第26話 この猛々しい精霊に終炎を!

『大物賞金首』


 それは人類種の天敵たちの総称だ。いずれも強大な力を持つ存在で、その力と人類に対する敵対度合により賞金額が決められている。ついこの間戦ったベルディアやハンスも億単位の賞金が懸けられた大物賞金首だ。あいつらの強さと厄介さは経験した通り。大物賞金首と呼ばれる奴らはどいつもこいつもそんな奴らばかりと思っていい。

 『炎龍』はそんな大物賞金首の中でも特に高い賞金の懸けられている存在だ。最強最悪の大物賞金首と呼ばれる『機動要塞デストロイヤー』や、明確な人類の敵対者である『魔王』ほどではないが、何度も討伐が試みられながらも失敗し、多くの街が滅ぼされた点では変わらない。


 デストロイヤーが『最強』の賞金首で、魔王を『最恐』の賞金首だとするなら、炎龍は『最凶』。

 火の精霊であるサラマンダーを多数引き連れ、自らの思うがままに行動し、行った先々を火の海にして滅ぼす炎の権化。






「……で? なんで、そんな危険な奴の相手を俺が出来ると思ったんだ?」


 戦いの準備を整えながら。俺は不安そうにしているリーンにそう聞く。


「だって、ライン兄ってドラゴンのこと詳しいでしょ?」

「炎龍はドラゴンじゃねぇよ。そう見えるだけで実際は精霊……火の大精霊だ」


 大精霊ともなれば最低でも上位種のドラゴンクラスの実力を持つ。つまりは魔王軍の幹部かそれ以上の相手だ。炎龍といえば冬の大精霊と同格の力を持ちながら、凶暴な性格で慈悲はない。その炎の息に飲まれればただの人間なんてかけらも残らず燃え尽きる。無効化されないだけまだデストロイヤーよりマシだが大精霊である炎龍が相手じゃ魔法の効果も薄い。デストロイヤー討伐が無理ゲーなら炎龍討伐は無茶ゲーだ。


「……じゃあ、ライン兄でも無理なの?」

「いや……、俺なら……、俺とミネアなら可能性がある」


 可能性があるって言っても高いとは言えないものだが……。それでも上位種のドラゴンがいなくなった今、人類側で炎龍と戦える可能性があるのはミネアと契約する俺くらいだろう。

 魔王軍なら魔王の娘が他の幹部と一緒に戦えば有利に戦えるだろうが……あいつらは結界があるからデストロイヤー同様に炎龍はスルーしてんだよな。


「勝率はともかく炎龍は俺らでなんとかする。だけど、問題は回りのサラマンダーだな。炎龍相手じゃ流石に俺一人で戦うのは無理だ。ミネアと一緒に戦うことになる。だが、そうなるとその間サラマンダーを相手にする奴がいない」

「それなら街の冒険者が頑張るって言ってたよ。というか炎龍相手でも引く気はないみたいだった」

「……駆け出しの街の冒険者に任せて大丈夫か……?」


 というか、根無し草の冒険者が普通の街一つ守るために命をかける……? ギルドが緊急クエストを出そうが勝ち目のない戦いからは逃げるのが冒険者って生き物だと思ってたんだが、アクセルの街の冒険者は違うんだろうか。




「それより、ほんとにお前もくるのか? 森の中にいたほうが安全だぞ」


 準備を終えて。小屋の外に出てミネアを呼んだ俺は、ついて来ようとするリーンに忠告する。


「一緒に戦えないのはしょうが無いにしても、自分の住んでる街がどうなるかを見届けられないなんて嫌だよ。……ライン兄にお願いしといて自分一人だけ安全なところにいるなんてできない」

「…………俺はお前に危険な目にあってほしくないんだがな」


 絶対に勝てるなんて言えない相手だ。その影響力を考えるなら勝てたとしても周りに被害が出る可能性が高い。


「だけど……自分が生まれ育った街がどうなるか見届けたい。その気持ちもわかる」


 国を捨てた俺が言うのも白々しいかもしれないが……捨てたからこそその気持ちは痛いほど分かった。


「お前とお前の住んでる街は俺が絶対に守ってやる。……だから見届けろ」


 たとえ俺が勝てないとしても、それだけは絶対に成し遂げてやるから。


「ありがとう、ライン兄。…………信じてるからね」


 俺はこいつに命を救われたのだから。その命をかけてリーンとリーンが大切にするものを守る。

 俺を信じて安堵の笑みを浮かべるリーンに、俺は心の中でそう誓った。





「ね、ねぇ、ライン兄。掴まる所ってないの?」


 ミネアの頭に乗り込んで。俺の後ろに座るリーンはこれから飛ぶことが怖いのか手を彷徨わせながらそう聞いてくる。


「……俺の背中くらいだな。ミネアの角掴むのはリーンの体格じゃ無理だろうし」


 仮に前に座らせて角を掴まえさせたとしても、リーンの力じゃ体を安定させることはできないだろう。だったら俺が角を掴んでリーンには俺に掴まってもらうのが1番安全だ。急ぎじゃなければ他にも方法はあったかもしれないが……。


「ライン兄の背中…………抱きついていいの?」

「おう、掴まっていいぞ」

「えへへ……うん。じゃあ抱きつくね」


 何故か嬉しそうな様子でリーンは力を入れて俺に掴まってくる。……こいつ状況分かってんのかね? 今から俺は死地に向かうってのに。


「? ねぇ、ライン兄。顔赤くなってない?」

「…………気のせいだろ」

「そうかなぁ…………今も赤くなってる気がするんだけど」


 …………抱きつきながら上目遣いすんのマジでやめろ。俺まで今の状況忘れそうになるだろうが。


「……とにかく準備はいいな? 飛ぶぞ?」

「うん。炎龍がアクセルに来ちゃう前に行かないといけないもんね」


 状況を本格的に忘れていないみたいなのは何よりだ。

 俺はミネアに合図を出して空を飛ばせる。目的地は冒険者たちがアクセルを守るために作ったという最終防衛ライン。そこにリーンを下ろしてから俺は炎龍の元へ向かう。




「……しっかしまぁ、やっぱリーンはお子様だなぁ。こんだけくっついてるのに全然胸の膨らみを感じないとか」

「ライン兄今の状況ちゃんと分かってるの!? それにあたしは今から成長期だもん! これから大きくなるんだから!」


 なんか大きくならない気がするけどな。

 空を飛ぶ風の音に負けないくらいの声で恥ずかしがって怒るリーンを宥めながら。俺は全速力でミネアを飛ばせるのだった。





「さてと…………ここまででいいか? というか、流石にこっから先へは連れてけねえぞ」


 最終防衛ラインよりアクセルの街に近い場所で。リーンを下ろした俺は周りを見渡しながらそう言う。

 …………最終防衛ラインって言っても防衛線は二つだけか。しかも最終防衛ラインの方には冒険者でも騎士でもないような男たちの姿もある。前線の面子がどんな奴らかはここからじゃ分からないがあまり期待はしないほうがいいかもしれない。


「でも、ここからじゃ、ライン兄が戦ってる様子が……」

「我慢しろ。炎龍だけならともかくサラマンダーまでいるんだ。俺がサラマンダーの相手できないってこと考えればここでも近すぎる」

「じゃあ……サラマンダーがみんな倒されたらもっと近づいてもいいの?」

「まぁ……俺が戦ってる所が見える場所くらいならいいんじゃねえの」


 実際は駆け出しの冒険者にサラマンダー全部倒せるとは思えないんだが。こうでも言っておかないとリーンは納得しないだろう。


「…………うん、分かった。でも、ライン兄。だったらサラマンダーが全部倒されるまで絶対に負けないでよ? あたしの知らないところでライン兄が死ぬなんて絶対イヤなんだから」


 分かっている。心配するな。そう返そうと口を開くが、リーンのその真っ直ぐ過ぎる瞳を――何故か姫さんに重なる面影を――見ると口が止まってしまう。

 数秒の後。やっとのことで返せた言葉は、言おうと思っていたこととは全く違うものになっていた。


「なぁ、リーン。この戦いの結末がどうであれ、俺はもうここにいられないと思う」

「…………え?」


 まずい、と思う。だが、一度開いた口は閉じることなく言葉を続ける。


「ミネアと一緒に戦うってことは俺が『ライン=シェイカー』だと宣言するようなもんだ。俺がここにいると知れれば魔王軍やあの国の追手に狙われるだろう」


 魔王軍幹部を二度も退けた俺を魔王軍が見過ごすとは思えない。そしてあの国も姫さんこそ快く送り出してくれたが、王を含め俺をよく思っていない勢力が権力を掌握している。


「…………ここにいれば俺はリーンを危険に晒すようになっちまうんだ」


 姫付きの護衛なんてやってはいたが、俺はもともと守るための戦いが得意じゃない。だからこそ姫さんは俺にあんな約束をさせたのだろうから。


「だったら……だったら、あたしもライン兄と一緒に連れてってよ!」

「そりゃ無理だ。冒険者でもないやつをずっと守り続ける自信は俺にはない」


 そしてそれは冒険に出たとしても一緒だ。むしろそっちの方が危険は多いかもしれない。


「……お前は、器量いいんだし普通の幸せを掴めるよ。俺なんかさっさと忘れたほうがいい」


 俺と一緒になってもきっと幸せになれない。……俺が住んできた世界とリーンが住んでいる世界は違いすぎる。


「それでも……それでもあたしは――」

「――悪い。そろそろ行く。先行してきたサラマンダーの姿が見えてきた」


 リーンの話を遮って。俺はミネアを飛ばせる。実際に戦う前に前線で戦う冒険者たちの様子を見てこないといけない。


「ライン兄! 絶対に帰ってきてね!」


 それは、俺が死ぬことを心配しての言葉か。それとも戦いが終わった後俺がそのままいなくなることを心配しての言葉か。


(…………リーンのこんな顔初めてみたな)


 考えてみればリーンとはまだ出会ったばかりだ。当たり前だがリーンの事は知らないことのほうが多いんだろう。

 …………別れる直前にそんな事気づいてもどうしようもないってのに。



「おう、お前とあの街は絶対守ってやる。命を懸けてもな」


 だから俺はリーンの言葉帰ってきてにそうとしか返せなかった。






「あんたらがこの街を守るって冒険者か。…………なんで、こんな街にいるんだ? あんたらの身のこなしから見るにかなり高レベルの冒険者だろ。王都で戦ってて不思議じゃないレベルの」


 前線へと来た俺は防衛線を固める冒険者にそう声をかける。


「この街に守りたいものがあるのさ。それこそ命をかけてでも恩を返さないといけないものがある。……だから、俺たちゃこうしてここにいるのさ」

「守りたいものってなんだよ」

「坊主にゃまだ早いな。もう少し大きくなったら教えてやるよ」


 なんか気になるんだが…………まぁ、高レベルの冒険者がいるのは嬉しい誤算だ。サラマンダーの相手は任せても大丈夫そうだな。


「坊主こそなにもんだ? こんな大きなドラゴン見たことねぇ。ドラゴン使いか?」

「ドラゴン使いじゃなくて俺はドラゴンナイトだよ」

「ドラゴンナイトだと? ドラゴン使いの上級職って噂の? 初めて見たぜ……しかもその若さでとは、坊主ほんとに何もんだ?」

「気にすんなよ。俺はただの通りすがりだ。この戦いが終わったらいなくなる」


 自分の言葉に何故かリーンの泣きそうな顔が頭をよぎるが、それに蓋をして続ける。


「それより、炎龍の相手は俺とミネア……このドラゴンに任せてくれ」

「…………正気か? 相手はあの炎龍だぞ? いくらドラゴンナイトとは言え自殺行為だろう」


 まぁ、実際そうだろうけど…………炎龍相手に一緒に戦えるやつがいないんだから仕方ないだろう。ここにいる奴らがどんなに強かろうと炎龍相手じゃ一瞬で溶けるだけだ。自殺行為と言われようが俺とミネアだけで戦うしかない。


「ま、心配すんなよおっさん。炎龍の強さはちゃんと分かってるし、その上で簡単に負けるつもりもないからよ」


 少なくともリーンとあの街を守るって勝利条件は絶対に満たす。


「それに…………俺は証明しないといけねえからな」

「? 証明って何をだ?」



「ドラゴン使いと一緒に戦うドラゴンは最強だってことを…………あの炎龍倒して証明してやるよ」








「さてと……お見えになったぜ。ミネア。『炎龍』……火の大精霊のお出ましだ」

『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 俺の言葉か見えた炎龍に反応してか、ミネアは威嚇の声をあげる。

 前線からも離れた場所で。俺達と炎龍は対峙しようとしていた。


「……準備はいいな? 分かってるとは思うが本気の本気で行くぞ」


 ミネアにも自分にも竜言語魔法による強化は全てかけた。今の俺達は上位種のドラゴン並の力を持っていると言っていい。

 それでも、今回の相手は油断すれば一瞬で殺られる……そんな相手だ。


『……………………』


 炎龍は俺らを視界に入れても吠えない。もしかしたら声など出せないのかもしれない。

 ただ、極熱のブレスを挨拶代わりとばかりに俺らに向かって吐く。その炎は地獄の炎インフェルノすら可愛く思えるような凶暴な炎熱。そのブレスをくらえばただの人間だろうが、凄腕の冒険者だろうが炭すら残らない。




 それを俺はミネアの魔力を乗せた槍で切り開いた。



『………………?』


 俺とミネアのことを塵とでも思っていたのだろうか。自分のブレスを無傷で乗り越えた俺たちに炎龍は首を傾げている。


「……この程度で不思議がってんじゃねぇよ。ミネアは『炎』のブレスを使うシルバードラゴンだ。この程度の炎じゃ俺らは殺せない」


 それが俺らが唯一人類側で炎龍と戦えるという理由。炎のブレスを使うミネアは炎属性に大きな耐性を持っていて、それはその力を借りて戦う俺も同様だ。竜言語魔法による強化も含めれば、直撃さえしなければ耐えることが出来る。

 ……まぁ、直撃すりゃ俺は大やけどだろうしミネアも無傷とは言えない。それでも、俺らくらいの耐性がなきゃ余波だけで消し炭になるのを考えればまだ炎龍との相性は悪くないのだろう。


(炎属性の上位ドラゴン並の火耐性がねぇと戦いの舞台にすら立てないとか……大精霊ってのはほんと化け物じみてやがる)


 炎龍が大精霊の中でも冬の大精霊に並んで強大な力を持っているってのもあるんだろうが。

 …………炎龍も冬の大精霊みたく慈悲のある存在ならこんな苦労しなくてよかったんだけどなぁ。



『…………!』


「またブレス来るぞ! ミネアは飛べ!」


 炎のブレスを切り裂くなんて言う一歩間違えれば即戦闘不能な綱渡りを何度もする気はない。周りへの影響を考えながらも基本的にブレスは避ける方針で行く。

 そして俺とミネアが離れれば標的は2つ。避ける回数も半分になるため、気は抜けないが反撃のチャンスは増える。


「おら! よそ見してんじゃねぇ!」


 炎龍がミネアへブレスを吐いた隙を狙い、俺は炎龍の首筋を魔力のこもった槍で切り裂く。

 大精霊である炎龍にはリッチーなどと同様に単純な物理攻撃はほとんど効果を見せない。魔法剣などを持たないのなら『魔力付与』を使って武器を魔力で強化することは必須だ。…………炎龍の場合『魔力付与』で武器を強化してないと武器自体が溶けるし。

 

(手応えなんてあってないようなもんだな……!)


 切り裂いた炎龍の首筋からは血などでない。精霊はドラゴンと同じく魔力の塊と言われているが、ドラゴンとは全く違う点がある。それはドラゴンは一応生物として扱われるが精霊は生き物ですらない…………ある種の概念に近い存在だ。だから殺せば終わるという話じゃない。魔力がなくなるまで滅ぼさなければこの存在は終わらない。


(……そのうえ、滅ぼしてもいずれまた人の想念が集まって復活するとかチートだよなぁ)


 また炎龍として復活するか、あるいは炎の魔神あたりの姿を取るか。それは分からないが、できれば今度は冬の大精霊のように慈悲のある存在として復活してもらいたい。

 まぁ、それもこれも俺がちゃんと炎龍を倒せたらの話か。



 ………………倒せんのかなぁ。改めて考えてみると無謀としか思えなくなってきたんだが。




「っと、ブレスが効かないと思ったら今度は爪か」


 炎龍の巨体から放たれる爪での攻撃を俺は槍の先で受け流す。


「ミネア!」


 炎龍が受け流されて体勢を崩した先。そこにはミネアが勢いをつけ向かってきていた。


『…………!』


 勢いそのままに炎龍へと吸い込まれていくミネアの爪。魔力の塊と言われるドラゴンの爪は俺の槍同様――それ以上に――全てを切り裂く特性を持っている。

 炎龍の巨体をしてもミネアの爪での攻撃は効いたのか。初めて苦悶のような表情を見せた。


『グゥッ!』


 藻掻くようにして暴れる炎龍はバンッ!と尾をミネアにぶつける。苦し紛れとは言えその巨体からくり出される尾の勢いは、続けて攻撃しようとしたミネアの身体を大きく吹き飛ばした。


 「しっぽまで武器とか…………まぁ、基本的にはドラゴン相手にすると考えりゃいいか」


 吹き飛ばされながらも体勢を整えて飛行に戻ったミネアの無事を確認しながら。俺は炎龍の攻撃方法やその特性を頭のなかでまとめる。



 基本的に炎龍の攻撃方法は炎を使うドラゴンと一緒と考えていい。つまりは俺がこの世界で1番よく知っている攻撃方法と一緒だ。尾による攻撃だけは予想外だったが、ミネアの様子を見る限り、爪やブレスでの攻撃と違い一撃必殺の威力はないだろう。…………俺が食らったら多分無事じゃすまないが。

 防御の面はかなり厄介そうだ。生物じゃないから急所はない上に、俺やミネアの攻撃を受けても消耗している様子はない。ミネアの攻撃を受けた時の反応を見る限り効果がないというわけじゃないんだろうが、その耐久力――魔力の塊である炎龍は魔力そのものがそれに当たる――は思った以上に多そうだ。


 攻撃手段がドラゴンと同じであるならどれだけ力量に差があっても2対1という数の差でなんとか戦える。問題は炎龍の魔力が先に尽きるか俺とミネアの気力か魔力が先に尽きるか。……それでいて、こっちは一撃じゃ倒せず、向こうの攻撃は俺に当たれば一撃必殺。ミネアも爪や牙での攻撃受ければやばい。


「…………やっぱ、逃げたほうが賢かったなぁ」


 でも、ここには俺以外にも命をかけてるものがいる。近くには俺を信じて待っている奴がいる。

 そして、俺はドラゴンナイトだ。ドラゴンとともに戦いドラゴンが最強だと証明するものだ。なら、たとえここで死のうとも逃げる訳にはいかない。


 俺が負けるのはかまわない。だがミネアは負けさせない。



「こいよ、『炎龍』。大精霊ごときが『最強の生物ドラゴン』に勝てると思ってんじゃねーぞ」


 自分が逃げ出したい気持ちごと炎龍を挑発して。俺は終わりの見えない戦いへと挑んでいく。




――リーン視点――


 はぁ、はぁという自分の息が煩い。胸は爆発するんじゃないかというくらいに痛く動いているし、道じゃない所を走ったせいか足が引きずりたくなるくらいに痛い。

 あたしの身体はかつてない酷使をされて早く休め、せめて歩けと叫んでいる。


「ライン兄…っ……ラインにい……っ!」


 そんな身体の叫びを無視してあたしは走り続ける。命を懸けて守ってくれると言った人の元へ。……でも、帰ってくると言ってくれなかった人の元へ。


「嬢ちゃん、そっちは行っちゃダメだ!」


 サラマンダーと戦い、そして全てを倒しきった冒険者の一人があたしに制止をかける。でも、それは声だけで身体は動いていない。それはそうだろうと思う。サラマンダーと冒険者たちの戦いは半日にもかかった。明るかった日も既に落ちきり夜になっている。命を懸けて戦った冒険者たちにそんな気力も体力も残っているはずがない。むしろ、暗がりを走るあたしに気づいた冒険者は余裕があったほうだ。


(行かないと……! 見届けないと!)


 少しずつ近づいてきた緋色の光。今も戦いが続く場所まであたしは走り続ける。



 だって、その時を見届けなければあたしは絶対に後悔するから。

 だって、今行かないとライン兄があたしの前からずっといなくなる気がするから。



「きゃっ……はぁ、はぁっ……ごめん、なさい……っ」


 暗がりの中必死に走り続けたからか。あたしは前にいた人の姿に気づかずぶつかってしまう。


「ふむ? 我輩としたことが興味深い事に気を取られすぎていたようだ。こちらこそ謝ろう野菜好きの娘よ」


 あたしがぶつかった人は大分大きな人みたいだ。暗くて顔はよく見えないけど、今のあたしとは見上げるような身長差がある。


「……って、あれ……?」


 ふらりと、頭から血が引き下がる感じがしたかと思うと、そのまま地面が近づいてきた。


「おっと…………ふむ、貧血のようだな。無理して走りすぎたようだ」

「何を冷静に言っているんですか――さん! 早く、このポーションを飲ませてあげてください」


 地面にぶつかる寸前に。あたしの身体は大きな体の人に受け止められる。女性の人も一緒にいるらしく、何か2人であたしのことについて話しているみたいだけど、朦朧としている意識ではその内容は入ってこない。


「魔道具店を開こうというものがそう簡単に商品をあげてどうするのだ?」

「多分、私は困っている人がいればいつもこうすると思います。――さんのためにお金稼ぎも頑張りますけど……」

「はぁ…………もういい、飲ませるゆえさっさと寄越せ」


 冷たい瓶の感触が唇に当てられたかと思うと、そこから苦味のある液体が私の口の中に入ってきて、そのまま喉を通っていく。


「…………流石ですね――さん。普通そんなふうに飲ませたら吐き出させちゃうと思うんですけど」

「我輩を誰だと思いっているのだ。これくらい我輩の――力で余裕である」


 あたしが飲まされたのは回復のポーションだったらしい。苦しくて動けないと叫んでいた身体は落ち着きを取り戻し、もう一度あたしの意志に応えてくれる。


「ありがとう、お兄さん、お姉さん。このお礼はいつか絶対するから!」


 立ち上がったあたしは、お礼もそこそこにまた走り始める。ライン兄が戦っている場所はもう見えるところまで来ていた。






――ライン視点――


「ハァ…ハァ……、そろそろ限界じゃねぇか? 炎龍さんよ」


 炎龍の爪を避け、返しの刃でその眼に槍を突き刺す。すると一瞬だけだがその巨体が薄くなった。


(……もう少しだが、俺もミネアも限界だ)


 終わりは見えているが、それ以上にこっちの限界が来ている。魔力はギリギリ、気力はとっくに限界を超えていた。それでも戦えているのは一人ではなく二人で戦っているからに過ぎない。


「っ!? しまっ!?」


 疲労からくる思考に飲まれて出来てしまった隙を炎龍は見逃さなかった。その牙が俺の身体を引き裂こうと迫ってくる。

 距離的にミネアは間に合わない。炎龍は凄絶な笑みを浮かべ――


『…………!?』


 ――その巨体は黒き稲妻を受けて俺の身体の前で止まった。


「ミネア! 一気に行くぞ!」


 何が起こったのかは分からないが、これが最後のチャンスだ。自分に残った魔力すべてを使い切る覚悟で、俺とミネアは炎龍へ最後の攻撃へと移る。


「っ! っ! っ! よっと!……ミネア!」


 槍の得意技である突きを三発食らわせ、大きく切り払いまでくらわせた俺は一旦炎龍から距離を取った。


『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 その間を埋めるように、ミネアは爪と牙を炎龍の身体へと突き刺さす。そのまま炎龍の身体を痛め続け、動かないように固定をした。


「これで正真正銘最後だ! 頼むから終わってくれよ……!」


 持てる魔力――ミネアの持つ魔力も含め――すべてを槍の先に集め炎龍へと突進。その巨体の真中を止まることなく最後まで突き抜けた。




 パァンと音がなり、炎龍の巨体が消え去る。その代わりにあたりは火の粉のような色の淡い光が降り注いだ。


「……形をとる前の火の精霊か。綺麗なもんだな」


 夜の暗闇の中で光るそれは幻想的なものがある。それがあんな怖い存在になるってんだから世の中不思議なもんだ。


「……不思議といや、あの黒い稲妻はなんだったんだ?」


 上級魔法の『カースド・ライトニング』だろうってのは分かるが、大精霊の魔法防御力を抜けるような魔法なんて紅魔族でも一人で使えるやつはいないだろう。それこそ魔王軍幹部でも上位の実力者ならあるいはってレベルだ。


「……ま、誰でもいいか。助けてくれてありがとよ」


 誰だか知らない実力者に俺は感謝の気持ちを送った。




――――



「バニルさんバニルさん。凄いですね。本当に炎竜を倒してしまいましたよ。何者なんでしょうか? あの少年」

「知らぬ。忌々しいトカゲと一緒にいるということはドラゴン使いかドラゴンナイト…………中位種のトカゲを連れて倒せたのだからドラゴンナイトだろうが、この距離からでは我輩でも見通せぬ」


 リーンを助けた2人――魔王軍幹部の中でも上位の力を持つ人畜無害の悪魔とリッチー――は、ラインたちの戦いを見届けて、その結果に大小違いはあれど驚いていた。


「バニルさんでも簡単に見通せない実力者のいる街ですか……。決めましたよバニルさん。本当は温泉のある街が良かったんですけど、この街に店を建てようと思います。……ここは思い出の街でもありますしね」

「そうか、では見送りはここまでということだな」


 夢をかなえるため。悪魔との約束を守るため。店を出すと魔王城を出ることにしたリッチーを、バニルと呼ばれた悪魔は見送りに付いてきていた。……見送りというよりも付添人と言ったほうが正確かもしれないが。


「はい。ありがとうございましたバニルさん。店が出来たら遊びに来てくださいね。頑張ってダンジョンの建築資金をためますから」

「……見通す力を使わずとも結果が見えているゆえ、そのうち我輩がバイトに来るかもしれん。汝に任せていたらいつまで経っても金が貯まらぬだろうからな」


 『氷の魔女』と呼ばれていた人間時代ならともかく、今のリッチーはどこか抜けているというか、一言で言うならポンコツ気味だ。先程リーンを無償で助けた様子を考えても商売に向いているとは考えられない。その上致命的なまでに商品を選ぶセンスが無いのを考えれば…………バニルの出番はそう遠くないうちに来るだろう。


「心配しなくても大丈夫ですけど……バニルさんと一緒に働くのも楽しそうですね。魔王さんにはお礼を言っててください」

「この残念リッチーに宝をたかられずにすんで魔王も喜んでいるだろうが……とりあえずよろしく言っていたと伝えておこう」


 そんな心配をよそに脳天気に言うリッチーにバニルは心の中でため息をつく。そして少なくともリッチーの言う一緒に働く日々が退屈しない日々になるのだけは見通す力を使わずとも確信できた。


「っと、そうでした。バニルさん。もうこれは私には必要ないものなので預けておきますね」


 そう言ってリッチーがバニルに渡したのは彼女が愛用している魔法の杖だ。『氷の魔女』と呼ばれた冒険者時代から使っているもので、紅魔族が作った最高傑作の杖らしい。


「いらぬというのなら売れば開店資金の足しになるだろうに……なぜ、わざわざ我輩に預けるのだ」

「だって、店主の私にはもう必要ないものですけど、魔法使いとしての私には必要なものですから。……私が魔法使いに戻らないと行けない時が来たら返してください」

「ふむ……そういうことなら預かろう。まぁ、汝が魔法使いに戻る日など来ないほうがよいのだろうがな」


 ただ、いずれそういう時が来るだろうことはバニルにも予感があった。……許せないと思った存在がいた時、彼女はきっと魔法使いに戻るだろう。



「それじゃ、バニルさんまた会いましょう」

「ああ、駆け出しリッチーあらため駆け出し店主よ、また会おう」


 再会の約束をして。友である2人は別々の方向へ歩み始めるのだった。






――ライン視点――


「ライン兄!」


 ドンっと、小さな身体がぶつかり、限界だった俺の身体は倒れる。それでも、その少女が傷つかないよう抱きとめることだけは意地でもした。


「何でお前がここに……って、サラマンダーも倒されたのか」


 炎龍との戦いに必死で気づいてなかったがサラマンダーも全て倒されたらしい。つまり、この街の危機は去ったということになる。


「よかった……、ライン兄が無事で…………」

「あたりまえだろ? 俺は最年少でドラゴンナイトになった天才だぜ? これくらいの相手なら余裕だっての」

「……嘘つき。最後油断して死にそうになってたくせに」


 よく見てんじゃねぇか。実際あの黒い稲妻の助けがなきゃ俺は死んでたし、余裕なんてもの最初から最後までなかった。


「でも、ライン兄が強いって、…………誰よりも強いのは分かったよ」


 言葉とともにぎゅうっと俺に抱きついてくるリーン。


「……惚れなおしたか?」

「ライン兄の馬鹿。ここまで惚れさせといていなくなるとか……ホント馬鹿」

「悪い……」


 軽口に返されたのは悲しみとも怒りとも言えない感情。


「ねぇ、本当にどうにもならないの? あたし、ライン兄と離れたくないよ……」

「それは……」


 出来ないことはないかもしれない。今回の炎龍討伐の報酬を使えば冒険者ギルドに都合をつかせてある程度の口封じもできるだろう。その上で俺が『ライン』であることをやめれば……。

 本気で過去と決別するのなら――


「出来ないことはない。……でも、きっとそうして一緒にいる俺はリーンの好きな俺じゃなくなる」


 ドラゴンナイトであることをやめ、槍も使ってないとなれば俺が『ライン』であると気付く奴はいないだろう。この国では俺の顔は知れ渡ってはいないのだから。

 だが、そうすればきっと俺は腐っていくだろう。大好きな相棒と一緒に過ごせず、思うように戦えない日々は、俺をリーンの好きなかっこ良くて優しく強い『俺』ではなくする。

 自分らしく自由に生きる。あの国を出る時に決めた俺の願いは、ミネアと一緒じゃなければその輝きを失うだろうから。



 俺は今の俺のままじゃいられない。



「――それでも、いいか?」


 それでも……リーンが望むのなら。俺の命の恩人が俺と一緒にいることを望むのなら。


「うん……どんなライン兄でもいい。あたしはライン兄が好きだから」


 リーンのそばにいることを選ぼう。リーンが望む限り……リーンに見捨てられないかぎり。


「ああ……分かった。一緒にいるよ」




 それがどんなに苦しい日々であろうとも、俺は『ダスト』になろう。












――リーン視点:今――


 ホントはね、ダスト。あたしにダストのことを嫌いだなんていう資格ないんだよ? だって、あたしは知ってる。ライン兄がダストになったのはあたしのためだって。

 あたしに誰かの面影を重ねているだけだとしても、あたしの願いでダストになったのは変わらない。だから、どんなに呆れることが多くても嫌いになるなんてことは出来ない。


 でも……ドラゴンが大好きなライン兄にとってドラゴンと触れ合えない日々は。凄腕の槍使いとして名を馳せたライン兄とってなれない長剣で思うように戦えない日々は。あたしが想像している以上に苦痛の日々だったんだろう。そんな日々はライン兄を疲弊させ腐らせ本当に『ダスト』にしていった。


 それを止めないといけないのはあたしだった。でも、あたしにはそれが出来なかった。……だから、あたしにはダストを好きだなんて言える資格がなくなった。

 あたしと一緒にいるなんてことを選ばなければ、きっとダストはもっと自由で楽に生きられただろうから。大好きなドラゴンとも別れる必要がなく、出会った頃のライン兄のままでいられたはずだから。




 あたしが好きと言っていいのは思い出の中のライン兄だけ。ただそれだけの話。




「……ね、ダスト。もしもゆんゆんが好きならあたしは応援するからね」


 だってあの子はあたしがしたくても出来なかったことをしてくれたから。


「だから別にゆんゆんとはそんな関係じゃねぇって言ってんだろ。体と顔は悪くないがあんな生意気な守備範囲外のクソガキは問題外だっての」

「うん、知ってる。ダストもゆんゆんもお互いに友達だとしか思ってないって」


 少なくとも今はまだ。何もなければこのままずっと。それでも、何があるか分からないのが恋だ。それに……。


「でも、ダストってもしゆんゆんに告白されたら凄い悩むでしょ?」

「………………ノーコメントで」


 あの子はある意味であたしと同じだから。あの子が本気で願ったのなら、その願いをダストが『守備範囲外』という言葉だけで捨てられるわけがない。

 仲間は大事にし、恩は忘れない。それだけはいつまで経っても変わらない。だからあたしはダストのことを見捨ててあげられないのだから。……まだ一緒にいてもいいのだと思ってしまうのだから。


「……ま、流石にそんなことありえないと思うけどね」


 それがあたしの予想なのか願望なのか。それは自分でもよく分からなかった。

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