第33話 この泣き虫ぼっちに悪友を!

――ゆんゆん視点――


「めぐみん、今日はありがとね」


 夕暮れの街で。私は今日一緒にいてくれた相手にお礼をする。


「一緒に遊んだだけでなんでお礼までするんですか。相変わらずあなたは重いですね」

「そう……かな?……そう……かもね」


 でも、今日めぐみんと一緒にいれた事がどれだけ救いになったか。重いと言われてもお礼を言いたくなる気持ちは抑えられそうもない。


「……あなた、やっぱり何かあったんですか? 路地裏でウロウロしていましたが。最近のあなたはそんな奇行するくらいならあのチンピラやリーンと一緒にいたのに」

「別になにもないよ。……うん、何もなかったんだよ」


 本当にこの一週間何もなかったんだから。


「何もないって……まさか――」

「――それより、めぐみん。帰らなくていいの? もう夕飯の時間だと思うんだけど」

「……ええ、そうですね。…………どうですか? たまにはあなたも私達の家で一緒に夕飯を食べたりしませんか?」


 言葉を遮った私に何か気づいたのか。めぐみんはいつもなら絶対に言わないようなことを言ってくる。

 …………本当、めぐみんはいつもは鈍いのに、こんな時だけ鋭くて…………優しいんだから。


「ううん、いいよ。今日はダストさんと一緒にご飯を食べる約束をしてるから」


 一週間以上前にした約束だけど。今日は絶対にこの日は空けとけとあの人に言われた日。ダストさんは本当は明日が良かったみたいだけど、明日は私が里に戻る予定だからと譲歩してもらった日。


「なんだ……そうですか。そういう事は先に言ってくださいよ。誘った私が馬鹿みたいじゃないですか」


 小さな声で心配して損しましたとめぐみん。


「うん、ごめんねめぐみん。それと誘ってくれてありがとう」


 私にはこうして心配してくれる親友がいる。だから、大丈夫。たとえ、この後何が起きても…………何もなかったとしても、この暖かさがあれば。


「だから、別に礼を言うほどのことじゃないですよ。……しかし、あのチンピラはなんだかんだでゆんゆんの友人をやってるんですね」

「うん、いろいろイライラすることもあるけど、ちゃんと私の友達をやってくれてた……ううん、くれてるから」


 大丈夫。大丈夫。


「そうだ、めぐみん。なんならめぐみんが私達と一緒に食べない? もちろん奢るわよ?」

「何がもちろんなのか分かりませんが…………すみません、夕飯はカズマと一緒に食べたいんです。あの人は何も言ってくれませんが、最近何か頑張っているみたいですから。せめて帰る場所としてご飯を作って待つとダクネスと一緒に決めました」


 ……大丈夫。絶対大丈夫なんだから…………。


「ところで、ゆんゆん。あなた、明日はどうするんですか?」

「うん、明日は里に帰る予定だけど」

「朝起きてすぐですか?」

「流石に朝ごはん食べてからだとは思うけど…………何かあった?」


 言っていて、もしかしたら今日の夜には里に帰るかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。でもそれはあってはいけないもしもだ。


「いえ、明日の朝いるんだったら別に今日言う必要はないですね。今日はダスト達と楽しんで来るといいですよ」


 ……これは期待していいのかな?


「それと、もしも堪えられないような事があったなら私の所へ来て下さい」

「……堪えられないような事って?」

「さぁ、それを決めるのはあなたですよ。では、また明日。……今日はもう会わなくて済むことを祈ってますよ 」


 そう言ってめぐみんは振り返りもせず去っていく。


「……敵わないなぁ」


 自分の強がりを見抜いてくれた親友兼ライバルの後ろ姿を、私は見えなくなるまで見送り続けた。






「ゆんゆん様ですね。お待ちしておりました。席に案内します」


 ダストさんと約束していたギルドの酒場。ハーちゃんと一緒にダストさんの姿を探す私に、ウェイトレスのお姉さんがそう話しかけてくる。


「え?席に案内って……もしかしてダストさん予約してたんですか?」


 もう一度酒場を見渡すけどダストさんの姿はない。それなのに待っていたと言われ席に案内するってことは予約していたってことのはずだ。


「はい、あのゴミ男……もといダスト様の名前でパーティーコースを予約していますよ」

「パーティー……」


 明日──私の誕生日──を前にしてそれが意味することは……。



「ねぇ、ハーちゃん。私は期待していいんだよね?」


 案内された席に座って。そこに並ぶ5人分のパーティー料理を前にして。私以外に誰もいないその宴席に不安を覚えながら、私は使い魔に問う。


「だって、ダストさん本当は明日がいいって言ってたもんね。私の誕生日にパーティーを開きたかったってことでいいんだよね?」


 昔の私だったらきっと信じられなかった。友達が自分のために誕生日パーティーを開いてくれるなんて。それが夢にまで見た光景だからこそ、私はそんな幸運を信じられなかっただろう。

 でも、今は違う。私はダストさん、リーンさんやテイラーさん、キースさんとも友達だって胸を張って言えるから。だからそれがただの幸運じゃなく、現実としてありえるものだって信じられる。


「………………信じて、いいんだよね……?」


 私のすがるような言葉にハーちゃんは答えない。ただ無垢な瞳で私のことを見つめ続けていた。





「あの……次の料理を持ってきたいのですが……」


 気まずそうな様子でウェイトレスの人がそう伝えてくる。パーティーのコース料理。当然今テーブルの上にある料理だけが全てではないんだろう。

 けれど、一つも料理に手を付けられていないテーブルには次を持ってくるスペースなんてない。持ってくるには今ある料理を下げるしかないけれど……。


「…………すみません、あともう少しだけ待って下さい」

「……あと1時間で店は閉店の時間なんですが…………」


 既にギルドでクエストを受け付けられるような時間は過ぎている。…………私が席についてからは2時間経った。

 でも、そこに広がる風景はいつまで経っても変わらない。あるのはたくさんの料理を前に待ち続ける私と、そんな私を見守ってくれる使い魔の姿だけ。


「お願いします……きっともう少ししたら来ますから……」

「……本当にそう思っているんですか?」

「どういう、意味ですか……?」

「いえ、過ぎた言葉でした。ただ、こちらも仕事ですので料理だけは出させてもらいますね。……そうですね、もうこんな時間ですし新しいお客様も少ないでしょうから、隣の席に料理を出させてもらいます」

「…………ご迷惑おかけします」


 小さくなってそう言う私になんとも言えない顔をして、ウェイトレスのお姉さんは料理を取りに厨房へと向かう。


 そうして運ばれてくる料理には目もくれず、私はギルドの入り口を見つめて待ち続ける。

 『わりぃ、遅れちまった』と全然悪びれない様子の友達がやってくるのを祈りながら。




 そうして、そのまま1時間が経った。






「これは、全員揃ったら出すように言われていたんですが……」


 閉店の時間を過ぎて。ウェイトレスのお姉さんがそう言って持ってきたのはホールのケーキ。大きすぎるというわけではない、けれど一人で食べるにはとても大きい、17本のろうそくが飾られた普通のショートケーキ。


「……………………」


 本当なら私はそのケーキの登場に泣いて喜んだと思う。だって、それは私の誕生日を一日フライングして祝うために作られたものだろうから。

 だけど、今はその登場に何も言うことが出来ない。



 だって、ここには祝ってくれる『人』が誰もいないから。

 だって、それは小さい頃行った『一人だけの誕生日パーティー』の再現だから。



「……最低ですよね」

「ぇ……?」


 ケーキを持ってきてくれたウェイトレスのお姉さんは小さく、けれどはっきりと呟く。


「あの男、本当に最低です。あなたの誕生日パーティーをすると聞いた時は、天変地異の前触れかと思いましたが、同時にほんの少しだけ見直したのに……こんな手の込んだ嫌がらせをするなんて」


 違う。あの人は確かに筋金入りのチンピラだ。いろいろと呆れたことばっかりのあの人だけど、『意味のない嫌がらせ』をするような人じゃない。

 自分に得があるなら相手が嫌がることでもやるような人間のクズだけど、自分に得がないのに相手に嫌がらせして喜ぶほど終わってもいない。

 得もないのに嫌がらせをする場合はあの人が心底嫌っている相手の場合だけだし、友達である私にそんなことをして喜ぶ人じゃない。



(それとも、『友達』だって思ってたのは私だけだったってこと……?)


 あの人は私のことを親友だとかダチだとか言っていたけど、本当は金蔓としか思ってなかった……?


「違います! 今日はきっとたまたま都合が悪くなっただけで…………来るんです! 絶対、遅れてもあの人は来ます! 嫌がらせでこんなことする人じゃないんです!」


 自分が思ってしまったことも否定するように私は叫ぶ。

 だって、そうだ。もしも認めてしまえばきっと私は『堪えられない』。


「……そう、ですか。なら、あなたはあの男を待つんですか?」

「待ちます。ダストさんが来ることを。あの人が私の友達と一緒に来てくれることを」


 それは私に残された最後の強がり。最後の希望。

 それが出来なくなった時、私は堪えられなくなってめぐみんの言った通りになる。

 だからせめて、今日という日が終わるまではそれを貫き通す。


「……そうですか。本当なら閉店の時間なので帰ってもらわないといけないんですが、そういう事なら無理に帰ってもらうことは出来ませんね」


 はぁ、と大きなため息を吐いてウェイトレスのお姉さんは続ける。


「私たちは一通り掃除を終えたら帰ります。料理については明日片付けますからそのままでいいです。ただ、戸締まりだけはどうにもなりませんから、待っていられるのは裏で仕事をしているルナさんが帰るまでです。多分ちょうど日付が変わる頃までだと思いますが、それでも大丈夫ですか?」

「十分です。…………我儘を言ってすみません」



 そして、私の16歳最後の夜は更けていく。







「どうしてこうなっちゃったのかな……」


 しん、としたギルドの中。裏ではまだルナさんがいるらしいけど、表にはもう私とハーちゃんの姿しかない。

 そんな中でこの一週間の出来事を思い出す。

 と言っても、思い出せる事はほとんどない。だって、そうだ。この一週間、ダストさんは一度も私と一緒にご飯を食べていない。一度もクエストに誘ってくれてない。…………街であっても、一度も私に話しかけてくれてない。

 そんなダストさんの変化と時を同じくして、街でリーンさんやテイラーさんを見かけることがなくなった。それどころか、宿を訪ねても会うことが出来なかった。


「やっぱり、私みたいなクソガキより大人な女性がいいのかな……」


 最近この街にやってきたプリーストのお姉さんは聖女のように扱われている。ダストさんも最初は気に入らないって言っていたのに今ではよくそのプリーストの人の回りにいる。……一度だけプリーストの人と一緒にいるダストさんに話しかけたけど、適当に返事をしただけで、プリーストの人とすぐにいなくなってしまった。


「それともやっぱりあのプリーストのお姉さんに何か秘密が…………カズマさんはなにか知ってそうだったけど」


 昨日の深夜にカズマさんに助力を請われて幾つか魔法をかけたけど、何か最近の街の様子がおかしいことについて知っているようだった。

 めぐみんが最近カズマさんが頑張っていると言っていたのは、そのあたりが関係しているんじゃないかって思う。


「ダストさんがいつものダストさんなら今頃、私を巻き込んで異変の原因に痛い目を合わせてたのかな」


 もう何年前になるんだろうか。ダストさんと出会ってすぐの頃、悪質な警備会社をダストさんは詐欺をして痛い目を見せていた。

 アクセルを牛耳っていると自称するダストさんにとって、アクセルの街で好き勝手する輩はよっぽど気に入らなかったんだろう。詐欺とは言え効果的に警備会社を追い詰めていく様子はほんの少しだけ感心するものがあった。

 結局は途中で警察に捕まって追い出すまではできなかったけど。…………私もそれに巻き込まれて一緒に捕まっちゃったけど。


「それでも…………今の状況よりはよかったな」


 捕まって牢屋に入ることになったあの時は泣きそうになってた気がするけど、こんな寂しい食卓に比べたらずっとマシだ。

 だって一緒に捕まった時、あの人はすごくうるさくて……寂しがる暇なんてなかったんだから。


(……そうだ、私は寂しくなかったんだ)


 ダストさんと一緒にいる時、私は怒ったり呆れたりばかりだったけど…………それでも寂しくなかったんだ。




 静かな空間に日付が変わったことを告げる時計の音が響く。それは待ち続けると決めたタイムリミット。きっとそう遠くない内にルナさんも戸締まりをしにやってくる。


 だからもう、私は認めないといけない。会えなかったリーンさん達はまだ分からない。けれど、あの人はもう友達とは──


「──大丈夫、大丈夫。だって私にはめぐみんがいるんだから」


 イリスちゃんだっているし、バニルさんやクリスさんたちがいる。リーンさんたちだってきっと遠くに旅に出てるだけだ。だから、たった一人くらい友達がいなくなったって……。


(………………本当に?)


 本当に大丈夫なの? 友達だって思ってるのは私だけじゃないの? 今友達だって思ってくれても心変わりしないって言える? 3年間ダチだってずっと一緒にいてくれたダストさんが友達じゃなくなるのに? みんながそうならないって言えるの?


(めぐみんだって、私の事心配してくれたけど、私を1番にはしてくれなかった……)


 カズマさんを待ちたいと言って私よりも──


「ね……ハーちゃんはいなくならないよね? 私を1番にしてくれるよね……?」


 その先を考えてしまう前に、私は愚痴をずっと聞いてくれた使い魔にそう聞く。質問は冷静に考えなくても最低のものだったけれど。

 一つでも確認出来るものがなければ、私はめぐみんのもとにさえいけなくなってしまうだろうから。


「きゃっ……もう、ハーちゃんくすぐったいよ」


 そんな私の最低の質問に応えるように、ハーちゃんはぺろぺろと私の顔を舐めてくれる。特に目の下辺りから頬を舐めてくれて、涙が拭われる感触はくすぐったいと同時に気持ちよかった。




 ………………涙?





「私、今泣いてるんだ……」


 いつから流れていたんだろう。いつの間にか私は泣いていたらしい。


「だめっ……このくらいのことで泣いてたら……っ」


 裾を使って涙を拭う。けれど、何度拭っても涙は止まらなかった。裾はぐしょぐしょになり、涙を拭うことすら出来ない。

 なんで、こんなに泣いてしまうんだろうと思う。友達がいないのなんて今更だ。一人で誕生日パーティーをしたことだって何度もある。

 それなのに、私がこうして泣き続けるのは…………



「…………そっか、友達がのは、私初めてなんだ」


 寂しくて悔しくて悲しくて。私は初めて友達を失ったことに泣き続けた。





「? ハーちゃん? どうしたの?」


 すくりと4つ足で立ち上がったハーちゃんを私は不思議がる。

 けれどそんな私の疑問に応えることなく、ハーちゃんはそのまま外へと出て行ってしまった。


「あは……あはは…………私、ハーちゃんにまで見捨てられちゃった……?」


 信じたくはない。でも、今の私にはそうとしか思えない。


「また私、ぼっちになっちゃったんだ…………」


 そうじゃない。大丈夫。……そう強がることは、もう私にはできなかった。








──ダスト視点──



「……なぁ、バニルの旦那。どうしてゆんゆんは泣いてるんだ?」


 バニルの旦那に無理やり連れてこられて。見せられた光景に俺は疑問を浮かべる。


「汝があの寂しがり屋な娘を放ってあのなんちゃってプリーストにつきっきりだからだろう」

「だってそれは……セレナ様には恩があるから……」


 だから仕方ない。恩を返すまで俺はセレナ様に従わないと……。


「……汝はどうしようもないチンピラだと言うのに人に恩義だけは感じるのだな」

「そんなことはどうでもいい。なんでゆんゆんが泣いているんだ?」


 ゆんゆんが泣いている理由。それは少し考えれば分かりそうな、それどころか旦那が教えてくれたような気がするのに分からない。

 ただ、ゆんゆんが泣いている姿を見ていると焦燥感だけが募っていき、同じ質問を繰り返してしまう。


「では、はっきりと言おうか。あのぼっち娘が泣いているのは汝の言う『セレナ様』とやらのせいだ」


 ゆんゆんが泣いてるのがセレナ様のせい? そんなはずはない、だって、セレナ様はクエストの報酬の分け分をくれた恩人だ。ゆんゆんへのプレゼントを買うお金がなかった俺はそれが本当に助かって、プレゼントをやればゆんゆんも喜んでくれるはずで…………



 …………じゃあ、なんでゆんゆんは今泣いてるんだ?



「……悪い、バニルの旦那。ちょっと詳しく教えてくれるか。あのエロい体してるねーちゃんが何者で…………なんで俺がゆんゆんを泣かせちまったのかを」


 割れるように頭が痛むのを無視して。やっと捕まえたこの違和感の正体を教えてくれるよう、俺はバニルの旦那にお願いした。





「そうか、あのクソアマはダークプリーストで、俺は『傀儡』って状態異常にかかってたのか」


 バニルの旦那にいろいろと説明してもらうごとに頭痛と違和感はなくなっていった。全部を理解した今はさっきまでが嘘のように頭の中がすっきりしている。


「ありがとよ、旦那。バニルの旦那のおかげで正気に戻れた」


 全てを知って……ゆんゆんを泣かせちまった原因があのダークプリーストにあると知って、俺にかかっていた『傀儡』の状態異常は完全になくなった。知らなければずっとあのままだった可能性を考えれば、旦那には感謝してもしきれない。


「ここで汝を正気に戻したほうが商売的に美味しいと見通しただけのことである」

「そんなこと言って、旦那もゆんゆんが泣いてんのを見てられなかっただけじゃねぇのか。なんだかんだで旦那もゆんゆんのダチだよな」


 旦那がゆんゆんに対して俺と同じような気持ちを持っているかどうかは知らない。けれど、旦那とゆんゆんは間違いなくダチだ。悪魔である旦那とダチというのはある意味契約に近い。……つまり、契約を遵守する悪魔にとってダチが泣いているなんてのは見過ごせる状況じゃないのだ。


「汝は相変わらず馬鹿なのか頭が回るのか分からぬな」

「馬鹿でいいぜ旦那。…………少なくとも今回の俺は間違いなく馬鹿だからよ」


 原因があの女にあるとしても、結局ゆんゆんを泣かせちまったのは俺自身だ。本当に馬鹿すぎる。


「では、汝はこれからどうするのだ?」

「そんなもん見通す力使わなくても分かるだろ?…………盛大に八つ当たりしてくるさ」

「…………行くのか」

「ま、あのクソアマにはでっけぇ貸しがあるし文句の一つや二つ言ってこねぇと」


 俺にゆんゆんを泣かさせた落とし前はつけてもらわねえと。


「そうだろ? ジハード」


 俺の横で待っているジハードもそのために…………ゆんゆんを泣かした大元に文句を言うために来たんだろうから。


「そうか……では、汝にあの不良プリースト対策の素晴らしい商品をオススメしようか」

「……凄いいい笑顔してんな、旦那」


 ペンダントのようなものを出した旦那の顔は清々しいまでの笑顔だ。こんな時の旦那はこの後の展開を見通す力で完全に読み切っている時のもので…………俺が絶対旦那好みの悪感情とお金を出してくれると確信しているときのものだ。


「うむ、これはいつものようにポンコツ店主が仕入れた品なのだが、使い方によっては使えなくもない優れものでな。『────』という効果の商品でお値段なんとたったの80万エリス」

「はいはい俺の全財産全財産」


 ゆんゆんのプレゼント買うために貯めた金だが…………まぁ、いいか。考えてみりゃ俺はジハードをプレゼントしてる時点で一生分のプレゼントをゆんゆんにやってるような気もするし。


「つーか、旦那。そのペンダント。使い方によってはってのは多分相手にペンダントを付けて使うって事なんだろうけどよ…………その場合は同じ魔法が込められたスクロールでいいよな?」


 あの魔法のスクロールは確か40万か50万エリス。高いっちゃ高いが効果を考えれば一つか二つくらいは持ってても損ではない。……ま、ゆんゆんと一緒なら全然いらないスクロールだが。


「うむ。ゆえにこの商品を作った者は間違いなく頭がおかしい。そんなものを喜んで仕入れるポンコツ店主は狂っているとしか思えぬ」


 と言ってもそんな頭がおかしくて狂った商品が今の俺にとっては切り札というか……目的を達成するのに最適だから世の中どうなるか分からない。


「ま、死んで目的が達せられないってのも締まらねえしな。買うぜ、旦那」

「まいどあり。……あのぼっち娘のことは我輩に任せるがいい。汝は汝のやるべき事をなせ」


 最後にもう一度だけ泣き続けるゆんゆんの姿を目に焼き付け。ペンダントを受け取った俺はジハードと共に落とし前をつけさせに向かった。











「よぉ、セレナの姉ちゃん。相変わらず冒険者侍らせて楽しそうだな」


 もういい時間だってのに一体全体何をしていたのか。この街では高レベルの冒険者達に自分を護らせながら歩く目当ての女を見つけて、俺はそう声をかける。……あの冒険者たちの中に俺もいたかと思うと死にたくなるな。


「あら? ダストさんではないですか。先程の仮面の方とのお話は終わったんですか?」


 一瞬ビクリと震えてから。声をかけたのが俺と気づいたセレナは安堵の息を吐いてそう聞いてくる。……俺以外の何かを警戒してんのか? こんな時間に出歩いていることも含め何かあるのかもしれない。


「おうよ。おかげさまで頭もスッキリしたからよ。…………ちょっと話をしようぜ?」

「………………ええ、分かりました」


 俺の様子に気づくものがあったんだろう。一瞬苦々しい顔をしたセレナは、けれどその顔をすぐに偽って話に応じる姿勢を見せる。


「ただ、ダストさん。お話をするのは構いませんが、横で唸ってるドラゴンは下げてもらえないでしょうか。怖くてゆっくり話もできません」

「はっ……そんなこと微塵も思ってねぇくせに、性悪ダークプリーストが」


 護衛の冒険者に囲まれ、いざとなったらそいつらをけしかければ最低でも逃げることくらいは出来ると思ってんだろう。


「ダークプリースト? ダストさん、一体全体何の話を……。(ちっ、なんで傀儡が解けてんだ? バニルの野郎がバラしたとしても、完全に解けるはずないんだが……)」

「お察しの通り全部バニルの旦那に聞いたから隠さなくていいぞ。……で、回りの冒険者にそのまま聞かせてもいいんだったら話を続けるが」

「…………少しだけこの方と二人で話したいので下がっててもらえますか? (……『傀儡』が解けた理由もはっきりしねえし、念には念を入れとくか。バニルに話を聞いてるならあたしをいきなり殺したりはしないだろうしな)」


 クソアマの指示を受けて話が聞こえなくなるくらいには下がる冒険者達。大人しく言うことを聞くその姿はまるで人形かゾンビのようだ。相当『傀儡』が進んでいるんだろう。


「それで、ダストさんお話というのは何でしょうか? お金を恵んで欲しいというのであればお金を上げますよ。(……持ち金いまねぇけど)」

「一応言っとくが俺に傀儡かけようと思っても無駄だぞ。てめぇにはでっけぇ貸しがあるからよ。……あと、そのいい子ちゃんの演技もムカつくだけだからさっさとやめてくれればいいんだがな」


 ボソボソと小さな声で喋っているのが素なんだろう。素がそれだと分かってみるといい子ちゃんしてる演技は本当に気に食わない。


「そうですか。では、あなたをムカつかせたいので話し方はこのままで。……バニルの野郎にはどうにかして邪魔させない契約させないとめんどくせぇな」


 このクソアマ本当いい性格してんな。こんなにムカつくやつはアルダープの野郎以来だ。


「それで、一体全体チンピラクズさんは一体何のようなんですか? ゴミのくせに正義感振りかざしてやってきたんですか? 今はカズマ様の嫌がらせで忙しいから…………お前みたいな雑魚の相手する暇ねぇんだよ」


 最後に殺気を込めてセレナは俺を睨みつけてくる。


「まぁそう言うなよ。取引をしようって来たんだからよ。俺の忠告を聞いてくれればお前の正体はバラさないでおいてやる」

「取引? 何故あなたみたいな雑魚と取引をしないといけないんですか? ……駆け出しの街でいきがってるだけのチンピラなんて指先ひとつで殺せるんですが」


 その言葉に多分嘘はない。ドラゴンナイトであるラインならともかく、ただの戦士であるダストは『デス』で死ぬ。セレナは今の俺くらい本当に指先一つで殺せる。


「殺したきゃ殺せばいいぞ。ただ、その場合はお前も一緒に死ぬことになるだろうが」

「はったりだけは得意みたいだな。なに? あんたもあたしと一緒で復讐と傀儡の神の信徒だっての?」


 そんなはずはないと笑い飛ばすセレナ。俺もそんな邪教に入る気はサラサラない。


「別に。俺が死んだらこの魔道具が発動するってだけの話だよ。自分を殺した相手を転移させるこの魔道具がな」


 本当何を考えてこの魔道具の製作者は作ったんだろうか。発動が自分の死を前提にするとか誰が使うというのか。魔物にでも無理やりつけて殺せばテレポートの代わりとして使えないこともないが、その場合は旦那にも言った通りテレポートが込められたスクロールでも使えばいい。

 全魔力と生命力を消費して相手を飛ばすから、確かに普通のテレポートやスクロールのテレポートよりも転移させる力が強いのは確かだが……。


「…………その頭の悪い商品はウィズが仕入れやがったな。転移ってどこに転移だよ?」

「マグマ溢れる活火山の火口の真上らしいぞ」

「……いいでしょう、それで忠告とは何ですか?」


 苦々しい顔を隠そうともせずセレナ。


「簡単だよ。俺のパーティーメンバーに手を出すな。リーン、テイラー、キース、ゆんゆん……こいつらに手を出さなければ他の冒険者達には黙っておいてやる」


 それを約束するのなら俺はこの性悪ダークプリーストをどうこうするつもりはない。文句だけははっきり言わせてもらうつもりだが、それだけだ。


 この女と決着を着けるのはがやるだろうしがやるべきだ。


「ちっ……あの紅魔族のアークウィザードは近々傀儡にしようって、いろいろ準備してたのによ…………まぁ、いいです。その取引受けましょう。……感謝してくださいね?」

「しねぇよ。言っただろ。てめぇにはでっけぇ貸しがあるって。一生かかってもてめぇみたいなクソアマには返しきれない貸しがよ」

「あなたみたいな金もないただのチンピラに借りを作った覚えはないんですが」


 本当に何を言っているのか分からない様子でセレナはそう言う。


「ま、お前みたいなクソアマには分かんねぇだろうな……」


 あの国の貴族やアルダープみたいな奴らには想像もつかないんだろう。

 俺だってクズでチンピラだが、それでも恩義は忘れないし仲間は大切にする。

 どんなに腐ってもそれだけは変わらない。

 それが変わっちまったら俺は大嫌いな奴らと一緒になるから。

 きっとリーンにだって見捨てられちまうだろうから。







──ゆんゆん視点──



「何を泣いているのだ友達を寝取られた娘よ」

「ぐすっ…………その呼び方で私が泣いてる理由全部説明されてませんかね」


 服のまだ比較的濡れてない所を探して涙を拭う。いつもと同じ胡散臭さ全開で来てくれた友達に情けない涙は見せたくなかった。


「…………バニルさんは正気なんですよね?」

「我輩を誰だと思っているのだ。地獄の公爵を務める大悪魔、バニルである。たとえ相手が創造神であろうが我輩の正気を奪うことはかなわぬ」

「バニルさんって最初からある意味正気じゃないですもんね」


 人をおちょくることにかけては右に出るものがアクアさんしかいない大悪魔だ。こういう時の安心感は凄い。


「失礼なことを言っているのに全く悪いと思ってない毒舌娘よ。汝の思っている通り我輩クラスの存在ともなれば状態異常に対する耐性は鉄壁クラスだ。いわゆる魔王軍幹部クラス以上に状態異常は効かないと思っていい。……汝がもし魔王討伐へと向かうのなら覚えておくと良いだろう」

「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」


 魔王討伐なんて勇者じゃあるまいし考えたこともないけど。…………そうなれたらいいなぁとか憧れたことはあるんだけどね。憧れはあくまで憧れだ。


「それでバニルさん。私に何か用ですか? その……ダストさんから何か言伝を貰ったとか……?」

「残念ながら、あのチンピラ冒険者から汝への言伝など貰ってなどおらぬ」

「そう……ですか。まぁ、そうですよね」


 いい加減認めないと。ダストさんはもう友達じゃないって。いつまでも引きずって暗くしてたら今いる友達まで失くしかねないんだから。


「出来ぬことを延々と自分に言い聞かせて自らを騙そうとする娘よ。汝に面白いものを見せてやろうと思うのだが、どうだ? 見に行かぬか?」

「面白いもの…………ですか? バニルさんが面白いと思うものってたいていろくでもないものな気がするんですが…………」


 人の悪感情を美味しくいただくのが趣味のバニルさんにとって面白いものは、たいてい人間側にしてみれば残念なことが多い。


「心配せずとも今回は汝にとっても面白いものである……いや、汝にとっては嬉しいものかもしれぬな」

「私が嬉しい……? バニルさんがどうしてそんなものを私に……」


 バニルさんとは友達だけど、それは悪魔との付き合いらしいものだ。つまりは対価をバニルさんは求める。近所で評判が良いらしいけど、それらも全てバニルさんにとって益があるからやっていることだと私は知ってる。だからこそこの胡散臭い仮面の悪魔さんを信用できるんだけど。


「なに、遠い将来我輩の夢を叶えるための布石ゆえ汝が気にすることではない。……では行こうか」


 そう言って歩き出す大きな背中を私は疑問符を浮かべながら追いかける。




 その先で私が見たもの。





「俺の寂しがりやな親友を一人にさせてんじゃねぇよ!」


 それは今日──正確には昨日──、私が待ち続けた人が怒っている姿。私と喧嘩してる時とは比べ物にならない真剣な表情で例のプリーストのお姉さんに怒りをぶつけている。

 その怒りの理由はきっと考えるまでもない。


「どうだ、寂しがり屋な娘よ。…………面白い光景ではないか?」

「そうですね…………これは確かに面白くて…………すごく嬉しい光景です」



 だって、あのダストさんが私のために怒っている。

 こんなの笑うしかない。




「俺の親友を泣かせてんじゃねぇ!」



 …………こんなの泣くに決まってる。







「さっきぶりであるな、アクセル随一のチンピラ冒険者よ」


 セレナさんとの話を終えてこっちに向かってくるダストさんにバニルさんはそう声をかける。


「バニルの旦那……って、ゆんゆんも一緒かよ!?……もしかして、さっきのやり取り見てたとか言わねぇよな?」


 私の泣いてる姿に気づいたのか、ダストさんのそばにいたハーちゃんは飛んできて、私の涙をまた拭ってくれる。

 ありがとね、ハーちゃん。私のためにダストさんと一緒に怒ってくれたんだよね。


「我輩は近所で評判のいい紳士であるため、たとえ真実がどうであろうとも黙っておいてやろう。…………そこの寂しがり屋なチンピラの親友も黙っているであろう?」

「それ完全に聞いてるって言ってるようなもんだよなぁ!? ていうか一番聞かれたくない奴に聞かれてたら黙ってられても意味ねぇよ!」

「ほぉ……これは良いことを聞いた。では野菜好きのまな板魔法使いにこのことを面白おかしく――」

「――なんでもしますから黙っててください!」


 2人のいつもと変わらないやり取りに私は涙を流しながらもくすくすと笑ってしまう。


「なーにを笑ってやがんだよ親友。こっちはわりと命がけだったってのに」

「だって、2人があんまりにもいつもどおり過ぎて……くすくす……」

「……ま、いいけどよ」


 仕方ないなとばかりに大きな溜息をつくダストさん。


「あ、でもダストさん。これだけは訂正させてくださいね」

「あん? 何をだよ」

「ダストさんは私の親友なんかじゃないですよ」


 だってそうだろう。私の今感じてる気持ちは親友に対するものとは全然違う。


「……そうかよ」

「はい。ダストさんは私の大切な悪友ですから」


 でも、親友に対するものと同じくらい大切な気持を表したくて、私はそう表現する。

 それが、この気持を表すのに正しいかは分からないけれど。それでも『悪友』という言葉はなんだかしっくりする気がした。


「ま、確かに親友ってよりかはそっちの方が俺ららしいか。……じゃ、改めて。さっきのことはリーンには黙っててくれよ悪友」

「それとこれとは話が別ですよダストさん。……こんな面白い話を親友に黙っていられるはずないじゃないですか」

「お前本当いい性格になりやがったな!」




 私は願う。




「あ、そうだダストさん。今日が何の日かもちろん覚えてますよね?…………今なら一番乗りですよ?」

「ああ? 一番乗りってなんの話……って、ああそういう意味か」




 この騒がしくて楽しい日々がいつまでも続くことを。




「なに? お前俺に最初に言ってもらいたいのか? デレ期ってやつか」

「バニルさん、ダストさんがまた頭おかしいこと言ってるんですけど大丈夫でしょうか?」

「おそらく『傀儡』の影響がまだ残っているのであろう。生温かい目で見てやると良い」

「ダストさん可哀想…………」

「俺別に変なこと言ってねぇよなぁ!? ってか、その目は地味に痛いからやめろ!」




 本当に。本当に。




「それで、ダストさん。…………言ってくれないんですか?」

「ちっ……なんだよ本当に。お前がそんなに素直だと調子狂うだろうが」

「別にいいじゃないですか今日くらい。一年に一度の日なんですし」

「ま、それもそうか。……ゆんゆん──」

「──ぼっち娘よ誕生日おめでとう。……おっと、これはどうしたことか。誕生を一番乗りで祝ってやったと言うのに我輩好みの悪感情が2人からするのだが」

「…………ま、そんなオチだろうと思ったよ。ゆんゆん、誕生日おめでとさん」

「えと…………はい。なんか納得行かないオチですけどありがとうございます」





 願い続ける。

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