第37話 一個10円

「……という訳で、公式コスプレイヤーの話が来てたから受けておいたわ。それと、この前やったマチルダルックについてのファッション誌の特集みたいな仕事も増えると思うから、そっちもよろしくね」


 一宮雨莉の言葉を思い出し、俺は小さくため息をついた。

 なんか、俺が思っている以上に物事が順調に行き過ぎているというか、大事おおごとになってきている気がする。


「ため息なんかついて、どうしたにゃん?」

 向かいの席に座る中島かすみが不思議そうに首を傾げる。

 現在、俺はすばるの部屋で、中島かすみと二人で夕食を食べている。


 なぜこんな事になっているかと言えば、今から約二時間前、プレかじ撮影が長引いて、帰る頃には日が傾いていた事がきっかけだ。

 時間的に、中島かすみとこのまま夕食を食べに行こうという事になった。


 何を食べたいかと中島かすみに尋ねた所、俺の手料理を食べてみたいというので、現在俺はすばるの家で手料理を振舞っている次第だ。


「正直、どろヌマ関係の話が自分でも思った以上に大きくなっててちょっと戸惑ってる」

「マチルダルックの事かにゃ? 確かにどろヌマのマチルダは毎回可愛い服を着てるけど、コレだけ話題になったのは+プレアデス+がそれをカジュアルファッションにまで落とし込んで発信した事が大きいと思うにゃ」


 食事をしながら俺が話せば、中島かすみが最近SNS等で話題になっているマチルダルックについての考察を述べる。


「なんか今、そのせいでメルティードールとどろヌマのコラボ企画とかも持ち上がってるらしい……」

「将晴、そこでデザインも手掛けたら、デザイナーとしての道も開けて収入アップのチャンスにゃ」

 ニヤリと悪そうな笑みを浮かべながら、中島かすみが言う。


「それ、この前美咲さんにも言われたよ。あと、一宮には、『こんな金のにおいのする企画をまさか断ったりしないわよね』って退路を絶たれた」

「将晴はあんまりその企画に乗り気じゃないのかにゃ?」


 一宮雨莉に笑顔で脅された時の事を思い出し、ため息混じりに俺が返事をすれば、中島かすみは不思議そうに首を傾げた。


「いや、だってどろヌマは人気のウェブ漫画って言っても、まだ単行本も発売されてないし、そういうのは時期尚早なんじゃないかと……」

「それを決めるのは将晴じゃないにゃん」

「まあそうなんだけど……」


 俺は、なんとかそれらしい理由を述べてみたが、それは中島かすみにあっさりと一刀両断されてしまった。


「たぶん、勢いのあるうちに仕掛けて、一気に売り出したいって事だと思うにゃん」

「わかってはいるんだけど……」


 更に中島かすみは追い討ちをかけるようにこういう事なんじゃないだろうかと自分の考察を述べてくる。 


「それで、本当は何が気に食わないにゃん?」

 そして、全てを見透かしたように俺に尋ねてきた。


「気に食わないというか、急に話がでかくなって恐いというか……」

 結局は俺の気持ち的な問題なのだが、そう言うと、中島かすみはそんなとこだろうと思ったにゃんと笑った。

 どうやらこいつにはすっかりお見通しだったようだ。


「せっかくだから、稼げるうちに稼いどくにゃん。コレは+プレアデス+にとって、大きなチャンスにゃん」

「いや、俺できればそんなに騒がれずひっそりとフェードアウトしたいんだけど。そして普通の生活に戻りたいんだけど」

 激励をしてくる中島かすみに、俺は首を横に振った。


 だって、あんまり有名になりすぎたら、いつ引退できるのかもわからないし、+プレアデス+として活動する期間が長ければ長い程、男だとばれて大惨事になるリスクが上がるという事だ。


「色々今更過ぎて、ちょっと何言ってるのかわからないにゃん」

「それはそうなんだけど……」


 中島かすみは呆れたように言うが、正直俺ももうここまで来ると説得力が無いだろうなとは思う。


 自分でここまでマチルダルックとか提案しておいて、本当に今更である。

 だって、まさかマチルダルックがここまで話題になるとは思わなかった。


 しかし、ここで流されたら色々取り返しのつかないことになりそうで恐い。


「ところで、このしらたきと切り昆布のきんぴら美味しいにゃん」

「話切り上げないで!」


 そして中島かすみはもうこの話は終ったとばかりに夕食のおかずを褒めだした。

 完全に話題を変える気である。


「それはさて置き、今日は将晴に耳寄りな情報を持ってきたにゃん」

 汁物をすすり、一息ついた中島かすみが、にっこりと笑う。


「俺の心の叫びをさて置いて、なんだって言うんだよ」

「コンドームって、通販で大量買いすると、一個あたり10円前後で買えるらしいにゃん」

 しょうがないのでとりあえず話を聞いてみれば、こいつはまたとんでもない事を言いだした。


「いきなり何言い出すんだよ」

「まあ聞くのにゃ。コンドームに水を入れて水風船みたいにして詰めると、かなりリアルな感触の偽乳になるらしいのにゃ」


 もったいぶった様子で中島かすみが言う。


「なに……! それは本当か……?」

 俺はその情報に耳を疑った。

 コンドームで、リアルな偽乳が作れるだと……!?


「鰍もやったことないから、後で一緒に試してみるにゃん」

「そうだな……それならコストパフォーマンス的にもかなり……」

 鰍の提案に、俺は頷いた。


 二個で約20円、水を入れるだけなら圧倒的に従来の偽乳よりもコスパが良い。

 そして食べ物でも腐るものでもないので、耐久性によってはそのまま何日も使いまわす事が可能かもしれない。


「そうにゃん、コレでもう胸に詰めたしらたきをこうやって女装した日に粛々と料理して処理する必要もなくなるにゃん」

 しらたきと切り昆布のきんぴらを取り皿に取りながら、中島かすみは言う。


「待て、なんで偽乳の中身知ってるんだよ」

「この前将晴が泊まった時、脱衣所に着替えを届けるついでに確認したにゃん」

 思わず俺が突っ込めば、悪びれるどころか、むしろなぜか得意気に中島かすみが報告してくる。


「確認するな、そんな物」

「だってあのリアルな乳揺れ感は気になるにゃ」

 どうやらリアルな質感を追求した偽乳は、俺が男だと知っている中島かすみの好奇心を刺激したらしい。


「まあその事は一旦置いといて、流石に、胸に詰めてたしらたきを人様に食べさせたりはしねえよ。それはストックしてた未使用のしらたきだよ」


 だから、安心しろよと俺が言えば、中島かすみはきょとんとした顔になった。

「これ、胸に詰めてたやつじゃ無いのかにゃん?」

 なぜ不服そうなのか。


 流石に女の子に一日自分の胸に詰めていた物を食べさせるのは抵抗がある。

 稲葉位気心の知れた同性なら別にいいかとも思えるが。


「違うから。ほら、今日のしらたきはここに。まあ明日の朝食のスープにでも入れるよ」

 疑いを晴らすために冷蔵庫を開けて、ポリ袋に入ったしらたきを中島かすみに見せる。


「むー、がっかりにゃん」

「なんでそこでがっかりするんだよ」


 何はともあれ、食後に俺と中島かすみはコンドームによる偽乳を試してみる事になった。

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