第14話 言い逃れできない

 ガラス製のポットに一度熱湯を注いで暖めた後、工芸茶を入れ、再び熱湯を注ぐ。

 透明なポットの中で少しずつ花が開いていくのを横目に、俺は困惑していた。


 あくまでもいつも通りの世間話ばかりで、一向に中島かすみが本題に入ろうとしないからだ。

 こうなってくると、もしかしたら本当にただ普通に話したいだけだったのかもしれないし、今はもう稲葉の事をそれほど気にしていないのかもしれないとも思えてきた。


 だが、思い込みで行動するのは危険だ。


 もしかしたら藪を突いて蛇を出す事になるかもしれないが、このまま疑心暗鬼に陥ってしまうより、お互いのスタンスをこの場ではっきりさせてしまった方が良いようにも思える。


 話が途切れるのを見計らって、俺は中島かすみに尋ねた。

かじかは、稲葉の事をどう思っているの?」


 対して中島かすみはこてん、と小首を傾げる。

「にゃにゃ? どう思うって、どういう意味にゃ?」

「今でも恋愛的な意味で稲葉の事好きなのかな、と思って」


 俺が言い終われば、中島かすみはなんだそんな事かとくすくすと笑い出した。

「ああ、そういうことなら心配はいらないにゃん、もう恋人がいる相手にちょっかいを出すほど野暮じゃないにゃん」


 あっけらかんと答える中島かすみに、では今までの懸念は全て、俺の単なる取り越し苦労だったのだろうかと考える。

 なんだか肩透かしを食らったような、拍子抜けしたような気分だ。


「ただ、恋バナをするのは結構好きにゃん。すばると稲葉の話、色々聞かせて欲しいにゃん」

「え」

 にやりと笑う中島かすみに、思わず俺は固まった。


「二人の馴れ初めとか、付き合うようになったきっかけとか、すごく気になるにゃん!」

「ええ~?」


 どうやら中島かすみの恋バナスイッチを押してしまったらしい。

 俺は別の意味で逃げ出したくなった。


「まずは二人の出会いから話すにゃ!」

「え、ええっと、稲葉とは同じ中学の同級生で、一年の頃から同じクラスだったけど、話すようになったのは二年に上がってからかな」


 中島かすみの勢いに若干押されつつ、俺は稲葉との出会いをそのまま話す。

 下手に即興で嘘を考えながら話すよりは、事実をそのまま所々ぼかしながら話した方がいいだろう。


「ほほう、それでどうやって二人は仲良くなったにゃん?」

 興味深そうに中島かすみは続きを促してくる。


「その頃私、100均の水鉄砲を塗装したり装飾したりしていかにかっこよくできるか、見たいな事にはまってて、それをたまたま稲葉に見られたのが話すようになったきっかけかな」


 俺の話を聞くと、中島かすみは考えるような素振りをして口を開いた。

「……もしかして、その頃、稲葉に黒地に金で所々細かい模様を描いたモデルガンを渡したりしなかったかにゃん?」


 当時、なんなら金も払うからと稲葉に頼み込まれて、いくつかの製作物を稲葉にゆずったのだが、そういえばその中にそんな物もあった気がする。


 ちなみにそれも100均の水鉄砲を塗装した物である。

 中学の頃、確かに稲葉は中二病を患ってはいたが、それを決して表には出さなかった。


 自分と同じ匂いを感じたらしい俺の前位しかその中二病を披露せず、家でちまちま設定をノートに書き込んだり、骸骨の貯金箱だとかモデルガンだとか、それっぽい物を集めたりしていた。


 まさか隣町で本格的な活動をしていたとは、つい最近本人から聞かされるまで全く気付かなかったが。

 まあ、そのおかげで中高一貫校で、付属高校にほぼ全員進学するような環境でも稲葉の高校デビューが成功したのだろうが。


「言われてみれば、あげたかも」

「それを使って稲葉は鰍の住んでた町で魔物退治してたにゃん」


 当時を思い出しながら俺が答えれば、中島かすみはあっさり稲葉の黒歴史を暴露した。

「まあ思春期にはよくあることにゃん」

 後から付け足すように中島かすみは言うが、フォローになっていない。


「そうかもだけど、本人の前では言わないであげて」

 俺だから良かったものの、普通の女の子が聞いたら多分ドン引きするのでやめてあげてほしい。


「すばるは知ってたにゃん?」

 意外そうに中島かすみが俺の顔を見る。


「小道具を作ってたのは私だし、多少の片鱗は当時から感じてたけど、本格的な活動については最近本人から打ち明けられて初めて知ったかな」


 茶を飲みながら、俺は素直に答える。

 もしかして、中島かすみは稲葉の黒歴史を暴露して、彼女という事になっている俺をドン引きさせたかったのだろうか。


「随分と稲葉は将晴に気を許してるにゃん」

「まあ長い付き合いだし……なんて?」


 感心したように言う中島かすみがあんまりにも自然に俺の名前を呼ぶものだから、すぐに俺は気付けなかった。

 今、なんて言ったこいつ……。


「稲葉と将晴は本当に仲良しだにゃん」

「……どうして将晴?」


 血の気が一気に引いていくのがわかった。

 笑顔が引きつっているのを感じつつ、できるだけ冷静に中島かすみに問いかける。


「中学の頃、稲葉が持ってたモデルガンについて聞いたら、将晴という職人に作ってもらったみたいな事言ってて、高校で稲葉と仲の良かった鈴村将晴君の事かとは前から思ってたにゃん」


 職人って、何言ってんだあいつと思いながら、俺は自分がとんでもない大ポカをやらかしてしまった事に気が付いた。

 つまり、稲葉が持ってたモデルガンを俺が作った人間だと認めれば、必然的に俺が将晴という事になる。


「最近稲葉が付き合いだした+プレアデス+の事を調べてたら、ブログに載ってる高校時代の作品なんて特に将晴君に作風が似てたから、色々調べたにゃん」

 中島かすみは椅子から立ち上がると、テーブル横にある棚の引き出しをがさごそと漁り始めた。


「色々って……?」

「色々にゃん」


 そう言うなり中島かすみは、机の横にあった棚の引き出しから大量の写真を取り出した。

 俺と+プレアデス+が同じマンションの一室に出入りしている。

 そして中には何枚か稲葉と一真さんがすばるの部屋に訪ねてくる写真も混じっている。


 コレはもう言い逃れできそうにない。

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