第18話 恐いんじゃないか

 中島かすみに俺の正体がバレた一件があってから一週間程経った頃、俺は中島かすみと両手一杯の荷物の入った紙袋を持ち、稲葉が一人暮らししているマンションにやってきていた。


 一応、中島かすみもアイドルをやっている訳で、万が一誰かに見られた時に男の格好では都合が悪いだろうと、今回の俺はすばるの格好で稲葉の家に来ている。


 事前に中島かすみと二人で今日家を訪ねると連絡はしていたが、それでも稲葉は今の状況に随分と困惑しているようだった。


「……ってか、おまえらいつの間に仲良くなったんだよ……」

 俺と中島かすみをリビングに通した稲葉は俺達を交互に見比べながら言う。


「まあ色々あってな」

 重かった手荷物を机の下に置き、椅子に腰掛ける。


「将晴とはすっかり仲良しにゃん」

「!?」


 中島かすみも荷物を床に下ろし、俺の側までやってくると、これ見よがしに俺の腕にくっついた。

 ますます稲葉は訳がわからないといった様子で俺を見る。

 あっけにとられて、半開きの口が間抜けだ。


 稲葉にはまだ中島かすみに正体がバレたとは言っていなかったので、すばるの格好をした俺を将晴と呼ぶ中島かすみに随分と驚いたようだった。


「一体、俺の知らないうちに何が起こったんだ……」

「まあ今日はそれの説明も兼ねてるんだが」


 呆然とする稲葉に俺は、今から一週間前に起こった出来事をかいつまんで話した。


 稲葉は終始真面目に話を聞いていたが、聞き終わってからの第一声は、

「それは、色々と大丈夫なのか……?」

 だった。


 心底不安そうな顔で尋ねる稲葉の言葉には、言外にそんなに簡単に中島かすみを信用してしまって大丈夫か? という意味が含まれているように感じた。


 だが、それについてはなんとなくだが、大丈夫な気がする。

 多分、中島かすみは、自分の理解者というか、気を許せる友達が欲しかったのだと思う。


 ほぼ全方位の人間に何かしらの嘘をついているような状態の俺だが、だからこそ、自分の置かれている状態を愚痴ったり問題を抱えて一緒に頭を悩ませてくれる友人がいるだけで、どれだけ気が楽になるかわかる。


 ……現在、俺が抱えている問題の半分以上はこの親友が原因のような気はしないでもないが。


「身構えなくても大丈夫だ。鰍に悪意はない」

「そうだにゃ! 改めてよろしくだにゃん」


 稲葉の警戒を解こうと俺が稲葉を宥めれば、隣で同調するように中島かすみが猫っぽいポーズを取りながら言うが、稲葉はそれを信じられない物を見たような顔で見ていた。


「それで……今日は何しに来たんだ? さっきの話しぶりだと、その事を説明しに来ただけじゃないんだろう」

 湯が沸いた電気ケトルを確認しながら稲葉が訪ねてくる。


「ああ、そうそう、稲葉はどう思ってるんだ? しずくちゃんの事。この前のイベントの時なんて結構自然な流れでしずくちゃんに誘われたじゃないか。何で断ったんだ?」

 稲葉が戸棚から取り出した、ティーバッグやコーヒーバッグが入った籠の中からアップルティーのティーバッグを選びながら俺は尋ねる。


「鰍の記憶だと、高校時代の稲葉はしずくちゃんを適当にあしらいつつもそれなりに仲は良かったはずだにゃん。でも、将晴の話を聞くに、最近はしずくちゃんに対して怯えてないかにゃ?」


 中島かすみは籠の中からレモンティーを選ぶ。

 ちらりと稲葉を見やれば、中島かすみに怯えてると指摘された辺りでピクリと肩が小さく跳ねた。


「稲葉はしずくちゃんが恐いのか?」

「恐くねーし!」


 何気なく聞いてみれば、妙に力強く否定された。

 どうやら図星らしい。


 バレンタインに高級ホテルへ拉致。

 稲葉の部屋に朝から現れて裸エプロンで迫る。

 先日のイベントでは強引に個人的な撮影に誘う。


 ……確かに、稲葉としずくちゃんの役を逆にしてみると完全に事案であり、被害にあった側からしてみればトラウマになっても全くおかしくはないが……。


「でもお前、高校時代は似たような目にあっても、のうのうと暮らしてたじゃないか?」


 高校時代、散々ドラマチックな日々を過ごしていながら何を今更、と呆れながら俺は稲葉に言った。


 もし、稲葉がこの程度でトラウマになる位繊細な心の持ち主なら、今も普通に大学なんて通ってないだろうし、そもそも高校も卒業なんてできなかっただろう。


 しかし、稲葉は俺の言葉に静かに首を横に振る。


「最初、しずくちゃんに俺を諦めさせようとした時、一般的には受け入れられなそうな趣味をでっち上げただろ? あの時は引いてくれたけど、その後すぐにしずくちゃんはそんな俺でも全力で受け入れようとしただろ……」


 祈るように組んだ両手を机の上に置いて、深刻な顔をして稲葉は話す。

「あの時は流石に驚いたけど、そうまでして慕ってくれるなんて、良い子じゃないか」

 稲葉の様子を不思議に思いながらも、俺は感想を述べた。


「そうだな、そこまで俺を慕ってくれるのは嬉しい。更には趣味以外の方向からもアプローチしてきたり、コスプレした時に写真を撮ってくれたりもするし……ホント、会う度にしずくちゃんが俺の知らない存在になっていく」

 椅子に座ったまま、稲葉はガタガタと震えだした。


「女の成長は早いものにゃ」

 こともなげに中島かすみが言えば、必死の形相で稲葉が言い返す。


「いや、愛が重いし恐ええよ!」


 くすり、と俺と中島かすみが笑った。

「なんだ、お前やっぱり恐いんじゃないか」

「こーわーいーでーすー!!」


 俺が言った直後、稲葉は力いっぱい両手でテーブルをバンバンと叩きながら、やけっぱちになって力強く叫んだ。

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