第8話 謎は解けました

「え」

「は?」

 俺も稲葉も間抜けな声を漏らしてその場に立ち尽くした。


 その場の時が、止まった。


 どういうことだ、なんで俺が稲葉の言っている恋人であるとバレた!?

 俺は全く気付かなかったが、さっきの稲葉としずくちゃんの発言の中に、朝倉すばるの名前が出て来たのだろうか。

 というか、仮にそうだとして、なんで急に俺とすばるが繋がるんだ!?!?


 そして優奈はなんでいきなりそれを受け入れて応援する姿勢なんだよ!

 わからない! お兄ちゃんもうわからない!!

 俺の頭の中はパニックになっていた。


「ずっと不思議に思っていたんです。お兄ちゃん、すばるさんからの告白も断って付き合ってるラブラブな恋人がいるのに、絶対に自分からはその恋人の話をしないし、何でだろうって」

 そんな俺の動揺をよそに、優奈は穏やかな笑顔で口を開いた。


「でも、さっきので謎は解けました」

 さながら事件の謎を解き明かす名探偵よろしく、優奈はゆっくりと首を横に振りながら言った。


 名探偵というよりは、迷探偵だが。


「中学からの付き合いで最近付き合いだした恋人って、稲葉さんだったんですね。私は勝手に相手は女の人だと思ってましたけど、そういえばお兄ちゃん、彼女とは一言も言ってなかったんです」


 そういえば、嘘をついているという良心の呵責から少しでも逃れたくて、確かに恋人の事を聞かれた時は、あえて彼女とは明言していなかった気がする。


「歳の離れた婚約者って言うのも、私は勝手に年上の男の人だと思っていたけど、さっきの女の子の事だったんですね。でも二人がとても愛し合っているのはさっきの稲葉さんを見てわかりました」


 まあ、元々の話のモデルがこの二人なのだから、優奈がそう考えるのも仕方が無いような気もするが。


「あ、大丈夫です! 私、そういうの全く偏見とかないですから! むしろその手の本を嗜む程度には好きですから!」


 ずっと呆然とした顔で黙って話を聞いている俺達を見て、何を思ったのか、急に優奈は慌てて自分が腐女子であることをカミングアウトしてきた。


 違う、俺達は別にそんな事を気にして呆然としているわけじゃない。


 というか、知りたくなかったそんな事。


「でも、そういうことなら、これからは無理に恋人について探ろうとするのはやめようと思います。本当はかなり興味あるけど、お兄ちゃんが自分から私に話してくれるまで待ちます。それまではこの事も誰にも言いません」

 少し切なそうな顔で優奈が言った。


 つらい。

 義妹が良い子過ぎて辛い。


「だから稲葉さん、お兄ちゃんの事、お願いしますね。血は繋がってないけど、私には大切なお兄ちゃんなんですから」

 稲葉を見上げて、優奈が念を押すように言う。


 勢いに押されて稲葉が頷けば、優奈も満足そうに頷いた。

「さ、じゃあこの話はここまでにして、今日はイベントを楽しみましょう!」

 言うなり優奈はまた人が集まっている撮影ブースの方へと行ってしまった。


 残された俺達はしばしその場に立ちすくんだ。

「稲葉、どうしよう……」

「ああ、そうだな……」


「優奈が俺の事、血は繋がってないけど大切な兄だって!」

「えっそっち!?」


 色々また大変な事になってしまったのだが、その事に関する危機感よりも先に、さっきの優奈の発言が嬉しくてたまらない。


 熱が集まる頬を両手で押さえる。

 目の前の景色が潤む。


「だって俺、ちゃんと優奈に家族だって認められてたというか、受け入れられてる感はあったけど、第三者の状態でそういう風に言われるとまた違うっていうか……」


 興奮気味に稲葉に言えば、呆れたように深いため息を吐かれた後、静かに頭を撫でられた。

 おいやめろ、セットが崩れる。

 無言で頭を撫でてくる稲葉の腕を振り払う。


「将晴、もう女の子でいいんじゃないかな……」

「よくねえよ、何もよくねえよ」

 まるで悟りを開いたかのように穏やかな顔で稲葉が言う。


 当然断った。

 他人事だと思いやがって。


 例の如く俺が稲葉の提案を却下した後、俺達は気を取り直して、これから優奈にどう説明したものかと考えた。


 結果、今また話を蒸し返して優奈に深くつっこまれてボロを出すより、一旦コレは終った話にして流し、後日しっかり代わりの言い訳を考えてから説明した方がまだマシなんじゃないかという結論に至った。


 その後、俺達は優奈と合流し、イベントを楽しむ事にしたのだが、後になって、だんだんと優奈の誤解の内容にどうしようと焦りを感じて、気が気じゃなかった。


 俺達はイベントをそこそこ楽しんだ後、着替えて三人で食事に行って軽く雑談した。


 だが、その時にはもはや自分の置かれている状況を改めて認識して終始戦慄していたので、あんまり何を話したかという記憶は無い。


「おい、今気付いたんだけど、むしろ今日何の言い訳もしなかった事によって誤解を解くタイミングを逃したんじゃないのか……?」

 優奈と別れた後、帰りの電車の中で俺が呟けば、隣で稲葉が大きなため息をついた。


「むしろこの場合、どこからが誤解なんだ?」

「それは……」

 どちらかと言えば、現在の優奈の認識の方が真実に近いともいえる。


 とりあえず、今のところ優奈は自分から俺たちの事を根掘り葉掘り聞いてくることもしないだろうし、他の人にも言わないと言ってくれた。

 今までのように優奈とそこそこの接点しかないのなら、この際放置でもいいだろう。


「だけど稲葉、お前忘れてないか? 優奈の志望校」

「あ」

 忘れてた、と言わんばかりの間抜けな声を漏らした稲葉に、更に俺は付け加える。


「大学では今、すばるとの熱愛中という事になってるよな。それが優奈の耳に入ったら……どうなるんだろうな」

「………………」

 稲葉は無言で頭を抱えた。


 俺はもはやそんな気力さえなく、ぼんやりと電車の外を流れていく景色を無心で眺めた。

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