第19話 自己暗示にゃん

「つまり、稲葉はしずくちゃんと付き合う気は無いにゃん?」

「いや、気が無いと言うか、無理と言うか……」

 中島かすみが尋ねれば、稲葉は言いづらそうにしているが、しずくちゃんを拒否したそうな気配が見て取れる。


 直後、中島かすみが大げさなため息をついた。

 俺と稲葉の視線も彼女へと向く。

 小さく首を横に振りながら、悲しそうに中島かすみが言う。


「でも、そうなると心配だにゃん」

「心配?」


 いぶかしむように稲葉が聞き返す。 


「しずくちゃんみたいな見た目も良くて、実家がお金持ちで、純粋で一途な子、きっと稲葉に振られたら酷く思いつめるだろうし……傷心の所を変な男に引っかからないか、とても心配だにゃん」


 明後日あさっての方向を向き、物憂げに中島かすみは言う。

 小さな声だが、この静かな空間では、その言葉は十分に俺達に届いてしまう。


「で、でもっ……」

 何か言い訳をしようとしたらしい稲葉の声は、すぐにため息混じりに呟く中島かすみの声が聞こえると同時に止んでしまった。


「稲葉にふられたショックで自暴自棄になって、悪い男に騙されてしまったら、どこぞのエロ同人の如く色々とすごい事になりそうで今から恐いにゃん……」


 中島かすみが言い終わると、しばらくの間、室内を沈黙が支配した。

 結構真面目な事を言ってるのに、にゃん語尾で台無しである。


「…………でっち上げた俺の趣味を理解しようと頑張ってくれてるみたいなんだけどさ、本当は俺それに興味ないし、話ふられても困るから、俺の趣味に無理に付き合ってくれなくてもいいって言ったんだ。そしたら……」


 しばし沈黙の後、稲葉は力なく天井を見上げたて呟くように語りだした。

 さながらそれは懺悔のようだった。


「そしたら?」

 俺は続きを促すように聞き返した。


「でも、すばるさんとはこの趣味を共有してるんでしょう? って……自分はなんとしてもすばるさんを超えなきゃならない、俺を思う気持ちは誰にも負ける訳にはいかないって……」

 乾いた笑いを浮かべながら稲葉が言う。


「なかなかに健気だにゃん」

「しずくちゃんもかわいそうだし、もうすばるの事はフって付き合っちゃえよ」


 対して俺達は、そんなしずくちゃんの覚悟に感服した。

 もう、しずくちゃんでいいんじゃないかな……。


「でも、今更嘘でしたとも言えない雰囲気だし……」

「何でわざわざ嘘だってバラす必要があるにゃん?」

 目を逸らしながら答える稲葉に中島かすみは不思議そうな顔で聞き返した。


「今の状態ですら、やたら女装やら百合やらの話題振られたりして返答に困ってるのに、付き合ったりしたら絶対にボロが出るだろ」

 中島かすみの反応に、ムッとしたように稲葉は答える。


「つまりボロが出なければ、しずくちゃんとつきあってもいいにゃん?」

「え、いや、それは……」


 しずくちゃんに対して、今後でっち上げた趣味に関してのボロを出さずに話せるのなら、しずくちゃんと付き合ってもいいのか、と中島かすみが詰め寄る。

 その様子に何か察したらしい稲葉が口ごもる。


 だが、もう既に準備は整っている。


「まあ前にもそんな話はしてたし、今回もそれがネックになるんじゃないかな、とは思ってた」

 言いながら俺は持ってきた紙袋をテーブルの横に倒して置き、中身を取り出した。

 中にはネットで評判の高かった百合物のレンタルDVDや、漫画、小説等が入っている。


「こうなったら、嘘を本当にしちゃえば問題ないにゃん」

 中島かすみが笑顔でサムズアップし、俺は逃げようと椅子から立ち上がった稲葉の後ろに回りこみ、両肩にそっと手を添えた。


 直後、ビクリと稲葉の肩が跳ねた。


 俺は満面の笑みで稲葉に告げる。

「お前、今日は一日暇だって言ってたよな。良かったな、現役のアイドルとモデルに挟まれた密室の鑑賞会なんてイベント、滅多にないぞ」




 二時間後、ネットで名作と名高い百合アニメを見終わった俺達は、各々の映画の感想を言うでもなく、事前にこの作品について、ファンの模範解答と思われる感想を纏めたプリントを開いていた。


「まずはこの作品を見た時、真の百合作品を愛する人間ならどのように思うかを知って、その考えを自分のもののように思い込むのにゃ」

 弾けるような明るい笑顔で中島かすみが言う。


「待って、いきなりなんか恐いんだけど」

 対して稲葉は青ざめる。


「まあアレだ、最初に自分の演じるキャラクターの設定を作って、そのフリをして過ごす感じだよ、稲葉も中学の時やってただろ?」

「ついでみたいに人の黒歴史抉っていくのやめろ」


 フォローをしようと、中学時代の稲葉を引き合いに出して言えば、稲葉から抗議を受たが、正直、俺と中島かすみが相手なら今更かっこつけても、もう手遅れな気がする。


「でも、こうするのが一番手っ取り早いにゃん。それでも抵抗があるなら、自分がこの手の作品が好きだと言い聞かせて、思い込む所からはじめるにゃん」

「そんな洗脳みたいな事言われても……」


 稲葉は、なおも抵抗する。


「こういうのは、第三者にやるから洗脳って言われるにゃん。自分にやるのはただの自己暗示にゃん」

 中島かすみがニッコリ笑って、稲葉を否定した。


「恐い恐い恐い!」


 結局、この中島かすみ発案の『百合好きの思考をトレースして大団円』作戦は、稲葉が半泣きになりながら本気で抗議してきたので中止になった。


 しかし、趣味の話は置いておくにしても、稲葉のしずくちゃんに対する姿勢も変わったようで、

「しずくちゃんは俺が真人間に更生させる!」

 等と言い出した。


 原因はほとんどお前だよとは思ったが、ようやく稲葉がしずくちゃんと向き合う姿勢を見せたので、黙っておく事にした。

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