第29話 強そうな筋肉

 中島かすみの家に泊まった朝、俺は中島かすみにしずくちゃんの家に行く際のお守りだと言ってコンドームを渡された。

「こんな物渡されなくても、間違いなんて起こさねえよ……」


 大体こんな物が必要になるイベントなんて、今まで俺の人生に一度も起こったことはない。

 呆れながら俺が言えば、そうじゃないと中島かすみは首を横に振った。

 

「それをすばるの化粧ポーチに入れて、お風呂に入ってる時とか、席を外す時とか、いつでも良いからしずくちゃんの目に付く場所に置いておくにゃ」

「するとどうなるんだよ」


 俺は中島かすみの意図がわからず、首を傾げた。

 しかし、次の言葉で俺は固まった。


「もし、しずくちゃんがすばるがいない間にすばるの手荷物を漁ってたとしたら、帰って来た時、コンドームを見たしずくちゃんは平静を装ってても、隠し切れないくらいに動揺するはずにゃん」


「それは、つまり……」

 中島かすみは、しずくちゃんが俺の持ち物を漁る可能性を考慮したうえで、罠を張ろうとしているのだ。


「ポーチから目を離して、戻ってきた時にしずくちゃんが動揺してたら、荷物は漁られるものとして行動するにゃん。とりあえず財布の中に身分証明になる物は入れない方が良いし、スマホは常に肌身離さず持っている事をオススメするにゃん」

 しかも、その可能性を前提にした対策まで考えている。


「いやいや、流石にそれは……」

「無いと言いきれるかにゃん?」


 ちょっと恐くなって否定しようとしたが、そんな可能性は絶対にないかと問われれば、答えに詰まってしまう。

 そして、少しでも可能性があるのなら、一応警戒しておいた方がいいわけで……。


「……まあ、注意はしとくよ」

 俺は中島かすみの提案に乗る事にした。



「ようこそです! すばるさん! 『カードマスターもも』全話見ました~」

 お泊り会当日、しずくちゃんは須田さんと目を輝かせながら俺を出迎えてくれた。


「アイテムがどれも可愛いし衣装も可愛いし、出てくる物がいちいち可愛くて……すばるさんがあのアニメを見て、今みたいなファッションが好きになったって言うのも納得です!」

 挨拶もそこそこに、興奮した様子でしずくちゃんが言う。


 今日のしずくちゃんは、早速、先日買った可愛らしいリボンやフリルをあしらった可愛らしいブラウスとシンプルなハイウエストのAラインスカートを着ている。


 どうやらしずくちゃんは、すっかりファンシーな服や小物にはまってしまったようだ。

 しずくちゃんのような美少女がこういう服着ると、まるでそこだけ御伽噺おとぎばなしの1ページのような、独特の空気が漂う。

 この感覚は、コスプレに通じるものがあるかもしれない。


 俺もすばるの状態でこういう格好をするのは好きだが、自分と同じ趣味の服を着た子を全方向から自由に見られるというのは、これはこれでなかなか良い物だ。


 そうして俺達はしずくちゃんの部屋へ案内される間も、主に可愛らしい服の話題で盛り上がった。

 部屋に着くと、実はコスプレをする方にも少し興味が出て来たというので、仲間ができるかもと、俺はコスプレの楽しさをしずくちゃんに熱く語った。


「須田さんもどうですか? コスプレ」

 せっかくなので、俺は須田さんにもコスプレを薦めてみる。


「いえ、僕は見てるだけで満足ですし……」

「しずくちゃん、イベントにも興味を持っていますけど、やっぱり一人で行かせるのは危険だと思うんです。須田さんみたいな人が隣にいるとまだ安心だと思いますし」


 やんわり断ろうとするする須田さんに、俺はなおも食い下がる。

 実際女の子がいきなり一人でコスプレイベントに参加するのは結構危険なので、できれば誰かと一緒に参加して欲しいのだが、最近俺も地味に+プレアデス+としての仕事が増えて、しずくちゃんの参加に毎回合わせられる自信は無い。


 須田さんみたいなガタイも良くて強面の人が隣にいたら、それだけで大分安心できそうなのだが。

 少なくとも、付きまといの被害には絶対に遭わないだろう。


「須田さんって体格良いからキャラによってはすごくレベルの高いコスプレができると思うんです。すごく逞しい身体してますよね、何かスポーツでもやってらしたんですか?」

 こんなに体格に恵まれているのにもったいない。なんて思いながら、俺は須田さんに尋ねてみる。


「スポーツというか、身体を鍛えるのが趣味なので」

 暇な時はアニメを見ながら、ひたすら身体を鍛えているという須田さんに、思わず俺は感心した。

 俺だったら絶対そんなしんどい事は続けられない。


 中学の時、貧相な身体をどうにかしようと筋トレに励んでみた事もあったが、一週間も続かなかった。

 俺の場合、スキンケアや身体のマッサージ等はわりと惰性で続けられるが、そこにちょっとでもきつさがが加わると、途端に続かない。


「すごい筋肉ですよね、憧れちゃいます」

 体格的にも根性的な意味でも、俺には手に入らないものなので、純粋に憧れてしまう。

 しかし、憧れるだけで筋トレなんて続かないので、結局俺は鶏がらのままなのだが。


「そうですね、稲葉おにいちゃんもなかなか良い筋肉をしていると思いますが、須田さんのは強そうな筋肉ですよね」

 しずくちゃんが、稲葉を引き合いに出しながら須田さんの筋肉を批評する。

 確かに、顔や身長も相まって、非常に強そうな感じがする。


 そういえば稲葉も、そこそこ引き締まった良い身体をしていた。

 あいつの場合、身体を鍛えるのは純粋にモテたいからだったが。


「すいません、昔から引き篭もり気味だったんでケンカとかしたことないです」

 申し訳なさそうに須田さんが言う。

 恐そうな見た目に対してのギャップがすごい。


「でも、その見た目だったら誰も迂闊にケンカ売ろうなんて思わないので、側にいてもらうだけで十分抑止力になると思いますよ」

 しかし、見掛け倒しでもこの見た目なら、そこにいるだけで、十分しずくちゃんの男避けにはなるだろう。


「そういうものなのかしら? でも、そういうことなら、須田さんも一緒にやりましょうコスプレ!」

「ええ……」


 しずくちゃんはよくわかっていない様子だったが、なんにせよ須田さんが一緒にコスプレしてくれるのなら心強いと、須田さんに目を輝かせながら一緒にコスプレしようと誘っていた。

 須田さんは困惑しているものの、満更でもない様子だったので、もう一押しだ。


「最近は筋肉を強調した水泳アニメや走るアニメもヒットしているし、これだけ鍛えられた体なら、キャラクター選び放題ですよ」

 にこにこして俺が更に勧めるとまだ躊躇している。

「……そ、そうかなぁ……でも僕は見てるだけでいいんです」


「もし、コスプレする衣装や小物代の事が気になるならパパにお願いして経費で落としてもらっちゃうわよ」

 しずくちゃんも俺の提案にノってきた。

「で、でも……」


 結局、須田さんはコスプレをすることを承諾しなかった。

 しかし、この見事な筋肉は惜しい。

 いつかは落としたいところである。

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