第3話 お家デート
「明日はね、すばるさんとお家デートするの」
「それは昨日も聞いたよ、良かったな」
「あ~、楽しみすぎて寝られないよ~。手土産はクッキーとかで良いかな、作業着は中学時代のジャージを上から着るとして、何着ていこう、候補三つくらいに絞ったんだけど、迷う」
電話越しに聞こえる興奮した様子で話す優奈の声に、俺は聞こえないようにため息をついた。
先週、優奈が俺の下宿先のボロアパートに来て、昨日すばると買い物に行き、後日すばるの家で一緒にコスプレ用具を作るという話をされて以降、俺は毎晩優奈から同じような内容の電話を受けている。
内容は相談のようだが、いざ話を聞いてみると、優奈は特に俺の意見はあんまり求めていないようで、単に自分とすばるの話を聞いて欲しかったようだった。
いわゆる恋バナをしたくても、相手が同性である以上、迂闊に周りの人間には言えないだろうし、事情を知っている双子の優司は同じくすばるに思いを寄せる恋敵なので、必然的に話す相手は俺しかいないのだろう。
「明日は作業工程がいくつかあって、乾燥待ちの時間もあるから製作に時間かかっちゃうらしくって、昼前に行って、帰りも遅くなるの。一日すばるさんと二人きりなのよ」
嬉しそうに優奈の声が弾む。
普段、俺はこのタイプの付属品の製作は他の作業と平行して何日かかけて作っている。
今回は肩鎧製作だけに作業を絞って、一日で終わるよう作業スケジュールを考えた。
だが、塗装の乾燥時間はなるべく短縮できるよう考えても、どうしても一定以上は必要で、それを無視すると作品の出来にも大きく影響してしまう。
しかし、優奈としてはむしろ好都合だったようで、かなりはしゃいでいる。
やる事は色気も何も無い作業なのだが……。
「すばるさんね、コスプレの衣装とかも手作りが多いんだって、元々は道具を作るのがメインだったらしいんだけど、すごいのよ、衣装だけじゃなくて、剣とか銃とかも本物みたいなんだから」
「お、おう……」
なんだろう、別に優奈に自分の作った物を褒められるのは初めてじゃないのに、すばる本人としてじゃなくこう言われると、どうもむず痒い気分になる。
「私もあんなの作れたら素敵だなぁ……」
無邪気に話す優奈に、俺はなんだか自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
自分がきっかけで自分の趣味に興味を持ってもらえるというのは、やっぱりどうしようもなく嬉しい。
電話を切った後、俺はすばるの寝室のベッドに寝ころんだ。
優奈は本当に随分とすばるの事を慕ってくれているらしい。
嬉しい反面、騙しているようで罪悪感がヤバイ。
ともあれ、明日は昼前から優奈が来るのだから、早めに起きて色々準備しなくては。
恋愛的な意味では優奈の期待には答えられないが、せめて、夢を壊さないよう、憧れのお姉さんではいられるようがんばろう。
翌日、優奈は約束通り朝の十時ぴったりにやってきた。
前回買った材料は、全てすばるの家に保管されている。
「今日はよろしくお願いします!」
目をキラキラと輝かせながら頭を下げる優奈を部屋に招き、早速作業に取り掛かる。
既にリビングのテーブルには用意していた材料と道具を広げてある。
「大まかな作業の流れを説明すると、この前100均で買ったスポンジシートを肩鎧のパーツの形にカットした後、形整えたり穴あけたり塗装したりして、紐を通して固定したり細かい付属品を付けて完成かな」
「おおぉ、なんか見たことない道具が混じってる……」
優奈はいくつかの道具を見ながら、やっぱりクオリティの高い物を作るにはそれなりに本格的な準備が必要なんですね……と、しょんぼりした様子で言った。
「大丈夫、あると便利ってだけで必ずしも必須じゃない物も多いし、それにほら、このグルーガンも100均で買えるやつだから! 他にも100均で揃えた道具多いし、100均はコスプレイヤーの味方だから!」
まずい、このままではせっかくコスプレ用品の自作にも興味を持ち出した優奈の心が折れてしまうと、慌ててフォローする。
「とりあえず、今回みたいに基本は売ってる衣装を使って、一部を自作とかもできるし、今日はお試しみたいな感じで気軽にいこう」
「お、お手柔らかにお願いします……」
優奈はおっかなびっくりという様子で頷いた。
そうして俺達は早速製作に入る。
「まずはこの100均で買ったスポンジシートを型紙に合わせてカットしていくんだけど、形紙はもうこっちで造ってあるから、この形をスポンジシートに写していこう」
俺が説明するのを優奈は熱心にメモを取りながら聞いている。
今回、俺と優奈がコスプレするキャラ達の肩鎧は、左右でつける場所が違うが形は同じなので、紐の色と模様以外は同じ物を作る事になる。
今回は面倒な型紙製作や制作方法や製作スケジュール設定等は全部事前に俺が済ませておいた。
優奈にはまず、材料を切り出して塗装し、組み立てたりする、一番楽しい部分だけをやってみて、そこから更に興味を持ってもらえたら、と考えたからだ。
それからは、切り出したスポンジシートをライターで炙って形を曲げたり、細かいパーツを切り出して組み立てて接着剤でとめたりして、パーツの形を整形して行った。
パーツの整形が終われば下地を塗って、ベランダで四時間程乾燥させる。
その頃にはもう昼になっていたので、乾燥させている間に俺達は昼食をとることにした。
手伝うと言ってくれた優奈にすぐ作るから座って待っているように言う。
さっさと作って食べてしまいたかったので、以前、一真さんに教わったマカロニのサラダスパ風の料理を作る事にした。
お湯を沸かしながらその間に軽くテーブルの上を片付け、お湯が沸いたらマカロニを投入しつつ、レンジで温泉卵もどきを作ったり野菜を切ったりする。
一真さんの言ったとおり、本当に十分程度で出来上がった料理を優奈に出す。
ついでにインスタントのコーンスープもそえる。
「え? もうできちゃったんですか!?」
驚いた様子の優奈に、ちょっと得意気になりながら、上に乗ってる卵を潰して食べるように言う。
優奈は驚いた様子で見たことない料理が出てきたと食べる前にとスマホで料理の写真を撮っていた。
「美人なだけじゃなく、コスプレ道具ほとんど自作だったり、すごい手際よく料理作ったり……しかも美味しいし……すばるさん女子力高すぎです」
なぜか非難するような口調で言われた。
「そんなことないよ、どれも趣味の延長みたいな感じだし」
「すばるさん、こんなに完璧だったらもうそれに釣り合う相手なんて、とんでもないエリートなハイスペックな完璧超人じゃないと無理じゃないですか」
ちょっと拗ねたように優奈が言う。
「う~ん、私は特にそんな人は求めてないけど……」
「じゃあ、すばるさんが恋人に求める物ってなんですか?」
そんな完璧超人こっちが萎縮するわと思いながら答えれば、優奈は不思議そうに首を傾げた。
「まずは趣味が合うことじゃないかな。あとは……私はエリートの仕事命な高給取りの人よりは、仕事もそこそこで一緒にいられる時間大切にしてくれる人が好きかな」
趣味を共有という点においては、優奈は結構いい線いってんじゃね? なんて思いつつ、でもすばるの方でも付き合うわけにもいかないので結局無理かと俺は思い直した。
というか、優奈には絶対にカミングアウトなんてできないけれど、もし俺の趣味や女装の事を知っても引かないような女の子が現れたら、もうそれだけで惚れちゃいそうな勢いである。
「……つまり、仕事よりも家庭を大切にしてくれる人がいいということですね!」
「家庭? まあ、結婚したらそうなるんだろうけど……」
なぜか家庭の話まで飛躍していて俺は首を傾げたが、まあ間違いではないので頷いておいた。
後は特に問題もなく作業は進み、乾燥中に一緒にアニメを見たり等しつつ、終始和やかな雰囲気で肩鎧製作は終了した。
一応、表面は乾いたものの、完全に乾燥するまでにはまだ時間がかかるので、完成した肩鎧は一旦すばるの家に置いておいて、イベントが始まる前にまた優奈が衣装合わせもかねて取りに来る事になった。
その日の夜、優奈から電話があった。
「お兄ちゃん私、大学受かったら大学に行きながら公務員予備校に通おうかと思うんだけど、どうやったらお父さんとお母さん説得できると思う?」
突然何を言い出すのかと思って話を聞いてみると、公務員なら仕事も収入も安定していて定時に上がれるからと言われた。
「…………もしかして、朝倉が原因だったりするのか?」
「どうしてわかったの!?」
嫌な予感がして尋ねてみれば、案の定の答えが返ってきて俺はいたたまれなくなった。
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