第22話 来ちゃいました

 一真さんの後について、赤い絨毯の上を歩く。

「それで、その噂の新人さんというのは、どんな人なんですか?」

「最近、しずく嬢が想い人の趣味にも対応できるようにと招いた、ポップカルチャーの専門家らしいのですが……」

 言いかけて一真さんは大きなため息を吐く。


「なんというか、時々理解不能の言語で僕の知らない世界の話をしたり、独特の倫理観をお持ちのようで、意見が合わないというか、話が噛み合わないというか……」


 どうやら一真さんとは性格的に合わない相手のようだ。

「ですので、相互理解を図るために、ちょっとちょっかいをかけてみようかと思いまして」

「さっき嫌がらせって言いましたよね」

「コミュニケーションの一環ですよ」


 俺がつっこめば、一真さんがニコニコと楽しそうに返してくる。

 すっかりいつもの一真さんである。


 今、俺達が向かっているのは、ここで勤めている人達の居住スペースの、寮にあたる部分らしい。

 俺達がこれから訪ねる人は、しずくちゃんのポップカルチャーの講師としてここで住み込みで働いているらしい。


「着きました」

 そう言って一真さんが立ち止まったのは、さっきの豪華な扉とは違い、この屋敷中どこにでもあるような普通の扉だった。

 ただ一つ、ドアに某魔法少女アニメのマスコットのぬいぐるみが飾られている事以外は。


 

「一応表札をかける部分もあるのですが、こうやって一目で誰の部屋かわかるような飾りつけをしている人も多いですね」

 まじまじとぬいぐるみを見つめる俺に、一真さんが補足するように説明する。


 確かに、これならこの部屋の住人の趣味が一目でわかるが、職場の寮の扉に魔法少女アニメのマスコットってどうなんだとは思った。


 一真さんは早速扉をノックしたが、しばらく待っても全く中から反応がない。

 すると一真さんは突然、何の躊躇ためらいもなくドアを開けた。


「入りますよ」

 既にドアを開けた状態で一真さんが目の前のパソコンに向かい、こちらに背を向けている人物に声をかける。


 しかし、室内の相手はヘッドフォンをしており、更には音漏れも聞こえてきて、全くこっちに気付いた様子がない。

 というか、この音漏れしている曲、よく聞いてみると今期の美少女アニメのOPだ。

 

 一真さんは後ろからそろりと相手に近づくと、ヘッドフォンを素早く外し、相手の耳元で囁いた。


「来ちゃいました」


 すると野太い悲鳴と共に相手が大きく身体を揺らした。

 一真さんの姿を確認し、ようやく事態を把握したその人は、恨めしそうに一真さんを睨む。

「篠崎氏、入るときはノックをしてくれとあれ程……」


 対して一真さんもしれっと答える。

「しましたよ。全く気付いていないようでしたので、そのまま入っちゃいましたけど」


 さっきの一真さんの話を聞いた限りだと、もっと険悪な感じなのかと思っていたが、この様子を見るとそうでもないらしい。


「今日は、須田さんが喜びそうなゲストを連れてきたんですよ」

 言うなり一真さんは俺の方を振り向くと、手招きをした。


「えっと、こんにちは……」

 恐る恐る一真さん達のいる方へと向かい、椅子に座った人の顔を覗き込んでみる。


 そこには、強面こわもての、筋骨隆々の男の人が座っていた。

 歳は一真さんより少し上位だろうか。

 彫りが深く、鋭い目つきは、なんだか恐そうな印象だ。


「………………+プレアデス+!?」

 男の人はしばらく俺を見て硬直したかと思うと、随分と驚いたようだった。


「すばるさん、こちら僕の同僚で須田すださとるさんです。須田さんがすばるさんの熱心なファンだったようなので、せっかくだから来てもらいました」

 ニコニコと笑顔で一真さんが俺を紹介する。


 すると須田さんは慌てた様子で急に椅子から立ち上がる。

 座っているとよくわからなかったが、この人、かなりガタイがいい。


 目を合わせようとするだけで結構見上げる形になるし、それだけで威圧感を感じる。

 その身長を少しでいいから分けてもらいたい。


「は、初めまして、須田智です……」

 ところが当の須田さんは、声を上ずらせ、顔を赤くし、目を泳がせ、かなり緊張した様子だった。


「彼、重度の人見知りなんです」

 俺の隣で言う一真さんの声を聞いて、ようやく俺は一真さんの言っていた嫌がらせの意味を理解した。

 人見知りの人間にいきなり憧れを抱いている人物を引き合わせたらそりゃテンパるわ。


「初めまして、+プレアデス+こと、朝倉すばるです。えと、よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ……」


 俺も素の状態では知らない人と話すのが結構苦手なので、須田さんの気持ちがよくわかる。

 それだけに、申し訳ないやらそう思ってもらえて光栄やらで、なんだか俺も緊張してきた。


 今、俺の両手からものすごい勢いで汗が分泌されている自信がある。


「あ、あのっ!」

「はいなんでしょう!?」

 須田さんが思い切ったように話しかけてきたので、思わず俺も釣られて大きな声で返事をしてしまった。


「せっかくだから、とは、なんでしょう? 今日は、ここに来るのとは別の、本来の用事があったんですよね、そちらは良いんですか?」

 両手を組んで、親指をくるくると回しながら、そわそわした様子で須田さんが尋ねてくる。


 うん、前言撤回。

 さっきは結構きつそうな人かと思ったけど、中身はどちらかというと素の俺に近い気がする。


 なんだろう、須田さんのテンパり具合に、もはや親近感さえ感じる。

 そう思うと、何だか肩の力が抜けていくのがわかった。


「それなら大丈夫です。今日は彼の、稲葉の付き添いで来ただけですから。今部屋の前でしずくちゃんに出てきてもらえるよう説得してるところです」

「えっ!? 稲葉さん今、しずくさんの部屋の前で話してるんですか!?」


 焦ったように須田さんが聞き返してくる。

 その勢いに押されつつも俺が頷くと、須田さんは慌ててヘッドホンを付け直すと、上に上がっていたマイクを下ろしてスカイプの画面を出した。


 何事かと思いながらも、俺は黙ってその様子を見守る事にした。

「もしもし、今何してます? ではちょっとヘッドホンをずらして片耳だけ取ってみてください、今、稲葉さんが部屋の前に来ているようなんですが……」


 音量が大きいのか、しずくちゃんと思われる声がなにやら叫んでいるのがわかる。

 少しして須田さんは通話を終えると、青ざめた顔でこちらを向いた。


「あの、しずくさん、さっきまで僕が薦めたアニメを48話連続でヘッドホンで聞いていたみたいで、今気付いたそうです……」


 言いづらそうに須田さんが話す。

 つまり、さっきまでずっと稲葉は誰も聞いていないのに必死でしずくちゃんを説得しようと声をかけていた事になる。


「ま、まあでも、今はもう気付いたみたいですし、これで大丈夫ですよね」

 言いながら俺は、流石に稲葉が不憫に思えて、しょうがないから帰りにジュースの一つでも差し入れてやろうと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る