第17話 寝てる人にいたずらはやめましょう

「よくやった! ゆんゆん! 流石は私の娘だ!」


 紅魔の里。中央に位置する大きな家で、俺とゆんゆんは紅魔族の族長……つまりはゆんゆんの父親と相対していた。


「まさか2匹もドラゴンを使い魔にして帰ってくるとは…………もう世代交代しないといけないかもしれないな」

「い、いや、あのね、お父さん。使い魔なのはハーちゃん……ここにいるブラックドラゴンだけで外にいるドラゴンさんは違うから」


 興奮気味というか感動している親父さんにゆんゆんは宥めるようにして説明する。


 ゆんゆんの説明通り、ミネアは庭で俺達の話が終わるのを待っている。夜だというのに子どもやら大人が、狭そうにして庭に収まるミネアの姿を遠巻きに見て興奮していた。

 ……ガキどもが近づいてきてミネアの綺麗な体に触れないだろうな。今のところ大人たちが危ないと止めているが、その大人たちもどこか触れたそうな雰囲気出してるから不安だ。


 …………別に触れてもミネアが嫌じゃないなら問題ないんだけどな。俺でさえまだ満足にミネアと触れ合ってないのに羨ましいって気持ちさえ無視できれば。


「なんだ、そうなのか。だが、魔法使いが使い魔を持つ事が廃れた今、ドラゴンを使い魔にするとなれば偉業と言ってもいい。この里のアンケートでも使い魔にしたい生き物ランキング不動の1位はドラゴンだからな」


 通りで外にいる奴らが興味津々なわけだ。紅魔の里……頭のおかしい集団だと聞いていたが、なかなかどうして話がわかる奴らだな。少しだけならミネアに触っても良いかもしれない。


「それに、まさかこの方を伴侶として連れてくるとは思ってもいなかったが…………」

「ダストさんが伴侶とかありえないから!…………って、あれ? お父さん、ダストさんのこと知ってるの?」

「ダスト? 何を言っているんだ、この方は――」

「――おおっと、俺としたことが名乗りが遅れたぜ! 俺の名はダスト! アクセルの街を牛耳ってる冒険者だ。巷じゃチンピラのダストだのろくでなしのダストだの言われてるがよろしく頼むぜ」


 話がまずい所へと向かっていることに気づいた俺は慌てて名乗りを上げて親子の会話に割り入る。

 …………ミネアのこと考えてたら反応が遅れちまった。この親父さんと会ったらこういう展開になることは分かっていたはずなのに。 


「きゃっ……もう、ダストさんいきなり叫ばないでくださいよ。夜ですし近所迷惑ですよ」

「…………ふむ、ダストさんか。どうやら私の勘違いのようだ」


 いきなりの声にゆんゆんはいつもの迷惑そうな顔を俺に向け、族長は少しだけ意外そうな顔をして頷いた。

 なんとか誤魔化せたというか、族長には俺の意図が伝わったか。……別にゆんゆんにならバレても問題ないっちゃ問題ないんだが隠せるのなら隠しておきたい。もしバレたらゆんゆんが落ち込むのは目に見えてるし、落ち込んでるゆんゆんの面倒臭さは半端ないし。


「そうだよ、ダストさんはただのチンピラなんだから『方』なんて呼ばれる人じゃないよ」

「おい、こらぼっち娘。人をただのチンピラ呼ばわりしやがるんじゃねーよ。自分で言うのはいいがお前みたいな凶暴ぼっちに言われるとムカつくぞ」


 こっちが珍しく気遣ってやっているのにそれとか。


「あ、すみません。ダストさんはすごいチンピラでしたね。流石自覚のあるチンピラは格が違いますね」

「最近はちょっとおとなしいと思ってたがやっぱり毒舌クソガキじゃねーか! 表出ろ!」

「それはこっちの台詞です! 最近はちょっとだけまともなんじゃないかなって勘違いしてましたけどやっぱりダストさんはろくでなしのチンピラです!」


 二人して立ち上がり決着をつけようとミネアの待つ庭へと向かう。


「……きみたち仲いいね。お父さん置いてけぼりで寂しいんだけど」

「「仲良くなんてない! 勘違いしないで(くれ)!」」


 掛けられた言葉に俺達は揃って否定の声を上げ、


「…………やっぱり仲いいじゃないか」


 そんな俺達を見て族長は寂しそうにため息を付いた。







「族長、ゆんゆんは眠ったのか?」


 喧嘩して決着を付けた(今回は惜しくも俺が負けた)後。ゆんゆんは疲れが出たのか眠そうにうとうとしていた。それを見た族長は容赦なく『スリープ』をかけてゆんゆんを部屋へと連れて行った。…………ジハードも一緒について行っちまったのが少しだけ寂しい。


「ええ、よく眠っていますよ」

「そうか…………悪いな。親子でもっと話したかっただろうに」

「いえいえ、あの子が元気そうにしてる様子がみれただけで十分ですよ。それに今は妻があの子についています。あれもあの子と触れ合う時間が必要でしょう」

「ゆんゆんのお袋さん……いたのか。全然出てこないから父子家庭なのかと思ってた」


 もしかして俺が気に入らないから出てきてないとかそういうことだろうか。


「妻は極度の男性恐怖症でして……知らない男の人がくるといつもこんな感じなのです。それ以外は普通の紅魔族なのですが」


 男性恐怖症で普通の紅魔族。なんてーかゆんゆんを数倍面倒くさくした人っぽいな。


「というか、族長はよくそんな人と結婚できたな」


 攻略難易度やばいだろ。


「苦労はしましたが……惚れた弱みというものですよ」


 はっはっはと笑う族長は本当に幸せそうだ。

 …………羨ましいな。紅魔族同士なら価値観が違って大変なんてこともねーだろうし。ゆんゆんの母親だ、それはもう美人さんなんだろう。


「けど、ゆんゆんのやつ、あれくらいの喧嘩で疲れるとは思えないんだが、なんか他に疲れることしてたかね」


 ミネア探しに行く時に警戒して歩いてはいたけど、冒険者じゃそれくらい慣れっこのはずだし。むしろぼっち冒険になれてるあいつにしたら軽いもんだろう。


「テレポートは魔力と質量と魔法抵抗力でその負担が決まります。魔力の塊であるドラゴンを2匹も……そのうちの一匹は中位種のドラゴンをテレポートさせたんです。さすがのあの子も限界に近かったというか…………よく成功させたものです。私が思っている以上にあの子は成長しているようだ」

「あー……テレポートってそういうもんなのか。定員が4人で魔力消費が結構大きいってことくらいしか知らなかったわ」


 考えてみれば分かることではあるが。何でもかんでも飛ばせるならテレポート最強すぎるし、魔法抵抗力を高めればテレポートで飛ばされるのに対抗できるってのはそのあたりで決まるんだろう。


「まぁ、あいつが成長してるって話は確かにそうだな。俺が初めてあいつとあった時と比べても大分強くなってるぞ」


 初めてあった時も孤高(笑)のアークウィザードとしてアクセルじゃ有名な実力者ではあったが、今はその頃よりも数段強い。……というよりあいつの親友を始めとして数少ない友人連中がどいつもこいつも強い奴らばっかりで、強くならざるをえないってのが本当のとこだが。


「それは分かりますよ。テレポートのこともそうですし、得意の得物ではないとは言えあなたを喧嘩で圧倒できるほど強いのですから」

「べ、別に圧倒なんてされてねーぞ。今日の喧嘩も紙一重の敗北だったっての」

「…………いえ、それ流石にないかと」


 正直な反応ありがとよ!


「しかし、強さもそうですが、あなたと喧嘩をしているあの子を見て少しだけ安心しました。引っ込み思案だったあの子が遠慮なしに言い合える相手はめぐみんくらいしかいませんでしたから心配してたんです」

「そうか。あれで俺以外にも言いたいことはズケズケ言うやつだから安心していいぞ。なんだかんだでアクセルの街でも友達はそれなりにいるし」


 その友達はどいつもこいつも問題ある気がするが。


「……そうですか。里でこそ認められましたがこの里以外であの子がうまくやっていけるか心配だったので、それは本当にうれしいです」


 穏やかな笑顔で族長。

 紅魔族ってのはおかしな感性してるって言うが、こういう所は普通の奴らと変わらないんだな。親の心ってのはどこであっても変わらないのかもしれない。


「これで、あなたがゆんゆんを貰ってくれれば何も心配はなくなるのですが」

「…………貰うってどういう意味だ?」

「もちろん結婚していただけないかと、そういう意味ですが」


 …………直球だなぁ。からかわれるくらいなら覚悟してたが、ここまで真剣に言われるとちょっとだけ驚く。族長とは初対面ではないとは言え、前に一度会っただけだ。ゆんゆんがはっきりと否定してるのにそう言われるとは思っていなかった。


「悪いが年が離れてて守備範囲外だ。……それにいいのかよ? 族長の娘にこんな得体のしれないチンピラを薦めて」


 ゆんゆんは一応族長の娘で本人も族長になることを望んでる。その夫になる男となればいくら変人の里と言っても得体のしれない男はまずいだろう。ゆんゆん自身がそれを望んでいるのなら話は少し変わってくるが。


「むしろあなたの才能と実績を考えれば紅魔の族長という地位は釣り合わないと思いますよ。自慢の娘ですが、族長の地位と合わせたとしても今はまだあなたに釣り合うほどではないでしょう」

「言ったろ? 今の俺はアクセルの街のただのチンピラだっての。…………ゆんゆんは俺なんかじゃ釣り合わないいい女だ。年が離れてなきゃとっくの昔に手を出してる」


 そして間違いなく撃退されてる。あいつ嫌なことははっきり嫌だって言うタイプだし。


「そうですか…………あの子はあなたにそれほど評価されるほどの女性になりましたか。では、あの子が大きくなれば貰ってくれる可能性があるということですね?」

「ねーな。4歳下とか一生守備範囲外。なので諦めろ。…………つーか、この話マジでやめよーぜ? 俺もゆんゆんもそんなつもりは全然ねーからよ」


 あくまであいつは俺に取っちゃセクハラ対象だし、恋愛対象とかそういう風に見るつもりは全然ない。ゆんゆんに至ってはジハードのことがなければ今すぐ縁を切りたいくらいだろう。未だに俺のこと知り合いだって言い張ってるし。


「ふーむ…………そうなると、何の話をしましょうか。あの子の最近の様子を聞いても良いのですが、それはあの子本人から聞きたいことですし」

「俺としちゃ族長と奥さんの夫婦の営みの話とかドラゴンの話とかしたいんだが」

「前者は流石にお断りします。後者はあなたにいろいろドラゴンのことを教えてもらえるならありですが…………今回は、私とあなたが初めて会った時の話をしませんか?」


 …………ま、そんな流れになる気はしてたけどよ。


「もう何年前になるんだっけか。あの国で俺が死にかけてたのを族長が率いる紅魔族が俺を助けてくれたんだったな。…………あの時は世話になった。感謝する」

「ピンチに現れるのは紅魔族の特権ですから礼なんていりませんよ。それにあなたが時間を稼いでくれたから私達も間に合ったのです。だからお互い様というものでしょう」

「…………まぁ、あんな国でも魔王軍に落とされればこの国も厳しくなるからな。そういう意味じゃ礼はいらないんだろうが…………やっぱり礼くらいはさせてくれ。ミネアを始めとして、あの国で俺が守りたいものを守れたのはあんたらのおかげだ」


 ミネアや俺に良くしてくれた町の人達、ついでにあいつ。糞ったれな貴族共はどうでもいいというかむしろ死んでくれだが、たとえ自分が死んでも守りたいものが守れたのは紅魔族のおかげだった。


「そうですか、では素直に感謝を受け取りましょう。…………ところで、気になるのですが、どうしてあなたは今『ダスト』さんをやっているんですか?」

「……何でって聞かれると面倒だな。一から話すと長いんだが…………聞きたいか?」

「ええ、是非とも」


 ……別に面白い話じゃないんだがな。


「ま、ミネアのこと頼むわけだし事情知ってた方がいいか。あれは俺が族長たちと初めてであってから一月くらいしてからのことだったか――」





「――なるほど。そういうことがあったのですか。苦労されたようだ」


 一通りの話が済んで。族長は労るように俺にそう言ってくれる。


「ま、あの頃は何度死のうかと……何度復讐してやろうかと思ったもんだが今はわりと楽しくやってるよ」


 この楽しい今が終わってしまうのが怖くなってしまうくらいには……な。






「……っと、そうだ。族長。ブラシとタオルかしてくれねぇか?」


 話も一段落したことだし、俺はやりたいことをやらせてもらおう。


「いいですが……寝ないのですか? もう良い時間だと思うのですが」

「眠いけどその前にミネアの体を綺麗にしてやんねーと。あいつのせっかく綺麗な鱗がくすんじまってるから」


 磨いてやらないと気になって眠れやしねー。


「…………やはりあなたはいい男だ。娘は何が不満なのか」

「俺が言うのも何だが……多分ドラゴン関係以外はただのチンピラなところじゃねぇかな」


 本当自分で言うのもなんだけど。


「…………真顔で言われると心配になるんですが……冗談ですよね? 娘任せて大丈夫ですよね?」

「冗談じゃねーが大丈夫だ。ゆんゆんは俺の親友だからしっかりと利y……もとい面倒見てやるから」

「頼みますよ!? 『利y』とか聞こえなかったことにしますからホント頼みますよ!?」


 放任主義だか過保護だかよく分からないゆんゆんの親父さんだった。





――ゆんゆん視点――



「お父さんおはよう」


 台所でお母さんが料理してる懐かしい雰囲気を感じながら。私は居間で読書をしているお父さんに挨拶をする。

 …………読んでる本のタイトルに『紅魔族英雄伝 第二章』とか書かれてる気がするのは私の見間違いだろうか。…………見間違いにしとこう。


「おはよう、ゆんゆん。よく眠れたか?」

「うん。……私、いつの間に寝たんだっけ?」


 疲れてたのかな? ダストさんといつもどおり喧嘩したのまでは覚えてるけどその後の記憶はあやふやだ。


「うとうとしていたから仕方ないだろう。ちゃんと私が(スリープで)寝かせつかせたから安心しなさい」

「うん。なんだか聞き逃せないこと言った気がするけどありがとう」


 まぁ、別に無理やり眠らされるくらいはいいんだけどね。……夜中に目が覚めたらお母さんが隣で寝てたのにはびっくりしたけど。


「そういえばダストさんはどこで寝たの?」

「…………結局、夜通しだったみたいだね。明け方近くまで音が聞こえてたから」

「? 何の話?」

「庭に出れば分かるだろう。…………ただ、静かにね」


 庭って何の話だろうと思いながら玄関を出る。そうしたらお父さんの言ってた意味はすぐに分かった。


「……ダストさん、ずっとミネアさんの体を綺麗にしてたんだ」


 ミネアさんのくすんでいたはずの鱗が朝陽に照らされ白く輝いている。そしてダストさんはと言えばミネアさんに体を預けて幸せそうに寝ていた。


「くすっ……ダストさんでも寝顔は可愛いんですね……えいえい」


 思わずぷにぷにとほっぺたを突っついてしまう。


「おいこら、ゆんゆん……」

「っ! だ、ダストさん起きて――」


 いきなりの声に突っついてた指を後ろに隠す。


「――ダチは選んだほうがいいぞ……むにゃむにゃ」

「って、寝言ですか。驚かせないでくださいよもう……」


 驚かされた腹いせに少しだけ強くほっぺたを突っつく。なんだか寝苦しそうにしてるけど気にしない。


「というか、どんな夢見てるんですか?」


 ダストさんの夢の中で私はどんな風なんだろう。さっきの寝言にどう応えただろう。ここにいる私なら……


「……ダストさんがその台詞を言わないでくださいって……そう言うだろうなぁ」


 そこまで口にして気づく。


「そっか……私、ダストさんのことちゃんと友達だって認めちゃってるんだ」


 どうしようもないろくでなしだけどドラゴンの事になると真剣になるこのチンピラ冒険者のことを私は嫌いじゃないらしい。

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