第2章 恋と敵と恋バナと
第9話 キャラ違いすぎだろ
高校時代、稲葉は主に四人の女子から迫られていた。
一人目は自称将来を誓った仲だという一宮雨莉。
二人目は自称婚約者の当時十二歳だった木下しずく。
三人目は自称許婚のクラスメイト、中島かすみ。
四人目はフィアンセらしい当時二十歳だった女の人。この人については俺は実際に見た事がないので聞いた話だが、この人もたぶん自称だろう。名前は知らない。
稲葉は高校時代、主にこの四人に迫られ、昼ドラさながらの日々を送っていた。
というのが俺の認識だ。
しかし、今日俺が稲葉本人にその話題を振った所、どうも事実は少し違うらしい。
稲葉は、その話にはかなりの誤解と尾ひれがつきまくっていて、事実とはかけ離れていると言う。
まず、当時二十歳の女の人は、
彼女は稲葉が小さい頃から親同士が知り合いで親交があり、初恋の憧れのお姉さん的存在で、結婚云々はむしろ稲葉が言い出したらしい。
ノリノリでお見合い等を勧めてくる祖父母や母に対して、結婚するなら霧華さんがいい、と稲葉が言い出したという。
ちなみに当時、霧華さんは痴情のもつれで地元にいられなくなり、一時的に知り合いである稲葉の家に身を寄せていたようで、話を聞く限り、霧華さんも当時、踏んだり蹴ったりだったのかもしれない。
「ちなみにその霧華さんは今どうしてるんだよ?」
「今は別の人と結婚して都内に住んでるらしい……」
俺が尋ねれば、稲葉は妙に沈んだ様子で答えた。
「どうしたんだよ?」
「……聞かないでくれ」
どうやら霧華さんとも色々あったようだが、本人が嫌がっている以上、下手に聞き出そうとする事でも無いだろう。
俺は視線を目の前のテレビへと移した。
その日、俺はある事を相談したくて稲葉をすばるの部屋に呼んでいた。
俺達が座っているソファーの前のテレビには、件の相談に関連するとある番組が映っている。
「じゃあ中島かすみはどうなんだよ?」
俺は、やっと一番聞きたかった人物の名前を挙げる。
中島かすみは、見た目は完全にイケイケなギャルだったが、常に学年トップの成績を誇っており、旧帝大現役合格を果たした才女だった。
しかし、旧帝大以外にも有名私大にも受かっていた中島かすみは高校卒業後、どの大学に進学する事もなく、忽然と姿を消した。
中島かすみの友人達も突然彼女と連絡が取れなくなり、彼女の親に聞いても、事件性はなく、娘が自分できめた事だから、と言葉を濁すばかりだったそうだ。
自らを稲葉の許婚と自称し、稲葉の事をダーリンと呼んでは事あるごとに一宮雨莉と火花を散らし、時には一宮雨莉としずくちゃんを出し抜き、しばらく稲葉を監禁したりもしていた中島かすみの行方を知る者は、誰もいなかった。
「本当にあの後、中島かすみから連絡が来たりとかはしなかったのか?」
「ああ、卒業式で会って以降は全く連絡が来なかったし、こっちからも全く連絡が取れなくなった」
稲葉は、ソファーの背もたれに身体を預け、目の前のテレビの画面を見やる。
録画されたお昼のバラエティー番組を映しているその画面には、最近人気急上昇中の不思議系アイドル、
髪の色やメイクは違うが、顔も高校の頃の面影があるし、何よりあの妙に甲高くて甘ったるいアニメ声は、間違いなく中島かすみだ。
一宮雨莉にもちゃんと確認したので間違いない。
「うんまいのにゃ~! お口の中でプリッとろっと消えて甘みと旨みが口いっぱいに広がるのにゃ……」
ちなみに、新鮮な刺身の食レポである。
ちなみにこの「うんまいのにゃ~!」というのは鰆崎鰍の食レポにおける持ちネタらしく、美味しいものを食べると毎回言っている決め台詞らしい。
「高校時代とキャラ違いすぎだろ! しかも何だよにゃーって!」
「百年生きた猫又の魂が亡骸を埋めて供養してくれた女の子に乗り移って、恩返しに人気者になりたいという女の子の夢を叶えてあげるためにアイドルやってるらしい」
思わずつっこむ俺の横で、稲葉がスマホをいじりながら鰆崎鰍の設定を説明する。
「なんだ、その一見ハートフルなようでその実ホラーな設定は。猫又に体乗っ取られてんじゃねえか」
何それ恐いと引く俺に、更に稲葉は説明を続ける。
「でも元の女の子は人見知りのコミュ症なので、猫又と記憶を共有するだけで満足して、脳内に引きこもっているらしい。いつか本人が表に出て人気者になるのがその猫又、鰍の目標らしい」
「今すぐ猫又が出て行けば少なくとも元の人間は表に出てくるだろ……」
だんだんと鰆崎鰍の設定に関する問答にも飽きてきた俺は、再び画面に視線を戻した。
中島かすみ改め、鰆崎鰍はこのお昼の情報番組の食レポコーナーのレギュラーで、毎回そこに誰かしらのゲストが同行して最近話題のお店に行くというものなのだが、この前一宮雨莉から聞いたバラエティー番組の仕事がコレだ。
このコーナーに+プレアデス+がゲストとして参加する事になったのだが、どんな番組のどんなコーナーなのかと録画してみれば……。
思わず稲葉に電話して、呼びつけてしまうのも仕方ないと思う。
「最近人気急上昇中のアイドルらしいな。あの妙に作りこんだキャラクターが最近バラエティ番組で受けてるらしい……」
スマホの画面をいじりながら稲葉が解説する。
スマホを持つ手が震えている。
「稲葉、もう一つ愉快なお知らせをしてやろう……もう一宮から中島へ、+プレアデス+と稲葉が付き合っているということは報告済みだそうだ」
言いながら俺は乾いた笑いを漏らした。
「将晴君は稲葉と付き合っているフリをしているけど、他に好きな人がいるって、つまり彼女っていうのも稲葉の女避けのためなんでしょう? だから一応今度競演する予定の鰆崎鰍こと中島かすみにはちゃんと二人が付き合ってるって言っておいたから安心してね」
気を利かせてくれたつもりなのだろうが、何一つ安心できない一宮雨莉の言葉に、俺は目の前がくらくらした。
そもそも、そんな余計な事言わなければ、まだ可もなく不可もなく、無難に今回の仕事を終えられたんじゃないだろうか。
とは喉の奥まで出かかっていたが、言ったが最後、何をされるか解ったものではないので言える訳がなかった。
「将晴……俺、仕事の日は連絡くれたらすぐ駆けつけられるように近場で待機してるからな」
「やめろ。お前が出てくることによって余計に事態が悪化する未来しか見えない」
稲葉は心底心配したように俺の両肩を掴んでなんか言っているが、俺としてはそれでまた変な修羅場みたいになっても困るので、大人しく家で留守番していて欲しい。
しかし稲葉は俺が何を言っても中々引かない。
ちょっと過保護じゃないのかとは思いつつ、俺はなんとなくこのやり取りにデジャヴを感じた。
先日、俺と一真さんと一宮雨莉とで三者面談する事になったアレだ。
前回のようにこのまま押し切られてなるものかと俺は、
「うるせえ! 俺は連絡なんて絶対しないし、仕事の場所も教えないし、勝手に行く!」
と稲葉に怒鳴った。
「じゃあ俺も勝手に後を着けてくからな!」
直後稲葉にそう言い返され、ストーカーかとつっこんだが、
「それでお前の命が助かるなら、俺はそれでいい」
と真剣な顔で返された。
一見かっこいいシーンのようにも見えるが、俺は
「え、中島かすみってそんなにヤバイ奴なのかよ……」
と、血の気が引いた。
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