第12話 本格的中二活動

「……なあ、そういえば高校の頃、中島が初めて俺たちのクラスに来た時、いきなりダーリンだとか許婚だとか言ってたけど、あの態度は少なくともあの時よりも前にお前と面識がないとありえないよな」


 中島かすみの姿が見えなくなった後、俺が高校時代の事を思い出して言えば、稲葉は右手を俺の前にかざして俺の言葉を制した。


「ちょっと色々込み入った話があるんだ。ここだと誰が聞いているかもわからないし、一旦俺の部屋に行かないか?」

 一度辺りを見回した後、重々しく言う稲葉にただならぬ気配を感じた俺は、稲葉の提案に乗る事にした。




「まずはどこから話したものか……」

 稲葉の部屋のリビングで、途中のコンビニに寄って買った緑茶をコップに注ぎながら稲葉はため息をつく。


「とりあえず、お前と中島の出会いからだろ」

「やっぱそこからか……」

 俺が言えば、力なく稲葉がうなだれる。


「そんなに話しにくいことなのか?」

「いや、うん、まあそうなんだけど……」

 居心地悪そうにもじもじと稲葉は視線を泳がせる。


「まあ将晴にも、もう関係がない話じゃないしな……」

 そう言うと稲葉は意を決したように姿勢を正した。


「実は俺……中学の頃、中二病を患ってたんだ……」

 そして緊張した面持ちで告げられた言葉に、俺は首を傾げた。

「知ってるけど?」


 そんなものは既に知っている。

 というか、それがきっかけで中学の頃仲良くなったようなものなのに、今更何言ってるんだこいつ。


 ところが、稲葉は違うそうじゃないと首を振る。


「そうなんだけど、お前が知っているのは俺の中二病のほんの一部に過ぎないんだ……」

「どういうことだよ?」

「えー……、実は、知り合いのいない隣町でちょっと本格的に活動してた時期がありまして……」


 言いづらそうに言葉を紡ぐ稲葉をみて、俺はピンときた。

 俺たちが通ってた学校は中高一貫だったが、中島かすみは高校から編入してきた。


「つまり、中島とは中学時代その本格的な活動とやらをしている時に出会って、それから中島は稲葉を追ってうちの学校に編入してきた訳か」

「多分、そうなんじゃないかと思う……」

 自信なさげに稲葉は頷く。


「なんでそこで多分なんだよ?」

 高校時代、あんなにあからさまに中島かすみから好意を寄せられていたというのに、なぜそこで自信なさげなんだ。


「だってあいつが何考えてるのか、俺もわかんねえんだもん……」

 稲葉は頭を抱えて言った。


「……とりあえず、順を追って説明してくれ」

 そうして稲葉から聞いた話は、また俺の知っている中島かすみとはかけ離れたもので、その都度どういうことだと稲葉につっこんだが、稲葉自身もわからないらしく、望むような答えは得られなかった。


 とりあえず、俺が中島かすみについて、この稲葉との会話で得られた情報を端的にあげてみる。


 中学の頃、稲葉は隣町で猫を餌付けしていた。(稲葉の設定の中では猫は組織との仲介役だった)

 ある日、中二病活動の拠点にしいていた廃ビルで、同じく猫を餌付けしている少女に出会った。


 その少女が中島かすみなのだが、当時は黒髪でめがねをかけた、地味な印象だったらしい。

 稲葉はどうせここ以外では会うこともないだろうと中二設定全開で中島かすみと接していた。


 中島かすみはなんだかんだで稲葉の話に付き合ってくれて、代わりに学校や家での愚痴を稲葉に話した。

 曰く、家族やクラスメート達と折り合いが悪く、どう接していいのかわからない、という内容だった。


 稲葉は設定上、普段は普通の中学生を装っているが、実は異界からやってくる魔物と日々人知れず戦っている事になっていたので、その設定を引用してこう答えたそうだ。


 周りの人間と上手くやっていきたいのなら、その相手を観察し、相手が好むような人間として振舞えばいい。


 しばらくして、中島かすみは、学校で友達ができたと報告してきた。

 まさか自分の気休めの中二発言がそんないい方向に行くとは稲葉も思っていなかったが、いつもどこか影のあった中島かすみが随分嬉しそうに笑うので、稲葉も自分の事のように嬉しかったそうだ。


 それからも中島かすみと稲葉は連絡先を教えあったり、待ち合わせをしたりはしなかったが、たまに廃ビルで会うと話したり遊んだりしていたらしい。


 中学の卒業が近づいた頃、稲葉はそろそろこの遊びも終わりにしようと考えた。

 中島かすみと会っていた廃ビルに、担当エリアが変わったのでもうここには来ないと、中二設定を盛り込んだ置手紙を残し、もうその場所へは近づかなかった。


 そして後日、高校デビューを果たした稲葉の前に、同じく高校デビューを果たしたと思われる中島かすみが現れた。


 既にクラス一の美少女である一宮雨莉に早々にロックオンされたうえに、その一宮雨莉と双璧をなす美少女の出現により、俺達のクラスは相当にざわついた。

 更には美人なお姉さんと可愛らしい女の子とも同棲しているらしいという話まで聞いたときは、本当にどこのラノベ主人公だろうと思ったものだ。


「でもそれでなんで中島の考えてる事がわからないになるんだよ?」

 話を聞き終わった時、俺はまた首を傾げた。


 今の話でなんとなく二人の出会いはわかったが、だとしてなんで稲葉が中島かすみの考えている事がわからないという事になるのだろう?


「なんというか、高校以降のあいつからは違和感しか感じないんだ。まるで別人みたいな……見た目も変わったけど、根本的な中身が違う気がするんだ。でも、中学時代の俺とかすみしか知らない話も知ってる。間違いなく本人なんだけど、なんか違うんだよ」


「成長して好みが変わるとか、そういうことなじゃないのか?」

 俺が問いかければ、稲葉は静かに首を横に振った。


「そういうレベルじゃないんだよ。まるで決められたキャラクターを演じているみたいで、だけど何があってもその仮面は絶対に崩れない。だから俺高校の頃言ったんだ。俺の前では好かれるように演じなくていいって。そうしたら……」

「そうしたら?」


「これが今の素の自分だっていつもの調子で返されたんだけどさ、その時に感じたんだよ。あいつは俺が好きなんじゃなくて、俺の事を好きな女の子を演じているだけなんだって」


「それだけで考えすぎじゃないか? そうだ、高校の頃、中島に連れ去られてしばらく監禁された事があるだろ、あの時はどうだったんだよ」


「あいつの部屋で普通にもてなされて、そのまま何日かしたら開放されたよ。終始いつものギャル口調だったけどな。あいつ、俺がいくら泣いても怒っても怒鳴っても、いつもの調子崩さないし、その後学校でも何事も無かったかのように接してくるし」

 当時を思い出したのか稲葉が拳を握り、興奮気味にまくし立てる。


「そのくせ、高校卒業したら何も言わずに消えるし、意味がわからない……」

 最初は勢いの良かった稲葉の声は、どんどんと尻つぼみになっていき、言い終わる頃には消え入りそうになっていた。


 たぶんあの感覚は、実際に目の当たりにしてみないとわからないと思うと稲葉は言った。

「だから、もう俺に興味はないのかと思ってたのに、かなり見た目も変わってるのにすぐに俺だって当てたり、連絡先聞いてきたり、本当にあいつが何をしたいのか全くわからないんだ……」


 稲葉は机の上に頭を乗せたまま言うが、それは、稲葉の気を引きたいとか、そういうことなんじゃないだろうか俺は考えた。

 しかし、だとしたら、なぜ大学にも進学せず、最近まで姿を消していたのだろう?

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