第46話 一緒の墓に入ろう

 両手で俺の左手を握って、真っ直ぐな瞳で優司が見つめてくる。

 なんだと……こいつ……一気に色々すっ飛ばしてプロポーズしてきやがった…………!!


「えっと、優司君、私の性別、知ってるよね……?」

 思考停止しそうな頭で、なんとか言葉を振り絞る。

 いや、他にもつっこみどころがあるというか、むしろつっこみどころしかないが、ホント、何言ってるんだコイツ……。


「大丈夫です! 最近は戸籍の性別まで変える事もできるし、同性でも海外では婚姻届が出せます!」

 力強く優司が言うが、違う、そうじゃない。俺が言いたいのはそういう事じゃない。


「……あの、まず、私達、付き合ってもいないじゃない……?」

「結婚を前提にお付き合いしてください!」


 告白するタイミング今かよ!


 恐い。弟の暴走っぷりが恐い。

 優司は優奈とは正反対の性格だと思ってた時期もあったが、今確信した。

 こいつらは間違いなく双子だ。


「ごめんなさい! 優司君の気持ちは嬉しいけど、お付き合いはできません」

 ここで勢いに負けてなるものかと俺は思いっきり頭を下げて優司に謝った。


 これで話は終るはずだ。


 ……そう思っていた。


「僕、すばるさんがとんでもない借金を抱えてても、飲んだくれのギャンブル狂いでも、ものすごい浮気性でも、すばるさんが好きです」


「え……?」

 頭上から降ってきた言葉に、俺は思わず下げていた頭を上げた。

 何を言っているんだコイツ。


「兄さんが、鈴村将晴が、前にこんな例え話をしていたので。違ったらごめんなさい。でも、仮にすばるさんがそうでも、僕はすばるさんが好きなんです」


 泣きそうな顔で優司が言い募ってくるが、泣きたいのはこっちだ。

 確か、年明けにそんな事を優司と話した気がする。


 ただの例え話じゃないか。

 忘れろよそんな事。


「あの、どうして、って、聞いて良い……?」

 しかし、ここまで来ると、なぜ優司がここまですばるに入れ込んでいるのか、気になる。

 本当に、なんでコイツはここまで言いきれるんだ?


「……すばるさんは全く知らないでしょうけど、僕はすばるさんに何度も救われているんです。険悪だった優奈との仲を回復できたのも、また自分の漫画を描けるようになったのも、小さい頃からの夢を叶えられたのも、こうして今漫画を描けているのも、全部全部すばるさんのおかげなんです」


 目に涙を溜めながら優司が語る。

 俺の左手を握っている手が震えている。

 そして理由があながち間違いとも言えないせいで、否定もできない。 


「それは……買いかぶり過ぎじゃないかな……?」

 声が震える。

 本当に、なんで俺はこんな事になっているのか。


「違うんです! すばるさんじゃなきゃこうはならなかったし、すばるさんがいたから上手く行ったんです!」

 とうとう大粒の涙を流しながら優司が話す。


 純粋な俺への思慕の情がこれ以上ないくらいに伝わってくる。

 今までの人生で、今までの俺の人生で、これ程までに強い好意を向けられた事なんて、きっとない。


「…………僕には、すばるさんが必要なんです。すばるさんが側にいてくれたら、それだけで僕はがんばれるんです」

 すがるような優司の表情に、胸の奥が震える。


「優司君、あのね、私は優司君の思うような立派な人間では決してないのよ」

 俺は優司の涙を拭いながら語りかける。


「きっと優司君が本当の私を知ったら失望すると思う……知らない方がお互いに幸せでいられる事もあるんじゃないかな」

 優司の想いには答えられないとしても、この想いには少なくとも誠意を持って向かい合わなくてはならない。

 すばるの正体が俺だとわかれば、繊細な優司の事だ。


 女性不信通り越して人間不信になりかねないし、こんな形で恋と言うにはいささか重過ぎる優司の想いを砕いてしまえば、今度こそ筆が止まってしまうだろう。


「……それが、私の答え」

 だから、俺は以前俺が優司に話した言葉を引用して、コイツを遠ざける。

 コレこそが優司の夢も守られて、俺も優司の告白を円満に断れる理由だ。


「わかりました。すばるさんに言えないような事情があるのなら、無理に聞きません。だから、いつか兄さんに話したみたいに、僕にも話してくれるのを待ちます。僕、諦めませんから」


 ところが、優司は優司の頬を拭っていた俺の両手を捕まえたとばかりに掴むと、強い意思を秘めたような瞳で俺を見てきた。


 やめろ、そんな目で俺を見るな。


「すばるさんには情けない所見られてばかりだけど、いつか絶対にすばるさんに頼られるような男になります」

 俺の両方の手首を掴んだ状態でそう宣言すると、優司はすぐに掴んでいた手を離して立ち上がった。


「さ、もうそろそろ暗くなりますし、帰りましょ」

 何か事を成し遂げたような、清々しい顔をして優司が言う。

 目の前に優司が手を差し出してきたが、俺は手を借りずにそのまま立ち上がった。


「どんなに頑張ってくれても、私は優司君とは付き合えないよ?」

 優司を見上げながら言えば、

「望むところです!」

 と、なぜか嬉しそうに返された。


 どうしよう。

 墓まで秘密を持っていくつもりが、一緒の墓に入ろうと言われてしまった気がする。


 ……なんとしても逃げ切らねばならない。

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