第31話 修学旅行の夜みたい

「あっ、ええっと、つまり、例え付き合っていても、結婚するまでは、せめて避妊はすべきですよねというか、なんというか……」


 慌てた様子でしずくちゃんが言うが、しずくちゃんは自分が今何を言っているのかわかっているのだろうか。


 それにしても何でいきなり避妊だなんて、と考え、俺は自分の目の前にある、ドレッサーの上に置かれた化粧ポーチの存在を思い出した。


 どうやら、化粧ポーチの中身がしずくちゃんに知られているらしい。

 タイミングからしてさっき俺が風呂に入っていた時だろう。


 もしかしたら、実際に中身を調べたのは、水を持ってきた使用人かもしれない。

 しかし、中身を探る機会なら今までも結構あったはずなのに、なんで今なんだ?


 そう考えて、俺はしずくちゃんに風呂に誘われた時の事を思い出した。

 そういえば、あの時しずくちゃんの様子が少しおかしかったのも気になる。


「ええっと、確かに避妊は大事だと思うけれど、突然どうしたの?」

 とりあえず興奮した状態のしずくちゃんをなだめながら尋ねてみる。


「いっいえ、あの、すばるさんってお兄ちゃんと恋人同士ですし、当然そういう事はしてるんだろうなとは思ってたんですけど、今日改めてそれを自覚したといいますか……」


 するとしずくちゃんは急に我に帰ったように、一気にトーンダウンして、顔を赤くしながらもじもじと話しだした。


「あの、一緒にお風呂は入れないのってつまり、そういうことですよね……キスマークとか……」


 そして、俺はやっとここでしずくちゃんの誤解について理解した。


 つまり、一緒に風呂に入れないというのは、身体にキスマークがついていて人に見せられるような状態ではない、と思われたらしい。


 正直、ものすごく否定したいのだが、化粧ポーチの中身が知られているという事は、俺の手荷物も全て見られた可能性がある訳で……。


「えっ、あー……うん」

 俺は、むしょうにこの場から逃げ出したい気持ちに駆られながらも小さく頷いた。

 もはや俺にはもう、この言い訳しか残されていない。


「やっぱり……!」

「よーし、この話はおしまい! なんかもっと楽しい話しよう!」


 しずくちゃんは深刻そうな顔で言ったが、俺はもうこれ以上この話題に耐えられる自信がなかったので、無理やり話題の変更を宣言した。


「じゃあ、すばるさんは、稲葉おにいちゃんのどんな所が好きですか?」

「ええ、恥ずかしいなぁ、じゃあしずくちゃんが教えてくれたら私も話そうかな」

 幸いな事にしずくちゃんは素直に新しい話題を提供してくれた。

 稲葉についてだったが。


「私はいっぱいありますよ! かっこいい所に、優しい所、あと、おしゃれで頭が良くて気遣いができて……」

 それからしばらくの間、しずくちゃんの稲葉語りが続いたが、途中から理想と妄想が入り乱れて誰だそいつ状態になっていた。


 聞きながら、なんだか前にもしずくちゃんにこんな話聞いたことあるな、とぼんやり思った。


「……それですばるさんはどんな所が好きなんですか?」

 ひとしきり語り終えて、すっきりした顔でしずくちゃんは俺に聞いてきた。


「うーん、気を使わないで良い所かな。稲葉の前だとあんまり気取らないで自然体の自分でいられる、そんな所が好きかな」

「あー、なるほど……」


 俺が答えると、しずくちゃんは妙に納得したように言った。

 不思議に思って俺は首を傾げる。


「え?」

「いえ、すばるさんって、メイク落とすと結構顔変わるなって、メイクしたら可愛い系ですけど、今はクール系ですよね!」

 慌てて取り繕うようにしずくちゃんが言う。


「ふふっ、詐欺メイクとはよく言われるの」

「でも、肌はすごい綺麗ですね」

「肌はね、ちょっと気を使っているの、あ、そろそろこんな時間、もう寝ないと肌によくないわ」


 ふと時計を見た俺は、棚の上に置かれた時計が夜の十一時過ぎを指していることに気が付いた。


「そうなんですか?」

 寝不足と肌の不調が頭の中で結びつかないらしいしずくちゃんは、不思議そうに俺に尋ねて来た。

「寝不足が続くと肌も荒れてくるし、隈だって出ちゃうでしょ」


 俺が指摘すれば、しずくちゃんは言われて見れば、と両手で顔を覆った。

「うう、確かに隈は厄介かも……」


 最近、しずくちゃんは徹夜でアニメを見たりゲームにいそしんだりしているそうなので、そもそも健康的な観点から見ても心配ではある。

「しずくちゃんも、あんまり徹夜ばかりしてると身体に良くないわよ」


 俺が注意すればしずくちゃんはしゅんとした様子で頷いた。

「気をつけます……あの、今日は一緒に寝て良いですか?」

「…………へ?」


 突然、話題が就寝時間から一緒に寝ないかというお誘いに変わり、俺は固まった。

 固まった俺を他所に、しずくちゃんは上目遣いで俺に言い募る。


「パジャマパーティーなんですよ? 布団に入って寝る前の恋話とかしたいです」

「えぇ……」


 どうしてそうなるのか、とは思ったが、普通女友達同士で泊まったらそのまま一緒に寝るというのは普通なのだろうか。

 そう言えばよくアニメや漫画でそんなシーンを見かけるが、実際にはどうなんだ? それは一般的なことなのか??


 もしそうである場合、断る方が不自然なんじゃないか?

 いやでも俺男だし。何も無くても後からばれたら、しずくちゃんの関係者に本気で殺されるパターンじゃないのかコレ。


「ダメですか? やっぱり私とは一緒に寝たくないですか?」

 色々と思うところはあったが、不安そうな顔でそんな事を言われると、非常に断りにくい。


「もう、しょうがないなあ……」

 結局、それで相手の要求を飲んでしまうから、俺はダメなのだとは思う。


 とりあえず、ベッドは広いので、しずくちゃんが寝たらなるべく端まで寄って、明日はしずくちゃんが起きるより早くに身支度を整えてしまうしかないだろう。


 ベッドに入ってリモコンで電気を消すと、隣からしずくちゃんの声が聞こえる。

「理想を語るなら、すばるさんはどんな男の人がタイプですか?」

 完全にノリが修学旅行の夜みたいになっている。


「私、お兄ちゃんみたいなスラッとしておしゃれな男の人が好きなのかなって思ってたんですけど、もしかして、結構がっちりした人とかもタイプだったりします?」

 暗いので顔はよく見えないが、声でしずくちゃんが楽しそうなのはわかる。


 というか、この質問、誰を指しているのか丸分かりである。

「一真さんと須田さんだったらどっちがタイプかってこと?」

「はい。お兄ちゃんは一旦わきにどけておいて、彼氏にするならどっちが良いです?」


 これ、この答え次第で今後俺の隣に住む人間が代わるヤツじゃないだろうか。

 そこまで考えて、最近の一真さんの妙に拗ねた態度の原因がわかったような気がした。


 どうでも良い事は結構あけすけに話してくる癖に、重要な事はあまり話さない辺り、一真さんらしいといえばらしい気もする。


 須田さんは良いヲタ友達になれそうではあるが、正直彼には今後もしずくちゃんの側にいてしずくちゃんの性格をもっと丸くして貰いたい。


 なんだかんだ言いつつも、一真さんは結構まめにしずくちゃん周辺の情報を流してくれるし、手土産も美味しいので、特に今のままで不満は無い。


「んー、一真さんかなぁ」

 そんな事を考えながら答える。


「すばるさん、いつの間にか篠崎さんと名前で呼び合う仲だったんですね」

「えっ、あ、いやこれは深い意味は無くて……」

 しずくちゃんから言われて初めて、自分のミスに俺は気付いたが、しずくちゃんは隣で嬉しそうに笑っていた。


「ふふふふふ……良いんじゃないですか? 私は祝福しますよ」

「そんな予定はありません」

「え、それは私が困ります」


 そんな会話をしつつ、しずくちゃんは一向に眠る気配を見せず、結局完全にしずくちゃんが眠ったのを確認したのは夜中の二時だった。


 今寝たら確実に寝坊すると確信した俺は、結局その日は一睡もせずに朝を向かえ、早朝からホットタオルやコンシーラーを駆使して隈を隠したりした。


 つらい。

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