第27話 頭なでなで
店に着いてからも『カードマスターもも』の話ですっかり打ち解けた俺達は、そのまま二人でくっついて行動するようになった。
可愛い服やアイテムをこの服あのキャラに似合いそう。というようなヲタトークをしながらひやかしたりするのは、とても楽しい。
稲葉はしずくちゃんに可愛い服を薦められて涙目になったりしていたが、途中から今日はしずくちゃんの服を見立てるからと押し切っていた。
おかげでしずくちゃんは終始ご機嫌だったが、稲葉は事あるごとに意見を求められてげんなりしていた。
たまにしずくちゃんから俺へ意見を求められた時は、完全に俺の趣味と偏見によって服や小物をチョイスする。
しずくちゃんに服を着てもらいながら、あ、この組み合わせ、第○話の桃たんの服みたい。という非常にコアな感想を須田さんと共有しつつ、食いついてきたしずくちゃんには、『カードマスターもも』の布教もかかさない。
その日俺は、非常に楽しい時間を過ごさせてもらった。
須田さんとはすっかり意気投合し、連絡先も交換した。
稲葉はなんか干からびていた。
その後は昼食に辺り一帯を展望できる高級レストランの個室で食事したり、しずくちゃんの家に行って今日買った服でしずくちゃんと俺のプチファッションショーを開いたり、大画面のシアターテレビで『カードマスターもも』の上映会をしたりした。
夕食までご馳走になり、来た時と同じように車で家まで送り届けられる頃には、俺と稲葉は対照的な顔をしていた。
車内には俺と稲葉だけということもあり、自然と気も緩む。
「今日は楽しかったな!」
「あの状況で楽しめるお前が羨ましいよ……」
俺がホクホクしながら稲葉に話しかければ、大分疲れた様子の稲葉が背もたれに身体を預けながらため息をついた。
「むしろ、今日楽しむべきは俺より稲葉だろ」
「楽しむっていうか、お前としずくちゃんがますます俺の知らない世界へ行ってしまった感しかなかったわ」
もっと今の状況を楽しめよ、そしてさっさとしずくちゃんとくっつけよ、という意図を込めて稲葉に言えば、稲葉は遠い目をして静かに首を横に振った。
「はっはっはっ、しずくちゃんも俺も、今日はずっと稲葉の側にいただろ」
「物理的な話ではなく、心の距離の話だよ」
「気のせいだよ」
「そんな訳あるか!」
どうやら稲葉はすっかり拗ねてしまったらしい。
しかし、これでへそを曲げられても色々とめんどくさい。
なんとか機嫌を直してもらいたい所ではあるが、どうしたものか。
「じゃあ膝枕で、『頭なでなで』でもして慰めてやろうか?」
ぽんぽん、と俺は自分の太もも辺りを軽く叩きながら言ってみる。
こうなったら適当に茶化して話題を変えてしまおう。
「……」
稲葉は死んだ魚の目で俺を見てきた。
なんだよ、早くつっこめよ、ボケたのに放置されるとか、かなり恥ずかしいんだけど。
そんな事を考えていると、稲葉は無言のまま俺の太ももの上に頭を乗せてきた。
「うお、マジかよホントに来やがったよ……」
「……」
本当に頭を乗せてきたことに俺は驚いたが、稲葉は尚も無言だった。
顔を膝側に向けているので稲葉の表情はわからないが、何がしたいんだこいつ。
それとも、こうやって膝枕されるも無言を貫く事によって俺に嫌がらせでもしたいのだろうか。
「しょうがないな~、よちよち、稲葉君は良い子でちゅね~」
「……」
こうなったら俺も茶化しまくって嫌がらせしてやると、稲葉の頭を撫でながら、猫なで声でわざとらしくあやしてみる。
相変わらずの無言で、ただやった俺が恥ずかしくなっただけだった。
「おい、なんか言えよ。せめてつっこめよ」
「…………なあ」
痺れを切らして稲葉に抗議すれば、やっと稲葉は口を開いた。
「なんだよ」
やっと声を発した稲葉に、俺は不機嫌に答える。
「なんかお前からスゲー良い匂いするんだど……」
「多分柔軟剤の匂いじゃないか?」
何かとんでもない事に気付いたように稲葉が言う。
俺はあまりのしょうもなさに呆れた。
「胸の感触がやたらリアルなんだが」
俺の偽乳があたっている後頭部をわずかに上下させながら、更に稲葉は続ける。
「特別製だからな」
いつかの即効でバレた偽乳とは訳が違うぜ。と、俺は胸を張る。
あの後、俺は多少触られた位ではばれない、リアルな偽乳を研究し、手に入れたのだ。
「ここまで来ると、むしろなんで本物じゃないんだよ」
顔を俺の方に向け、今度は普通に偽乳の感触を確かめながら稲葉が言う。
「本物だったらどうすんだよ」
「全てが丸く収まって大抵の問題が解決する」
「収まらねえよ、何も解決しねえよ。そしてまた別の問題が発生するよ」
最近、稲葉が定期的にもう女の子になっちゃえよ発言をしてくるが、そもそも俺は女の子が好きなので、そんなこと言われても困る。
「もう、すばるでいいよ……」
「妥協かよ」
俺のふとももに顔をうずめながら稲葉が言う。
完全に自暴自棄になっている。
というか、自棄になるのはいいが、俺を巻き込まないで欲しい。
「……だめ?」
「むしろどこにいいと言えるような要素があるんだ?」
顔をこちらに向けて上目遣いで言ってくる稲葉を軽く小突きながら俺はつっこむ。
「俺の精神衛生上の問題が解決される」
「結局お前だけしか得しないじゃないか」
「幸せにするから!」
「取ってつけたように言いやがって。断る」
最近、すっかりこんなやりとりがお決まりの流れになってしまったような気がするが、まあ稲葉も元気になったようなので良しとしよう。
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