第30話 パジャマパーティー

 俺達はその後、最近はまった作品について語り合ったり、須田さんオススメのアニメの上映会をしたりと、かなり充実した時間を過ごした。


 日も暮れて夕食も終った所で、しずくちゃんに一緒に風呂に行こうと誘われた。

 この屋敷は元々とある企業の保養施設だったらしく、各部屋についている風呂とは別に、男女に分かれた大浴場があるのだという。


 当然俺が女湯に入れる訳もないので、穏便に断る必要があるのだが、ここで中島かすみとのシュミレーションが役に立った。


 俺はしずくちゃんを手招きして近くに呼び寄せると、今日は一人で風呂に入りたいのだとしずくちゃんに伝えた。

 中島かすみ曰く、小声で申し訳なさそうに言うのがポイントらしい。


「あ、すいません、女の子の日でしたか?」

「あー……、うん、そんなとこ」


 しずくちゃんも小声で俺に話しかけてくる。

 ここで普通に頷いて内風呂を貸してもらえばいいだけなのだが、なんだか妙に恥ずかしくて微妙な返事になってしまう。


「そんなとこって、他にどういう……」

 しかし、その微妙な返事がよくなかったようで、しずくちゃんが不思議そうな顔をして聞き返してきた。


「ええっと……」

 俺はしまった、と思い口ごもってしまったが、次の瞬間、なぜか突然しずくちゃんは何か思い当たったかのような顔になると、途端に顔を赤くして、失礼しましたとそそくさと部屋を出て行ってしまった。


 なぜあんな反応をされたのか、俺は首をかしげたが、しずくちゃんには納得してもらえたようなので、俺は今日泊まる事になっている客間の内風呂を使うことにした。


 客間と言っても、余っている宿泊用の部屋というだけのようで、そこは完全にホテルの一室だった。

 しかも結構広くて、豪華なダブルベッドに、ジャグジーつきの広い風呂がついている。

 内装もやたら豪華で、逆に気後れしてしまう。


 洗面所にはアメニティサイズの化粧品が並んでいるが、よく見れば、どれも高級ブランドのお高い物ばかりで、本当にここにタダで泊まって良いのか不安になってくるレベルだった。


 一応お風呂セットやスキンケアセットは持ってきていたのだが、つい誘惑に負けて高級ブランドのアメニティに手を伸ばしてしまったのは、仕方の無いことだと思う。


 風呂から上がった後も、いつしずくちゃんが訪ねて来るかわからないので、気は抜けない。

 軽く肌のスキンケアを終えた俺は、ドライヤーで手早く髪を乾かし、ウィッグを付ける。


 アイテープで二重の幅を広げ、いつものすばるの二重の幅にする。

 中島かすみのアドバイスで、この日に備えてまつげはまつげエクステにしてある。


 カラコンは流石に着けないが、これだけでも大分元の俺の顔からは離れる。

 化粧はしていないので、元の黒目が小さいつり目になり、普段のすばるからもかけ離れた感じにはなっているが。


 ブラを着けて偽乳を詰め、パーカー風ワンピースの寝巻きに着替える。

 鏡を見ながら、とりあえず、これで男には見えないだろうと俺は一息つく。


 これでしずくちゃんが来なかったら骨折り損ではあるが、朝方寝起きドッキリを仕掛けてくる可能性も完全に否定はできないので、違和感はあるが、今日はウィッグを付けて寝た方が無難だろう。


 髪もエクステにしてみてはどうかという意見も中島かすみから出たが、費用が高いうえに、すばるの格好で大学に行く訳にも行かないので、費用対効果の割が合わないのだ。


 まつげエクステに関しては、すっぴんの俺のまつげが多少濃くなったところで、別段それに気付いたり気にしたりする人間もそんなにいないだろうからどうでもいい。


 風呂場から出ると、机の上には氷の入った水差しと、ガラスのコップが乗った銀のトレーが置いてあった。

 ふと、部屋を見渡すと、着替えを漁って開きっぱなしにしていた鞄がドレッサーの横に置かれており、ベッドの上に放りだされていた化粧ポーチも、ドレッサーの上にまとめて置かれていた。


 散らかしていた荷物を片付けられていた事に、少し恥ずかしく思いつつ、いつの間に人が来たのだろうと用意された水を飲みながら思う。


 それにしても、本当に豪華な部屋だな、と辺りを見回していると、ドアをノックする音がした。

 身支度も終っていたのでそのままドアを開けると、緊張した面持ちで、寝巻き姿のしずくちゃんが立っていた。


「あの、パジャマパーティーとか、やってみたいなって、私、家に友達を泊めたことって無かったから……」

 そわそわした様子で言うしずくちゃんを追い返せるはずも無く、俺はしずくちゃんを部屋に招き入れた。


 しずくちゃんの寝巻きは、いわゆるネグリジェというもので、膨らんだ袖やあちこちにフリルや刺繍があしらわれた可愛らしい物だった。


 水が置かれていたテーブルの席に俺としずくちゃんでそれぞれ座る。

 席に座った直後、しずくちゃんが声を上げた。


「あの! 避妊って大事ですよね!」

「…………うん?」


 俺は突然のしずくちゃんの発言に、しばらく言葉の意味を理解できなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る