第5話 責任とらせてくれ

 イベント当日、俺と稲葉は家を出た時から常に辺りを警戒しながら会場へと向かった。

 しずくちゃんの妨害が入ることも考え、俺達は予定よりも早く家を出た。


 早朝でほとんど人のいない駅のホームで、きょろきょろと辺りを見回した後、稲葉は小さな声で言った。


「ところで、昨日は勢いにのまれたけど、その情報は確かなのか」


 確かに情報の真偽というのは重要だ。

「悲しい事にほぼ間違いないな。一応しずくちゃんサイドの人間からのリークだから」

「なんでそんなつながりを持ってるんだよ」

 いぶかるように稲葉が眉をひそめる。


 これは一真さんの事を稲葉に説明する必要がありそうだ。

「元々は稲葉と俺を別れさせるためにしずくちゃんが送り込んできた刺客だったんだけどな」

「そんなの聞いてないんだが」

 稲葉が不満そうに言う。


「言ってないしな」

「刺客って、大丈夫だったのか!?」

 どうやら刺客という言葉をそのまま受け取ったのか、急に稲葉が深刻そうな顔になった。


「大丈夫だって、刺客って言っても、殺すだなんだっていうんじゃなくて、俺を誘惑して稲葉と別れさせようって感じのやつだったから」

「それはそれで大丈夫なのかよ……」

 なだめるように説明すれば、稲葉は呆れたようだったが、肩の力は少し抜けたようだった。


「まあ色々あったけど、結局その人は表向き俺と親睦を深めてるように見せかけて、引き続きしずくちゃんから金を貰いつつ、俺はしずくちゃんサイドの情報を流してもらう事で落ち着いたよ」

 肩をすくめつつ答えれば、また稲葉は不満そうな顔になった。


「全く聞いてないんだが」

「だってお前その頃しずくちゃんから受けた精神攻撃で相当参ってたろ」

「その時じゃなくてもいつでも話せただろ」

「そうなんだけど、単純にタイミングが無かっただけだよ」


 俺が言い終わると、稲葉は真顔のまま急に黙った。

 なんなんだと少し身構えつつも、俺は稲葉の次の言葉を待つ。


「……将晴」

「な、なんだよ」

 意を決したように背筋を伸ばして俺の方に向き直った稲葉に、若干気圧されつつも俺は返事をする。


「クリスマスやバレンタイン、モデルの事や今日の事だって、俺の頼みが元で今までお前に散々迷惑かけてきた。すごく悪いと思ってるし、それ以上に俺は助けられて感謝してる」

「どうしたんだよ急に」


 突然、ここ一年の事を振り返りつつ俺に礼を言う稲葉に、俺は首をひねった。

 ほんと、突然どうしたんだお前。


 そう思った直後、いきなり稲葉は俺の両肩をがっしりと掴んできた。

 驚いて両肩が思いっきり跳ね上がる。

 思わず、うおっ! とか変な声をあげてしまった。

 そんなものは全く気にしない様子で稲葉は話を続けた。


「だからさ、もっと色々俺の事も頼って欲しいんだ。それで俺が解決できるかはわからないけど、一緒に悩むことはできる。お前に何か困った事があったら協力させてくれよ」

 稲葉のあんまりにも真剣な、困ったような苦しそうな顔に、俺は固まった。


「いや、そこまで深刻な話じゃないから気にするなって」

「でも元はと言えばこうなったのも俺のせいだろ? 俺に責任とらせてくれ」


 一旦落ち着こうぜ、と、妙に思いつめた様子の稲葉を宥めようとすれば、今度は責任とらせてくれときたもんだ。

 いや、まあ間違ってはいないんだろうけども……。


「その言い方やめろ、なんか違う意味に聞こえてくる」

「俺は本気だ!」


 うわ、めんどくせえ。


 稲葉は真っ直ぐな目で俺を見つめるが、それが俺の正直な感想だった。

 基本的に稲葉はいい奴なのだけれど、時々こうと決めたら周りが何を言っても聞かない事がある。

 なんだかんだでこういう所は美咲さんとの血の繋がりを強く感じる。


「あー……うん、わかったよ。別に隠し事をしてたつもりも無いけど、これからはできるだけお前に話すし、困った事があったらお前に相談するよ」

「おう!」


 俺の返答に満足したらしい稲葉は眩しい笑顔で力強く頷いた。

 ……こいつも悪い奴じゃないんだよな。


「しずくちゃんが何をするつもりなのかはわかんないけどさ、せっかく今日のために色々準備してきたんだ。できる限り楽しもうぜ」

「そうだな。将晴が腕によりをかけてかっこいい衣装作ってくれたもんな!」


 気を取り直して今日は楽しもうと声をかければ、稲葉は照れ臭そうに笑った。

 面と向かってそんなにストレートに褒められると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。

 顔が熱くなるのを感じながら、俺はあさっての方向を見た。


 しずくちゃん、今日は会場で俺達を見つけられないまま諦めて帰ってくれないかな。

 そんな事を思いつつ、俺は電車が間もなく到着するというアナウンスをぼんやりと聞いていた。

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