第28話 肌がツルツルにゃん……

「それで稲葉を交えて一緒に出かけたりしたんだけど、そしたら今度はお泊り会に誘われたんだ……稲葉抜きで」

「将晴がまた面白そうな事になってるにゃん」


 その日、鰍の部屋で最近しずくちゃんと友達になったことや、稲葉も一緒にしずくちゃんと出かけた事等を話した。

 俺の正体がバレて以来、中島かすみとは互いの家を行き来するような仲になっている。


「せっかくだから、お泊りしてくればいいにゃん」

「いや、なんでだよ」


 中島かすみのあまりにも適当なアドバイスに、すかさず俺はつっこみを入れる。

 しかし中島かすみは動じることなく、まあ聞けと俺を諭す。


「しずくちゃんは、稲葉が夢中になるすばるを徹底的に調べて稲葉を落とす参考にしたいって言ってたんだにゃ?」

「ああ、そんな事言ってた」

 俺は中島かすみの問いに頷く。


「あの子は、基本的に駆け引きなんてしないで、目的に猪突猛進するタイプにゃ。だから本人がそう言っているなら、下手に距離を置こうとしても、実家の力を最大限に駆使してストーキングしてくるにゃ」

「それ困るんだけど」


 嘘だろ!? と、言いかけたが、今までのしずくちゃんのエキセントリックな言動の数々を思い出すと、否定するどころか、しずくちゃんならやりかねないと思えてくる。


「そうされたくなければ、本人が暴走しない程度に、申し出には付き合ってあげた方が結果的には楽だと思うにゃ」

 軽い世間話のように中島かすみはハーブティーを飲む。


 バタフライビーという種類の物らしく、青い茶にレモン汁を垂らせば、赤く染まる面白い茶だ。

 味はローズヒップティーに近い。


 頻繁に中島かすみの家に来ていると、毎回色んな茶が出てくるので、俺は日に日に茶について詳しくなっていっているような気がする。


「だからって、お泊りとか、問題ありすぎだろ。カラコンは一日八時間が限度なんだぞ」

「立場とか性別とか、そういう所よりも真っ先にそこを気にするとはさすが将晴だにゃん」

 俺が文句を言えば、なぜか中島かすみは感心したように頷いた。


 なんだか俺の言わんとしていることが上手く伝わっていないような気がする。

「俺は高校時代、しずくちゃんと会ってるんだ。もし素顔見られたらすぐに誰かまでバレるんだぞ!」


 俺が言い募れば、中島かすみは事も無げに言った。

「将晴だってバレなきゃ良いにゃん」


「……何か秘策でもあるのか?」

「鰍に任せるにゃん!」

 そこまで言うからには何か秘策があるのかと俺が中島かすみに尋ねれば、随分と自信ありげな返事が返ってきた。

 無事にお泊り会を切り抜ける秘策があるらしい。


「それにしても、なんで鰍はそんなにノリノリなんだよ」

「面白そうだからにゃん」

「他人事だと思ってお前……」


 あたりまえだろう。と言わんばかりの回答に、俺は呆れと一抹の不安を感じた。

 そんな俺を他所に、中島かすみは楽しそうに笑った。

「面白そうなのは、将晴だけじゃなくて、しずくちゃんもにゃん」


 この際俺の事は置いておくとして、しずくちゃんも?

「どういうことだよ?」

「しずくちゃんは競う相手としては物足りなかったけど、遊ぶ相手としてはとっても面白いにゃん」


 思わず尋ねてみれば、もはや不安しかない答えが返ってきた。

 こいつ、完全に遊ぶつもりである。


「一体お前は何をする気なんだ……」

「大丈夫、悪いようにはしないにゃん」

 言うなり中島かすみは席から立ち上がり、両手をなぜかわきわきと動かしながら寄ってくる。


「え、おまっ、本当に何する気だよ!?」

 不穏な気配に、俺も席から立ち上がって後ずさる。


「まずは一緒にお風呂に誘われた時の断り方からシミュレーションするにゃ!」

 中島かすみはそう言って構える。

 構えが完全に柔道の構えだ。


「まて、なんで風呂に誘うだけで臨戦態勢なんだよ、というか、なんで風呂!?」

「あらゆる事態を想定したシミュレーションとその事態への対策が重要なのにゃ。しずくちゃんとしては、そこまで言うからには、できれば、すばるの体形とかも確認しときたいと思うはずにゃ」


 釣られて俺も構えながら問えば、もっともらしいような答えが返ってきたが、一体どんな事態をそうていしているのだろうか。


 結局その日、俺は中島かすみに様々な場面を想定したシミュレーションやら、心構えやら叩き込まれたが、あんまりにも中島かすみがびっくりするほど生き生きしていた。


 こいつは、ただこうやって遊びたかっただけなんじゃないかとも思ったが、あんまり楽しそうだったので、俺は中島かすみが満足するまで付き合ってやることにする。


 しかし、無邪気な笑顔で提案してくる作戦は中々にエグいものが多く、実行するにしてもいくらかマイルドに改変した方が無難だろう。


 一通りのシュミレーションを済ますと、これで準備万端だからお泊り会をOKしても大丈夫なはずだと迫られ、その場でしずくちゃんにお泊り会を了承する内容のメッセージを送る事になってしまった。


「帰ってきたら、お土産話いっぱい待ってるにゃん。とりあえず、鰍はお腹がすいたにゃ。将晴も今日はうちでご飯食べて行くといいにゃ」


 しずくちゃんにメッセージを送った直後、中島かすみに言われてふと時計を見れば、時刻は夜の七時を指している。

 ちょうど俺も腹が減っていたので、その申し出をありがたく受ける事にした。


 夕食は、一汁三菜の中島かすみのキャラとは正反対のような純和風の食事が出てきて、結構美味しかった。

 手料理を褒めると、誰かに料理を作ったのは久しぶりだと照れ臭そうに笑う。


 そんな中島かすみの様子を見ていると、どうにもむず痒い気分になった。

 しかし、中島かすみはそんな時も終始にゃん言葉だったので、出て来た料理と作った人間のちぐはぐさが酷い。

 いや、主菜が魚の煮付けな辺り、実はキャラ設定に沿った料理なのかもしれない。


 夕食を食べ終わると、今度は風呂も入って行けば良い、ついでに泊まっていけば良いと中島かすみに言われた。

 流石に辞退しようとしたが、しずくちゃん家でのお泊り会の予行演習だと押し切られ、結局その日は中島かすみの家に泊まる事になってしまった。


 そうして俺は、先程散々シミュレーションした一緒にお風呂に入ろうという誘いを断る方法を早速実戦する事になった訳である。


 突然、泊まることになった俺は、とりあえず、女友達に接する調子でこられても色々と困るので、早々に風呂を借りてメイクやウィッグなどを落とした。


 俺を男と改めて認識させることにより、中島かすみも少しは自重するだろうと考えたからだ。


 しかし、風呂上りに用意されていた部屋着は猫耳のきぐるみパジャマで、他に着る物も無くそれを着て出た俺は、中島かすみに散々可愛いだなんだと言われおもちゃにされた。


 俺はこの恨みを忘れない。


 それでも、友達とはいえ、女子の家に初めて泊まることになった俺は、間違いがあってはいけないと何とか紳士的に振舞ったのだ。


 だが翌日、中島かすみから本当に将晴は女が好きなのかにゃん? と真顔で聞かれたのは心外でならない。


「というか、寝起きのはずなのに、肌がツルツルにゃん……将晴はまだヒゲが生えてないのかにゃ??」

 中島かすみは俺の頬から顎にかけて、驚いたような顔をしながらなぞった。


「知ってるか鰍、入浴時に薄めた豆乳を肌にすり込むと肌がモチモチになって体毛が薄くなるんだぜ」

 ちょっと得意になりながら俺は言う。


 豆乳から作った豆乳ローションを、朝晩すり込んでパックするという美容法なのだが、いちいち豆乳ローションを作るのは面倒なので、俺は水で薄めた豆乳をそのまま使っている。


 朝は洗顔のみ、夜は入浴ついでに全身に使う。

 始めはただ肌がモチモチしてきれいになるだけだったが、一年以上続けた今では、寝起きでも全くヒゲが目立たない。


「ま、まさか、将晴は普段そんなことまでやっているのかにゃん……?」

「こういうのは継続が大事だからな。一人暮らしを始めてからだから、もう一年以上ほぼ毎晩やってる」


 愕然とした様子で中島かすみが尋ねてくるが、芝居がかった仕草がわざとらしい。

 本気で引かれている訳ではない事がわかるからこそ、俺は尚も得意気に続ける。


 俺は元々ヒゲが濃い方ではなかったが、女装コスプレのクオリティを少しでも上げるため、一人暮らしを始めたのを期に、以前から知っていたこの美容法を実行してみた。


 結果、俺は普段のすっぴんの状態でも褒められるような卵肌を手に入れた。

 

「その無駄な女子力で、将晴はどこに行く気だにゃん?」

「女装コスプレは趣味だけど、趣味っていうのは全力で取り組むからこそ楽しいんだと思う」

「……将晴のそういう無駄な情熱、嫌いじゃないにゃん」


 何か含みのある笑みを浮かべながら、中島かすみは俺の肩に手を乗せた。

 中島かすみが何を思ったのかはよくわからないが、それでもそれが拒絶ではない事はわかる。


 俺はそれに心底安心した。

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