第2話 正に自爆

 朝倉すばるとして俺が優奈と買い物へ出かけた翌日、優奈は俺の家を訪ねてきた。


 すばるの家ではなく、元来俺が住んでいるボロアパートの方だ。


「昨日すばるさんと出かけた時に、色仕掛けしてみたんだけど、すばるさんに全く意識してもらえなかった……やっぱりちょっとくっついたりだけだと弱いのかなぁ」


 居間に通して座らせるなり、随分落ち込んだ様子で優奈が言い出した。


 あれワザとだったのかよ! と、内心つっこんだが、そもそものつっこみ所はそこじゃない。

 日本茶を出しながら俺はちゃぶ台を挟んで優奈の前に座った。


「何をやったのかは知らないけど、なんでいきなり色仕掛けなんだよ……」

 無論、優奈がすばるに対して何をやったのかは全て知っている。


 本人だからな!


 だが、歩いている時に腕にくっついてきたり、やたら密着してきたり、パフェを食べさせあったりというのは、一般的に男に対しては有効だろうが、同性相手にはどうなんだ?


 俺には効果抜群だったけども。


 すばるがそこで食いつくのは不自然じゃないだろうか?


 俺は内心そわそわしっぱなしだったけども。


「まあ、色仕掛けって言っても、ちょっとくっついたりしただけなんだけど……わかりやすく好意を伝えられると思って。それに私の事ちょっとでも意識してくれたらなー、と思って」

 俺が呆れていると思ったのか、ちょっといじけたように優奈が言う。


「すばるさんの予定が合わなくてまだ行けてないけど、そのうち一緒にスパとかも行きたいって思ってるの、それでもしドキッとしてくれたら儲けものだし、そうじゃなくてもすばるさんの裸が見れるし」

 続けて、最近やたらすばるを温泉旅行やら健康ランドやらに誘ってきた理由を暴露する。


「……まあ、お前は女もいけるから違うかもしれないが、一般的に女同士って男同士に比べてもスキンシップって割と多くないか? 俺の私見だけど、それなら女同士で多少朝倉とスキンシップを増やした所で急に意識したりするか?」

 できるだけ冷静に、諭すように俺は言う。


 正直、今後もずっとあんな調子で優奈に色仕掛けをされ続けるのは辛いので、なんとかもっともらしい理由をつけて色仕掛けをやめさせなければ。


「そういえばそうかも!? 言われて見れば、私もよく学校とかで仲の良い子と抱きついたりしてる!」

 俺が言い終わると、なぜか優奈は驚いたように声を上げた。


「なんで今気付いた風なんだよ……」

 今度こそ俺は呆れた。


「だって、すばるさんにいざくっついてみたら、すごくドキドキしちゃって……なんか帰ってからも、そればっかり思い出しちゃって落ち着かなかったんだもん……」


 優奈は顔を真っ赤にしてもじもじしながら言った。

 恥ずかしいのか両手で口元を隠している。


 俺は妹の予想外の発言に言葉を失ってしまった。

 色仕掛けをして、仕掛けた本人が効果抜群ってどうなんだ……。


 正に自爆である。


 部屋の中にいかんともしがたい沈黙が流れた。


「だって、すばるさんすごく良い匂いがするんだよ!? 髪だってさらさらだし、超美人だし、優しいし! それでドキドキするなって方がおかしくない!?」


 この沈黙をどう取ったのか、少し間を置いて優奈がなぜかキレ気味にすばるの魅力を語ってきた。


 やめろ、別人と思われているとはいえ、面と向かって自分の事をそう言われると照れるというか、恥ずかしい。


「……なんでお兄ちゃんまで顔赤くなるの」


「いや、なんか思いの外ピュアでこっちまで恥ずかしくなってきた」

 外交的で明るい性格の優奈はてっきりもっと恋愛慣れしてるものだとばかり思っていたが、どうも違ったらしい。


「ピュアって何よ! 中学の時には彼氏だっていたんだからね!」

 心外だとでもいう様子で優奈が声を上げる。


「そういうお兄ちゃんの方はどうなのよ! 彼女さんとは上手くいってるの!?」

 頬を染めて、反撃とばかりに優奈が聞いてくる。


「え、まあそれなりに……」

 俺は適当に笑いながらごまかす。


 現在、なぜか俺には恋人がいる事になっている。

 実際にはそんな相手はいないけれど。


「ラブラブ?」

「まあな……」

 そして、最近優奈はやたらと俺に恋人の話を聞いてくる。


 優奈は参考にしたいと言っているが、そもそも俺自身に恋人がいた事がないので、全く参考にはならないだろう。

 下手に存在しない恋人の話をしてボロを出してしまいそうなので、毎回俺は適当にごまかして話を逸らしている。


「それにしても、優奈に彼氏なんていたのか、その彼氏とはどんなことしてたんだ?」

 まあ優奈は可愛いもんな、なんて思いつつ、俺は尋ねてみる。

 下手するとセクハラととられそうな発言だが、彼氏いた事ある割には優奈は随分と初心な気がして少し気になった。


「え、そりゃあ、一緒に下校したり、休みの日にデートしたりとか……まあ、手を繋いだりとか……」

「あーうん……なんとなくわかった」

 ちょっと上ずった声で顔を赤くしながらも妙に得意気に報告する優奈に、俺は察した。


 まあ、中学生だしな。

 とても清い、爽やかな交際をしていたようである。


 しかし、それはいいとして、何で優奈には高校に入ってから彼氏もできなかったのだろう?

「高校に入ってから告白されたりとか好きな奴ができたりとかしなかったのか?」

「まあ、告白はちょくちょくされてたけど、あんまりピンとこなかったし、高校に入ってからはすばるさん以外だと二次元にしか恋してなかったなぁ」


 そういえば、といった様子で優奈は話したが、俺は固まった。

「優奈、ちょっと確認してもいいか?」

「いいよ?」


 俺は今、とんでもなく嫌な予感がしている。

 願わくばそれが外れていて欲しいと思いながら俺は口を開いた。


「優奈が+プレアデス+の写真を始めて見たのは高校一年の頃って言ってたが、正確にはいつだ?」

「高校に入学した直後だけど」


「コスプレに興味を持ち始めたのは?」

「高一の五月頃かなぁ」


「優司が参加する同人イベントについて行ったのは?」

「同じ年の六月……だったかな?」


「本格的に二次元にはまったのは?」

「いつだったかな、夏休み入る前の……まだ冬服の頃だったとは思うけど」


 優奈が+プレアデス+の写真を見たのをきっかけとして、ヲタクに目覚めたのが高校に入ってすぐだっただと!?


 つまり、それまで順調にリア充への道を歩んでいた優奈の道を俺が思いっきり踏み外させた事になる。


 同じ趣味を優奈と共有できるのは嬉しいが、これは罪悪感がハンパない。


「急に黙っちゃってどうしたの? もう質問はいいの?」

「ああ……、なんか、お前のリア充からの踏み外し方がすご過ぎて、ちょっと言葉失ってた」

 思わず俺がまた黙れば、優奈は不思議そうに首を傾げた。


「なにそれ? 別に私は今超楽しいし。それにすばるさんのおかげで優司ともまた仲良くなれたんだし、もしすばるさんの事悪く言ってるんなら怒るよ、私」


 どうやら、優奈は俺が+プレアデス+こと朝倉すばるの事を俺が悪く言っているように取ったらしく、急に真顔になって立ち上がり、俺を見下ろした。


 なんて冷たい目をしてやがる……。

 さっきの照れた姿が嘘みたいだ。


「いや、そんなつもりじゃねえよ。ちょっとそれまでと方向性が急に変わってびっくりしただけだ」

 慌てて俺は否定する。

 というか、さっきから優奈がすばるの事好きすぎて非常にやりづらい。


「そう、ならいいの……ところで、今度すばるさんの家にコスプレ道具の作り方教わりに行く事になったんだけど、何着て行ったらいいと思う!?」

 優奈は俺の言葉を聞くなり、優奈は座布団の上に大人しく座りなおした。

 直後、急に目をキラキラさせて今度の予定について話し出す。


 テンション短時間でコロコロ変わりすぎだろ……なんて呆れつつ、

「とりあえず、作業するなら汚れてもいい服じゃないか?」

 そう返せば、それじゃあおしゃれできないじゃない! と、不満気な声が返ってきた。


「おしゃれしなくても十分お前は可愛いよ」

「それ、すばるさんに言われたかったな~」


 言ったのは正真正銘『すばるさん』なのだが、そんな事は言える訳もない。

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