第25話 疑心暗鬼はやめましょう

――――――


「アクシズ狂団のナンバー2……既に次期最高司祭の座が決まってる大物が何でこんなところに居やがる。てめえらの本拠地はベルゼルグの国だろうが」


 最大限の警戒をして。後ろにベルディアを庇いながら――実際はベルディアが隠れてるだけだが――ハンスは乱入者に問う。


「おや、私の事をご存知でしたか。魔王軍幹部……その中でも高い賞金を懸けられているあなたに知られているのは光栄ですね」


 言葉とは裏腹に、少しも目が笑っていない様子で乱入者であるゼスタは答える。


(……俺らの正体はバレてるか。めんどくせえな)


 ドラゴンに倒された魔王軍の残骸やベルディアの姿を見れば、ハンス含め彼らの正体は想像ができる。ハンス自身、ラインにすぐバレるようにと軍の編成をしていたのもあって、面倒であると同時に仕方ないとも思っていた。


「なぜ、ここにと言う質問ですが、面白い噂を聞いたのであの国に布教に向かっていたのですよ。その途中で派手に戦っている気配に気づいたまでです」

「ちっ……単なる偶然かよ」


 あの国の切り札である『騎竜隊』や領土が接している紅魔族の邪魔が入る可能性はハンスも考えていた。だからこそベルディアにいつもの神聖魔法耐性特化の鎧ではなく魔法やブレス耐性特化の鎧をつけさせ、邪魔が入っても有利に戦えるように備えていた。だと言うのに実際にきたのは人類最強クラスのプリースト。備えが裏目に出たと言わざるをえない。


「偶然……とは言えないかもしれませんがね。私が聞いた噂を考えれば必然かもしれません。…………まぁ、こうして間に合ったのはアクア様のお導きでしょうが」


 後ろに庇うラインをちらりと見て。ゼスタは敬愛する女神に感謝する。


「間に合った? まさか、そのガキを助ける……いや、助けられるつもりなのか?」


 ゼスタの実力を考えるなら確かに死にかけているものを助けるのは簡単だ。仮に死んだとしても蘇生魔法で生き返すことも可能かもしれない。

 だがそれはハンスの毒に侵されていない時の話だ。毒をどうにかしない限り回復魔法も蘇生魔法もすぐに意味をなくしてしまう。そしてハンスの毒を浄化するのには途方もない労力と時間がかかる。たとえ人類最強のプリーストであろうとも一人でどうしようもない。それこそ女神本人でも来ない限り魔法でどうにかすることは不可能だった。


「可能性はあると思っていますよ。その少年が噂のドラゴンナイトであるのなら」

「……そうかよ。だったら無駄な足掻きでもするんだな」


 ゼスタの言うとおり、単純に毒からの回復という意味ではラインが助かる可能性はある。本来なら致命傷どころか即死していないとおかしいラインだが、戦場から離脱さえできれば生き残る芽はまだ残っているのだ。だからこそ、ハンスは早くラインに止めを刺したかったのだから。


(だが、これはチャンスだな。ここで最年少ドラゴンナイトとアクシズ狂の次期最高司祭を殺せればが決まる)


 単純な戦力として見ても人類最強クラスの2人を倒せるのは大きい。その上ゼスタに限って言えばアクシズ教団の次期最高責任者。現在アクシズ教最高司祭である人物は余命数年もないと言われている。そんな状況で次期最高司祭であるゼスタがいなくなればアクシズ教団はまとまりを失うだろう。それどころか色んな意味で我の強いアクシズ教徒たちなら自分たちで争って内部崩壊する可能性も大きい。紅魔族に並んで厄介なアクシズ教団が機能しなくなれば魔王軍の勝利は確定する。

 そして、虫の息のラインを助けるためには流石のゼスタと言えど無詠唱の回復魔法では効果は見込めない。最上級の回復魔法をきちんとした詠唱のもと行使するとなれば隙が出来る。シルバードラゴンのミネアがそれを守ろうとしてもハンスとベルディアの二人がかりなら余裕で殺せる。


「おいベルディア。いつまで後ろに隠れてやがる。そろそろ遊びは終わらせるぞ」

「べ、別に隠れてるわけではない。ただ……そう、お前の背中に見惚れていただけだ」

「気持ち悪いこと言ってるとお前の相手はゼスタにさせるぞ」

「頭下げるから勘弁してくれ」


 そう言って抱えていた自分の頭部を地面に転がすベルディア。


「ふーむ…………ウィズとかウォルバクならこの視点だと絶景なんだがなぁ……ハンス、ちょっと美少女に化けてくれないか?」

「蹴飛ばすぞこの変態アホ騎士が!」


 カッコつけてラインと一騎打ちをしていたり、ゼスタの登場に怯えていたりと、いろいろ忙しいやつだとハンスは思うが、実際余裕を見せられるくらいには彼らにとって状況はいい。ゼスタがラインのことを見捨てていれば油断ならない状況だっただろうが、今の状況でラインを助けようと回復魔法の詠唱を始めればゼスタはすぐに死ぬだろう。

 遊んでいるようにみえるベルディアが頭部を地面に下ろしたのも、ゼスタが詠唱を始めたら最速で切るための準備なのだ。


(…………だが、待て。何かを見落としてねえか?)


 今の状況でゼスタが回復魔法を詠唱し始めればハンスたちが勝つ。これは間違いない。

 ゼスタが回復魔法をせず戦い始めても多少苦戦はするだろうがハンスたちが勝つだろう。戦いの途中でラインは死ぬだろうし、ミネアの強化も遠からず解ける。消耗していることを考えても負ける可能性は1割あるかないか。


 冷静に状況を判断するなら誰にだって分かる状況だ。それをゼスタが理解していないはずがない。




「ベルディア! 今すぐゼスタを切れ!」

「? 待て、切るのはちゃんと回復魔法の詠唱だと確認してから――」

「ちっ、だったら俺が行く!」


 見落としていた可能性。それに気づいたハンスはゼスタに向かって走る。だが――


「――『スピードゲイン』。……一歩、遅かったようですね」


 の魔法。ゼスタによって速度上昇の支援を受けたミネアがハンスの前に立ちふさがる。


「ベルディア! 俺がドラゴンは抑えるから、ゼスタを殺れ!」

「分かっている!」


 ハンスの速さでは今のミネアを抜くことは出来ない。状況を理解したベルディアはラインを圧倒した速さをもってゼスタに迫る。


「『パワード』『プロテクション』」


 だが、追加の支援魔法を受けたミネアはハンスの妨害を振り切り、ゼスタにベルディアを近づかせない。






「ふむ……少し心配でしたがちゃんと効果はあるようですね。宗派が違えば支援魔法の効果が重複することは周知のことですが、竜言語魔法による強化にもその法則は当てはまるようです。……では、綺麗なドラゴンさん。少しの間頼みますよ」



 竜に護られた聖人は自身に使える最上級の回復魔法を丁寧に詠唱を始める。



「ベルディア、作戦変更だ。先にドラゴンを殺すぞ」

「…………すまんな。お前の意図を汲むのが遅れたせいで」

「謝るんじゃねえよ。お前が謝ったら俺まで謝らねえといけなくなる。あの時点でお前がすぐに動いてもギリギリ……俺が気づくのが遅すぎたのもあるからな」



 魔王の幹部たる2人は立ちはだかる竜を前に自身の打った悪手を実感する。



「グルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 竜は。を待ち我慢し続けた竜は。傷つき押されながらも短くも長いまでの時間を稼ぐ。



 そして――



「――――『セイクリッド・ハイネス・ヒール』!」



 ――竜の騎士はまた戦場に立ち上がった。





――ライン視点――


「…………何で俺死んでないんだ?」


 意識失った時はもう死んだ気持ちだったんだが。毒で体が死にそうなほど痛いのと、ミネアがハンスとベルディア相手に戦ってなければ天国かどこかだと思ってる所だ。


「…………まぁいいか。生きてて体が動くなら戦うだけだ」


 ミネアが俺の言いつけ守らないで戦ってるし。あいつが俺が生きているのにそんな真似をしているってことは、両方生き残れる可能性が出たってことだ。


「まさか、戦うつもりですか? というか、何故立ち上がれるんですか? 見える傷や生命力は回復させましたが、ハンスの毒はまだ体を蝕んでいるままのはずです。動く度に……動かなくても激痛が走っているのでは?」

「ん? もしかしてあんたが助けてくれたのか。体も物理的にちゃんと動くようになってるし耳も聞こえる。凄いなあんた」


 死にかけてた俺を一人でここまで回復させるとか。ベルゼルグの最前線にもこんなレベルのプリーストはいないってのに。どっかの教団のお偉いさんかね。

「いえ、だからですね――」

「あ、悪い。後でちゃんと礼はするからよ。今はミネアの所に行かせてくれ。あいつが2人相手に戦ってるのに俺が後ろで見てるわけにはいかねーんだ」

「…………まぁ、いいです。うちの教徒以外でこれほど無茶が出来る人間がいるのは少し驚きですが。……微力ながら、一緒に戦わせてもらいますよ」

「大丈夫……って、聞くまでもなく大丈夫そうだな」


 ドラゴンとドラゴン使いが一緒に戦う戦場に付いてこれるかと聞こうかと思ったが愚問だった。本当何者なんだろうこのおっさん。ミネアがいつもより強くなってるっぽいのもこの人のおかげだろうし。




「ベルディア、退くぞ」


 俺と謎のおっさんがミネアの横に並んだ所で。ハンスは攻撃の手を止めてベルディアにもやめさせる。


「ハンス、確かに状況は悪くなったが、それでもまだこっちが有利のはずだ。あの2人をやれるチャンスをみすみす逃すのか?」

「そうだな。確かにまだ俺らのほうが優勢だ。6:4で俺らが勝つだろうよ」


 ……まぁ、そんな所だろうな。俺の体はハンスの毒で体力削られていく一方だし定期的に回復してもらわないといけないだろう。そして謎のおっさんがどんなに凄腕のアークプリーストだとしても、最上級の回復魔法を人の身で何回も使えるとは思えない。状況は好転したが逆転はしてないのだ。


「なら――」

「ベルディア。冷静になれ。も負けるんだ。魔王軍幹部である俺らが、だ。戦術的に見れば有利に見えるかもしれないが戦略的に見れば……9割以上勝利が確定してるこの戦争単位で見ればマイナスどころの話じゃねえんだよ」

「だとしてもだ。死に体のはずの身でまた立ち上がった竜騎士を前に逃げるなど――」

「――ベルディア。俺とお前は同じ魔王軍幹部。同格だ。だがこの場における指揮官は誰だ? 命令を聞け」

「……………………分かった」


 …………通りで幹部の中でも高い賞金がかけられるわけだ。徹底的なリスクとリターンの把握に戦術的だけではなく戦略的な視点も持っている。その上ベルディアにある甘さのようなものがハンスには全くない。相性で言えば俺はベルディアよりもハンスのほうが戦いやすいが、どちらに怖さを感じるかと言われればハンスのほうが格段に怖い。


「最年少ドラゴンナイト! この場は引き分けということにしておく。次に会った時に決着をつけよう。腕を磨いておくがいい」

「次に会う機会とか勘弁してくれ。俺はもうお前らみたいなのと戦いたくねーよ」


 なんか次にベルディアと戦ったりしたらあっさり死にそうな気もするし。


「一時はこの国攻めるのは中止だぞ。嬢ちゃん含めて魔王軍幹部が2度もテレポートでの侵略を失敗してんだ。次はベルゼルグを攻め落としてからだろうな」


 そういうことなら、この国からはなれても大丈夫か。多少無理してもこの国に接してる紅魔の里に厄介になろうと思ってたんだが。追手もあるかも知れねーし死にかけてる体が治ったらベルゼルグの国を転々とするかね。ミネアと一緒にとなると目立つから一所に留まることはできないし。


「おや、逃げるのですか。私としては魔王の下僕などここでしばいときたいのですが。まぁ、今回はラインさんに免じて見逃すとしましょう」


 ……あれ? 俺、この人に名前言ったっけ? まぁ、中位種のシルバードラゴン連れてる槍使いなんて俺くらいだし分かるか。


「…………ゼスタ。てめえらアクシズ狂団は俺が絶対に潰してやる」

「では、その時があなたの最後ですね。……女神アクアのご加護がある限り我らアクシズ教団が滅ぶことなどないのですから」


 ………………ゼスタってあのゼスタかよ。なんでこんな大物がこんな所うろついてんだ。




「ところでハンス。別れが済んだのはいいがどうやって帰るんだ? テレポートの術者はドラゴンに殺されたみたいだが」

「歩いて帰るしかねえだろ。紅魔の里の方行けばシルビアがいるはずだし、なんとかなる」

「…………それ、紅魔族の領域を越えないといけないということか?」

「………………どっかで休憩してからなら大丈夫のはずだ」


 そんなやり取りをしながらハンスとベルディアは本当に歩いて帰っていく。…………魔王軍幹部も大変なんだなぁ。可哀想とかは全然思わないけど、その後姿には哀愁を感じずにはいられない。



「…………で、だ。ゼスタ……様? ちょっといいか?」

「なんですかラインさん。そんな他人行儀に。私とあなたの仲ではないですか。気軽にゼスタきゅんと呼んでもらって構いませんよ?」


 俺とあんた会ったの今日が初めてだよな? というか仮に長い付き合いだとしてもこのおっさんを君付けとかありえないと思うんだが。…………まぁ、そのあたりは今度ツッコもう。


「…………そろそろ倒れていいか?」


 いい加減限界だった俺はゼスタにそう言って意識を手放していく。

 自分の体が倒れていく感覚を感じながら、俺は次起きた時も生きていればいいなとなんとはなしに思っていた。





――――


「よくここまで立っていられたものです。ハンスの毒は本来なら即死級……流石はドラゴン使い、その中でも一握りのドラゴンナイトに最年少でなっただけはあるということですか」


 ゼスタは自分の半分も生きていないだろう少年がその域にあるという事実に感心する。イレギュラー……世界のバグとも時に言われるドラゴン使いの中でもこのラインという少年は特殊のようだ。


「さて、ドラゴンさん。一緒にあの国へ連れて行ってもらえますか? あの国のプリーストたちと力を合わせればハンスの毒と言えども解毒は可能でしょう」


 流石にハンスの体の一部を浄化するともなれば厳しいかもしれないが、単なる毒であるなら体中に毒が回っているとしても時間をかければ大丈夫のはずだ。…………即死級の毒が体中に回っているのに未だ生きているというのは本当にドラゴン使いは規格外もいいところだろう。


「? どうしたんですか、ドラゴンさん。唸った声を出して」


 既に治療の段取りを考えていたゼスタは、ミネアが動こうとせず、それどころか警戒するような声を出しているのに気づく。ミネアは中位種のドラゴンであり、人語を解するだけの時を過ごしているので、ゼスタの言っていることが理解できないということはないのだが。


「…………まさか、あの国に帰る訳にはいかないということですか? それは少し困りましたね」


 ゼスタの予想が当たっていたらしくミネアは唸り声をやめる。だが、仮説が当たったからと言って状況は変わらない。ラインを確実に助けるためには近くの国でアークプリーストの協力が必要だ。そういったことは当然ミネアも分かっているだろう。だというのにそれを選ばないということは――


「――それがあなたの相方の望みということですか」


 ゼスタは知らない。

 ラインがミネアと一緒にいるために国を捨てたということを。たとえ自分が死ぬとしてもミネアと一緒に少しでもいることを選ぶ人間だということを。

 ただ、ラインとミネアにとってそれが意味のある意地だということは理解した。


「……ここに、うちの最高司祭が一年という年月をかけて生成した聖水があります。本来は魔王軍に対する切り札として持ち歩いているものですが…………これを飲めば、ハンスの毒でも浄化することができるでしょう」


 アクシズ教団の最高司祭。戦う力こそ失われて久しいが、その信仰力……プリーストとしての能力だけは未だにゼスタ以上のものがある。その最高司祭が一年という長い期間をかけて作った聖水ともなれば魔に属するものは全て浄化する力を持つ。


「ですが、それでも浄化するまで最低でも3日…………毒が浄化されるまでに彼の生命力が尽きれば死にます。ドラゴン使いはドラゴンの生命力を借りれるとは言え、ハンスの毒の影響力を考えればあなたの生命力を足してもギリギリ足りるか足りないか。あなたとラインさん共倒れする可能性が高いです」


 ゼスタ自身が一緒についていけば助かる可能性は大きく上がるが…………そうすればきっとラインとミネアの前提を満たしてやることができない。王都の方から飛んできているドラゴンの姿を見ながらゼスタはそう思う。


「それでもいい…………なんて聞くまでもありませんでしたね。ラインさんは本当にいい相方を持ったものです」


 ミネアの覚悟は聞くまでもない。なら、ゼスタとしても貴重な聖水を使うことに否はなかった。命をかけて願いに準じて生きる彼らにゼスタは強い共感を覚えているのだから。


「私の魔力ではあと2回が限度ですが、最後に回復をします。それが終わったらあなた達はすぐに逃げてください。こちらに向かってきているドラゴン使いは私の方でなんとかしますから」


 最上級の回復魔法。ゼスタはそれをラインとミネアに一度ずつ使う。ついでに自分の手持ちのポーションを全部ラインの懐へといれてやった。ラインが目覚めればそれを使うことで少しは生命力を回復できるだろう。……ドラゴンの生命力に比べれば微々たるものだろうがないよりはマシだ。


「……少しだけ魔力が残っていますね。では、もう一つだけ魔法を。――あなた方に女神アクアの祝福がありますように『ブレッシング』」


 最後に全魔力を込めて祝福を贈り。ゼスタは小さな英雄と美しき竜を見送った。







――ダスト視点――


「っ……」

「あ、お兄さん起きたの?」


 身体の痛みに起こされて俺は薄っすらとまぶたを開ける。


「おまえは…………、っ!」

「駄目だよ! 身体を動かそうとしたら! まだ凄い熱なんだから!」


 見れば俺は服を脱がされ濡れたタオルで冷やされていた。……この眼の前の少女が看病してくれていたんだろうか。


「本当は街に連れて行ってプリーストの人に見てもらったほうがいいんだけど…………連れて行こうとしたらそこのドラゴンが吠えるから」

「…………ミネア」


 少女の言葉に見てみれば共に戦ったドラゴンの姿が。ただ、その姿はからはいつもの覇気が感じられず、魔力も見るからに落ち込んでいる。


「…………なぁ、嬢ちゃん、ここがどこか教えてくれるか」

「むぅ……そんなに歳も違わないのに嬢ちゃんなんて呼ばないでほしいな。あたしはリーンって言うの。……それで、ここだけど、アクセルの街の近くの洞窟だよ」


 アクセル…………確かベルゼルグにそんな名前の街があった気がする。ということはミネアは俺が気を失った後、ここまで飛んできてくれたのか。


(ハンスの毒は…………まだ少し残っているか)


 ゼスタのおっさんが何かをしてくれたのだろう。今も毒が浄化されている感覚はある。だが、既に俺もミネアも限界だ。毒が消えるまで生命力が持つかどうかは微妙な所だ。ミネアだけは俺のことを見捨てさせれば助かるだろうが…………可能性がある限りミネアが俺のことを見捨ててくれるとは思えない。


「ねぇ、お兄さんって貴族なの? 金髪だし、こんな大きなドラゴンを連れてるし。……目が碧眼じゃなくて赤いから純血じゃないんだろうけど」

「…………今の俺の目は赤いのか?」

「うん。綺麗な……鳶色っていうのかな?」


 たしかに俺の目はミネアの力を使って戦っている時は赤くなる。だが、普段は母さん譲りの黒い目だったはずだ。


(…………戦っている時と同じか、それ以上にミネアが力を分けてくれているってことか)


 気を失ってからどれだけの時間が経っているかは分からないが、ミネアの消耗具合を見る限り1日以上は間違いなく経っているだろう。それだけの間魔力と生命力を与えられていたとしたら、何か影響が出ているかもしれない。ありそうなのは目の色が鳶色のまま戻らないとか、魔法抵抗力が異常に高くなっているとか。実際歴戦のドラゴン使いにはそういった症状が出ているやつも多い。

 …………あとは有り余る生命力の影響か、無駄に性欲が高くなるとか。そんな話もあったな。


「……リーンって言ったか。おm……君は一人か?」

「うん。そうだよ。薬草を摘みに来たら洞窟の中からなんか声がするから覗いてみたらお兄さんがいたんだ。……あと、言いにくいならお前でもいいよ」

「一人で薬草を積みに…………ってことは、お前はその歳で冒険者なのか」


 このあたりのモンスターの分布は知らないが、最弱のモンスターであっても一般人には脅威だ。いくら勇者の国とは言え一般人がモンスター相手に普通に戦えるとは思えない。


「え? そんなわけないじゃん。冒険者なんて儲からない職になんでつかないといけないの?」

「は? 冒険者や騎士じゃないと街の外はモンスターがいて危ないだろう?」

「他の所は知らないけどアクセルの周辺は魔物が狩り尽くされてて逆に魔物を見つけるのに苦労するくらいだよ。今の時期はジャイアントトードもほとんどいないし。だから危険なんてないよ?」

「…………そんなところもあるのか」


 魔王軍に侵攻され、人口が減り続けているこの世界にそんな平和なところがあるのかよ。


「けど、冒険者じゃないってことはリーンは一般人なんだろ? 何の目的があって俺を助けたんだ?」

「? 傷ついてる人がいたら助けてあげるのはふつうのコトでしょ?」

「………………そうだな」


 思い出してみればあの国でも王や貴族はどうしようもないクズばっかりだったが、市井には優しい人たちが多かった。ゼスタにしたって見ず知らずだった俺を助けるために魔王軍幹部相手に命をかけてくれた。……国に裏切られたからって疑心暗鬼になりすぎだろ俺。あの国が腐ってたのなんて最初から分かってたろうに。


「? リーン。そこにある回復ポーションはお前が持ってきたのか?」

「え? それはお兄さんの服を脱がした時に出てきたやつだよ?」


 ……ってことはゼスタのおっさんがくれたのか。何から何まで世話になっちまってるな。


「お兄さんが苦しそうにしてる時に何個か使っちゃったんだけど…………もしかしてダメだった?」

「ダメじゃねーけど……使ったってどうやって使ったんだ? 寝てる俺に使うのは面倒だったろ?」

「えーっと…………塗って使ったんだけど、ダメだったかな?」

「ダメじゃねーけど…………もったいないな」


 回復ポーションは基本的に二つの使い方がある。飲む方法と塗る方法だ。飲む方法では生命力を回復しやすく、塗る方法では外傷を治す効果が高い。今回の俺は外傷はないし飲んだほうが効果が高いんだが…………まぁ、眠ってる相手に飲ませるのは難しいしそこまで望むのは酷か。


「残ってるポーションは3つか…………少し足りないな」

「ごめんなさい…………勝手に使っちゃった分は弁償するから」

「そんなことはしなくていい。ってか俺はそんな鬼畜そうに見えるか?」


 口は悪いが、そこまで性格ねじ曲がってるつもりはないんだが。


「えっと…………ちょっと怖そうには見えるかな?」


 …………そういや姫さんにも最初は怯えられてたっけ。父さん譲りの人相の悪さはどうしようもなさそうだ。


「でもでも、ちょっと怖そうだけど、それ以上にかっこいいというか……うん。あたしはお兄さんの顔好きだよ?」

「………………褒めても何も出ないからな」

「あ、恥ずかしがってる様子はちょっと可愛いかも。お兄さんってかっこいいのにもしかして女の人に免疫ないの?」

「……うるせえよ」


 俺の回りにいる女なんて姫さんとミネアくらいだったし。市井じゃ確かにモテてた気はするが、それは上辺だけの付き合いで、こんんなにまっすぐ言われたことなんてない。


「…………って、そういや、俺の持ち物はどうしたんだ?」

「ポーション以外はそっちの方に置いてるよ」


 リーンの指差す方を見れば俺が持ち出した荷物が洞窟の壁の横に置かれている。……槍はもちろん、俺が逃げ出す時に持ち出した金目の物も全部あるな。


「お前、あれ持って逃げようとか思わなかったのか? あれを売れば少なくとも1年は遊んで暮らせるくらいの価値はあるんだぞ?」


 ミネアも俺の看病をしてくれた相手だ。それくらいは目を瞑るだろう。


「むぅ……お兄さんだって失礼だね。あたしって、そんなに意地汚く見える?」

「…………まぁ、見えないわな。どう見ても人畜無害なガキだ」


 そもそもそうでもなきゃ死にかけの看病なんてしない。


「だから、あたしはガキじゃないってば。もう11歳なんだよ?」


 十分ガキじゃねえか。……まぁ、思ったより歳の差はないけど。姫さんに比べればガキにも程がある。


「じゃあ、大人で優しいリーンに頼みがあるんだがいいか?」

「? なに?」


 俺のおだてに見るからに期限良さそうにしているリーン。やっぱりまだ子供じゃねーかな。


「そこにある金目のもの全部持っていっていいからよ、それで回復ポーションを買ってきてくれないか? ここにあるポーションだけじゃ足りそうにないからよ」

「えっと…………それこそいいの? 帰ってこないかもしれないよ?」

「その時はその時だ。別に恨んだりもしねえよ」


 リーンが助けてくれなきゃどうせ死ぬんだ。なら信じる他ないし、裏切られたからって恨むのも筋違いだろう。


「うん、信じてくれるならもちろん行くよ。でもさ…………その前にあたしに言うことないかな?」

「言うこと? なんで俺が死にかけてるか、とかそんな話か?」


 話せば長くなるからそういうのは元気になってからにしてもらいたいんだが。


「違うよ。…………本当にわからない? 『お兄さん』」

「…………そうか。まだ名乗ってなかったな。俺の名前は『ライン=シェイカー』だ。リーン、よろしく頼む」


 信頼する相手に名乗らないってのは失礼すぎたな。


「『シェイカー』? 変な名前だね。苗字みたい」

「ああ、この国は名前が後だっけか。名前はライン、姓がシェイカーだ。ラインって呼んでくれ」

「ライン兄……だね。うん。分かった。ライン兄、安心してね。ライン兄が元気になるまではあたしがちゃんと面倒見るんだから」


 そう言って張り切るリーンの笑顔。全然似ていないはずなのにそれが何故か姫さんの笑顔に重なって見えた。












「ライン兄、食料持ってきたよ」


 やってきたリーンの姿に俺は槍の訓練の手を休める。


「いつも悪いななリーン」

「ううん。ライン兄の面倒はあたしが見るって言ったもん。当然だよ」

「その約束は俺が元気になるまでだったろ? 俺はもう大丈夫だぞ」

「えー……じゃあ、あたしがライン兄の面倒みたいからでいいよ」


 そう言って恥ずかしそうに笑うリーン。




 リーンと出会ってもう一ヶ月の時が過ぎた。目が覚めてから二日後には危険な状態は脱し、リーンの看病が良かったのか一週間後には自分で動けるようになった。

 それからさらに一週間、リーンに手助けしてもらいながらリハビリした俺は、このあたりのモンスター相手なら余裕を持って倒せるくらいには回復した。…………ちなみにミネアはハンスの毒が抜けきった次の日には元気に飛び回っていた。ドラゴンの生命力はむちゃくちゃすぎるというか、魔力と生命力が回復しただけで元気になる当たり人間とは構造が違いすぎる。


 元気になったからにはいつまでも洞窟ぐらしというわけにもいかない。というより気が滅入るので森の奥にあった廃屋を軽く修理して隠れ家にして住み始めた。水とかは何とかなるが食料などはリーンに最初に渡した金目の物を使って準備してもらってる。

 さっきはからかうように言ったが実際は凄く助かっている。森のなかでは水はともかく食料を準備するのは面倒だ。サバイバルするスキルは持っているが、狩りはともかく採集するのは性に合わない。それにこのあたりの生体もそこまで詳しくないから毒を持ってる生き物を食べたりしたら面倒だ。……いや、ハンスの毒食らっても生き残った俺が今更食中毒を怖がるのもあれなんだが、毒持ってる生き物食べるのってなんか嫌だし。なんでも気にせず食べる悪食のドラゴンのようには流石になれない。




「面倒みたいって……物好きなやつだな」

「むぅ……物好きなんかじゃないもん、好きな人の面倒を見たいってのは女の子の願いとしては普通だよ」

「…………それが、一番物好きだっての」


 何を思っているのか。リーンは事あるごとに俺のことを好きだと言ってくる。正直俺みたいなドラゴンバカを好きになるとか正気とは思えないので、助けた相手を好きになるとかそういうあれだろうと思っている。つまりは一過性のもので、俺がいなくなればすぐにでも忘れるんじゃないだろうか。


「え? だってライン兄って貴族なんでしょ? 付き合えたら玉の輿じゃん」

「貴族じゃねぇよ。『元』貴族だ。『シェイカー家』は取り潰しになったからな」


 両親が死んで最後の俺までいなくなれば再興の芽もない。まぁ、家とか土地の財産は縁の深いセレス家に相続されるだろうこと思えばまだ救いがある。


「うーん、それでも貴族特有の顔立ちの良さは変わらないし、口は悪いけどなんだかんだで優しいし……年頃の少女としては意識せずに入られないよ」

「…………そうかよ」


 特段優しくした覚えはないがそこまで言われて嬉しくないわけもなく。子供っぽいとは言え美少女と言ってもいい容姿のリーンにそう言われれば気恥ずかしさもある。


「ちょっ、ライン兄! 髪をぐしゃぐしゃにするのやめて! せっかくセットしてきたのに!」


 そんな想いを誤魔化すために。俺は柔らかいリーンの髪をグシャグシャにしてやるのだった。







「さてと……もうすぐ暗くなる。リーン、そろそろ帰れよ」

「あ、うん。そだね。また明日来るよ」


 楽しそうに話すリーンに相槌をうち、たまにからかってやるだけの時間を過ごして。俺は夕陽の気配を感じて、楽しい時間に終わりを告げる。


「食料は今日持ってきてもらったし、一時は来なくても大丈夫だぞ?」

「そうだけど、あたしが来たいからくるの」

「……ま、俺も来てくれたら嬉しいから止めねぇけど」


 ミネアがいればそれだけでいいと思っていたが、人と言葉をかわすというのは思っていた以上に重要だった。リーンがいない時間の物寂しさに俺はそれを強く実感していた。


「えへへ……よかった。なら明日もくるからね」


 嬉しそうな顔で手を振り帰っていくリーン。


「…………こんな生活があとどれだけ続くかね」


 今のところリーン以外の人間に見つかってはいないし、あと1年位は続けられるかもしれない。だが、それ以上となると難しいだろう。お尋ね者の俺とミネアは追手から逃げるように金を稼ぎながら場所を転々としていかないといけない。もしくは思い切ってベルゼルグの王家に騎士として雇ってもらうか。どちらにしろリーンと一緒に過ごせる時間は終わる




『きゃああああああああっ!』


 リーンの悲鳴。俺は考えるのをやめ、すぐに槍を持って隠れ家を出る。


「一撃熊か……!」


 隠れ家を出てからわりとすぐ近く。リーンとそれを襲う一撃熊の姿を見つける。


(リーンに聞いた話じゃこのあたりにこのレベルのモンスターはいないはずだってのに)


 その地域のモンスター分布にいないはずのモンスターが出現するというのはありえない話ではない。だがそれは同時になんらかの異常の副産物としてだ。よくあるのは凶暴で強大な存在に棲み家を追われて出現するということだろうか。最強最悪の賞金首、デストロイヤーが接近する時などによく起こる現象……らしい。


「間に合えよ……!」


 原因も気になるがそれは今は後回しだ。『速度増加』の竜言語魔法を自分にかけてリーンの元へと急ぐ。


「ライン兄!」


 俺の姿に気づいたのか、リーンが安堵の声で俺の名前を呼ぶ。……まだ一撃熊の方が俺より近くにいるっていうのに気が早いことだ。



 まぁ、この距離なら一撃熊がリーンを害するより俺が一撃熊を倒すほうが早いのは確かだが。




「ふぅ…………大丈夫かリーン? 怖かったろ」


 一撃熊を逆に一撃で倒して。俺は振り向いてリーンに声をかける。

 ドラゴンのいないドラゴン使いの時は苦労して倒した覚えのある一撃熊だが、今の俺はドラゴンナイト。ステータス制限がなくなりミネアの力まで借りてる俺の敵じゃない。


「うん。大丈夫。……でも、怖くはなかったよ。ライン兄が助けに来てくれるって信じてたし」


 …………………………


「ちょっ、だからやめて! 髪ぐしゃぐしゃにしないで!」


 だったらお前もそのこっ恥ずかしい台詞やめろ。童貞にその台詞はきく。


「もう……ライン兄って乱暴なんだから…………」

「おうよ。だからこんな男好きにならないほうがいいぞ」

「うーん…………無理かな。だってかっこよくて優しくて、それでいてこんなに強い人なんてあたし他に知らないもん」

「…………買いかぶりすぎだろ」


 俺よりかっこいいやつなんていくらでもいるだろうし、優しいやつなんてそれこそ巨万ごまんといる。そして自分の無力さを俺はついこの間実感したばかりだ。


「ううん。ライン兄よりかっこ良くて優しい人なら多分いると思うけど…………かっこ良くて優しくてこんなに強い人なんて見つからないよ」


 それでも、そう思うリーンの言葉に嘘はないんだろう。たとえそれが幻想に過ぎないにしても、リーンにとってそれが真実なのだ。だとするなら、その幻想を俺がいなくなるその日までは守ってやりたいと思う。それが戦うこととドラゴン以外は何もない俺が出来る唯一の恩返しだと思うから


「――って、だからライン兄! あたしの髪をグシャグシャにするのはやめて!」


 恥ずかしいから照れ隠しはするけどな!






 そんな感じで過ごすリーンとの日々。

 いつまで続くのか――いつまで続けられるのか。そう思い始めていた頃。



「ライン兄お願い助けて! このままじゃ、アクセルの街が滅んじゃうの!」

「リーン? そんなに慌ててどうしたんだ?」



「炎龍がアクセルの街に向かってきてるの!」



 その日々はリーンの知らせにより終わりを告げられた。

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