第27話 身の程を知りましょう

「彼女がほしい」

「そうですか。帰っていいですか?」


 ギルドの酒場。俺の目の前には呆れ顔のボッチーが一人。


「まぁ、そう言うなよゆんゆん。今日は俺の奢りだ」

「いえ、お金をいつまでも返してくれない相手に奢られても…………嬉しいのは嬉しいですが複雑ですよ」


 嬉しいのかよ。相変わらずチョロすぎて心配になる。


「まぁ、ダストさんは仮にも友達だって認めちゃってるんで恋愛相談くらいは乗りますよ。でもまともな恋愛相談になる気が全くしないんでやっぱり帰ってもいいですか?」


 …………こいつほんとに俺のこと友達だと思ってんのか?


「まぁ、ゆんゆんの口が悪いのは今更だから置いとくとして……」

「ダストさんに口が悪いとか言われたら死にたくなるんですが……」

「さっきからなんなの、お前。反抗期なの? それとも喧嘩売ってんの?」


 こっちが下手に出てるときくらいはまともな対応しろよ。


「喧嘩を売ってるつもりはないんですが……ダストさんにそういう話題出されるとムカムカするといいますか……」

「なんだよ。嫉妬か?」


 まぁ、俺みたいなイケメンとこれだけ一緒にいれば惚れないほうが難しいかもしれないが。残念ながらこいつは守備範囲外だし、惚れられても困るだけなんだよなぁ。


「いえ、ダストさんのナンパに付き合わされた時の酷い目を思い出してるだけです」


 そんなこったろうと思ったよ!


「そもそも、何をどう勘違いしたら嫉妬してもらえるなんて思えるんですか?」

「勘違いってお前……。俺みたいな強くてかっこいい奴が傍にいたら惚れちまうのが女ってもんだろ?」


 だというのになんでこの目の前のボッチーはさっきから俺のことを生ごみを見るような眼をして見てるんだ。


「あのですね、ダストさん。ダストさんの顔がそれなりに整っているのは認めないこともありません。真面目な顔をしているときはちょっとだけかっこいいなって勘違いしちゃうことありますし」

「お、おう……そうだろ?」


 勘違いってのは引っかかるが、意外と俺の顔はゆんゆんの中で高評価なのか。意外すぎて動揺しちまったじゃねーか。


「でも、顔以外の身だしなみは人として最低限レベルでだらしないですし、顔はそれ以上にだらしない表情してるので、ダストさんの見た目は総合的にはマイナスです。多分、私以外に聞いてもダストさんの見た目に関する評価は変わらないと思います」

「お、おう……そうなのか」


 …………何で俺は貶されてるのに安心してんだろう。


「それとダストさんは確かにこの街じゃトップレベルで強いですよ? 喧嘩してるときに無駄によけられてイラッとすること結構ありますし、真面目に一緒に戦ってくれる時は頼もしいなって思うことあります」

「お前は一言多くないとすまない病気にでもかかってんのか」


 褒めるならもっと普通に褒めろよ。……多分マジで普通に褒められたら気持ち悪いって言っちまうけど。


「ただ、別に私より強いってわけじゃないので強さ自体に魅力を感じるかと言われたら……。それに普通の人にとって見ればダストさんみたいなチンピラが無駄に強いのってマイナス要素にしかなりませんよ?」

「いや、たとえチンピラでも強い男に守ってもらえば惚れるもんじゃねーのか? 悪漢から守ってもらえば『素敵! 抱いて!』って普通なるだろ?」


 だからこそ俺はそんな状況を作ってマッチp……ナンパするわけだし。


「そういう考え自体ちょっとあれですけど、裏声は本当に気持ち悪いのでやめてください。……確かに、下心無しで守ってもらえたなら多少はときめくと思いますけど、ダストさんの場合最初から下心しかないですし、悪漢から守ってもらっても、次の瞬間にはダストさんという悪漢に狙われるだけだから意味ないですよね」

「お、俺だっていつも下心だけで動いてるわけじゃねーよ」


 多分。ちょっと今そういう状況で動いた時のことを思い出せないだけで。純粋な善意で人助けしたことくらいおそらくある。



「え? 今更私に見栄なんてはらなくていいですよ? ダストさんがどんなにろくでなしでもこれ以上評価下がったりしませんし」


 ……なんで、こいつはいきなり優しい顔して……って、違うな。これは俺を憐れんでる顔だ。


「まぁ、結論を言うと、ダストさんがかっこよくて強いことを少しは認めないことはないですけど、それを余裕で台無しにするチンピラさんなので、嫉妬することなんて一生ないと思います」

「ぐぬぬ……お前最近チョロいのかチョロくないのか分かんなくなるな。出会った頃の俺に簡単に騙されてた純粋なゆんゆんはどこに行ったんだ」

「そんな私はバニルさんとダストさんに出会って割りとすぐに死にました」


 まぁ、俺や旦那と曲がりなりにも友達やってるならチョロいままじゃいられないか。


「今の私は友達って事を引き合いに出されない限り騙されたりなんてしないですよ」


 前言撤回。やっぱこいつチョロいわ。というか何も進歩してねえ。いや、友達って言葉に弱いと自覚してるだけ進歩してるのか……?


「それに友達って言われても何でもかんでも言うこと聞くって訳でもないんですからね。ちゃんと嫌なことは嫌って言えるんですから」


 そんな当たり前の事をなんでこのボッチーはどや顔で言ってるんだろうか。しかも押しの弱いこいつの場合、嫌って言ったとしても本当に断り切れるかどうかは微妙なところだ。

 ……やっぱこいつは、一人にしてたらまずいな。俺や旦那、爆裂娘やリーンがちゃんと目を光らしててやんないと、どんな悪い奴に騙されて利用されるか分かったもんじゃねぇ。俺が言うのもあれかもしれないが、俺よりも性質の悪い人間なんていくらでもいる。アルダープの野郎みたいな悪徳貴族なんていくらでもいるし、人間のくせに魔王軍に与してるような奴だっている。


「なんつうかあれだな……俺に心配されるって、お前のチョロボッチーっぷりヤバイな」

「変な造語は止めて! というかダストさんに心配されるって心外にも程があるんですけど!」

「心外とか言われてもな。俺がそう思ったのは本当なんだから仕方ねーだろ。嫌だったら友達たくさん作ってそのぼっちっぷりを治せ」


 友達増えてもこいつのぼっち気質が根本的になくなる気はしないが。それでも多少はましになるだろう。こいつのことをちゃんと見ていてやれる奴が増えてくれれば少しは安心できるしな。


「……なんで私ダストさんにダメ出しされてるんですか? 元々はダストさんが私に相談あるって話だったはずなのに」

「むしろそれは俺が聞きたい。なんでゆんゆんのぼっちっぷりなんていう今更過ぎる話題を飯奢ってまでしないといけねーんだ。早く俺の恋愛相談にのれよ」


 というか、もうこれだけゆんゆんの心配してやったんだから飯奢る必要ないよな。むしろ金持ってるゆんゆんが奢るレベルのはず。


「なんで相談持ちかけた方がこんなに偉そうなんですかね?……まぁ、大人な女性の私は広い心で受け流して相談のってあげますけど」

「本当に大人な女性は自分のことをわざわざ大人なんて言わねーぞクソガキ。お前は身体だけは文句無しでエロく成長してるけどそういうガキっぽい所は変わんねーな」


 ……本当見た目だけは完璧に成長したよなぁ。初めてあった時も十分過ぎる豊満な身体だったが、それから2年以上たった今は更に成長している。年齢や中身を知らなければ土下座してエロいことしてくれと頼んでいるくらいだ。


「むぅ……またクソガキって……。別にダストさんに女性扱いされないのは構わないですけど、子供扱いされるのだけは納得いかないです。ダストさんのほうがよっぽど子供っぽいのに」


 頬を膨らませて拗ねるゆんゆん。そういう所がガキっぽい言われるんだよ。…………こいつの見た目でやられると可愛いというか妙な色気も感じるが――


「――って、待て俺。見た目に惑わされるな。こいつは見た目はともかく中身は生意気で暴力的なぼっち娘だ。守備範囲外のこいつに色気なんて感じてどうする。俺はロリコンじゃねーんだぞ」


 カズマと違って。


「んー? あれ? もしかしてダストさん私にドキドキしちゃったんですか? まぁ、私みたいな大人な女性の魅力はダストさんみたいなモテない男の人には刺激が強すぎるから仕方ないですけど」


 …………うぜぇ。さっきまでむくれてたくせに、ニヤニヤしやがって。自分の魅力なんて全然理解してないだろうがお前。本当に理解してるんならいつもの無防備さをどうにかしろ。


「そういうわけでダストさん。相談したいなら今ですよ? 今の私はちょっとだけ機嫌がいいのでいつもより親身に応えちゃいます」

「……おう、じゃあよろしく頼むわ」


 正直調子乗ってるゆんゆんに相談するとか軽い屈辱なんだが……そんなプライドより今は彼女が出来ることが大事だ。


「それでダストさん。彼女がほしいって好きな人でもできたんですか? それともいつもみたいに何でもいいからエロいことできる都合のいい女がほしいって話ですか? 前者なら友達として手伝わないこともないですよ」

「えっと…………人聞き悪いってツッコミは置いとくとして後者ですが、どうか相談に乗っていただけないでしょうかゆんゆん様」


 机に頭を付けてお願いする俺。


「こんなプライドないサイテー男と友達な私っていったい……」


 なんでゆんゆんが泣きそうになってんだよ。泣きたいのは年下のぼっち娘に頭下げてまで相談してる俺だろ?


「…………まぁ、ダストさんが最底辺のチンピラだという事実を再認識した上で話を続けましょう。後者の話だと私には友人を紹介するくらいしか出来ませんよ?」

「まぁ、それでいいんでお願いします。選り好みとかしないんでお願いします。いい加減彼女がほしいんですお願いします。もう一人で寝るのは嫌なんだよ! お願いします!」


 ルナみたいな行き遅れになるのは勘弁だし、キースに童貞だってバカにされるのもいい加減我慢ならないんだよ!


「必死過ぎてドン引きなんですが…………。とりあえず私が紹介できる女友達って言ったら……あるえはどうですか?」

「あの巨乳の子か。ゆんゆんと同じ年なら守備範囲外。却下」


 確かにあの巨乳は一考の価値があるが…………でも、4つ下とか無理。というかそれでいいならとっくの昔にゆんゆんに手を出してるっての。


「選り好みしないってさっき言いましたよね? 私と一緒であるえももうすぐ17ですし、4歳差くらい気にならないと思うんですけど」

「しょうがねぇだろ、守備範囲外は守備範囲外なんだから。17歳以上なら何も文句言わないんでお願いします!」


 この際見た目や性格には目をつぶる。…………流石にオークみたいなやつは勘弁だが。


「17歳以上ってなると…………クリスさんやダクネスさんは?」

「カズマの女だろ。却下というかダチの女に手を出すほど俺は鬼畜じゃねぇよ」


 クリスの方はいまいち読めないが、カズマが1番仲良い男なのは間違いないしな。…………別にリーン以上のまな板に興奮できるか心配なわけじゃないし、どうせ紹介されるなら他の女の方がいいとかそんなこと思っているわけじゃないぞ。

 あと、ララティーナお嬢様はカズマの女じゃなくても勘弁してくれ。あんな変態相手に出来るのはカズマくらいだから。


「…………その顔は裏でろくでもないこと考えている顔ですね。まぁ、ダクネスさんは最近カズマさんといい感じだってめぐみんも言ってましたし、クリスさんもダストさんみたいなチンピラを相手にするとは思えないから本気で紹介する気はなかったですけど」


 だったらなんで名前出したんだよ。…………って、そうか。こいつの女友達って言ったらそもそも選択肢ないに等しいのか。

 …………あれ? 俺相談するやつ間違えてね?


「他に17歳以上の人ってなるとセシ――」

「――却下だ却下。16歳以下のガキとアクシズ教徒は守備範囲外だっていつも言ってるだろうが」

「まだ最後まで言ってないじゃないですか…………いえ、まぁそう言うだろうなとは思ってましたけど」


 だったら最初から言うんじゃねえよ。


「でも、実際セシリーさんくらいしかダストさんのこと好意的に見てる女の人いませんよね?」

「いや、仮にそうだとしてもあれはないだろ…………もう少しでいいからまともな人にしてくれ」


 それにあいつは好意的であってもあくまで親愛でしかない。恋人にするとかなると多分1番難易度高いぞ。


「うーん…………そうなるとウィズさんですかね?」

「ウィズさんはその…………ウィズさん自身に文句は全く無いんだがな? よくよく考えて見ればウィズさんと付き合ったらバニルの旦那がついてくるだろ?」

「まぁ、そうなりますね」

「バニルの旦那は嫌いじゃないし、付き合ってて楽しいんだが、一緒に暮らすのはちょっと……………………」


 ちょっとというか大分きつい気がする。仮に俺がウィズさんと付き合ったりしたら毎日のように旦那にからかわれて悪感情を食べられることだろう。旦那と一緒にからかう立場なら望む所だが、からかわれる立場となると……。


「…………そうですね。ウィズさんは流石に駄目ですね。というかウィズさんはよくバニルさんと一緒に暮らせますよね」


 まぁ、ウィズさんは天然入ってるからな。バニルの旦那がツッコミに回ること多いし。


「というわけでダストさん。私がダストさんに紹介できる女の子はリーンさんしか残ってないです。でもリーンさんはライン=シェイカーさんが好きみたいなんでダストさんに勝ち目はないです諦めてください。というかもう彼女作るの自体諦めたほうがいいんじゃないですか?」

「今日のお前の毒舌いつもより酷くねぇか?」

「ダストさんに対してはだいたいいつもこんな感じな気がしますけど」


 一理ある。


「はぁ………………彼女欲しいなぁ」


 やっぱ相談する相手間違えたなぁと思いながら。どうしよもなさそうな願望をため息と一緒に吐露する。


「そんなに欲しいんですか?」


 そんな俺を見てゆんゆんはどこか不思議そうな表情で聞いてくる。こいつも年頃だろうに、俺の恋人求める気持ちが分からないんだろうか。


「ああ。…………ゆんゆんは彼氏欲しいとか思わねぇのか?」

「今のところ特には…………ちょっと気になる人はいますけど」

「へぇ、誰だよ」


 親友兼保護者としては少し気になる。こいつの男っ気のなさは異常だからな。というか、爆裂娘相手に百合ってるんじゃないかと疑ってるレベルだし。そんなこいつが彼氏が欲しいかと聞かれて気になる人はいるって言われれば興味が湧くのも仕方ない。


「ライン=シェイカーさんですよ。噂を聞く限り、強くてかっこいい人みたいですし。あのリーンさんが恋い焦がれる人ですから結構気になってはいます。流石に恋とかそういうのじゃないですけどね」

「…………ちっ。どいつもこいつもラインライン。そんないい男じゃねぇっての」


 リーンのやつといい、なんで『ライン』に拘るんだよ。そりゃ『ダスト』に比べたら――


「男の嫉妬は見苦しいですよダストさん。そりゃダストさんはラインさんに比べたらゴミみたいなものだから悔しい気持ちも分かりますが……」

「いい加減表出ろこのクソガキが! 人が大人の余裕で許してやってたら調子乗りやがって!」


 たとえ本当のことでも言っていいことと悪い事あるって分からせてやる!


「なんだか今日の私はむしゃくしゃしてますんでいいですよ。その喧嘩買います。ダストさんなんかより私のほうがずっと大人だってことを思い知らせてあげます」



 ――というわけで。



「レッドアイズのお二人には街中での魔法や武器を用いた喧嘩をしたペナルティとして一週間の奉仕活動か刑務所生活をお願いします」


 満面のお仕事笑顔でそう告げてくるルナ。


「奉仕活動とかめんどいな…………ゆんゆん、一緒に刑務所ぐらしと行こうぜ」

「嫌ですよ! ああ、やっぱりダストさんの恋愛相談になんか乗るんじゃなかった!」


 心底後悔したゆんゆんの叫びは、ギルドの喧騒の中でも強く響いていた。








「…………ダストさん。質問いいですか?」

「あん、なんだよ質問って。飯の注文の仕方をもう一度レクチャーしてもらいたいのか?」


 まぁ、ここでの飯の注文の仕方はコツがいるからな。下手だとまずい飯しか出てこねえし。前にゆんゆんが来た時は恥ずかしがってやらなかったが、今回はゆんゆんも美味しい飯が食いたくなったのかね。


「そんなこと教えてもらわなくていいですというか、せめて私といる時は恥ずかしすぎるんでやめてもらいたいんですが…………」

「じゃあなんだよ? ここでやることと言ったら飯食うことと寝ることくらいだぜ? ああ、でも二人いるならトランプくらい出来るな」


 こいつのことだ。どこに行くにも一人遊びの道具くらい持ち歩いてるだろうし。


「え!? 一緒にトランプしてくれるんですか!? じゃ、じゃあ『大富豪』とかどうですか?」

「『大富豪』? どんなゲームだよそれ」


 聞いたことないゲームだな。紅魔族特有のゲームか?


「えっとですね――」


 はてなマークを浮かべる俺に得意げにゲームの説明をするゆんゆん。


「なんだよ『大貧民』のことかよ。ベルゼルグにもあったんだな」


 こっちの国に来てからはガキ臭いゲームなんてやってなかったから知らなかったぜ。


「『大貧民』……? えっと、同じゲームだとしたらなんでついてる名前が真逆なんですか?」

「知らねえよ」


 あの国で広めたやつが『大貧民』呼びをしていて、ベルゼルグで広めたやつは『大富豪』呼びをしていたってのは分かるが。


「つーか、2人でやって面白いか……?」

「ひ、一人でやった時はつまらなかったですけど、めぐみんに泣きついて一緒にやった時は100倍楽しかったですよ」

「…………分かった分かった。一緒に遊んでやるからもうお前のぼっち話はやめろ」


 一人でどうやって大貧民をプレイしたのかは少しだけ気になるが、それ以上にいたたまれなくなるから聞きたくない。


「ま、牢屋の中じゃ本当娯楽なんてないに等しいからな。どんなにつまらないトランプ遊びでもないよりましか」

「そうですね、牢屋の中って本当に…………って、聞きたいことはそれですよ! なんで私達留置所に入れられてるんですか!?」


 思い出したかのようにしてゆんゆんはそう叫ぶ。さっき言ってた聞きたいことってそれかよ。……一緒にトランプしてやるって言っただけで忘れるとか、どんだけ誰かと遊ぶことに飢えてやがんだ。


「なんでと言われてもな……そんなもん看守にでも聞けよ」


 ちょうど、ゆんゆんの叫びに何事かと睨んできていることだし。


「い、いえ……そこまでして聞きたいわけじゃないんですけど……」


 その看守の視線に気づいたのか、声を小さくして身体を縮こまらせるゆんゆん。…………なんでこいつはここで小さくなっちまうのかねぇ。俺や爆裂娘相手するみたいにもっと堂々と出来れば友達だってもっと増やせるだろうに。


「そ、その……私達って奉仕活動するってことでルナさんに伝えましたよね……?」


 看守に話を聞かれたくないのか、口を寄せてこしょこしょとゆんゆん。……別にそれくらい普通に聞けばいいのに。逆に疑われるぞ。


「まぁ、そうなんだが……ギルドと公権は協力関係にはあるが指揮系統は違うからな。問題を起こした俺らをここの連中が捕まえたくなった理由があるんだろ」


 奉仕活動でお咎めなしってのもあくまでギルド側が責任持って冒険者に温情を与えるってだけの話だし。公権側が俺らを捕まえたいと言ってくればそれを断る権利はギルドにない。


「捕まえたくなる理由……? ま、まさかダストさんまた何か悪巧みを考えてるんじゃ……」

「またってなんだよまたって。人を年中悪巧みしてるみたいに言うんじゃねえよ」


 こう言っちゃ何だが、最近の俺は留置所に捕まることなかったんだぞ。


「てか、そういう理由だったらお前がここにいる理由がないだろ」


 俺が悪巧みしてるからってことならこいつが一緒に捕まる理由にはならない。……まぁ、こいつが共犯になって捕まるってことは結構あるし、一緒くたにされて捕まった可能性はあるが……同時にこいつの善良性も知られてるから何もしてない状態で捕まえるとも思えない。

 どっちにしろ俺も悪巧みしてるわけじゃないわけで、ゆんゆんの懸念は的外れなわけだが……。


「そ、それは……その……私がいるのは…………うぅ…………ダストさんのバカ」


 何でこのぼっち娘はもじもじしてんだ? というか、何で俺今罵られたんだよ。



「そ、それじゃあ、どうして私たちは捕まっちゃったんですか? 悪巧みしてるわけじゃないならギルドでの奉仕活動で良かったと思うんですけど」

「まぁ、あれだ……俺たちが捕まったのは俺たちには理由がないんじゃねえか?」


 そう考えればこの状況に説明がつく。ようは警察は俺たちを捕まえたくなったところでちょうど俺らが問題を起こした。だから捕まったんだろう。


「えっと……意味が分からないんですが……」

「分からないほうがいいぞ。国家権力ってものを信じていたいならな……」


 俺はもう二度と信じないって決めてるが。


「そう言われると気になるというか怖くなるというか……」

「ま、気にすんなよ。それより、トランプやるんだろ?」


 実際気にしても仕方のないことだ。だったらあーだこーだ言ってる暇があったら遊んでいたほうがいい。


「そうですね! ……えへへ……友達と一緒にトランプって1年ぶりくらいです」

「…………おう、トランプくらい誘えばいつでもやってやるから」


 だからそれくらいのことで喜ぶな。こっちが悲しくなる。


「てわけだ、看守! 酒持ってきてくれよ酒! 素面でゲームやっても盛り上がらねえからよ」

「出せるか馬鹿者! ……くっ、あのプリースト対策で呼んだが、やはりこのチンピラも面倒過ぎる……」


 本音漏れてるぞ看守。…………つうか、やっぱりあいつ絡みかよ。


「あ、あの……ダストさん。今日一緒に遊んでくれるお礼に外に出たらお酒奢りますから、今は……」

「ちっ……しゃあねえな。そこまで言うなら奢られてやるか。良かったな看守」

「いや、別に良くも悪いもないが…………貴様、その娘に奢らせるためにわざと騒いだのではないだろうな?」


 そんなことは9割くらいしかないぞ。


「んじゃ、ゲームを始めるか。シャッフルは任せていいんだよな?」

「任せてください! 一人遊びで極めた私のカード捌きはプロ顔負けなんですから!」


 そう言ってカードをシャッフル始めるゆんゆん。マジでプロ顔負けと言うか……カジノのディーラーみたいなカードシャッフルをしてやがる。


 …………正直本格的すぎてちょっと気持ち悪い。






 カードシャッフル以外は普通に『大貧民』をして遊ぶ俺とゆんゆん。……2人でする『大貧民』が普通といえるかどうかは微妙だが……。


「『革命』だ」

「『革命返し』です!」

「じゃあ『革命返し返し』」

「なんの――」


 ……まぁ、普通にやってたらありえない大技の応酬は少しだけ楽しいかもしれない。相手の手札が完全に読める時点でゲームとして成り立ってるかどうかは微妙な所だが。


「…………何やってるの? ゆんゆんさん、ダスト君」


 そんな俺らの牢屋の中に入ってきたのは自称美人のプリースト。アクセルの街じゃ俺と並んで問題児扱いされてるセシリーだ。


「あん? 見てわかんねーのかよ『大貧民』だ『大貧民』」

「あ、うん。やっぱりそうなのね。…………2人で『大貧民』するとか正気なのかしら? 2人とも何か悩みがあるならアクシズ教徒の美人プリーストとして名を馳せているお姉さんが聞くわよ?」


 ………………すげぇ憐れんだ目をしてるんだが。いや、気持ちは分からないでもないが、こいつにそんな目を向けられると思うと凄いムカつく。


「セ、セシリーさん! ダストさんは私の遊びに付き合ってくれただけですから! いつものダストさんはともかく、今日のダストさんは正気ですよ!」

「お前もお前でいつもの俺が正気じゃないみたいな言い方はやめろ! というか、それだとお前は正気じゃないことを認めることになるがいいのか!?」

「いい加減私だって一人遊び関係の私が普通じゃないことくらい分かってますよ! それが認められるくらいには大人になりましたし、友だちもできたんですから!」

「………………おう、そうか」


 そんなこと叫ばれても。俺は憐れめばいいのか、喜べばいいのか、どっちだよ。


「…………あの、すみません。今の私の言葉は忘れてください。それが出来ないならせめてその生温かい目はやめてください……」


 自分の叫びを冷静に考えて後悔しているのか。さっきまで楽しそうに遊んでいたのが嘘のように気落ちしているゆんゆん。

 まぁ、俺だけじゃなくセシリーや看守にまで変な目で見られてたら気落ちするか。


「(おい、残念プリースト。お前のせいだぞ。この空気なんとかしろよ)」

「(ふふっ……つまりここはアクシズ教徒流美少女慰め術の出番ということね)」

「(あ、やっぱいいわ。お前は黙ってろ)」


 アクシズ教徒流って時点で嫌な予感しかしないし。…………というか絶対ただのセクハラだろ。


「まぁ……そのなんだ…………せっかくセシリーも来たんだ。三人で『大貧民』やろうぜ」


 何で俺がぼっち娘の機嫌治そうとしてんだろうと思いながらも。俺は小細工もなく単純にそう提案する。


「うぅ…………ダストさんに気を使われるとか軽い屈辱なんですが…………」

「お前とは一生トランプなんてやってやらねぇ」


 人がせっかく気を使ってやったのにその反応とか。


「ふふっ…………今のは謝りますから機嫌直してくださいよダストさん」


 何で俺が機嫌直す方になってんだよ。気落ちしてたのはお前の方だろうが。

 …………ま、こいつが憎まれ口叩けるってことはいつもの状態に戻ってるって証拠でもあるんだが。


「ありがとうございます。たとえダストさんでも友達に気を使ってもらえるのは素直に嬉しいです」

「おう。一言多いのは気になるが感謝しろよ」


 俺が気を使うなんて百年に一度あるかないかだからな。


「ダスト君ってツンデレ君よねえ……ゆんゆんさんのこと大事に思ってるならもっと素直に表現すればいいのに」

「おう、お前の千倍くらいは確かにゆんゆんのことは大事だぞ」


 そんなことはいまさら言うまでもない。


「だ、ダストさん……!? どうしたんですかいきなり! 熱でもあるんですか!?」

「なんてったってゆんゆんは俺の金蔓だからな。大事じゃないわけがない」


 今日だって酒奢ってくれるって約束してくれたし。


「あ、いつものダストさんだ。よかったぁ……熱はなさそうですね」


 お前も俺の友達を認めるならこれくらいの流れくらいは読め。リーンなんて俺が何も言わなくても察するぞ。


「…………なんていうか、二人共すっかり仲良しさんなのね。お姉さんちょっとだけ嫉妬しちゃうかも」


 相変わらずこのプリーストの考えは読めないな。何をどう考えたら今の流れで俺とゆんゆんが仲良しだなんて発想になるのか。そりゃ、ダチなのは確かだが、今の流れはそれを疑うだろ?


「えへへ……まぁ、私とダストさんが友達になっちゃったのは確かですね。すっごく不本意ですけど」


 ……ま、ご機嫌になってるゆんゆんを見ればわざわざそれを突っ込もうとは思わないが。






「すぅ……すぅ………んぅ……」


 セシリーの太ももに頭を載せ、膝を丸めてすやすやと眠っているゆんゆん。

 三人で『大貧民』をやった後。散々楽しんだゆんゆんははしゃぎすぎて疲れたのか、うつらうつらと船を漕いでいた。

 それを見たセシリーは自分の太ももに誘導、今の状況が出来上がったというわけだ。


「ふふっ……可愛いものね。こんなに美人さんに成長したのに。出会った頃と変わらない純粋さを持っているなんて……ちょっと卑怯なくらいよね」

「そいつのはただガキっぽいだけだろ。……おい、看守。毛布持ってきてくれ。3人分な」


 本当、こいつは子供っぽいというか…………襲う気はないとは言え、男のいる部屋で無防備で寝すぎだろ。見ようと思えば簡単に下着見れるんだぞ。


「そう思うならダスト君はなんでゆんゆんさんと友達になったの? 本当に金蔓だからとかは言わないわよね?」

「それも理由の1つなのは本当だぞ」


 もちろんそれだけではないが。


「一番の理由はジハードだな。ジハードの事が心配だからご主人様のこいつの面倒見てるってのが大きい」


 今日は紅魔の里でミネアと遊んでいるらしくゆんゆんの傍にジハードの姿はないが。ジハードの存在がゆんゆんのことを気にかけさせる一番の理由なのは間違いない。


「じゃあ、ジハードさんが生まれる前……卵もなかった頃からゆんゆんさんに絡んでたのは何でかしら?」


 …………あの頃か。


「…………綺麗だって、思っちまったんだよ」

「え?」


 思い出すのは暗闇を切り裂いた強い光だ。


「…………なんでもねえよ。そんな昔のことは忘れたっての」


 実際、始まりはどうあれ、今の俺とゆんゆんには関係のない話だ。


「ダスト。毛布だ。3枚でよかったのだろう?」

「おう、ありがとよ…………って、やっぱ薄いな」


 看守から毛布を受け取るが、ちゃんと確認するまでもなくその薄さが分かる。牢屋の難点は枕の硬さこの毛布の薄さだよなぁ……まぁ、馬小屋よりはマシだけどよ。


「ダスト、お前に言っても仕方のないことだろうが…………できればその娘は大事にしてやれ」

「あん? いきなりどうしたんだよ」


 看守のやつが珍しく真剣な表情で俺のことを見てやがる。いつもは適当というかいろいろ諦めた表情をしているのに。


「お前は今回、その娘と一緒に牢屋に入れられたことを不思議に思わなかったか?」

「はぁ? まぁ、おかしいとは思ったが……どうせ俺とゆんゆんにセシリーの面倒を見せようと思っただけだろ?」


 ゆんゆんまで必要なのかとは思ったが……ゆんゆんまで入れば俺含め制御がし易いだろうと判断したんじゃなかったのか。


「確かにお前はそこの残念プリーストの面倒を見せようとわざと捕まってもらったが、その娘は違う。……というより我々も流石に善良なものを自分たちの都合で捕まえたりはしない」


 善良じゃなければ自分たちの都合で捕まえていいのかよ。


「その娘は『例えダストさんでも一人で牢屋に入るのは寂しいだろうから』と、そう言ってお前と一緒に牢屋に入ることを選んだ。…………その気持ちに少しは報いてやれ」

「そんな理由で牢屋に入るとか…………本当このぼっち娘はお人好しだな」


 そんなお人好し加減でよく冒険者なんてやってられるもんだ。


「つっても、ゆんゆんが勝手にやったことだろ? それに報いてやれ言われてもどうしろってんだ」


 看守から背を向けてゆんゆんとセシリーの傍まで毛布を持って近づく。


「あー……やっぱり下着見えてんじゃねえか。本当こいつは無防備すぎるな」


 それを隠してやるように俺はゆんゆんに毛布をかけてやる。


「って、このバカ。短いんだから包まるんじゃねえよ」


 だが、寒かったんだろうか。ゆんゆんはかけてやった毛布を自分で引き寄せ、上半身を包ませる。……結果として隠してやった下着は見えたままだ。


「ったく…………しょうがねぇなぁ」


 どっかの鬼畜男と同じようにつぶやきながら。俺はもう一つゆんゆんに毛布をかけてやって下着を隠してやる。


「…………おい、なんだよセシリー。そのニヤニヤした顔はやめろ」

「んー? お姉さんは微笑ましいと思ってるだけよ? 別にニヤニヤなんてしてないわ」


 この状況じゃどっちも一緒だろうが。


「ちっ……ほら、お前もさっさと寝ちまえ。格好がきついんだったら俺が変わってやる」


 セシリーに毛布を投げつけて俺はそう言う。


「んふふ……ダスト君って案外ゆんゆんさんに負けず劣らずチョロいわよね。優しくされることになれてないのかしら?」

「うぜぇ…………お前明日になったら覚えとけよ」


 今騒いだらゆんゆんが起きちまうから何にもできないが、起きてしまえばこっちのもんだ。折檻してやる。


「楽しみにしてるわ…………ふふっ」


 本当覚えとけよ……そのにやけ顔を戻らなくなるくらい引っ張ってやるからな。


「ダスト、追加の毛布だ。サービスで貸してやる」


 ばふっと俺の頭にかかる薄い毛布。振り返ってみればセシリーと同じようにニヤニヤしている看守の姿が――



「あー……マジでうぜぇ」




 旦那に借りを作ってでもこいつらに嫌がらせをしようと決める俺だった。

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