第24話 キャラがブレブレ
「面白かった作品の事とか須田さんと話してて、気付いたんです。作品が好きな気持ちが高まると、やっぱり同じようにその作品を知ってる人とその魅力について語り合いたくなるんだなって」
しずくちゃんの突然の宣言に呆然とする俺達をよそに、なおもしずくちゃんは熱弁をやめない。
「つまり、お兄ちゃんとすばるさんは、そうやってお互いの趣味を語り合う仲間でもあったんですよね」
「ええ、まあ」
突然、俺の方に話をふられて驚く。
「それとさっき、篠崎さんから聞いたんですけど、今日お兄ちゃんをここに来るように言ってくれたの、すばるさんだったんですね」
ふっとしずくちゃんの表情が急に暗くなった。
どうやら一真さんは俺達を応接室に送り届けた後、彼女にどうして稲葉がここに来ているのか説明しに行っていたらしい。
「そうだけど……」
恐る恐る俺は頷く。
しずくちゃんは下を向いてしまったので、表情もわからない。
「私だったら、彼氏が他の女の人を心配するとか、ましてやわざわざ家に逢いに行くなんて、そこに恋愛感情がなかったとしても絶対嫌です」
どこか拗ねたような、怒ったような様子でしずくちゃんが言う。
「うん、それは人それぞれだから……」
「でも、すばるさんも私の事心配してて、だからお兄ちゃんへ私に会いに行くように言ってくれたって……」
なぜ、そこでしずくちゃんが不機嫌になるのかわからなかったが、しずくちゃんは更に不機嫌な様子で言い募る。
「一ヶ月以上部屋に引きこもって食も細くなってるなんて聞いたら、誰だって心配するよ。きっと私以上に、この家にいる人達の方が心配だったんじゃないかな」
なんでしずくちゃんがこうなっているのか、頭の中に疑問符が飛び交ったが、とりあえず、こんな時すばるが言いそうな最もらしい事を言ってみる。
「私、すばるさんにいっぱい酷い事したし、嫌われるような事言ったのにっ」
「でもそれは、稲葉が好きって気持ちがちょっと突っ走っちゃった結果だから、私も気持ちわからなくもないもの」
直後、しずくちゃんが顔を上げて俺を見た。
彼女の目は今にもこぼれ落ちそうなほど涙を溜めている。
「なんでっ……すばるさんはっ! そんなに優しいんですか……すばるさんだってお兄ちゃんの事好きなのにっ……こんなの、勝ち目無いじゃないですかぁ~」
突然、泣き出したしずくちゃんに俺は混乱した。
「ええっ、泣かないで、私しずくちゃんにそう言われる程、大した人間じゃないから……」
「ほら、またそうやって謙遜するぅぅ……」
慰めようとしたら更に泣かれた。
どうしようと給仕のお姉さんを見たら、すっとしずくちゃんに箱ごとティッシュを差し出していた。
それから俺達はどうする事もできず、応接室はしばらく、しずくちゃんのしゃくり上げる声と、鼻をすする音に支配された。
「ずびまぜん、どりびだじまじだ……」
たぶん、『すいません、取り乱しました』と言いたいのだろう。
さんざん泣いて落ち着いたらしいしずくちゃんは、鼻をかんで再び俺を見た。
鼻と目が赤くなっている。
「すばるさん、突然なんですけど、今まで、さんざんあんな事しておいて、言うのもあつかましいんですけど、もし良かったら、私とお友達になってくれませんか……?」
一瞬言われた言葉が理解できなくて、俺は固まった。
友達? 恋敵の俺と? なんで?
色々浮かんだが、別に俺はしずくちゃんの事が嫌いな訳ではないし、どうしてそういう結論になったのか、本人に聞いてみるより他ないだろう。
こんな時、すばるならどう答えるか。
「…………私でいいの?」
小首を傾げ意外そうな顔で聞き返す。
「すばるさんじゃなきゃダメなんです。私、やっぱりお兄ちゃんの事は好きだし諦めたくありません。だけど、いまのままだと絶対に敵いっこないから、お兄ちゃんが夢中になるすばるさんの事、もっと知りたいんです!」
手に持っていたティッシュを机の上に置き、しずくちゃんは真っ直ぐ俺の目を見て答える。
若さゆえのまっすぐさが眩しい。
「知ってどうするの?」
「いつかお兄ちゃんを私に夢中にさせます!」
元気いっぱいにしずくちゃんが答える。
どうやらしずくちゃんは完全に復活したようだ。
「……そっか、がんばってね」
「はい! 今にすばるさんよりいい女になってみせるんですからね!」
「ふふっ、じゃあ私も負けないように頑張らないとね」
「私も負けません!」
俺はただ無心で笑顔になったしずくちゃんと会話をし、連絡先を交換した。
今、素に戻ったら、絶対あまりの恥ずかしさにもんどり打つ自信があったからだ。
俺の中では、すばるはもっと謙虚な感じだったのだけれど、いつの間にか自信の溢れるいい女路線になってしまった。
キャラがブレブレである。
ふと稲葉の方を見てみれば、この超展開についていけてないらしく、ポカンとした間抜け面を晒していた。
給仕のお姉さんは、しずくちゃんの完全復活に感極まったのか、静かに涙を拭っていた。
「すばるさん! お兄ちゃん! また、いつでも遊びに来てね!」
ニコニコと手を振るしずくちゃんに見送られながら、俺達はしずくちゃんの家の送迎車で家まで送られた。
黒塗りのリムジンなんて、初めて乗った。
こうして、すばるに女子高生の新しい友達ができた。
後日、この新しい友達に俺はまたエラい目に遭わされてしまうのだが、それはまた別の話である。
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