第45話 18歳になったんです

 優司の強い希望で、俺のコーヒー代は奢ってもらう事になった。

 どうやら俺がアイスコーヒーを飲んでる前で自分だけ食事をするのが心苦しかったらしい。

 昼食を食べ終えた俺達はサンシャイン60通り辺りをぶらつく事にした。


 ふと目に入ったゲームセンターに立ち寄れば、店の中には所狭しとUFOキャッチャーの機体が並んでいた。

 店内のひんやりとした空気を感じながら、ゲームセンターに来るなんて久しぶりだなんて思いつつ物色していると、カードマスターもものフィギュアを見つけた。


 OPでももたんが着ている衣装で、桃色のスカートの裾が広がったフリルとリボンたっぷりの可愛らしいものだ。

 塗装や作りも丁寧で、クオリティがとても高い。


 思わず俺がそのUFOキャッチャーの前で立ち止まれば、

「やりますか?」

 と優司が尋ねてきた。


「うん、ちょっとやってみようかな……」

 言いながら俺はすばる用の可愛らしい財布を取り出す。

 UFOキャッチャーはあまり得意ではないが、正直ものすごく欲しい。


 この台は斜めにかけられた棒の上にフィギュアの箱が置かれている物だ。

 多分アームの力は弱くて、横の隙間の広い部分にずらしていって落とすのだと思う。


 1プレイ100円だが、500円で6プレイできる台だったので早速五百円玉を投入してやってみる。

 横になった箱を挟み込んでも案の定全く持ち上がらない。

 ずらそうと奥の方に引っ掛けて動かすも、本当に少ししか動かない。


 そうして何度か繰り返すうちに、すぐに6プレイ分が終了してしまった。

「うう……びくともしない……」

 これ落とそうと思ったらいくらかかるんだよ……。


 いや、でも箱の奥の方の角がもう少しで落ちそうだから、もう何度か引っ掛ければそのまま落とせるかもしれない。

 なんて事を考えていると、優司が声をかけてきた。


「あの、ちょっと僕やってもいいですか?」

「いいけど、難しいよ?」

「こういう形のやつって攻略法があるんです」


 言うなり優司は100円だけ入れるとアームをかなり手前で止めた。

 すると斜めになっている棒の手前の隙間にちょうどフィギュアの箱をアームで押し込む形になり、そのまま箱は下に落ちる。


「すごい! こんなやり方があるなんて、優司君ってクレーンゲーム得意だったの?」

 テンションが上がって俺が尋ねれば、優司はちょっと驚いていたようだった。


「……一時期友達の間でネットで見たクレーンゲームの攻略法を実践するのが流行ってて、今のもそれが使えそうだったので……大した事じゃないです……どうぞ」

 目を泳がせながら、落ち着かない様子で優司は台からフィギュアの箱を取り出して俺に差し出してきた。


「そうなんだ。ありがとね」

 いや、十分すごいよ。もっと胸張って良いよと俺は心の中で優司を賞賛しつつ、フィギュアの箱を受け取る。


 その後は二人でシューティングゲームをしたり、店の隅のガチャガチャを回したりして楽しんだ。

 たいぶ楽しんで、そろそろゲーセンはいいかと思った頃、優司がさっきから同じ方向をチラチラ見ているのに気付いた。


 視線の先を追ってみれば、プリクラ機がある。

「優司君、プリクラやる?」

「え、いいんですか?」

 俺が尋ねてみれば、恐る恐るという様子で聞いてきた。


「うん、ダメとは言わないよ……」

 どうせ後で気まずくなるのに、形に残る物なんて残してどうすんだとは思ったが、俺には良い記念になると思ったので、俺は優司とプリクラを撮る事にした。


 しかし、プリクラなんて初めてだったが、どうやるんだコレ。

 中高生時代に稲葉とゲーセンに来る事はあったが、専らシューティングゲームやら音ゲーやらやっていたので、プリクラに関してはどうしたらいいのか全くわからない。


 優司に初めてなのでどうやったら良いかわからないと聞いてみれば、色々と教えてくれた。

「すばるさんってこういうのもっと詳しいかと思ってました」

 写真を撮り終わって落書きも済ませ、写真が印刷されてくるのを待つ間、不思議そうに優司が尋ねてきた。


「うーん、興味は無かった訳じゃないんだけど、ちょっと機会が無くて……」

 単純に一緒にプリクラを撮りに行くような友達がいなかっただけとも言えず、適当に言葉を濁す。


「…………すいません」

 すると、なぜか優司に深刻な顔をして謝られた。


「なんで優司君が謝るの?」

 俺が首を傾げれば、更に優司は辛そうな顔になった。


「なんか僕、無神経な事聞いちゃって……」

「大丈夫だから! 気にしてないから!」


 やめろ、地雷を踏んだみたいな反応するな!

 友達が沢山はいなかったけど、ゼロじゃないから!

 そんなに気にしてはいないけど、そこまで哀れまれると、急に惨めになるからやめて!


「もうっ! 私は優司君と一緒に初めてプリクラ撮れて楽しかったのに、なんで謝られなきゃいけないの?」

 もうこの話は終らせてしまおうと、ワザとちょっと拗ねたように言ってみる。


「ご、ごめんなさい……じゃなくてっ、ええっと……」

 優司はどうして良いのかわからないらしく、急にアワアワし始めた。


「罰として、次は私の行きたい所について来てもらうんだからね」

 そう言って優司の手を引けば、赤面した優司が大人しく着いて来た。

 恥ずかしそうに俯いてはいるが、身長差のせいで俺からはちらりと振り向いた時点で普通に顔が見える。


 ……さて、どこへ行こうか。


 勢いで通りに出てなんとなく歩いていた俺だったが、成り行きで適当に行きたい所なんて言っただけで、特に行きたい所がある訳でもない。


 どうしたものかとさっきから無言の優司の手を引きながら歩いて行った所でふと俺は思い出す。

 そういえば、この通りを曲がってしばらく歩けば、アニメイトがあったはずだ。


 アニメイトはアニメ・コミック・ゲーム関連商品の販売チェーン店なのだが、前に店舗購入得点欲しさに池袋店へ足を運んだ事があるので、場所は憶えている。


 せっかくなので、そのまま俺は優司を引っ張ってアニメイト池袋店へと向かった。

「えっ」

 店に入る時に優司が少し驚いていたようだが、知ったことではない。


 入店すると、階段を上り、二階の新刊コーナーへと足を運ぶ。

「何か探してるんですか」

 きょろきょろと辺りを見回す俺に、優司は首を傾げながら尋ねてきた。


「どろヌマを探してるんだけど、そういえばもう先月だから新刊じゃないね」

「えっ、すばるさんもうどろヌマの単行本持ってましたよね?」

 不思議そうに優司が聞いてくる。


「そうなんだけど、実際に本屋さんに並んでる所見たいじゃない? 先月はどこのお店も品切れ状態で、それはそれで嬉しかったけど、やっぱり目立つ所に平積みされてたりすると感動するもの」


 やっぱり弟が漫画家になるという夢を叶えて、その作品が本屋に並ぶというのは感慨深い物がある。

 作品を作っているのは優司で、俺は応援くらいしかしてないが、それでもやっぱり嬉しくて、最近は本屋に寄るとついついどろヌマを探してしまう。


「僕がこうなれたのは、すばるさんのおかげです」

 握っていた手が握り返されて、そういえばさっきから手をつなぎっぱなしだった事に気付いた。


「がんばったのは優司君だよ。でも、少しでも優司君の力になれたなら嬉しいな」

 身内という事もあって、熱心に宣伝していた事も確かなので、ここは素直に気持ちは受け取っておく。


「ついでにお店の中も色々見てまわろっか」

 実際はこっちがメインで、どろヌマ探しがそのついでなのだが、本人の前でそれを言うと傷ついてしまうかもしれないので、そういう事にしておく。


 それから俺達は店内を一通りひやかしてまわった。

 この手の店は見てまわるだけでも楽しいから困る。


 店から出る頃には夕方になってしまっていた。

 夏なので、まだ辺りは明るいが。


「なんかずっと立ってたら疲れちゃった。どっか行って座ろうか」

 俺が提案すると、優司も賛成した。


 店の中はクーラーが効いていたので肌寒い位だったが、外に出れば、日差しが和らいでいても蒸し蒸しした温かい空気が身体にまとわりついてくる。


 俺達はコンビニでアイスを買って、近所の公園のベンチで休む事にした。


 辺りはまだかなり明るいものの、7時近い公園には人もほとんどいなかった。

「ふあぁ~……立ってるとそうでもないけど、いざ座ってみると疲れてたんだなって実感するねぇ」

「そ、そうですね……」


 袋からアイスを取り出しながら俺が言えば、緊張気味に優司が答えた。

 まあ後は帰るだけだし、告白するとすれば今しかないだろう。

 そのために人気の無い公園を選んだのだ。


「…………すばるさん」

 しばらくの沈黙の後、優司が意を決したように口を開いた。


 そろそろか。

 優司のためとはわかっていても、やはりここまで自分を好いてくれている相手をふるというのは心が痛む。


 ……付き合うのは色々と無理だが。


「僕、六月生まれで、もう18歳になったんです」

「そうなんだ。言ってくれれば何かお祝いできたのに……」


 相槌を打ちながら、こいつは何の話をしているんだと思った。

 優司と優奈の誕生日は知っているし、二人の誕生日を祝うために毎年俺は一旦実家に帰ったりもしているので、忘れるはずも無い。


 大方、告白しようとしたけど後一歩のところで勇気が出ず、適当な世間話に繋げてしまったのだろう。


 がんばれ、優司。

 お前の恋がここで散る事は確定しているが、人はそれを踏み越えて大人になっていくんだ。


「いえ、そうじゃないんです」

 優司は静かに首を横に振ると、真剣な顔で俺の方に向き直った。

 お、いよいよ来るかと俺は身構える。


「すばるさん、僕、これからいっぱい稼ぎます。今すぐには無理でも、すばるさんが欲しいものや望むもの、なんだって用意してみせます。だから、僕のお嫁さんになってください!」


「………………………………んんん!??」

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