第33話 共犯者
気か付いたら、知らない部屋のベッドで寝ていて、時計は朝の7時過ぎを指していた。
頭痛のする頭を押さえつつ、状況を整理する。
多分ここは一真さんの寝室だろう。
服は特に乱れた様子も無く、昨日のままだ。
恐らく俺は昨日、チョコレートに入っていた酒に酔ってそのまま寝てしまったのだと思われるが、途中から記憶が無い。
しかも、記憶にある範囲でも自分の事、俺とか言ってしまっている。
コレは、男だとばれていてもおかしくない。
というか、バレてるだろコレ。と血の気が引いていく。
悶々と考えていると、ジューッという何かを炒めるような音が聞こえてきた。
恐る恐る寝室から出てみれば、ドアの外に広がっているのは見覚えのある一真さんの家の玄関で、やはり一真さんの寝室で寝ていたようだ。
このまま寝室に突っ立っている訳にもいかないので、内心ビクビクしながらリビングの方に向かう。
一真さんはすぐに俺に気付いて声をかけてきた。
「ああ、おはようございます。もうすぐ朝食ができるので椅子に座って待っていてください」
びっくりするほど普通の態度に、俺はますます混乱した。
どういうことだ? 一真さんはまだ俺が男だと気づいていないのか? いや、そんなはずは……。
「あの、昨日はすいませんでした!」
とりあえず、昨日酔って一真さんに迷惑をかけた事は確かなようなのでまず謝っておく。
「はあ、昨日の事憶えてるんですか?」
一真さんは焼きあがったベーコンエッグをトーストの上に乗せながら俺に尋ねてくる。
「一真さんに今日はもう帰って寝ろって言われた辺りまでは……」
「あの後何があったか聞きたいですか?」
ベーコンエッグトーストを皿に乗せ、テーブルに運びつつ一真さんが聞いてくる。
「き、聞きたいです……」
「では、食べながら話しましょう」
と一真さんは俺に席に着くように促した。
机の上にはわかめスープと食パンの入った袋、クリームチーズとジャムが置かれていた。
二枚目以降は好きに食べろという事なのだろう。
「あの後はすごかったですね。突然暴れだしたかと思ったら床に押し倒されてしまいまして、身の危険を感じた僕は何とかすばるさんを寝室に押し込め、泣く泣くリビングのソファーで寝る事になりました」
「えっ!?」
芝居がかった口調でさめざめと言い出す一真さんに、俺の心臓は飛び上がった。
「まあ嘘ですけど」
直後、さらりと一真さんはそう続ける。
なんだ嘘か。と安堵し、同時にムッとする。
「からかわないで下さい、私は本当の事が知りたいんです!」
「でも、すばるさんにベッドを貸してしまったのでリビングのソファーで寝る事になったのは本当です」
「すいませんでした」
俺は頭を下げた。
どうやら一真さんは勝手に酔っ払った俺にベッドを譲ってくれたらしい。
コレに関しては完全に謝るしかない。
「実際はただ酔っ払ってすぐ寝てしまっただけですよ」
一枚目のトーストをかじりながら真さんが言う。
「本当ですか? 何か変なこと言ってませんでしたか?」
記憶のある範囲で、既に俺とか口走ってるのだが、それ以上の失態をした可能性も十分にある。
「多少言葉は乱れていましたが、特には」
「ちなみに、多少、とはどんな感じでしょう……?」
一真さんの言葉に安堵できないのは、中途半端にはっちゃけてしまったような記憶があるからだ。
致命的な失言とかしてたらどうしよう。
「俺に乳があってたまるかー、みたいな事言ってました。泣きながら」
「うわあああああ! 十分変なこといっているじゃないですかああああ!!!」
かなり致命的な失言をしていた。
もう海に帰りたい。
「大丈夫ですよ、胸だけが女性の価値じゃありません。彼は多少そのことについて思う事はあるようですが、それでも付き合っているという事は、そういうことですよ」
しかし、一真さんはどうやら俺が貧乳に悩んでそんな発言をしたと取ったようだった。
だが、その言葉は別の意味で俺を戦慄させた。
何で俺と稲葉の間にそんなやりとりがあったと知っているんだ……?
稲葉は最近初めて一真さんと一回だけ合っただけで、その一回だって、常に一真さんか稲葉の側には俺がいて、二人きりで話した事も無いはずなのに。
「待ってください、何の話をしているんですか……?」
恐る恐る俺は尋ねてみる。
確か、最近稲葉と胸の話をしたのは、一緒にしずくちゃんの家に遊びに行った帰り、送りの車で二人きりの時だった。
俺が稲葉に膝枕をした時の流れでそんな話になったのは憶えている。
「やっぱり何も知らなかったんですね。しずく嬢のような財力も行動力もある人間が自分に興味を示している場合、盗撮等は疑った方が良いと思いますよ。それにしても、すばるさんは彼の前だと、結構砕けた口調になるんですね」
さも当然のような顔をして、一真さんは言ってくる。
「えっ……」
あっさりと悪い予感を肯定され、鳥肌が立つ。
「じゃあ、まさか、泊まった時も……」
「流石に、脱衣所やトイレ、風呂の中までは撮ってなかったみたいですけどね」
「…………」
とりあえず、着替えはいつ誰が来るかわからなかったので、常に脱衣所で扉を閉めてしていたのがせめてもの救いだった。
しかし、もし知らずに気を抜いてその辺で着替えていたらと思うと、寒気がする。
共通の趣味を持ったからといって、やはりしずくちゃんには完全に気を許さない方が良さそうだ。
「ねえすばるさん、僕はすばるさんの味方ですよ。だからこうしてしずく嬢の所業を逐一報告するんです。だって僕達、共犯者ですもんね」
いつの間にか俺のすぐ側まで来ていた一真さんが耳元で囁く。
驚いて身体を離して振り向けば、一真さんはニコニコと優しい笑みを浮かべている。
この人の前でもあまり気を抜かない方が良さそうだ。
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