第10話 うんまいのにゃ~!
高校時代の中島かすみは、一言で言うと派手だった。
いかにもなギャルファッションと整った容姿もさることながら、勉強もスポーツもできて性格も明るく、誰とでも打ち解けて話せる人気者だった。
クラスは違えど学年の有名人だった彼女は、なぜかある日突然俺達のクラスに現れたかと思うと、いきなり稲葉を「ダーリン」と呼び、以降俺達のクラスに入り浸るようになった。
既に学年全体に美少女で通っていた一宮雨莉に言い寄られつつ、十二歳の婚約者と二十歳のフィアンセと同棲し、美人タレントの姉に溺愛されているらしいと学校内で話題になっていた稲葉は、更にその名を轟かせる事になった。
そんな彼女が今、女装した俺の横でニャンニャン言いながら美味しそうにオムライスをほおばって食レポしているのだから、世の中何があるのかわからない。
「……うんまいのにゃ~! 口の中でふわトロ卵とバターの効いたライスが絡み合ってたまらんのにゃ!」
お約束のコメントの後に中島かすみが細かい感想を言う横で、俺は自分のコメント考えていたが、なんと言っていいのかわからなかった。
できる限り美味しそうに食べてはみたが、緊張のあまり、正直料理の味もよくわからない。
そして俺の番が回ってきた時、俺はなにを血迷ったか何もコメントが思いつかないので
「う、うまいーの、にゃ?」
などと口走ってしまった。
せめて可愛らしく笑顔で手を猫の手にして小首を傾げてみれば、その場が静まる……。
やっちまった! と俺が心の中でパニックになっていると、すぐ隣から
「違うにゃ! うんまいのにゃ~! だにゃん!」
と中島かすみ改め鰆崎鰍からつっこみが入った。
そこからはなんだかんだで鈍臭い俺を中島かすみがフォローしてくれる形でなんとか撮影は進んだ。
撮影終了後、俺はすぐに礼を言おうと中島かすみの方を振り向いた。
「今日はごめんなさい、色々とフォローしてもらっちゃって……」
「全然いいのにゃ、それより、+プレアデス+さんとはちょっとお話ししてみたいので、この後予定は空いてるかにゃ?」
ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべて中島かすみは言う。
やっぱりきたかと思いつつ、俺は何も知らないフリをして中島かすみの申し出に頷いた。
実際、今日はこの後仕事の予定はないし、一宮雨莉からどこまで俺の情報が回っているかわからない事を考えれば、下手に今、回避しようとするよりも、後々めんどくさい事になる前に話を着けた方がいい。
気がかりは、俺の事をどこかから見張っているらしい稲葉だが、辺りを見回してもそれらしい姿は見当たらないので、もしかしたら気が変わってどこかへ遊びに行った事を期待したい。
何事も起こらないことを祈りつつ、俺達は撮影が終了すると駅前の喫茶店へと場所を移した。
人もまばらな店内の、窓際の四人席に案内され座る。
「鰍は、一緒にお仕事させてもらう人のことはいつも事前になるべく調べるようにしてるにゃ。そこで+プレアデス+さんの事を調べてみたら、なんだかとっても興味が湧いてきて是非お話してみたくなったのにゃ」
言いながら中島かすみはアイスコーヒーを注文する。
俺は咄嗟に自分も同じ物を頼みながらも、内心では気が気じゃなかった。
まず、プライベートでもそのしゃべり方で通すのかよ! とは思ったが、それ以上に、中島かすみが既に+プレアデス+の事を調べているらしいという事実に俺はゾッとした。
すぐに頭に浮かんだのは、先日ツイッターで公開した、稲葉を女装コスさせて俺も合わせコスをしてノリノリで映った写真だった。
中島かすみは、相変わらずニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて、俺の食いつきそうな、コスプレの事だとか、最近のアニメの話をしてきた。
俺はそれに適当に受け答えしつつも、既に自分の身の危険を感じて服の中にじっとりと嫌な汗をかいていた。
「ところで、+プレアデス+さんは今、彼氏とかいるんですにゃ?」
一宮雨莉から、既に俺が稲葉の彼女であると聞かされたはずなのに、あえて何も知らないように中島かすみは俺に尋ねてきた。
ここはどう答えたら正解なんだろう。
だが、中島かすみが一宮雨莉から俺の情報をどの程度教えられたかもわからない、そもそも中島かすみが何をしたいのかもわからない今の状況で、下手に嘘をつくのは逆に自分の首を絞めることになるかもしれない。
「……ええ、私の趣味にも理解があって、最近では一緒にコスプレしてくれたりするようになったんですよ」
「ああ、もしかしてツイッターで写真が公開されてた実は男なメイドさんかにゃ?」
「はい、あれは完全に私の趣味なんですけどね……」
やっぱり見られていた!
稲葉にメイドコスをさせたのは結構前のはずだ。
タイムラインを相当遡って確認されている。
どうせそのうち流れて見られなくなるからと放置しないで、今回の食レポの仕事相手が中島かすみ決まった時点であの記事を消しておくべきだったと俺は後悔した。
「でもそれを着て写真まで撮ってくれて、更にツイッターでの公開も許してくれるって、彼も結構ノリノリっぽいですにゃ! ということは、今はラブラブなんですかにゃ?」
まるで恋バナに飛びつく普通の女子のように中島かすみが興味津々といった様子で俺に聞いてくる。
しかし、高校時代のこいつの事を知っている俺としては、明らかに探られている気しかしないので、ただただ恐い。
「ええ、とっても……この前なんて私が今日の食レポの仕事をするって言ったら自分も付いて行くなんて言い出す位で……」
「その彼氏って、さっきからこっちをチラチラ見てる彼ですにゃん?」
言いかけた俺の言葉を遮るように中島かすみは少し離れた俺の斜め後ろの席を指差した。
「えっ」
「……よう」
言われるがままに振り向けば、そこにはバツの悪そうな顔でこちらに苦笑いを向けてくる稲葉の姿があった。
「久しぶりにゃん稲葉、せっかくだからこっち来て座るにゃ」
ニコニコと笑顔で中島かすみは手をパタパタさせ稲葉を招いた。
対して俺は、脳内でシッシッと稲葉を追い払うジェスチャーをしたかった。
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