第47話 もう詰んでないか……?

 プロポーズ事件から三日が経った。


 優司と朝倉すばるは気まずくなるどころか、今まで以上にSNS等でやりとりをするようになった。

 デート前の一ヶ月、全くやりとりが途絶えたのが嘘のようだ。


 会話の内容はどれも他愛のない物だが、それが逆に俺の焦燥感を煽る。

 どうすれば優司に朝倉すばるを諦めさせる事ができるのか。


 いっそのこと、実は彼氏ができたとか、そういう事にしようかとも思ったが、優司のプロポーズの内容を考えると、今更その程度で引いてくれるとも思えない。


 これ、もう詰んでないか……?


 そんな考えが頭をよぎるが、こんな時に限って中島かすみは写真集の撮影だとかで海外にロケに行ってしまうし、稲葉に至っては全く連絡が取れなくなってしまい、どこにいるのかもわからない。


 ただ、稲葉の場合は高校の頃から度々そんな事はあったし、いつもしばらくしたら五体満足で帰ってくるので、今回もそこまでは心配していない。


 強いて言うなら、どうせまたしずくちゃんに拉致られてるんだろうと思っていたら、しずくちゃんからお茶会に誘われて、しかも彼女の様子を見る限り、どうも稲葉はしずくちゃんに攫われた訳ではなさそうな事が気がかりではあるが。


「まさかのセクハラと八つ当たりで誤解と謀略を図らずも暴いちゃうミーアは今週も色んな意味でキレッキレでしたね! 本当はマチルダ捨てて他に行こうとしてたのに……」


 しずくちゃんは楽しそうに今週のどろヌマの感想について語る。

 もし稲葉を囲っているとしたら、しずくちゃんの性格を考えて、こんなのん気に俺と一真さんと須田さんと四人でお茶会なんて開いているはずがない。


 さて、それにしても、本当にどうやったら優司を円満に諦めさせる事ができるだろうか……。


「すばるさん、今日は迎えに行った時から難しい顔をしてますが、何かあったんですか?」

 しずくちゃんと須田さんがどろヌマの話で盛り上がっている横で、一真さんが俺に尋ねてきた。


「いえ、そんなに大した事ではないので……」

 女装がばれたら弟にプロポーズされて困っている。とはとても言えない。


「話すだけでも楽になりますよ?」

「いえ、本当になんでもないので……」


 笑ってごまかしながら、何か変に深読みをされても困るので、今はこの場を乗り切ろうと考えようと考える。

 一真さんと二人で話していると、うっかりボロを出してしまいそうな気もするので、左隣の一真さんから右隣に座っているしずくちゃんに目を向ける。


「そっかぁ、クロンカードはグッズとして売られているのに、ももカードは売り出されていないのね。あれも可愛いのに」

 どうやらしずくちゃんは、須田さんとカードマスターももの話をしているようだ。


 クロンカードとは、作中で主人公のももが集める事になった魔法のカードなのだが、作中では後にももが完全に自分の物にし、ももカードとなる。

 デザインも重厚な古めかしい物から女の子らしい可愛い物になる。


 クロンカードについては過去に二回、アニメが初めて放送された頃と、再びブームになった最近に商品化されているが、ももカードは一切されていない。


「作中でクロンカードからももカードに変わるタイミングでステッキも変わるし、どうせならそっちも欲しいよね~」

「そう! あの新しい杖可愛いですよね!」

「前の方も趣があって良いですけどね」


 二人の話に俺が割り込めば、しずくちゃんも須田さんもそうだそうだと話に乗っかってくる。

 その後トークに火が付いた俺は、カードマスターももの魅力を気が付けば夕方まで夢中になって二人と話していた。


 そろそろお暇しようという段になって、途中から全く会話に入ってなかった一真さんの事を思い出し、慌てて振り向けば、

「ああ、やっと終りましたか」

 と悟りを開いたかのような穏やかな顔で言われて、非常に申し訳なくなった。


 自分が輪に入れないような話題で周りの人間が盛り上がり、楽しそうな場面で一人ぽつんと孤立を強いられる辛さを、俺はよく知っている。


 だというのに、まさか自分からそれを他人にしてしまうなんて、稲葉だったらしずくちゃんもろとも布教してやるぜという気になるが、一真さんはそもそもアニメ自体に興味がなさそうだ。


 今日は部屋も隣だからと、しずくちゃんの家までの送り迎えは全て一真さんがやってくれる事になっている。

 帰りは車内に二人きりかと思うと気まずい。


「今日は随分楽しそうでしたね」

 だから帰りの車内、一真さんにそういわれた時も、やっぱり寂しかったに違いないと俺はすぐに察した。


「すみませんでした!」

「……どうして謝るんです?」

 俺が謝れば、一真さんは不思議そうに尋ねてくる。

 

「私、自分の好きな事の話題になると周りが見えなくなってしまって、延々自分の知らない話で盛り上がられてもつまらなかったでしょう?」


「ああ、そんなことですか。気にしなくて良いですよ。須田さんとしずく嬢の相手で慣れてますし」

 俺が答えれば、一真さんはようやく合点がいったという様子だった。


「でも、疲れたでしょう?」

 しかし、慣れているからといってそれが辛くない訳でもないだろう。


「いえ………………やっぱり疲れたかもしれません」

「でしょう?」


 一真さんは否定しかけた後で、やっぱりと俺が言った事を認めた。

 やはり一人話に入れなくって寂しかったらしい。


「なので、すばるさんが慰めてください」

「ええっ……」

 しかし、直後に言われた言葉に、俺は面食らった。


「ふふっ、すばるさんは何をしてくれるんでしょうね」

 楽しそうに一真さんが言う。


 これは、悪いと思うなら誠意を見せろということだろうか。

 だとして、何をすれば良いのか。


「うーん……」

「駐車場に着くまでに決めてくださいね」

 俺が長考に入ったと見ると、一真さんはリミットを設定してきた。


 これは、どうするのが正解なのか……。

 というか、この人実はただ俺にこの難題をふっかけて反応を楽しんでいるだけじゃないんだろうか。という考えもよぎったが、時は既に遅かった。


 一真さんがマンション住人用の駐車場に車を止める頃、俺はある答えに達した。

 別に、何か大した事をする必要はなくて、ただ相手をねぎらうという意思を示せば良いんじゃないかと。


「それで、すばるさんは何をしてくれるんですか?」

 ニコニコしながら一真さんが俺に尋ねてくる。


「じゃあ、ちょっとこっちに来てください」

 そう言って俺は一真さんを手招きして近くに呼び寄せる。


「よしよし、がんばったね。えらいえらい」

 言われるがままに俺の目の前にやってきた一真さんの頭を撫でる。

 以前、似たような状況に置かれて拗ねた稲葉に膝枕しながら頭を撫でたら元気になったので、一真さんにもやってみる。


「……膝枕はないんですか?」

 一真さんは最初きょとんとしていたが、少しするとニヤニヤしながら俺に尋ねてきた。


「ありません! あれは稲葉だけです」

 一応稲葉は彼氏という事になっているので、こう言っておけば言い訳になるだろう。


「それは残念です」

 全く残念そうじゃない様子で、面白そうに一真さんは笑った。

 何がおかしいというのか。


 それから部屋の前まで一真さんに送ってもらった。

 鍵を開けようとして、既に開いていた事に違和感を覚えた。


 はて、今日は部屋を出る時に鍵をかけ忘れたのだろうか。

 記憶も曖昧で、かけたような気もするし、かけなかったような気もする。


 気になった俺は、そのままリビングに進んだ。

 泥棒などに入られていないか、家の中を一通り見て確認しなくては。


 まだ外が明るいのでカーテンをしていても、電気のついていない部屋の中はうっすらと把握できる。

 だから、リビングの椅子に腰掛けた人影もすぐに把握できた。


 心臓が止まるかと思ったが、せめて相手を確認しなくてはと思い、電気を付けた。

 椅子に腰掛けているのは、深刻そうな顔をした稲葉だった。

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