第29話 賭け事はやめましょう
「おい、ルナ。ちっとばかし賭けをしねえか?」
「ギルドを出禁にしますよ?」
ギルドの受付にて。いつもと同じように忙しくしていたルナは俺の言葉ににっこりと笑顔でそう返す。
……お仕事笑顔もここまで来ればスキルみたいなもんだな。目が全然笑ってねえのに綺麗な笑顔をしてやがる。
「そんなつれねえこと言うなよルナ。俺とお前の仲じゃねーか」
「私とダストさんの仲と言われましても……私がギルドで働き始めた頃にダストさんもこの街で冒険者始めたってことくらいじゃないですか」
そう考えればルナとの付き合いもなげーな。俺が冒険者始めた頃の受付で残ってんのはもうルナくらいだし、リーンは1年間魔法学校行ってて一緒に居れなかった時期もあるから、付き合いだけならこの街でルナが1番長いのか。
俺が冒険者になってからって考えればもう7年だか8年経ってる。…………そりゃ、ルナも行き遅れだって焦るわけだ。いなくなった受付嬢は他の街で寿退社してるって話も聞くし。
俺ももうすぐ21でルナはそれよりも2歳くらい歳上なわけだから…………もうすぐ賞味期限切れるな。
「…………なんだかダストさんに憐れまれてるような気がするんですが」
「別に憐れんでるわけじゃねえよ。お前もそろそろ行き遅れだって笑えなくなる年齢だなって思っただけだ」
「ギルドでダストさんに賞金懸けますよ?」
「マジで謝るんでやめてください」
ただでさえラインの方にも魔王軍から億単位の賞金懸けられてるって話なのに、人類側からも賞金懸けられてたら俺の住める場所なくなるじゃねえか。
「……はぁ。まぁ、ダストさんのデリカシーのなさは今更だからいいですけど。次言ったら本当に懸けますからね?」
「お、おう……気をつけるぜ」
今更だからいいとか言いつつ最終通告してんじゃねえよ。思いっきり気にしてんじゃねえか。
「それと、ダストさん。最近『マジ』って言葉を使いすぎじゃないですか? 元からバカっぽい喋り方なのに更に頭悪そうになるから止めたほうがいいですよ?」
「マジかよ? 別にそんなつもりはねえんだが…………って、あ……」
い、今のはノーカンだろ。
「自覚がないということは相当ですね……。誰かダストさんの周りにダストさんより酷い喋り方をする人いましたっけ。キースさんもダストさんと似たような感じですけど、それだったらもっと前から影響されてますよね」
「…………まぁ、ここ1年位『マジ』って言葉を印象的に使う奴とわりと頻繁に会ってるのは確かだ」
そうか……あの王族娘の喋り方に影響されてたか。基本的に丁寧な喋り方なのにたまに頭おかしい喋り方になるから印象に残ってるんだろうな。……と言うかルナ。俺とキースの喋り方がデフォで酷いみたいな言い方はやめろ。
「原因が分かったなら気をつけたほうがいいですよ。お節介かもしれませんが。……はい、ということでダストさんお疲れ様でした。次の方どう――」
「――勝手に話を終わらせようとすんなよ。話の本題に入ってないだろうが」
「あの……後ろを見ていただけますか? ダストさんの無駄話に付き合ってる暇はないんですが」
さっきから後ろに並んでる奴らの視線が痛いのは確かだが、俺がその程度のことを気にするやつだとでも思ってるのか。
「だったら、さっさと俺の本題に付き合えよ。賭けをしようぜ賭け」
「いえ……あのですね? ダストさんがいつも正気じゃないのは知っていますが、ギルドの受付に賭け話を持ってくるとかどういう神経を持ってるんですか?」
「別に金銭がかかる賭けをしようって話じゃねえから堅いこと言うなよ。忙しそうにしてるお前の息抜きになればって思って提案してんだからよ」
なんだかんだでルナには俺の正体隠しでも世話になってるからな。報酬はギルドに払っているとは言えルナ本人にも少しは恩返ししてやろうって思っての行動だ。
「今この瞬間もダストさんのせいで仕事が忙しくなっていってるんですが…………。はぁ、分かりました。とりあえず懸けの内容を言ってみてください。内容次第じゃ聞かなかったことにしてあげますから」
「おう、流石ルナ。婚期を遅らせてまで冒険者の相手してるだけあって話が分かる……ぜ…?」
ニコニコと笑顔のままのルナ。だが長年冒険者をしてきた勘が、その笑顔に最大級の危険があると伝えてくる。
「とりあえず、話を聞く前に…………後ろに並んでいる方たち、ダストさんを好きにしていいですよ? ギルドは見なかったことにしますんで」
ぽん、と肩に手を置かれて振り返ってみれば厳つい顔をした冒険者の姿。そいつ以外にも無駄にレベルが高いアクセルの冒険者たちが指を鳴らして――――
「……し、死ぬかと思ったぜ…………というか、アクアのねーちゃんが通りすがらなかったらマジで死んでたぞ」
「ダストさんがこの程度のことで死ぬわけないじゃないですか。ダストさんのしぶとさは私も冒険者もよく知ってますよ」
そんな嫌な信頼いらねえ……。
「それに、いい加減後ろに並んでいる人たちのイライラが限界だったみたいですからね。さっき解消させてなければもっと酷い目にあってたと思いますよ?」
ルナの言葉の真偽はともかく、俺をボコボコにしてくれた冒険者たちは気が済んだのか、別の受付の所に並んだり、俺が話を終えるまで酒場の方で飯を食ったりと散らばっていた。冒険者たちをあしらうことにかけてはこの街でバニルの旦那の次に上手いルナがそう言うなら、それは本当なんだろう。
「だとしてもだな……お前ならもうちょい穏便に事を済ませられただろ?」
「さあ……少なくともさっきの私はダストさんの心無い言葉にイライラしててそんな方法は思い浮かびませんでした」
……いろいろ言いたいことはあるがここは俺が納得してやるか。実際俺やルナみたいなやつにとって恋人いないってのは死活問題だし、そこをからかわれたら怒るのもしょうがない。
「それで、ダストさん。結局賭けって何をしたいんですか?」
「やっと本題か。まぁ、ちょっとしたゲームみたいなもんなんだがな。俺とお前でどっちが先に恋人出来るか勝負しようぜ」
「…………。それで、賭ける物は何でしょうか?」
「ん? なんだよ、やけに物分りがいいな」
そんなバカな勝負やりませんとか言うかと思ったんだが。どうにかおだてたり挑発して賭けに乗らせようと思ってたのに策が無駄になったじゃねえか。
「単刀直入言うぜ。俺が勝ったらお前の大きな胸を揉ませろ」
最近ゆんゆんの胸の成長が酷い。無駄にエロく成長してて、その上無防備だから手を出すつもりがない俺でも目に毒だ。昔は目の保養になるくらいでちょうど良かったんだが、最近は手を出したくなるようなエロさというか。
守備範囲外で毒舌娘のあいつにそんな感じで悶々としてるのはなんか負けた気がするので、あいつと同じくらい大きなルナの胸を揉んでそれを解消したい。
「なるほど。私が勝った場合はダストさんは何をしてくれるんですか?」
「…………本当に物分りがいいな。なんだよ、何を考えてるんだ?」
勝負の内容も賭けの対象もルナが激怒しそうなものだってのに。いや、簡単に受けてくれるならこっちとしては楽でいいんだが…………なんか企んでそうでちょっと怖い。
「私は何も考えていないですよ? 変なことを考えてるのはダストさんじゃないですか」
「……まぁ、いいか。俺が負けたら何でも一つ言うこと聞いてやるよ」
どうせ、今更ルナに恋人ができるわけもない。俺も本当の恋人は出来る気がしないが、一日恋人くらいならロリサキュバスあたりをおだてときゃ演技で付き合ってくれるだろう。最悪セシリーを付き合わせりゃいいし、勝負は勝ったようなもんだな。
「分かりました。その条件でダストさんの勝負を受けます。…………本当にいいんですよね?」
「あん? こっちから持ちかけたんだ、いいに決まってんだろ。むしろルナのほうが本当にいいのかよ。負けて嫌だって言っても俺が勝ったらそのでかい胸揉ませてもらうからな」
「…………、まぁ、そこまで言ってもらえるとこっちとしても気が楽です。ダストさんのろくでなしっぷりの良さはこっちの良心が全然痛まないことですね」
「良心? おい、ルナ。お前何を言って――」
ルナの少しだけ申し訳無さそうな顔。こいつがこんな顔をしている時はろくなことにならないと長い付き合いから分かっている。カズマをおだてて仕事させてるときとかもこんな顔しているから間違いない。
「――ふむ? 最近ぼっち娘の色香に惑わされて悶々としているドラゴンバカではないか。奇遇であるな」
「べ、別にあんな守備範囲外のクソガキに悶々となんてしてねえし……って、旦那か。奇遇だな、いつもの相談屋か?」
振り向いてみれば怪しい仮面をした大悪魔。バニルの旦那の姿があった。
「いや、今日は相談屋は休業中である」
「そうなのか? だったらギルドに一体何のようが……」
多分この街にいる連中は全員忘れているだろうが、バニルの旦那は一応魔王軍の元幹部だし、幹部をやめた今も公爵級の大悪魔であることは変わらない。人間に害をなす性質じゃないだけで基本的に冒険者ギルドとは敵対関係じゃなきゃおかしいんだが……そんな様子は本当ないよなぁ。
「なに、我輩の恋人に呼ばれた気がしてな。こうして参上したというわけだ」
「………………はい? 旦那に恋人?」
色恋沙汰って意味じゃ俺やルナ以上に鈍感で気配のない旦那に恋人? 一体全体誰だよそれ。ウィズさんあたりならまだ分からないでもないが、その姿はギルドにないし。
「というわけでダストさん。紹介しますね。私の一日恋人をやってもらっていますバニルさんです。……賭けはこれで私の勝ちですね」
隣に並んだバニルの旦那をそう言って紹介するルナ。紹介された旦那はいつもの人の悪感情を楽しんでいる時の顔をしていて――
「――って、そういうことかよ。流石にそれは反則じゃねえのか……」
通りでルナが賭けを普通に受けてたわけだ。旦那の見通す力で俺が賭けをしかけてくることから、ここまでの流れを予想してたってことか。
勝てると思ってただけに……ルナの胸を揉めると楽しみにしてただけにこの結果は残念すぎる。全部旦那の手のひらの上かよ……。
「うむうむ。汝の悪感情も美味であるな。……ふむ? 何故か行き遅れ受付嬢からも悪感情を感じるのだが、これは一体どうしたことか」
「いえ、気にしないでください……。一日だけとは言え恋人ができて喜んでいる自分に絶望しているだけなので」
「絶望までされると我輩好みの悪感情じゃなくなるのだが……。まぁ、汝であればそのうち本物の恋人ができる。そう気落ちしなくてもよかろう」
「…………本当ですか? ちなみに、それはどんな方でしょうか?」
「うむ、我輩の見通す目によるとそこのチンピラと付き合っている汝の姿が…………冗談であるから、その絶望の感情はやめるがよい」
俺と付き合う未来があったら絶望ですかルナさんよ。
「だったら、ちゃんと私の未来を見通してくださいよ。できればイケメンでお金があって優しくて強い方とどうやったら付き合えるかを教えてください」
「ふーむ……行き遅れ受付嬢が行き遅れじゃなくなったら極上の悪感情の供給源がなくなってしまうのだが…………まぁ、見通すだけはしよう」
乗り気ではない様子でルナの顔をマジマジと見る旦那。
「ふむふむ…………ふむ?……………………。どうしたことか、本当に超低確率でこのチンピラと付き合っている未来しか見えないのだが。控えめに言って汝の男運は最悪であるな」
「やっぱり聞かなければ良かったああああああああああっ!」
バンと受付の扉を開けて外へと飛び出していくルナ。
なんつーかあれだな……。
「「「「これは酷い」」」」
俺以外の騒動を見守ってたやつも旦那の衣着せない言い方に苦言を呈す。たとえ本当にそんな未来しか見えなかったとしても、そこら辺はぼかして伝えるべきだろ。
「バニルさん!」
あんまり酷いと思ったのか、酒場で働くウェイトレスがバニルの旦那に詰め寄る。ルナはギルドの人気者だし、仇を取ってやろうってことだろう。
「よりによって、唯一見えた未来がこのチンピラと付き合う未来なんて酷すぎます! ルナさんに一生独身でいろってことですか!?」
なんでだよ。むしろ俺と付き合える未来があるのが唯一の救いだろ。
…………なんで周りもウェイトレスの言葉にうんうん頷いてんだよ。
「そこのチンピラにガーターベルトを脱がされたことのあるウェイトレスよ。汝も見通す力を持っているのか? 汝の言うとおり我輩としてはあの行き遅れ受付嬢には一生独身でいてもらいたいのは確かである。ちなみにそこのチンピラと付き合ってる未来しか見えないというのは冗談で、超低確率であればどこぞの金だけは持ってる鬼畜男と付き合ってる未来も見えていた」
………………なんつうかあれだな。
「旦那はやっぱり悪魔なんだな」
俺も含め、ギルドの想いが一致した瞬間だった。
「というわけで受付嬢の一日恋人改め一日受付嬢のバニルである。受付嬢との賭けに負けたチンピラよ。汝は受付嬢の言うことを何でも一つ聞かなければならないのだったな」
「……確かに賭けには負けたけど、それはまた今度だろ。ルナのやつエスケープしたからいねえし」
「そんなこともあろうかと、我輩はちゃんと男運最低な受付嬢から汝への願いを聞いておる」
「…………やっぱり全部旦那が仕組んだことだったんじゃねえか」
見通す力反則過ぎねえか。
「はて、我輩には汝が何のことを言っているのかさっぱりであるが。……とにかく、汝への願いはとある塩漬けクエストの消化である」
「塩漬けクエスト? 前に爆裂娘の妹が来た時に全部消化しなかったか?」
「あれからもう一年以上経っているのだ。新たな塩漬けクエストが出来ていても仕方あるまい」
そう言われてみりゃそうか。特に最近はグリフォンみたいな凶悪なモンスターがアクセル周辺に出没するようになってるし、ゆんゆんやたまに来る魔剣の兄ちゃんが受けてなけりゃそれが塩漬けになってたりするのも仕方ない。
「ま、ゆんゆんに任せりゃいいだけだし塩漬けクエストの一つや二つくらいなら余裕だしいいか」
最近はジハードとの連携も取れるようになってるし、今のゆんゆんなら大抵のクエストは余裕だろう。俺が援護するならグリフォン3体くらいまでならどうにかできるはずだ。
「それで、具体的なクエスト内容を見せてくれよ旦那」
「やけに乗り気であるな」
クエストの紙を渡しながら旦那。
「最近金欠が酷いからな。高難易度のクエストなら報酬も高いだろうし、受けなきゃいけないなら真面目に受けるさ」
サキュバスサービス代くらいはちゃんと確保しときたいしな。
「なになに……『丘に出没する未確認モンスターの討伐。モンスターのランクは推定B-』か」
B-ランクってことは一撃熊よりは強くてグリフォンよりは弱いってとこか。これで報酬が100万エリスって……チョロいなおい。ゆんゆんが一人いれば余裕じゃねえか。
「なんでこれが塩漬けになってんだ? この街の冒険者ならB-のモンスターくらい狩れる奴らいるだろ」
サキュバスサービスのおかげかこの街の冒険者たちのレベルは無駄に高い。レベル30代のやつもチョロチョロいるし、40代のやつも少ないがいる。税金騒動の後は金欠の冒険者も増えているし、こんな美味しいクエスト塩漬けにならないと思うんだが。
「一日受付嬢の我輩に聞かれても……そのあたりのことは詳しくは聞いておらぬ。1つ言えるのは塩漬けには塩漬けの理由があるだろうということだ」
この内容が本当なら塩漬けになる気がしねえんだけどなあ。少し気になるのは未確認のモンスターってとこだけど。あとはわざわざルナが俺を指名してきたってとこもか。
「旦那の見通す力で何か分からねえか?」
「得物を持っていくが吉。ぼっち娘と一緒に行くが吉。……教えられるのは今回はそれだけであるな」
得物……つまり槍を持っていけってことか。ゆんゆんと一緒に行くことは最初から決めていたが。
「教えられるのがそれだけってどういうことなんだ?」
「これ以上教えたら汝は間違いなくこのクエストを受けない。それは我輩としても困ることなのだ」
「困る……? もしかしてこのクエストを俺達が受けることで見えた未来が旦那にとって好ましいものだってことなのか」
だから俺らにクエストを受けて欲しいと。…………でも、クエストの全容教えたら受けないってどういうことだよ。やっぱり旦那はこのクエストがなんで塩漬けになったのか分かってるんじゃないのか。
「今はまだなんとも言えぬ。だからこそそれを見極めるためにも汝にはこのクエストを受けてもらいたいのだ」
旦那にしては歯切れの悪い言い方だな。本当に旦那自身分かってないのだろうか。
「ま、旦那にそこまで言われたら断るわけにも行かねえか。俺とゆんゆんでそのクエスト受ければいいんだな」
明日はリーンたちともクエスト一緒にする予定だったが……それは別の日に回すか。あいつらを連れて行くのは危険な気がするし、冒険者としての勘がこのクエストを後回しにすることが危険だと告げている。
「さてと……ま、賭けの話はこんなところか。とにかく明日ゆんゆんと一緒にクエスト受けてくるぜ」
できれば槍を使う事態にはなりたくないが……もしもの時はそうも言ってられないのかね。
「そうか、では素直な汝には一つだけ助言をしてやろう。『牢屋に逃げ込むことは凶、女に助けを求めるが吉』。今日これからの汝の運勢を決める言葉ゆえ、覚えておくがいい」
「…………なんか、すげえ嫌な予感がするが、分かった。助言感謝するぜ旦那」
旦那の助言に嫌な予感を感じながらギルドに出る。そいつに遭遇したのはその次の瞬間だった。
「ダストさんを好きにできると聞いて飛んできました!」
「リーン俺を匿ってくれ!」
ガンと鍵の掛かった宿のドアを蹴り破り。リーンの部屋へと押し入った俺は開口一番そう頼む。
「どったのダスト? あんたがそんなに慌ててるなんて珍しいね。とりあえず壊したドア代は借金に追加しとくから、そこ締めてくれない?」
「お、おう……。…………俺が言うのも何だが、いきなり部屋に入られてその冷静な反応はなんなんだ」
壊れたドアを元の場所にはめながら。何事もなかったように野菜スティックをかじってるリーンに俺は聞く。
「本当あんたが言うことじゃないね。冷静も何もあんたの破天荒っぷりにいちいち驚いてたら心労で倒れちゃうじゃん」
一理ある。……いや、それにしてもこいつの反応はおかしい気がするけど。
「で? 匿ってくれってどうしたの? ゆんゆんを怒らせて追われてるとか?」
「あん? あのぼっち娘を怒らせたからってなんだってんだ」
「いや……あんたあの子怒らせて大体ボコボコにされてるじゃん」
「まぁ、毎回紙一重で負けちまってるのは認めざるを得ないが、だとしてもあいつから逃げる訳無いだろ」
あんなクソガキに舐められるのもあれだし。喧嘩売ってくるなら正々堂々と受けるっての。
「紙一重ってなんだっけ? まぁ、確かにあんたの性格からしてゆんゆんから逃げるってのはないか。……ん、そこ座っていいよダスト」
「ありがとよ。……てーか、リーン。お前行儀悪すぎんぞ」
椅子に座った俺とは対照に。リーンはベッドに寝転び、野菜スティックをかじりながら本を読んでいる。
「ダストにだけは言われたくないんだけど。あんたたまーにあたしやゆんゆんの保護者っぽいこと言うよね」
「なんだかんだで俺はお前らより歳上だからな。頼れる兄貴分としちゃ妹分の心配くらいはするっての」
だと言うのに世間じゃリーンやゆんゆんが俺の保護者みたいに扱われてるのはなんなんだろう。
「まぁ、あれだ。お前もルナみたいに行き遅れになりたくなけりゃ男の前で位は行儀よくしとけよ」
「むぅ……本当ダストにだけはそんなこと言われたくないんだけど。それにダストの前以外ならあたしはちゃんとしてるし」
「俺の前ならちゃんとしなくていいってなんだよ」
俺だって男だろうが。
「だって、あんたって口でなんて言ってても、実際は行儀悪かったくらいで印象悪くしないでしょ?」
「…………まぁ、俺個人の意見でいいなら行儀なんて糞食らえだからな」
人間自由に生きるのが1番だ。自分を殺して生きるなんて馬鹿のすることだと本気で思う。ただ、自由に生き過ぎたら俺みたいになっちまうから、リーン達はそうならないよう小言が出ちまうんだろうな。
「それで、結局誰から匿えばいいの、ダスト。言いたくないなら別に言わなくてもいいけどさ」
「…………言いたくないから黙秘で」
口にだすのも気分が滅入るからな。
「あ、ダストの反応で大体分かった。んー……いいよ匿ってあげる。その代わり、明日のクエストの帰りにご飯奢ってよね」
「助かる。だけど明日のクエストの帰りは無理だな……ってか、明日のクエストは延期だってお前らに言おうと思ってたんだ」
本当にB-ランクを倒すだけのクエストなら大丈夫だろうが、旦那が俺に槍を持って行けというクエストだ。正直嫌な予感しかしない。そこにリーンやキースたちを連れて行きたくはなかった。
「延期って……なんで? まさかまた何か妙なこと企んでるんじゃ……」
「別に何も企んでねーよ。ちょっと厄介なクエストを受けることになってな。明日は俺とゆんゆんだけでクエスト受けたほうがいいと思っただけだ」
「…………なんで? 厄介なクエストだって言うなら人手があったほうがいいよね?」
「あー……言い方間違えたか。厄介ってか単純に危険そうなクエストなんだよ」
B-討伐クエストだとしても、テイラーはともかくリーンやキースの実力不足は否めない。それ以上の難易度のクエストになるかもと思えば例え槍を使ったとしても守りきれると自信を持って言えなかった。
「…………危険なクエストでもゆんゆんは連れていくの?」
「そりゃ、あいつは俺より強いしな。連れていけるなら連れて行くっての」
仮に槍を使って戦ったとしても俺はゆんゆんに勝てない。そう断言できるくらいにはあいつの魔法使いとしての技量は高い。
「ねえ、ダスト。やっぱり匿ってあげる条件変える。明日、あたしもクエスト連れて行ってよ」
「はあ? お前話を聞いてなかったのかよ。明日のクエストは危険だって言ってるだろうが」
なのになんでこいつはわざわざ危険に飛び込もうとしてるんだ。
「いいから。連れて行ってくれないなら匿ってあげないからね」
「……わけわかんねえな。どっかのドMなお嬢様じゃねえんだから避けれてる危険は避けろよ」
「…………だって、それじゃなんであたしが――」
「――とにかく、お前を連れて行くのはなしだ。匿ってくれねえなら別の所に逃げるさ」
けどどこに逃げるかねぇ…………旦那の助言だと女に助けを求めろだったか。
そんなことを考えながら俺は部屋の窓を開け、2階から飛び降りようと足をかける。
「ダスト! あんたが何を言おうとあたしは絶対ついていくからね!」
そんなリーンの言葉には何も返さず、飛び降りた俺は次の逃亡先を思い浮かべながら走り始めた。
「てわけだ、ゆんゆん。助けてくれ」
リーンの部屋同様にゆんゆんの部屋のドアを蹴飛ばして入った俺は、部屋の主に助けを求める。
「何が『てわけだ』なのか全然分からないんですが……。と言うかこの人何度人の部屋のドアを壊したら気が済むんですか。誰が修理代を払ってるか知ってるんですかね」
「そんなことはどうでもいいから匿ってくれよ」
というか文句あるならお前もリーンみたいに借金に上乗せしろよ。多分返すのはずっとあとになるだろうが。
「…………追い返そうかなぁ。でも追い返したら追い返したで後が煩そうなんだよなぁ」
よく分かってんじゃねぇか。
「…………分かりました。とりあえず話を聞いて決めます。それで何から匿えばいいんですか? ダストさんがそれだけ怖がるってことはグリフォンとかマンティコアクラスのモンスターに追われてるんですか?」
「は? なんで俺がグリフォンやマンティコアを怖がらねぇといけねぇんだよ。俺はクーロンズヒュドラですら恐れず前に出る男だぜ」
前に出た結果パクっとやられちまったけど。
「それ、ただのドラゴン好きで感覚麻痺してるだけじゃないですかね」
……まぁ、それは確かにあるかもしれないが。人生終えるならきれいな姉ちゃんの上かドラゴンの腹の中がいいって決めてるくらいだし。
「でも、確かにドラゴンの迫力に慣れてるダストさんがグリフォンやマンティコアに怯えることはないですね。……戦ったらあっさり殺されるからもう少し危機感持ったほうがいいと思いますよ」
「あっさりは殺されねぇよ!…………ちょっとくらいは善戦するはずだ」
多分。
「ダストさんのその無駄なプライドと素直さは結構好きですよ。……モンスターの線はないとすると警察やギルドの職員でしょうか? またしょうもないことして追われてるんですか?」
「失礼なやつだな。お前は。俺はそういう状況になったら潔く捕まって牢屋の中で我儘言って悠々自適な生活を送る男だぞ」
今回も旦那の助言さえなければ1番に留置所に逃げ込んでいるくらいだ。
「……そうですね。ダストさんはどうしようもないチンピラだから警察やギルドの職員なんか怖くないですよね。…………となると、怒ったリーンさんあたりですかね」
「それは確かに怖い。けど、あいつだったら俺は逃げられずに既に捕まってるはずだ」
あいつ、俺の行くところ完全に把握してるしなぁ。
「…………お手上げです。結局何から逃げてるんですか?」
「えっとだな…………一言で言うならストーカーだ」
「良かったですねダストさん。ダストさんをストーカーまでしてくれるほど愛してくれる人がいるなんて」
「人事だと思いやがって! ほんと怖いんだよ!」
多分あの恐怖に並ぶのはオークの集団に追われる時くらいだろう。
「はぁ……ダストさんがそんなに拒否反応示すなんて……そんなに顔が悪いんですか?」
「いや……まぁ、貴族だし顔は悪くないな」
……うん、顔立ち自体はそんな悪く無いんじゃねえな。
「はぁ…………じゃあ、性格が酷いんですね」
「いや……まぁ、貴族のわりには性格悪くないんじゃねぇか」
……うん、性格自体はそんな悪く無い。……………………性癖が貴族特有の最悪さがあるが。
「顔も悪く無くて性格も悪く無い…………一体全体何が不満なんですか」
「…………性別かな」
「………………ダストさん。匿ってあげますからドア閉めてください」
「うぅ…………恩に着るぜゆんゆん」
安堵でちょっと涙目になってる気がする。
「けど、一体全体なんで貴族の人がダストさんなんてチンピラを好きになったんでしょうか。…………その、同性を好きになるにしてももうちょっとまともな人がいるでしょう」
「そんなもん俺が聞きてぇよ。俺はあんな奴と話したことなかったしよ」
……もしかしたら、俺の正体を知ってるのかもしれない。一部の古参の冒険者やルナを始めとしたギルドの職員は俺がライン=シェイカーであることを知っている。知った上で黙っていてくれてるから俺はこの街にいられるわけだが、だからと言って完全に人の口に戸は立てられない。
「まぁ、ダストさんはなんだかんだでこの街じゃ有名人ですもんね」
「…………有名じゃなくていいんで普通の女の子に好かれたい」
ほんとに。男じゃなければこの際なんでもいいから。
「んー……こうしてみるとダストさんって紅魔の里じゃ結構モテそうですよね」
「え? マジで?」
紅魔の里でナンパしてたら成功しまくってたのか。
「はい。紅魔族じゃないのに眼の色が赤っぽいって、なんかかっこいいじゃないですか。それにあの里じゃ美人で性格のいい占い師が穀潰しのニートと付き合ったりするあたり、女性の男の趣味は悪いですよ」
「おい、お前それ俺を好きになるような奴は趣味が悪いって言ってねぇか?」
「言ってますけど…………そうでもなきゃ、ダストさん好きになるとかありないですよね?」
「…………………………一理ある」
言い返せねぇじゃねぇか。
「くすくす…………まぁ、でもいつかダストさんの良さを分かった上で好きになってくれる女の子が現れるといいですね。友達として祈ってますよ」
「…………俺の良さってなんだよ」
俺的にはイケメンで強い所だと思っているが、それはこの間こいつに全否定されたし。
「……………………ドラゴンには優しいところ?」
「…………他には?」
「………………………………ないですね」
「………………どうせ俺なんかを好きになるのは変なやつだけだよ」
ラインならともかくダストみたいなチンピラを好きになるやつなんていねえよなそりゃ。あれだけナンパ失敗してたら流石に薄々気づいてるっての。
「ほら! ドラゴンハーフの女の子とかなら可能性ありますよ!」
「慰めなんていらねぇよ! そんな夢みたいな出会いがあるわけねぇだろ! そんな出会いがある奴なんか魔獣に吊らされて死んでしまえ!」
上位ドラゴンがいなくなったこの世界でドラゴンハーフの存在がどれだけ希少だと思ってんだ。
「大丈夫ですって! ミネアさんとかハーちゃんとは仲いいじゃないですか。上位種になれば人化して可愛い女の子になりますよ!」
「ミネアやジハードが上位種になる頃なんか俺はとっくに死んでるわ!」
ミネアはあと100年くらい、ジハードに至っては200年から300年くらい先の話だ。生きてたらそれもう人間やめてるっての。
「……え? 私、ハーちゃんが人化できるようになるまで生きるつもりなんですけど…………」
リッチーにでもなるつもりなのか、このぼっちーは。実際にリッチーになったウィズさんもいるし、実力的にも不可能ではないのが怖いところだ。
「…………はぁ、ま、ほんともう慰めはいらねぇよ。どうせ俺はこのまま童貞のまま死んでいくのさ」
「まぁ、そうですね」
「そこは否定しろよ!」
なんで普通に頷いてんだよ。
「だって慰めはいらないって言ったじゃないですか」
もうやだこのぼっち娘。ほんとに友達だって思ってくれてんのか? いい加減俺でも泣くぞ?
「でも、なんだかんだでリーンさんがダストさんと付き合いそうな気はするんですけどねぇ」
「まぁ……ありえない話ではないんだろうが」
あいつがラインを好きだっていうのなら、俺がラインに戻れさえすれば付き合えるってことだ。
……本当、そんな日が来ればの話だが。
「…………、でも、もしそうなったらリーンみたいなまな板じゃなくてもっといい女捕まえられるんじゃねぇか?」
胸が大きくて性格もいい美人に惚れられる可能性もあるんじゃないだろうか。ライン時代の俺はモテモテで魔剣の兄ちゃんに負けないくらいだったし。それこそ選り取り見取りのハーレムを築くことも――
「なにがもしそうなったらなのか分かりませんが、とりあえずリーンさんに報告しときますね」
「土下座するんで黙っててくださいお願いします。ただの出来心だったんです」
一瞬の躊躇いもなく土下座を行う俺だった。
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