第28話 寝てる子にいたずらはやめましょう
「アイリス、ここ20回くらいの模擬戦の勝敗覚えてるか?」
いつものアイリスとの特訓。模擬戦と表現するにはちょっとばかし物騒な戦いが始まる前に。俺は気になっていたことをアイリスに質問する。
「ええと……私が12勝7敗1引き分けですね。なのでダスト様の戦績はその反対になります」
「ふーむ……ただの棒きれ同士の戦いじゃ拮抗してきてるってところか」
特訓始めて最初の頃はアイリスに弱体化の魔法かけてそれでも全敗だったが、今はそのデバフもしていない。剣士としての自分から槍使いの自分への意識の入れ換えもすぐに出来るようになったし、順調に勘を取り戻せていると言っていいのかもしれない。それでも負け越してるのは単純に戦士としての俺よりアイリスの方がステータスが断然高いからだろう。
……俺これでもレベル50越えてんだけどなぁ。下級職の戦士とはいえ、レベルが30代のアイリスのほうがステータスが上って本当どうなってるんだ。ベルゼルグの王族のデタラメっぷりは知ってたつもりだが、その中でもアイリスの潜在能力は歴代で上位な気がする。
(つっても、その潜在能力もこのまま模擬戦続けてるだけじゃ開かねぇよな……)
俺が順調に槍の腕を取り戻せていると言っても、そろそろ今の模擬戦だけじゃ上達しない域に来ている。それはアイリスの剣の腕も一緒で、ステータスの制限をなくした頃から剣技の上昇は見られなくなった。
俺にしてもアイリスにしても、ここから剣や槍の腕を伸ばしたいのなら特殊な状況下での特訓か、多くの実戦を経験していくしかないだろう。才能やお稽古だけでは至れない場所はどうしてもある。
スキルポイントを振れば剣や槍の腕を伸ばすことも容易だろうが、俺なら『竜言語魔法』、アイリスなら聖剣や王族限定のスキルにポイント使ったほうが強くなれるからあまり効率的とはいえない。
そもそも、この特訓を始めた理由は単純な強さを上げるためじゃないしな。
「というわけだ、アイリス。お前魔法解禁して戦っていいぞ」
「はい? えーと……ダスト様? ちょっと何をおっしゃっているのか分からないのですが……」
俺が色々考えて出した結果にアイリスは目を丸くしている。
「逆になんで分からないのか分からねーぞ。単純に模擬戦でお前は魔法使っていいって言ってるだけだろ?」
そこに何の疑問が挟まるんだ。
「いえ、それは分かっているのですが…………何でそんなことをいい出したのかマジイミフです」
まだ治ってないのかよその喋り方。おい、レイン。そこで頭抱えてないでさっさと矯正してやれ。王族がこの喋り方は国際問題に発展しかねないぞ。
…………まぁ、姫さんの奔放さに比べれば可愛いものだが。
「もともとこれは私が逆境でも十全に戦えるようにと始めた特訓……ですよね? 弱体化の魔法をしないようにしだした時も少しおかしいと思ったのですが……」
「ああ、そういう意味か。お前は自分が逆境に立って特訓すると思ってたんだな」
「? そうではないのですか?」
首を傾げるアイリスにそういや説明してなかったかと頭を掻きながら。俺はどう説明してやろうかと頭のなかで言葉をまとめる。
「実際、逆境の状況を作って特訓するのが有効なのは確かだ。実戦に比べれば効率は格段に落ちるが逆境下で実戦とか危なすぎるのを考えればお前にやらす訳にはいかないしな」
危険をなしに逆境下での対応力を身につけるなら訓練でそういう状況を作ってやるしかない。……アイリスが普通だったなら俺もそう思っただろう。
「ではなぜ……?」
「んなもん、お前が天才すぎるからに決まってんだろうが」
正直こいつと特訓してるといろんなことがアホらしくなる。それくらいにアイリスの持っている才能は規格外だ。
「ええと…………ありがとうございます? それで、それと特訓と何が関係あるのでしょうか? マジちんぷんかんぷんなんですけど」
「お前の言葉遣い聞いてると俺の頭の中がちんぷんかんぷんだよ。……じゃあ、一から説明してやるか」
レインと同じように痛む頭を抑えながら。俺は一つずつ説明を始める。
「第一に。これが1番大きな理由なんだが……お前を逆境下に置くのが面倒過ぎる」
言うまでもなくアイリスは強い。アイリスにデバフをかけて俺にバフをかければ確かに逆境にはなるだろうが、それは中途半端な逆境だ。特訓で逆境下での対応力を鍛えようと思うならそんな中途半端な逆境はほとんど意味がない。
となると、俺がドラゴンナイトとしてミネアの力を借りなければ十分な逆境は作れない。だが毎日のように転職繰り返してミネアを呼び出してとなると流石に現実的じゃない。いくらギルドが隠してくれているとは言え、俺の正体を訝しむ奴も出てくるだろう。今はまだアクセルの街を離れる訳にはいかないし、それはできるだけ避けたい。
「第二に。訓練とは言えお前を不利な状況に落として戦うとなるとお前のお付きが怖い」
レインじゃない方にそんな特訓してるとバレたら…………絶対ろくなことにならない。あいつ以外もベルゼルグの国王とかアイリスのこと猫可愛がりしてるし。
……前に一緒に戦った時とか娘自慢うざかったんだよな。というか基本的に実戦に出ないアイリスに聖剣持たせてるとか親ばかにも程がある。
「第三に。……ぶっちゃけお前の天才具合なら俺の戦い方を吸収して逆境での戦い方も学べるだろ」
というか、実際学べてる。槍の腕が戻るに連れて俺が勝つ試合が増えてきたが、その中でアイリスは負けそうな状況でしなきゃいけない戦い方をしっかりと実践していた。
最初は俺もミネアを呼ばないといけねえなと思っていたが、それを見てその必要はないと方針を変えた。むしろ下手に逆境作って特訓するより今のままの方が効率良いなと思ったくらいだ。
「とまぁ、こんな理由なわけだが……何か質問はあるか?」
質問されても答えられるかどうかは知らないが…………分からない質問があったらレインにでも投げよう。そもそも俺が教師役みたいなのやってるのがおかしいわけだし。
「ええっと…………では二つだけ」
「おう、なんだ? なんでも答えてやるぞ」
俺はともかくレインならきっと答えてくれるはずだ。
「一つ目なんですが……、相手が逆境の状態でも学べるなら、何故今まで私は逆境での戦い方を学べていなかったのでしょうか?」
「なんだそんなことか。それくらいは気づいてると思ってたんだけどな」
まぁ、こいつの場合それが『普通』だったんだろうな。どんなに賢くても比較するのが0と1だけなら気付けることも気づけないか。
「単純な話だよ。お前に戦い方を教えてた奴ら……この国でもトップクラスの騎士なんだろうが……そいつらがお前を倒そうと本気で戦ってたことなんてあったか?」
模擬戦という形すら滅多になかったんじゃないかと俺は思っている。そりゃそうだろう。アイリスはこの国の姫。それを守るのが仕事の騎士が本気で――怪我をさせるつもりで――アイリスと戦えるはずがない。騎士でなくともこの国出身なら姫様を傷つけるとなるとかなりの抵抗があるはずだ。
となると、騎士以外……冒険者でできればこの国出身以外のもの。そんな相手を一国の姫の教育係にするとか正気の沙汰じゃない。
「なるほど……ダスト様のように私を遠慮なく傷つけてくれる相手は確かにいませんでしたね」
「おうよ。お前のことを容赦なく叩けるのは俺くらいだからな感謝しろよ」
カズマのやつもアイリスには妙に甘いらしいからな。バニルの旦那もアイリスには甘いし。…………こいつ甘やかしてないの俺と爆裂娘だけなんじゃねえか?
「ダスト殿の場合はもう少し手加減してほしいといいますか…………治るとは言えアイリス様の顔に傷がつく度にどれだけ私の心臓が縮まる思いをするか少しは想像してもらいたいのですが……」
なんかレインが向こうで呟いているのが聞こえるがスルー。正直レインの立場になって考えれば心底同情するが……そんなこと気にしてたらアイリスの特訓相手なんて務まらないからな。
…………今度酒でも奢って愚痴でも聞いてやるか。
「で? もう一つの質問ってのは何だ?」
「はい。魔法を解禁とおっしゃられましたが…………本当に大丈夫ですか? 木剣と違って魔法は当たればマジヤバですよ」
「お前の喋り方のほうがマジヤバだよ。……そのあたりは実際に見せたほうが早いな」
アイリスの懸念は普通に考えれば最もなものだが……俺には当てはまらない。
「何でもいい。攻撃魔法を俺に向けて撃ってみろ。手加減はいらない。……あ、でもレインを巻き込まないように気をつけろよ? そこまでは流石にカバーしきれないからな」
アイリスから軽く距離を取り、穂のない槍を構える。
「ええと……じゃあ、レインは私の後ろに回ってください。……本当に手加減はいらないのですか?」
「二度手間になるだけだからな。むしろやめてくれ。それに俺はどっかのドMお嬢様ほどじゃないが魔法抵抗力が高い。仮に直撃しても爆裂魔法以外じゃ即死はしないと思うぞ」
…………爆裂魔法でも死なないあのお嬢様は本当どんな腹筋してるんだろうか。
「それでは遠慮なく……レイン、準備はしていてくださいね。――――」
止めるなら今ですよと言わんばかりのゆっくりとした詠唱。聞きなれないこの詠唱は……ゆんゆんが言っていたあの魔法か。爆発魔法クラスってなると少しは気合入れないとヤバそうだな。
「――『セイクリッド・ライトニングブレア』!」
アイリスに紡がれ完成した魔法。それは白い稲妻となって放たれる。
暴風と共に迫るその稲妻の範囲は点ではなく面。『ライトニング』という名前が含まれているが、その範囲はインフェルノなどの広範囲魔法に近い。……それでいてライトニング級の速さで迫ってくるのだから普通の相手は逃げられず耐えるしかないだろう。
そんなベルゼルグの王族の理不尽さを象徴するような魔法を――
「よっと。……っっ、やっぱミネアの力借りてなきゃ無傷とはいかないか」
――俺はいつものように切り払った。
「「…………はい?」」
主従で目を丸くする2人。なんかそんな反応久しぶりに見るな。
「あの…………ダスト様? 今、何を……?」
「何って言われてもな…………魔法を切ったんだよ」
あとは切った後、魔力で魔法の通り道を作って直撃を避けただけだ。
「…………魔法って切れるものなんですか?」
「魔法剣とかの魔力の通ってる武器や『ライト・オブ・セイバー』なら切れるな」
イメージとしてはリッチーや大精霊を切ってるようなものだ。あいつらにダメージを与えられるのならタイミングを合わせれば魔法は切れる。……リッチーや大精霊にダメージを与えるレベルってなるとちょっとやそっと魔力がこもってるくらいじゃ無理だけど。
「ダスト様が持ってるのはただの長い木の棒ですよね……?」
「ただの長い木の棒ではあるが『魔力付与』しときゃ魔法切る分には普通の槍と変わんねーよ」
どうせ俺の魔力は無駄に高いくせに使いみちがこれしかないから全力で魔力込められるし。
「…………薄々分かってましたが、ダスト様も大概化物ですね。全盛期のあなたはどれほど強かったのですか?」
「ちょうど今の聖剣持ったお前くらいじゃねーか。ドラゴンの力も借りてない自力でそんだけ強いお前のほうがよっぽど化物だと思うが」
死ぬ気で戦い続ける日々を送り、ミネアの力を借りた俺が強いのは当然といえば当然だ。だが、アイリスは未だに実戦経験は片手で数えるほどしかない。
……正直才能に差がありすぎて嫉妬する気すら起きない。ま、俺の場合、自分と契約したドラゴンが最強だったら強さに関して他はどうでもいいってのもあるんだが。
「私からすればお二人とも十分化m……いえ。なんでもありません」
流石にレインは自重したか。流石に自分が仕える姫様を化物呼ばわりはまずいもんな。俺は別にアイリスに仕えてるわけでもなければこの国出身でもないから気にしないけど。
「というか…………お二人に高レベルのプリーストの方をつければ魔王も倒せるのでは?」
「駄目です! 魔王を倒すのはお兄ty……いえ、なんでもないです」
「まぁ、状況次第じゃ確かに倒せるだろうが興味ねぇなぁ」
倒せる状況に持っていくのが何より大変だし、そもそも俺には魔王を倒す資格がない。
「アイリス様が何を言いかけたかは後でゆっくり質問するとして…………ダスト殿が興味ないというのは意外ですね。魔王を倒せばお金だろうと女性だろうと思うがままですよ?」
「そりゃ魔王討伐報酬は欲しいけどよぉ……ぶっちゃけその労力にあった報酬じゃねーだろ? 俺は楽して儲けたり女にモテたいんだよ」
魔王倒すなら世界の半分くらいは欲しい。むしろ魔王に世界の半分くれるって言われたら迷わず魔王に加勢するし。
「ダスト殿のそういう俗物な所を見ると安心するようになったのですが……この気持ちは何なのでしょう?」
「それは恋だな」
間違いない。
「いえ……残念ながらそれはないと思いますよ? レインはお金を持っている人が好きなんです」
「誤解のある言い方はやめてくださいアイリス様! 確かに私はお金に多少困ってはいますが、それだけで男性を選んでいたりしませんから!」
…………なんだろう、レインにまた共感を覚えてしまった。金に困ってたり姫に困らされてたりなんか境遇がかぶるんだよなぁ。
「…………ダスト殿からの視線に何故か屈辱を感じるんですが。とにかく、ダスト殿には魔王討伐の意志はないんですね」
「まぁ、魔王は勇者が倒すものって相場が決まってるからな。勇者になれない俺には土台無理な話だよ」
だから資格がない。
「勇者になれない……? それはどういう意味なのですか、ダスト様」
不思議そうに聞いてくるアイリス。レインも同じ気持ちなのか俺が口を開くのを待っている。
俺が勇者になれない理由なんて言うまでもない気がするんだけどなぁ……。
「決まってるだろ? 俺が勇者になれないのは、俺が『ドラゴン使い』だからだよ」
「あ、ダストさんお帰りなさい。お待ちしてましたよ」
「よぉ……ロリサキュバス。お仕事おつかれさん」
アイリスとの特訓が終わり疲れた足で帰った馬小屋。そこにはいつもと同じように俺に夢を見せるために待っているロリサキュバスの姿が…………って、あれ?
「…………なんでお前村娘の格好してんだよ? お前いつも仕事の時はサキュバスの格好してたよな?」
今のロリサキュバスの格好は普段街の中を歩いている時の格好と変わらない。
「はい。だってお仕事時間外ですからね。もう今日の私の営業時間は終わってますから」
「あー……そうなのか。悪いな時間外に仕事させちまってよ」
わざわざ俺のために残業してくれるとは…………今度またこいつに男のイロハを教えてやるかね。
「いえいえ、別に謝ることはありませんよ? 別に私残業するつもりはありませんから」
「え?」
「というわけでダストさん。キャンセルした分の返金です。契約で1割は私が貰ってますけど……一応確認しますか?」
そう言ってロリサキュバスは風俗代としては安すぎる貨幣の入った封筒を渡してくる。
「いやいや……返金とかどうでもいいっての。…………は? キャンセル?」
「どうでもいいんですか? お客さんが返金を受け取らない場合は全部もらっていいことになってるんですけど……本当にいいんですか?」
「ああもう返金返金うるせえな! とりあえず受け取るからキャンセルがどういうことがちゃんと説明しろ!」
封筒を乱暴に受け取って俺はロリサキュバスに説明を促す。
「説明しろって言われても……契約した時間を過ぎてもダストさんが寝てなかったから自動でキャンセルになっただけですよ? 悪魔の契約は絶対ですからね」
そういや前に遅くなった時ももう少しでキャンセルになる所だったとか言ってたか。……アイリスとの特訓も魔法を使い始めたからか大分長引いちまってたもんな。仕方ないか……。
「いやいや! そんなことで納得できるわけねーだろ! ジハードとのふれあい以外の俺の唯一の楽しみなんだぞ!」
「唯一の使い方微妙に間違ってません? と言うかダストさん、夜中にそんな大声で叫んじゃダメですよ?」
これが叫ばずにいられるかっての。
「よし分かった。取引をしよう」
「残念ながらあの店で働くサキュバスは仕事以外で男性の精気を頂くことは禁じられているんです。破ったら地獄に送還なんですよ」
はい取引終了。取り付く島もないとはこのことか。
「私も残念なんですよー? ダストさんの精気は生きが良くて美味しいから結構楽しみにしてるのにお預けなんて。……まぁ、今日はカズマさんの精気も頂いたんでお腹すいてないからまだいいですけど」
カズマ最近マジで多すぎねえか? 話聞いてる限りじゃ爆裂娘やララティーナお嬢様と一線越えるかどうかのとこまで来てるって感じらしいのに。…………そんな状況で一線越えずにうろついてたらそりゃ溜まるか。
「正直お前が楽しみにしてたとか空腹かどうかとかどうでもいいんだけどよ……マジで夢見れねえのか?」
マジでそれは困るんだが…………。まあ、明日はクエストの予定入ってないし、仮に見れなくても最悪ではないか。
「次夢を見せる時、なんだか間違ってオークに襲われる夢を見せてしまう気がします」
「マジで謝るんでそれだけはやめてください」
潔く土下座。
「まぁ、お仕事なんで本当にそんなことはしませんけど。…………そんなに夢が見たいんですか?」
「まぁ……明日が休みだから、いつもに比べればまぁ別にいいかって気もする」
と言っても見たい物は見たい。良い夢見ながら寝たいって気持ちはいつだってあるからな。
「…………(やっぱり、『良い夢』を見ないとちゃんと眠れないんですね)」
「あん? なんか言ったか?」
なんか小声で言ってた気がするが。
「いえ……良い夢がみたいんでしたら一応方法はありますよ?」
「詳しく」
「あの……いきなり近づいて来ないでください。ダストさんの顔って直近でみると結構怖いんですから」
おう、微妙に傷つく事言うのはやめろ。というか悪魔が人の顔怖がるってどうなんだ。
「方法は二つです。一つはお店に今から行ってアンケートを書く。私が時間外なだけで勤務している先輩は普通にいますからそっちと契約すれば夢を見せてもらえます」
「……あのお店ってこんな時間でもアンケート書きに行けたのか」
基本昼しか行ったことなかったから知らなかったぜ。
「本当はダメなんですけどね…………そこは私が口添えをすればなんとか」
「もう俺はお前しか指名しない。一生ついていくぜロリサキュバスの姐さん」
「ダストさんに姐さん呼ばれても全然嬉しくないのでやめてください。……ただ、この時間帯に頼むとなるといつもの二倍くらい代金がかかると思うんですが……ダストさんお金持ってます?」
「…………出世払いでいいなら」
明日の分のサキュバス代は持ってるがその2倍となると……さっき返金で帰ってきたお金足しても足りねえな。
「じゃあこの話はなかったということで」
「いやいや、お前が取ったキャンセル手数料を俺にくれればきっちり足りるんだよ」
「そうですねー。というわけでこの話はなかったということで」
「お前は鬼か!」
「悪魔ですよ?」
うぜえ!
「それでこっちが本命の方法なんですが。ダストさんさえ良ければ私がただで夢を見せてあげますよ?」
「…………何を考えてやがる?」
ただで良い夢を見せてくれる? そんな虫の良い話があるはずがない。
「ダストさんって妙なところで警戒心見せますよね。……別に仕事以外で夢を見せる練習がしたいなって思っただけですよ。だからダストさんの希望通りの夢を見せるって訳にはいかないですけど……ちゃんとエッチな夢を見せますから」
そういうことか。ま、確かにこいつは技術的に足りないし実践的な練習が有用なのは言うまでもないからな。そういう話ならただでも違和感はないか。
「じゃあ頼んでいいか? お前におまかせってのはちょいとばかし不安があるが……背に腹は代えられねえ」
「なんか言い方に納得行かない所もありますが…………任せてください! 今までで1番エッチな夢を見せてあげます!」
そうして俺は床につき、夢の中へと落ちていく。その夢の中で出てきた女は――
――サキュバスの格好をしたロリサキュバスだった。
「おいこら待て」
「だ、ダストさん? どうしたんですか? 今夢を始めたばかりですよ?」
飛び起きた俺にびっくりしたのか。夢を見せていたらしいロリサキュバスは目を白黒させている。
「お前ふざけてんのか?」
「ふざけてるって……一体全体何の話ですか?」
首を傾げているロリサキュバス。マジでわかんねーのかよこいつは。
「お前、エッチな夢を見せてくれるって言ったよな?」
「言いましたけど…………まだ始まったばかりでエロくなかったって言われても困りますよ?」
「始まったばかりとかそういう問題じゃねえよ。なんで出てくる女がお前なんだよ。欠片もエロくない女が相手じゃどんなシチュエーションでも無意味だろうが」
サキュバスを出すにしてもロリサキュバスじゃなくてあの店のリーダーやってる姉ちゃんとかそっちを出せよ。ロリサキュバスとか誰得だよ。
…………カズマとかのロリコンなら得するか。俺はロリコンじゃないから得しないけど。
「…………………………………………分かりました。そうですよね。ダストさんにはもっと女性らしい体つきの女の人が良かったですよね。忘れてました。次はちゃんとやりますから」
「お、おう? やけに物分りが良いじゃねえか。次こそ頼むぜ?」
そうしてまた俺は眠りにつき夢の中へ。その夢の中で待っていたのはむっちりとした身体の――
――メスオークだった。
「そんなこったろうと思っったよ!」
飛び起きた俺はロリサキュバスを文句を言おうとその姿を下がす。
「って、いねえし。あいつ逃げやがったな」
そりゃそうか。あんな夢見せといて素直に待ってるとかドMを疑う。
「絶対許さないからな。見つけ出して折檻してやる」
どうせ夢を見ないのなら夜は長い。朝になるまでにロリサキュバスを捕まえてやろうと俺は馬小屋を飛び出した。
「ふぁぁぁああ。あぁ……ねみぃ」
大きな欠伸をして。俺は閉じそうになる意識を少しでも覚醒させる。と言っても徹夜の身にそれは焼け石に水らしく眠気が覚める様子はない。
(実は隣の馬小屋に隠れてましたーとか反則だろロリサキュバスの奴。こっちは街中探し回ってたっていうのに)
疲れ果てたのとアホらしい事実に怒りもどっかに行ってしまって、結局見つけたロリサキュバスはほっぺたを戻らなくなるくらい引っ張ってやるだけで許してやった。何故かロリサキュバスは不満げだったが…………俺の寛大な処置の何が気に食わなかったのかが分かんねえ。
『クゥ?』
「おっと……悪い悪い。せっかくジハードの手入れしてんのに上の空は失礼だったな」
パンパンと自分の頬を叩いて意識に気合を入れる。せっかくゆんゆんからジハードを強だt……借りてきたんだからこの時間は大切にしねえと。
「しっかしジハードも大きくなったなぁ」
ジハードと俺がいるのはアクセルの街中にある公園。その木陰に入りながら俺はジハードの身体をタオルやブラシを使って綺麗に手入れをしていた。
「もう大型の白狼より大きいんだよなぁ……そろそろゆんゆんと同じ部屋で過ごすのは無理かもしれねぇな」
この調子で大きくなれば来年には部屋の大きさ的にはともかく部屋の扉を通るのは厳しくなる。
「ま、その時は俺の泊まってる馬小屋にくればいいから安心しろ」
くぅぅんと嬉しそうに鳴くジハード。大きくなっても可愛いやつめ。ブラシでワシャワシャしてやろう。
「ま、流石にあと3、4年したら馬小屋も無理になるだろうしいろいろ考えねぇとなぁ」
ドラゴンには加速度的に大きくなる時期がある。所謂下位種と呼ばれる時期だ。幼竜期から下位竜期に入れば下手な一軒家を押しつぶすような大きさにすぐになってしまう。そうなるとどんなに大きな家でも家の中で買うというのは不可能だろう。
いっそのことカズマの屋敷の庭に屋根のない小屋とか作らせてもらうか。
「……もしくは、あと3、4年したらゆんゆんは紅魔の里に帰ってるかもしれねぇし、それなら何も問題ないか」
ゆんゆんはいずれ紅魔の里に帰るだろう。実力的には既に紅魔の里でもトップクラスのはずだ。あとは何か功績をあげればゆんゆんは胸を張って紅魔の里に帰れる。そうなればジハードの大きさの問題なんてどうにでもなるだろう。あの里では中位種であるミネアだって問題なく暮らせているのだから。
「…………帰っちまうんだよなぁ」
その時俺はどうするだろうか。アクセルの街に残って見送るか。それとも一緒に紅魔の里についていくか。それとも……。
「あっちにはミネアもいるんだよなぁ。足(テレポート)もいなくなってジハードもいなくなると俺はまたドラゴン欠乏症にかかっちまう」
それはわりとマジで避けたい。
「でも紅魔の里じゃリーンやテイラーを連れて行くにはちょっと厳しいよなぁ。……それに紅魔の里にはサキュバスサービスねぇし」
それもわりとまじで避けたい。
「いっそのこと行くなってお願いしてみるかねぇ…………あ、駄目だ。何言ってんだこいつって目をして俺を見るゆんゆんが想像できた」
というよりほかが想像できない。爆裂娘あたりが頼めば聞いてくれる気もするが……あいつがそんなこと言うはずもないし、紅魔の長になりたいって言ってるあいつを引き止めるのもなんか違う気がする。
「あー……ジハードと離れたくねぇなぁ……ドラゴンと一緒にいてぇ。…………あと彼女も欲しい」
………………ドラゴンの彼女とか出来ねぇかなぁ。上位種のドラゴンなら人化できるし。ドラゴンハーフでも可。
「………………美人な上位ドラゴンや可愛いドラゴンハーフを侍らしてるドラゴン使いがいたらぶん殴りたい。ジハードもそう思うだろ?……って、あれ」
俺の手入れが気持ちよかったのかいつの間にかジハードは寝ていた。
「気持ちよさそうに寝てんなぁ。…………ふぁ~……あー、俺もねみぃな。手入れも終わったし俺も寝るか」
流石に意識を保っているのも限界だ。やることやったし俺も当初の予定通りジハードと一緒に眠らせてもらおう。ジハードと一緒ならサキュバスたちに頼らなくとも『良い夢』を見れるだろうから。
「ちょっと、身体を借りるぜ、ジハード」
傍にいるだけでも十分だが、せっかくなのでピカピカに磨いたジハードの身体を枕にさせてもらう。鱗は硬いが体温は高くもなく低くもない感じで気持ちがいい。というかこの感触が俺は大好きだった。
――ゆんゆん視点――
「ダストさんってほんとドラゴンの事になると真剣になるというかドラゴン馬鹿というか……私だってちゃんとハーちゃんのこと綺麗にしてるのに」
ダストさんが行くと言っていた公園に向かいながら私は愚痴る。
今日の朝いつものようにダストさんが私の宿の扉を蹴り開けて入ってきたと思ったらハーちゃんを見て『おいこら、ゆんゆん。ジハードの手入れが足りねぇんじゃねぇのか。ちょっと見てらんねぇから俺が手入れしてくる』とか言ってハーちゃんを連れて行ってしまった。
「というか、絶対あれ自分が手入れしたいだけだよね」
ダストさんの人間性は疑いまくってる私だけど、ドラゴンに対する愛情愛着だけは疑う余地なかったりする。ダストさんにとってのドラゴンは、めぐみんにとっての爆裂魔法と同じくらい大切なものだと理解していた。
「あ、いたいた。ダストさん、ハーちゃん…………って、寝てるじゃないですか」
公園の木陰には気持ちよさそうに寝ているどうしうようもないチンピラさんと可愛い使い魔のドラゴン。
いつかうなされていたのが嘘のようにその寝顔は安らかで、深い眠りについているのが分かった。
「しかもダストさんってばハーちゃんを枕みたいにして………………羨ましい」
最近はハーちゃんがベッドに入り切らなくて一緒に寝れてないし、私だってハーちゃんと一緒にお昼寝したい。
「…………でもダストさんも寝てればわりと可愛げあるというか……やっぱり顔は整ってるんですよね」
普段は性格の悪さがにじみ出てるし、目つきも悪いから可愛げあるなんて感想出てこないけど。顔のパーツが悪くないのだけは認めざるをえない。
「ゆんゆん……頼む、行かないでくれ…………むにゃむにゃ」
「また寝言ですか。…………いい加減出演料もらいますよ」
朝起こしに行った時なんか私でいかがわしい事してるような寝言を何度か聞いている。それを問い詰めたらお前じゃなくて17歳のゆんゆんだからとか訳の分からないこと言ってたけど。
(けど行かないでくれって、どういう意味だろう?)
ダストさんの前から私がいなくなろうとしてる夢でも見てるのかな? だとしたらそれは――
「…………ダストさん、そんな夢見ないでくださいよ」
――私が紅魔の里へと帰る夢なんだろう。そんな時が来るのは分かっているけど、今の私はあまり考えたくない。
「そうか……ありがとな、ゆんゆん……むにゃむにゃ……」
「……むぅ、人が微妙な気持ちになってるのに気持ちよさそうに寝ちゃって」
夢の中の私はなんて答えたんだろうか。ダストさんは穏やかな寝顔をしている。その寝顔を見ていると、私も夢の中の私と同じように答えられたら良いのになと、なんとなく思ってしまった。
それはきっと私が選んではいけない選択肢のはずなのに。
「…………私も寝ようかなぁ」
このまま考えているとなんだか気落ちしそうな気がする。ダストさんのことを考えてそうなるのはなんだか負けた気分になるので何も考えないで済むようにさっさと眠ってしまいたい。
それに木陰でドラゴンを枕にして寝るのはすごく気持ちよさそうだ。幸いなことに大きくなったハーちゃんにはダストさんに枕にされててもまだキャパシティがあるし……隣で寝ても大丈夫だよね。
大変嬉しくてイラッとすることに、私はダストさんにとって守備範囲外のクソガキらしいので襲われる心配もないし、安心して眠ることが出来る。むしろダストさんのほうが起きたら私が隣で寝ていてびっくりでもするかもしれない。
「よいしょっと……それじゃ、お休みハーちゃん」
ダストさんをずらして空いたスペースに私は寝転ぶ。ハーちゃんの感触を味わいながら目を閉じると、ごとんと何かが小さく落ちた音がした。
(……ダストさんの頭がハーちゃんから落ちた音かな?)
そこまで考えた私は自分には関係ないことかと切り捨てて、そのまま意識を手放していった。
――ダスト視点――
「…………このクソガキ」
頭の痛みと冷たい地面の感覚に目を覚まして見れば、俺がさっきまで寝てた場所で気持ちよさそうに寝ているぼっち娘の姿が。
「ま、いいけどよ」
今日はジハードを貸してもらった立場だ。蹴飛ばして起こしたい感情は飲み込む。
「はぁ…………これで俺の守備範囲内なら襲ってやるのにな」
それが出来ないのを分かってるからこのぼっち娘は安心した表情で寝てんだろう。
「ま、俺も寝足りねぇし、もう一眠りするか」
このぼっち娘に腹を立てても睡眠不足がなくなるわけじゃない。わざわざゆんゆんを起こして眠気が覚めるよりかは、このまま眠気に任せて眠ってしまったほうが良い。スペース自体は空いてるからゆんゆんが一緒に寝ても別に問題はないだろう。
「よいしょっと……これでよし。じゃあジハード。またよろしく頼むぜ」
ゆんゆんを端っこに追いやり、空いたスペースをゆったりと使って俺は眠りにつく。ごとんと何かが小さく落ちた音がしたが、どうせゆんゆんがジハードから落ちた音だろう。俺には関係のないことなので俺はそのまま――
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