第13話 家に来ないか

 春休みは終わり、俺は大学二年生になった。


 優司と優奈は今年とうとう受験生だ。

 来年の事はあまり考えたくない。


 ツイッターのフォロワーは爆発的に増えすぎて、最近ではもう数えるのをやめてしまった。

 テレビをつければ、たまにメルティードールのCMを見かける事がある。


 女性向けファッション誌には+プレアデス+がイメージモデルを務めるメルティードールの広告が掲載されているのを見かける。


 最近、すばるの格好で街を歩いていると、写真やサインを求められる事もあって、嫌でも自分の知名度が上がっている事を肌で感じる。


 つらい。


 大学が始まった頃、+プレアデス+は随分とメディア露出が増えた。

 雑誌やワイドショーの取材を受けたり、コスプレ雑誌でアイテム工作のコーナーを持ったりしている。


 以前、+プレアデス+が出演したバラエティ番組の食レポコーナーでは、なぜか+プレアデス+に天然キャラが浮上し、更に不思議キャラの鰆崎鰍さわらざきかじかとの掛け合いがどういう訳か好評で、最近とある深夜番組で一緒に仕事をする事になった。


 『プレかじ』という、+プレアデス+と鰆崎鰍が最近のサブカルチャーを紹介する番組で、四畳半のアパートのようなセットで+プレアデス+と鰆崎鰍が友人に最近はまっているものを紹介するというコンセプトである。


 ちなみに、プレミアムカジュアルとは全く関係ない。


 撮影当日にいきなり今回紹介するものを教えられるため、回によって妙に片方がノリノリだったり、二人共全く知らないのをカンペを見ながら説明し、実際に体験してあたふたしたりする事もある。

 全体的にゆるいノリのふざけた番組なのだが、意外と評判がいいらしい。


 30分の番組で、放送は週一回、基本二本撮りで、月に二回、二週間分の番組をまとめて収録する。

 つまり、俺は今後、月に二回は必ず中島かすみと仕事で顔をあわせる事になってしまった。


 番組自体が短いので、撮影は数時間で終るが、数時間ぶっ続けで撮影は結構疲れる。

 ただ、話題が俺も興味のある事ばかりなので、それ自体はとても楽しい。



 その日、俺達は第三回目の『プレかじ』の収録を終えた。

 中島かすみとは同じ控え室なので、雑談をしながら身支度を整え、そのまま近場の喫茶店でお茶するのが撮影後の一連の流れになってしまっている。


 話題もその日の撮影の事やそれぞれの近況、最近はまっているゲームなど、稲葉とは全く関係ない事ばかりだった。

 中島かすみとは普通に話していて楽しいのだが、全くにゃん言葉を崩さないことや、自分の事は本名ではなく鰍と呼んで欲しいと言われたりと、以前の稲葉との会話を踏まえると、引っかかる所もあった。


 思い切って稲葉の事をどう思っているのか聞こうかとも考えたが、相手の本心がわからないうちに下手に動いて、何かあっても困る。


 なにしろ相手はかつて一宮雨莉やしずくちゃんを出し抜いて稲葉の誘拐を完遂した奴である。

 もしかしたら今も実は笑顔の下で俺を抹殺して稲葉を手に入れる算段をしているかもしれない。


 だから俺は先日、意を決して高校時代から稲葉を巡って何かと中島かすみとぶつかってきた一宮雨莉に彼女について聞いてみる事にした。




 最近は美咲さんも忙しいらしく、恐らく一緒にいるであろう一宮雨莉にも会えてないので電話をかけた。


 思ったよりも早く電話に出た一宮雨莉に、今少し話しても大丈夫かと聞けば、待機中なので少しなら大丈夫だと言われ、単刀直入に俺は尋ねる。


「中島かすみについて聞きたいんだけど、あいつは何者なんだ?」


「ただのアイドルよ」

 簡潔に一宮雨莉が答える。

 確かにそうなのだが、俺の聞きたかった事はそうじゃない。


「悪い、言い方を変える。あいつは何が目的なんだ?」

「さあ? 正直その辺は私もよくわからないのよね」

「あいつは本当に稲葉の事が好きなのか? いや、そもそも、好きだったのか?」


 俺はずっと抱えていた疑念をぶつけてみる。

 中島かすみが本当に稲葉を好きだったのか、今も好きなのかどうかによって、今後の俺の危険度がかなり変わってくるからだ。


 稲葉を好きでない、もしくは今は興味ないのなら、とりあえず俺も安心して中島かすみと接することができる。

 仮にそうだと言われても、どうしてそうなったか、という納得できる理由がないと安心はできないが。


「好意は持ってはいると思うのだけれど、その程度はよくわからないわ。どちらかと言えば、稲葉にちょっかいを出して私の反応を見ていたような節もあったし、そういえば、当時から恋敵のはずなのに、妙に親しげにしてきたわね」


 中島かすみについては、一宮雨莉もよくわからないようだった。


「つまり、実はあいつが本当に好きなのは一宮だったり……」

「やめてちょうだい。私は咲りん以外に興味なんてないわ」

 案外、一宮雨莉のように、他に目当ての人物がいて気を引きたかっただけじゃないか? と思って尋ねてみれば、言いきる前に遮られてしまった。


「それに、私に対して特別親しげだったと言うよりは、周りの取り巻き状態のお友達に対しての扱いとほぼ同じ接し方をされていた、と言う方が正しいわね」


「なんだそれ、どういうことだよ?」

 一宮雨莉の発言に、俺は首を傾げた。


「私だって聞きたいわよ。でも、あくまで私がそう思うだけだなのけれど、あの子が表面上どんな風に振舞おうと、根本的にあの子にとってほとんどの人間は全部同じような価値しかないんじゃないかしら。」

「同じ価値?」


 同じ価値、とはどういうことだろう。

 ますます訳がわからなくなる。


「つまり、よくしゃべろうが、対立しようが、接点がほとんどなかろうが、皆同じ学校のお友達、みたいな感じかしらね。誰にでも分け隔てないと言えば聞こえはいいんでしょうけど、それよりはもっと機械的なもののように感じたわ」

 補足するように一宮雨莉は言う。


「なあ、稲葉はそのほとんどの中に入ってるのか?」

 痺れを切らして俺は尋ねた。

 俺が今一番聞きたい事はこれだ。


「わからないわ。でも、わざわざ監禁までしておいて、やっていた事は普通に遊んで家に帰しただけっていうのも謎よね。その間両親とお兄さんが家を空けていたというのなら、もっとやることがあると思うのだけれど」


 平然と答える一宮雨莉に、思わず俺がつっこむ。

「待て、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ」


 一宮雨莉は特に気に留めた様子もなく言う。

「本人から聞いたのよ。ただのお泊り会だって言っていたけれど、その頃から私も本当にあの子が何をやりたいのかわからなくなったのよねえ」


 結局中島かすみについてはますますわからなくなるばかりだった。




 そんな事を思い出しながら俺は中島かすみとテレビ局を出る。

 いつもの流れでこの後どこの店に行くかという話をしていると、もし良かったら自分の家に来ないかと中島かすみは言った。


「この前、工芸茶が届いたから一緒に飲みたいにゃん」

 見た目はとても綺麗で買ったはいいが、一人で飲むには量も多くてもったいないのだと中島かすみは言った。


 工芸茶とは、茶葉と花を細工して作られた物で、丸く固められた茶葉に湯を注ぐとポットの中で花が咲く、見た目も華やかな茶の事だ。


 前回の『プレかじ』の収録後、喫茶店で話していた時に、中島かすみが透明なポットの中で咲く花の写真を見せながら、最近見つけて気になっていると言っていたのを思い出す。


 中島かすみの申し出を了承しながら俺は思った。

 どうやらやっと中島かすみが何か仕掛けて来るらしい。


 今までは大人しくしていたが、突然誰かがやってくる心配もない密室で二人になった時、中島かすみが何をしてくるだろうか。

 それによって中島かすみの本心がどこにあるのかもわかることだろう。

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