第16話 本当の意味で

「まあでも、演じてなくても家族とは上手くいってなかったから、どっちにしてもしょうがないにゃん」

 からからと不自然な位明るく笑いながら中島かすみは言った。


 ……なんだよそれ。


「お前は、それでいいのかよ」

 気が付いたらそんな言葉が勝手に俺の口からこぼれていた。


かじかは過去の事は振り返らない明るく元気な女の子だから、そんなことは気にしないにゃん」

「鰍じゃなくて、中島かすみに俺は聞いてるんだよ」


 元気一杯に言う中島かすみに、俺は問う。

 なんだかとても胸の辺りがもやもやする。


「……わからないにゃん。元の自分がこういう時、どう思うのか、もうわからないにゃん」

 少し考えるような素振りを見せた後、中島かすみはなんでもないように答えた。

 特に悩むような様子もなく、ただ聞かれて考えたけどわからない、というような顔だった。


 そこには何の感傷も感じられず、まるで根本的に感情が抜け落ちているかのように見える。


 本当にこいつは何を言っているのだろう。


 俺はそこに、どうしようもない気持ち悪さを感じた。

 表面上は笑ったり考えたりしているように見えて、その実中身が全く伴っていないようなちぐはぐさを感じた。


「…………そういうのはさ、どう思うか考えて演じるんじゃなくて、勝手に感じてそう思うものなんだよ」

「でも、別に今のままで何も困ってないにゃん」


 やっとの事で搾り出した俺の言葉は、すぐに中島かすみの浮かべた可愛らしい笑顔によって切り捨てられた。

 確かに今のままでも中島かすみには問題はないのかもしれない。

 でも、なんだか俺は無性にそれが腹立たしかった。


「お前はそうでも俺が困ってるんだよ。元のお前がどういう人間かわからないから、お前の目的もわからないし、目的を言われても別に目的があるように思えて信用できないんだよ」


 完全に個人的な言いがかりだった。

 でも、それを言わずにいられなかった。


「じゃあ、将晴はどうしたら満足するにゃん」

 ちょっとムッとしたように中島かすみが言う。


 言われて俺は考えた。

 俺は、こいつにどうして欲しいんだろう。

 だけど、答えはすぐに出た。


「俺と友達になろう」


「もうなってるにゃん」

 言った途端にすぐに返事が返ってくるが、俺が言いたいのはそういう事じゃない。


「そうじゃなくて、んだ。家族の事とか人間関係の事とか相談に乗るし、効果的なアドバイスは出せなくても愚痴位は聞いてやれる」


 俺は、中島かすみの話を聞けば聞く程、他人事のようには思えなかった。

 中島かすみの置かれてる状況に本人が全く心を痛めてなくても、俺が苦しい。

 だから、勝手に俺は俺の考えるな状況に中島かすみを誘導したい訳で、結局は独善的なエゴだ。


「…………将晴は鰍と付き合いたいのかにゃ?」

 そしてしばらくの沈黙の後、中島かすみは不思議そうに首を傾けて尋ねてきた。


「違うわ! いや、確かに今の流れだと相手の弱みにつけ込んで口説こうとしてるように見えたかもしれないけど、そうじゃなくて!」

 指摘されて初めて自分の言動が確かにそのように思えてへこんだ。


「単純に、なんか放っておけないんだよ。俺もそれなりに複雑な家庭環境だし、他人事とは思えないんだよ」

 誤解を解こうと弁解するが、なんだか言い訳じみて聞こえる。


「……鰍も、+プレアデス+の事は他人みたいには思えなかったにゃ」

「へ?」

 しかし、帰ってきた言葉は俺の予想外のものだった。


「例えば、誰に対しても礼節を重んじる事を素でやっている人間と、自分のキャラを演じるためにそうしている人間は、なんとなく匂いでわかるにゃ」


 中島かすみはそう言って席から立ち上がると、俺の前までやってきた。

 それに釣られて、俺も座ったままだが、中島かすみに向き合うように座りなおす。


「だから、同じように自分を演じている+プレアデス+なら、お互いの事を理解し合える、本当の友達になってくれるような気がしたにゃん」

 俺の鎖骨の辺りにトン、と軽く人差し指をつきたてながら中島かすみが言う。


 泣きそうな顔で笑っている。


 上手く言い表せないが、その時俺は直感的に、中島かすみ本人のすがるような、願望のようなものを感じた。

 きっと、中島かすみは仲間が欲しかったのだと思う。


「まさかとは思うが、本音を話せるような友達が欲しいがためにわざわざ探偵を雇ったりしたのか?」

「だって、そうでもしないとすばるは、将晴として鰍と話してくれなかったにゃん」


 ふと頭に浮かんだ疑念を口にすれば、なぜか拗ねたように返された。

 まあ確かに、可能であれば全力でごまかす覚悟ではあったが。


「俺も鰍ではなく中島かすみとして話して欲しいんだが」

「正直、こういう口調でばかり話していると普通にしゃべった時、違和感しかないにゃん」

 まずその口調どうにかしないかと提案すれば、むしろそれこそ新しく自分を演じる事になると却下された。


「なら、キャラ変えの時とかどうしたんだよ」

「新しく演じるキャラを完全に脳内で作り上げてから演じるので、あんまりそれに違和感はないにゃん」

「違和感を感じる場所が間違ってると思うんだが」


 俺は再び呆れた。

 というか、違和感を覚えなくなるまで普通の言葉を全く話さないという徹底ぶりが色々心配になった。


「将晴はすばるを演じる時、女言葉で話すのに違和感を感じるにゃ?」

「全く。むしろ、正体知らない奴の前で素のしゃべりになる方が抵抗ある」


 俺は即答した。

 なんと言うか俺の場合、違和感や羞恥心よりも、自分の作り上げたすばるのイメージを守りたいという気持ちの方が強い。

 それは俺の中でなんとなく素の自分とすばるが別の存在のように思えている所があるからかもしれないが。


「そういうことにゃん」

「いや、俺とお前の場合だと違わないか……?」


 俺もたまにすばるの方に思考を引っ張られているように感じることもあるが、それに自分を乗っ取られて元の自分を見失う程ではない。

 抗議をするも、違わないにゃんと却下され、しばらくそんなやりとりをして、結局は俺が折れる事になった。


 そうしてその日、俺と中島かすみは多分、本当の意味で友達になった。


 すっかり冷めたジャスミンの香りがする工芸茶を飲みながら、俺はふと思い出して、喫茶店で稲葉と再会した時、どうしてすぐにわかったのかと尋ねてみた。


 曰く、俺からは死角になって見えなかったが、あの時の稲葉はかなり挙動不審で怪しかったようだ。

 だから、鰍か+プレアデス+の熱狂的なファンかストーカーかと思って注意していたらしい。


 その時、雨莉から稲葉は今+プレアデス+と付き合ってるって聞いたのを思い出し、もしかして稲葉かと思ってよく見れば背格好と年齢的に稲葉と言えなくもないような気がして、思い切って声をかけてみたそうだ。


 つまり、稲葉の圧倒的な尾行スキルの低さが原因だった。

 まあ、高校時代のあれやこれやを思えば、確かに中島かすみを警戒して当然なのだが。

 なんだよ人騒がせな、とは思ったが、それも俺を心配してくれての事なのだろうと考えれば、やっぱり憎めはしなかった。

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