグラシの時間は終わって、夏の日差しがじりじりと暑くなってくる時間帯だった。

 車で家の前まで着くと、早苗と花華とステファニーさんと、家族総出で出迎えてくれた。

 花華も起き抜けでは内容で、髪を後ろで一本に縛ってTシャツにキュロットで駐車ポーチまでサンダルで駆けてきた。

「お父さん、お兄ちゃんお帰り! どうだった!? 釣れたー?」

 忠が車からクーラーボックスを降ろすより前に顔を突っ込むようにして様子を覗ってきた。めっぽうな刺身好き、というのもあるのだが、お父さんと二人きりで釣りに行ける、男同士の仲というのがちょっぴり羨ましかったというのもある。

 早苗はそんな様子が解っているから、玄関に片手をついて微笑んでいた。

「うん、今日は割と大漁かなー。波も穏やかだったからね。見てみるー? よいしょと」

 後部座席から大きめのクーラーボックスを下ろすと、重みのあるドポンという音がする。

「あ、ステファニーさん、生のお魚とか大丈夫ですかね」

 花華の隣で目を輝かせているステファニーさんに一応確認を取ると、

「はい、大丈夫です。食べるのも大丈夫ですし!」

 と大仰にワンピースの裾を揺らしてうなずいて、クーラーボックスの蓋を見つめる。

 真一が車から降りて、忠は隣に来るのを待ってから、

「今日の釣果でーす。じゃーん!」

 と、パカリと蓋を開ける。

 一番上に今日一の大物の真鯛が横になって乗っかっていたが、真一の石鯛がその下に泳ぐようにエラを動かしていた。最初に忠が釣ったタコは海水が汚れないようにスーパーの袋に分けて入れられてて、膨らんだ袋にたこ足が張り付いているのが見える。

「これが僕が釣った真鯛、こっちがお父さんの石鯛、メジナ、コハダ。袋のは僕が釣ったタコ」

 もろもろで6,7匹ぐらいで3時間程の釣果としてはなかなかのできだった。

「今日はいいサイズがとれたからなー、僕が釣った石鯛は捌ばいたら町田さんの家に持って行ってあげようか?」

「わーすごーい」

「きれいなお魚がいっぱいですね~」

「あら、それはいいわね、じゃあパパッと腸とか取っちゃうから、お父さんすぐに町田さんの家まで配達してきて、私奥さんに先に電話しておくわ」

「うん、おねがーい」

 パタパタとスリッパを鳴らして早苗は携帯を取りに行った。

 上からのぞき込んで真一は、

「さて、どれから食べたい~? まだ生きてるからね、せっかくだから良いところはお刺身にしよう。ステファニーさんはお刺身は初めてだっけ」

「はい、そういえばそうですね。お話は伺っていましたけどー」

 ボックスを見ていた彼女は上を向いて真一に小首を傾げた。

「まぁ、良い素材のは美味しいから安心して。花華は刺身が大好きなんだよ」

「うん、あたしはコハダがいいな! お寿司でもいいよー」

 実に渋いチョイスなのだ。

「僕はやっぱり頑張って釣ったから真鯛がいいなー」

「じゃあ私も、忠さんが釣った真鯛がいいです」

「よしよし、早苗さんに料理してもらおう。あとお昼はたこ焼きも作らなきゃね」

「たこやきって何ですか?」

 と訊ねるステファニーさんに花華が説明すると、テレビの料理番組で見たことがあったらしく、ああ、あれですね、美味しそうです! と彼女は喜んだ。


 真一が町田さんの家への配達から帰ってくる頃には、あらかた下拵えがすんでいて、花華の要望の通りコハダはお寿司になっていた。見越して早苗が酢飯を作ってあったのだ。子供たち三人は早くも食卓で、早苗はテキパキと調理している。

「これが、お寿司」

 銀色に輝くコハダの背に少しだけ生姜が盛ってある。

 人生初お寿司なステファニーさんはなんともいえぬ期待に満ちた表情で小皿に二貫載せられたそれを早苗から受け取り喉を鳴らした。

「お母さん寿司のできばえは最高ねー。まぁここらに住んでればこそ、釣りが趣味の人がいればこそだけどー、ありがとー」

 花華も受け取ってステファニーさんの隣に座って、

「小さい骨があるかもしれないから気をつけてね」

 とカウンター越しに早苗が促す。

「うん、ステファニーさんは特にねー、はい、お父さんの分」

「ありがとうー」

 忠も早苗から皿を受け取って皆に配り、

「私は立ったままで良いわ、忠、お父さんありがとう。いただきます」

 といって早苗が一番にコハダ寿司を口に放ると「んー!!! おいしー!」

 とじたばたしていた。

 花華はもうお箸の使い方はマスターしているステファニーさんに、

「こうやってちょっとだけお醤油をつけて、ぱくっと。あ、なにも一口じゃないといけないなんてルールはないからね」

「はい」

 こくりと頷きつつ、先行して向かいに座って食べている忠も、彼女と視線があって、花華の説明に合わせるかのように、少し醤油をつけて口に運んだ。

「うん、うまーい」

 ステファニーさんは少しだけおっかなびっくり、どうやら聞いたところではテラリアでは生で魚を食べる習慣は〝かつて〟存在していたようだが、相当昔に星が危機的な状況に陥ってからは滅んだ食習慣だったようだ。

 器用にお箸を使い、一貫を上品につまみ、お醤油を丁寧に少しだけつけて、ちょっと一貫の大きさが大きくてやはり一口でとは行かなかったようなので人かじり、慎重に崩れないように手を添えて口にする。

 もぐもぐもぐ。

「まぁ、不思議な味ですけど美味しいですね。何でしょうか、すこし……甘い?」

「うん、鮮度が良いと酢締めとかをしないし、良い時期だから甘いんだろうねーいやーこれは美味しい。早苗さんありがとう」

 真一は魚の状態が良いから美味しいという話をしつつも、妻の料理の腕を褒めていて、忠と花華は目配せしてやれやれと微笑む。

「ステファニーさん、お口に合って良かったです。これなら江ノ島にしらす丼とかも食べに行けそうー」

「花華は色気よりも食い気だなー。でも、ステファニーさんがお魚好きになってくれたら嬉しいけれど」

「はい、私これなら食べられそうです。忠さんとお父様が釣って、お母様が料理してくれたらなんでも美味しいような気もしますけどね!」

 はははと笑い合いながら、お昼には少し早い時間だったけれど、鮮魚のお寿司とお刺身を満喫して、その日のお昼はお好み焼き粉を買ってきてのタコパだった。

 たこ焼きにも目を輝かせる彼女だったが、こちらはこちらで生ものとは違って美味しいといってくれた。

 家族団欒でお昼を食べ終わって、卓上たこ焼き器をお掃除していると、

 テレビでは天気予報が流れており……

『――なんと、我々日本人からすると、大変ありがたいことに、今年はテラリアが太平洋上にあるため、太平洋沖、赤道付近の海水温の上昇が避けられているため、台風の発生数が抑えられると同時に、危機的な災害をもたらす規模の所謂スーパー台風などの発生の懸念はないようです――』

 と、お天気キャスター。

「ほほー、これはいいね、去年もすごい台風あったからねぇ」

 真一が旅行の都合もあって気にする素振りですこしテレビの音量をリモコンで上げる。

『日本の位置ではやはり真南の沖縄方向からくる台風の頻度はそこそこと思われますが、最新のスーパーコンピュータによる予想ですと、かつての江戸時代あたりの夏のように夏でも天気雨や長雨が降ることが予想されます。かといって、冷夏になるかというと、太平洋高気圧自体はテラリアの大気を共有して発達している部分もあるため強力で、平年並みの気温になると予想されます。本日も猛暑日になる地域もあり、水分補給はお忘れなく――』

「なんだかテラリアは地球温暖化対策にもなりそうなんだねぇ」

 忠が独りごちた。

「ふむ、星が墜ちてきて大災害が起こるどころか良いことずくめか。人類にとってはゴブリンさんたちはありがたい宇宙人ってことだね」

 せっせとたこ焼きの後片付けを手伝うステファニーさんに目を合わせ真一はありがたそうにそう言った。

「ゴブリンさんたちってすごーい。こーんなにかわいいのに! 地球のことまで考えてくれるなんて!」

 花華はいつも通りの感じでステファニーさんを讃える。

「ふふ、皆様ありがとうございます。お邪魔させていただいているのに。でも星が、悪さをしないところに着落してくれたのは良かったです」

「いやいや、ステファニーちゃんは地球のことも、あたしたちのことも考えてくれてるし、こちらこそありがとうよ~、さて晩ご飯もお魚御膳だから張り切って準備しなきゃねー」

 早苗はにこにこと腕まくりして晩ご飯の準備に取りかかる。

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