第34話 勝手に忍び込むのはやめましょう

『ゆんゆん、誕生日おめでとー!』


 ウィズ魔道具店。セレなんとかさんとのやり取りを終えた後、バニルの旦那に連れてこられたその場所で。

 パン、パンという祝砲とともに祝福の声があがる。


「え? え?」


 扉を開けてすぐの声に、祝福された本人は何が起こったのか……何が起きているのか分からないという顔をしていて、


「ほらほら、ゆんゆん。こっちこっち」


 そんなゆんゆんの背中を最近姿を見なかったリーンが押して行く。

 ゆんゆんが連れて行かれた席には同じく姿を見なかったテイラーとキースの姿もあって……俺が守ろうと思った奴ら全員が揃っていた。


「……そっか。旦那、くれたのか。…………ありがとな、旦那」


 その光景に安堵しながら、俺は隣に佇む仮面の悪魔に感謝の言葉を伝える。


「別に今回のことで礼はいらぬ。悪魔として当然のことをしたまでだ」

「でも、ではあるんだよな?」

「うむ、これは汝へのである」


 分かってた事だが、でっけえ借りだよなぁ。何をして返すことになるんだか。


「お疲れ様でした、バニルさん、ダストさん。準備は出来てますから二人も座ってくださいね」


 パタパタとエプロン姿でやって来てそう言うのはウィズさん。


「準備って……あの料理全部ウィズさんが作ったのか?」


 ゆんゆんの誕生日を祝うためだろう。ウィズ魔道具店はいつもと様相を変えてテーブルが並べられている。そのテーブルの上に載っているのはギルドのパーティーコースに負けないような美味しそうな料理の数々。これを一人で作るとなると相当手間だと思うんだが。


「リーンさんにも手伝ってもらいましたよ。凄く調理が上手くて助かっちゃいました」

「…………え? あいつって料理できたのか?」

「はい、手際良かったですよ」

「意外だ……」


 リーンが料理してるとこなんて見た覚えがない。俺と一緒で宿屋暮らしだし作る機会がないってのもあるんだろうが。


(……いや、一度だけあいつが料理したもの食った覚えがあるか)


 まだ俺がラインだった頃。怪我が治って森に隠れて住んでいた時に。確かあの時の料理は──


「──何をしてんのよ、ダスト! あんたもさっさと座りなさいよ」

「ああ、うるせえな! 人が考え事してる時くらい静かにしろよ!」


 リーンの声に考えを中断されて。俺は文句を言いながらも旦那の隣に座る。

 ……いつの間にか旦那もウィズさんも俺を置いてってるし。


「静かにしろって、ダストにだけは言われたくないんだけど。あんたほど無意味にうるさいのってそうそういないでしょ?」

「そうでもないぞ。お前の隣にも座ってる」


 おう、そこでニヤニヤしてるお前だからなキース。


「つーか、なんだよ、キース。ニヤニヤしやがって」

「いやぁ……久しぶりにダストとリーンのやり取り見たなって」

「だからなんだよ?」


 久しぶりだろうがなんだろうがどこにニヤニヤする要素があるってんだ。


「だってよ、この一週間リーンの寂しそうな姿と言ったらなかったからな。なぁ、テイラー」

「…………いや、別にそこまで寂しそうでもなかっただろう」

「はぁ? お前もリーンが寂しそうって言ってた──」

「──キース? これ以上余計なこと喋ったら──」

「──はい、すんませんした。だからリーン、その杖はしまえ。詠唱しようとすんな!」


 あー、こいつらの馬鹿なやり取り見んのも久しぶりだなぁ。なるほど、ニヤニヤする気持ちも分からないでもねえな。


「本当に…………。ダスト、勘違いしないでよね? あたしが寂しそうにしてたのはゆんゆんに会えなかったからなんだから」

「だろうな。別に勘違いなんかしねえよ」


 リーンが俺のことなんとも思ってねえのは思い知らされてるし。リーンが好きなのはあくまで過去の俺であって今の俺じゃない。


「…………なら、いいけど」

「なんだよ、その不満そうな顔は。本当に勘違いなんてしてねえから、機嫌治せっての」


 リーンが怒ったりしてるとこっちが落ち着かねえんだからよ。




「バニルさんバニルさん。これが甘酸っぱい青春ってものなんでしょうか?」

「うむ、行き遅れ店主をやっている汝には一生縁がないものだな」

「バニルさん、ちょっと表に出ましょうか。久しぶりに本気で殺り合いましょう」

「フハハハ! 魔法使いの汝ならともかく腑抜け店主の汝が我輩と勝負になるとでも……、おい、ポンコツ店主よ、我輩から魔力を奪うでない。その調子で吸われたら身体を維持できなくなるではないか」

「それが目的ですから」

「よし、分かった今回は我輩が謝ろう。出会いがなさすぎる上に、たまにある出会いは大体ろくでもないオチになる汝をそのことでからかうのは我輩も大人気なさ過ぎた」

「それ本当に謝ってますか!? というより、ろくでもないオチになるのは大体バニルさんのせいじゃないですか!」


 旦那ー? 人が機嫌取ってるのをネタにして人をからかうのはやめてくんねーかな。


「つーか、これゆんゆんの誕生日を祝うためのパーティーなんだよな?」


 全然そんな雰囲気ないんだが。


「いいですよ、ダストさん。私、みなさんが話しているの見るの好きですから」

「いや、だからっつってな……主賓はお前だろうが」


 確かに今のゆんゆんは楽しそうにしてるし嘘はないんだろうが…………。


「……ねぇ、テイラー。ダストってもしかしてまだおかしいままなんじゃない? ダストがまともなこと言ってるんだけど」

「ありえるな。……まぁ、おかしくなったダストの発言は確かにもっともだ。先にパーティーを始めたらどうだ?」


 人がまともなこと言ってたらおかしくなってるってのはどういうことだよ……。


「それもそだね。ダストは後でアクアさんに診てもらおうか。……でも、パーティー始めるにしてもケーキがまだ来てないんだよね」

「あん? ここまで料理準備してんのにケーキは用意してないのかよ? 来るってどっかからか持って来るのか?」


 真夜中のこんな時間に仕事してるやつなんていないだろうに。


「うん、よく分かんないけど仮面の人が用意するって言ってたから」

「旦那?」


 旦那は別に何か持ってきてる様子はなかったし、今もウィズさんからかって遊んでるんだが……。


「すみません、少し遅れました。もう始めていますか?」

「ん? ルナじゃねぇか。こんな時間に何しに……」


 カランカランと音を鳴らして店に入ってきたのはギルドの看板受付嬢。ウィズさんと並んで美人なのに行き遅れていると評判のルナだ。


「……って、それ、もしかしてケーキか?」

「はい、バニルさんに頼まれまして。……流石に向こうの料理を持ってくるのは無理ですが、このケーキくらいは食べてもらいたいはずだって」


 …………別に俺はそんなこと気にしないんだがな。


「ダストさん、どうせバニルさんのことです。ゆんゆんさんがロウソクの火を吹き消すのを横取りして悪感情を美味しく頂くつもりですよ。そのためには少しでも思い入れのあるケーキの方がいいと判断したんじゃないですか?」

「ネタバレ店主よ。我輩の今日一番の楽しみを奪うとは我輩に何の恨みがあるというのだ」

「いえ……あの…………それ、本気で言ってますか? あ、本気で言ってますね」


 旦那は平常運転みたいですね。…………今日は疲れてるし旦那の相手はウィズさんに任せるか。


「ま、何はともあれありがとよ、ルナ。どうだ? お前も一緒にゆんゆん祝ってかねえか?」

「そうしたいんですが、明日も仕事ですので…………」


 受付嬢が眠そうにしてるわけにもいかないか。


「そう言うな、世界でも有数の我輩好みの悪感情を燻らせている受付嬢よ。明日……というか今日の仕事であれば我輩がまた代わろう。どこぞの空気の読めない店主のせいで悪感情を食い損ねたのだ。代わりに汝の良質な悪感情を存分に味あわせてもらいたいのだが」

「ようするにバニルさんに私の愚痴をこぼせって、そういう話ですか? ……まぁ、バニルさんが代わりに仕事をしてくれるんだったらいいですね。私もゆんゆんさんを祝わせてもらいます」


 そう言ってルナは俺と旦那の間に座る。


「うし、じゃあケーキも来たことだし始めるとするか」



 そうして始まるゆんゆんの誕生日会はつつがなく進んでいく。

 ……途中ロウソクの火をバニルの旦那が吹き消そうとしたりしたが、そのあたりは予定通りウィズさんとルナが止めたから問題なかったということにしておこう。

 酒が全員に入ってるからか、真夜中なのに近所迷惑じゃないかと言うくらい盛り上がり、ゆんゆんを祝ったり、各々楽しんでたりしている。



「なんで私のところにばかり厄介な問題が来るんですか。受付をしてるのは私だけじゃないのに。おかげで他の人は帰れるのに私だけ毎日毎日日付が変わる時間まで仕事ですよ」

「うむうむ。それだけ汝があれくれな冒険者たちの信頼を得ているということだろう。愚痴であれば我輩がいくらでも聞くゆえ、これからも頑張るがよい」

「………………ところでバニルさん。バニルさんに愚痴を聞いてもらうようになってから私に難題が来ることが増えたんですよね」

「ほぅ、それは不思議な事もあるものだな」

「どこかの金髪のチンピラさんに相談したら、『旦那なら見通す力使ってルナに難題行くように調整しそうだよな』とか言ってたんですが…………心当たりありません?」

「ふむ、もしや汝は我輩を疑っておるのか? こうして汝の愚痴を聞く汝にとって一番の理解者と、アクセル随一のチンピラ冒険者。どちらを信用するかなど考えるまでもあるまい」

「ええ、こういう場面で嘘をつかず論点を変えて誤魔化そうとするバニルさんのことは凄く信頼していますよ」



「テイラーさん、どうでしょう? この商品、お買い得だと思いませんか?」

「思わないです。…………いえ、確かにウィズさんほどの魔法使いがオススメするのであれば、品質に間違いはないのでしょうが……」

「そうです、品質は最高品質なんです。だからこの『どんなに重たい防具でも軽々装備できるアクセサリー』を買いませんか?」

「いえ……だからいらないです。確かに使いようによっては悪くないでしょうが、副作用で『その場から一歩も動けなくなる』のはちょっと……。けどリーンとかの魔法職であれば使いみちがありそうですね。場合によっては買っても──」

「それは難しいですね。このアクセサリーはクルセイダー専用装備なので」

「──やっぱりいらないです」



「なぁ、ゆんゆんって本当に恋人いないのか?」

「いませんけど…………えっと、やっぱりこの歳でいないっておかしいですか?」

「いや、別に歳は関係ないけどよ、ゆんゆんみたいで可愛くて性格もいい子が恋人いないのは不思議ではある」

「か、可愛いって…………別に私なんて普通……うん。普通ですよ」

「そんなことないって。だからさ、今度一緒に──」

「──はいはい。キース、あんたゆんゆん口説くのは勝手だけどさ、それにしても時と場合考えなさいよ」

「なんだよ、リーン。お前はダストの相手でもしててくれよ」

「それ無理。あのドラゴンバカはいつもの発作みたいだし。……とにかく、キース。今日はゆんゆんの誕生日会なんだから下心はほどほどにしときなさいよ」

「そんなこと言ってもよー。こういう機会でもないと俺がゆんゆんと仲を深める機会ないじゃねーか。いつもはリーンかダストが間に入るし。こういう場所で二人きりで出かける約束したいんだよ」

「ダスト2号のあんたをゆんゆんと二人きりなんて許せるわけ無いでしょ? ゆんゆんと出かけたいならあたしかダストも一緒ね」

「1号は普通にゆんゆんと2人でクエスト行ったりしてるじゃねーか。なんで俺はダメなんだよ」

「そりゃ、ダストはあんたと違ってゆんゆんに本気で手を出す気はないし。それにダスト相手ならゆんゆんも嫌なことは嫌ってはっきり言えるからね」

「リーンさん、守ってもらえるのは嬉しいですけど、キースさんと2人でクエスト行くくらいなら大丈夫ですよ」

「……そう? キースってダストと違って女の扱いも知ってるから、ゆんゆんが騙されないか心配なんだけど」

「リーンの人聞きの悪い言い方はスルーするとして……ゆんゆん、本当に俺と一緒にクエスト行ってくれるのか?」

「はい。そうですね、グリフォン討伐クエストなんかどうでしょうか? 私が詠唱してる間、グリフォンを引きつけてもらえれば凄く助かるんですが……」

「あ、やっぱり俺にゆんゆんと一緒にクエストは無理だわ」

「テイラーと一緒ならちょうどいいんじゃない? それならあたしも止めないけど」

「……その流れは結局リーンもダストもついてくる流れだろ。いつもと一緒じゃねえか」



 まぁ、そんな感じでそれぞれパーティーを楽しんでいる。


 そんな中で俺が何をしてるかと言ったら……


「あー……やっぱジハードは可愛いなぁ……。もう一緒に寝泊まりしてる仲なんだし、俺のとこの子にならねえかなぁ……流石に無理か」


 ジハードにご飯を食べさせたり、頭を撫でてやったり。とにかくジハードを可愛がっていた。

 美味しそうにご飯を食べる様子や、頭を撫でられて気持ちよさそうにしてたり、本当ジハードは可愛い。こんなに可愛いドラゴンとこれから毎日一緒に寝れるとか俺は幸せ者だろう。



「あれ? ジハードもしかして眠いのか? 確かにもうこんな時間だもんな」


 頭を撫でられ気持ちよさそうにしているジハードの目蓋が今にも閉じそうになっている。ジハードが眠そうにしている時の兆候だ。


 ジハードはその稀有すぎる固有能力の影響か、普通のドラゴンよりもよく眠る傾向がある。回復魔法は別に問題ないんだろうが、ドレイン能力はドラゴンにとって負担が大きいらしい。その負担の反動が長い睡眠という形で出てるのではないかというのが俺と旦那の見立だった。


 そんなジハードがこんな真夜中に眠そうにしているのは当然と言えば当然だろう。むしろ、よくここまで起きていたと言うべきか。


「ってわけで、ウィズさん。ちょっと奥の部屋貸してもらえねえかな? ジハードと一緒に寝かせてもらえるとありがたいんだが」


 かくいう俺も眠気が限界に近い。リーンやテイラー達はこのパーティーに向けて仮眠してたんだろうが、俺は状態はともかく普通に生活してたわけだし、精神的にも結構疲れてる。美味しい料理を適度に食べて満腹になってるしジハードと一緒にぐっすり眠りたい所だ。


「いいですよ。……と、言いたいところなんですが、貸せそうな部屋が私の部屋しかないんですが、いいですか?」

「そりゃ、ウィズさんが問題ないなら俺は問題ないけど…………旦那の部屋とかないのか?」


 本人が問題ないなら喜んで借りるところではあるが、普通男に自分の部屋を貸すだろうか?


「バニルさんの部屋は魔道具の倉庫と一緒になっていまして…………慣れない人が入ったら爆発する可能性があるのでちょっと……」


 なにそれ怖い。


「ま、ベッドを借りるわけでもないしウィズさんの部屋でいいか。ありがたく使わせてもらいます」


 借りてる馬小屋に帰るって手もないわけじゃないが、パーティーが終わる前に帰るのも少しだけ気が引ける。仮眠してくるってだけでもリーンに文句言われそうなのに、ガチで帰るってなると小言言われそうだしな。


「? ベッドを借りないって……もしかして床を使うんですか? 私は別に気にしないんでベッドを使ってもらっていいですよ」


 嫌じゃないじゃなくて気にしないってあたりにウィズさんの俺への好感度が透けて見えるな。


「だって、ベッドを使ったらジハードと添い寝が出来ないじゃないすか。考えるまでもないっつーか……」


 ふかふかベッドとジハードとの添い寝なら絶対に後者に決まってる。


「……バニルさんから聞いてはいましたが、ダストさんって筋金入りのドラゴンバカですね」

「そんなに褒めないでくれよ、ウィズさん。俺のドラゴンバカっぷりなんて大したことないからよ」

「いえいえ、そこまで一つのことに熱を上げられるのは素直に凄いと思いますよ。……ゆっくりジハードちゃんと仮眠して来て下さい」


 そうしてウィズさんの許可を得て、俺はジハードと仮眠を取りに行く。


「……バニルさん、『ドラゴンバカ』って褒め言葉なんですか?」

「言葉の意味など場所と時代によっていくらでも変わるゆえ、はっきりとしたことは言えぬ。だが少なくともあの天然店主と底抜けのドラゴンバカにとっては褒め言葉らしいな」

「そういうものですか……。というか、ダストさんってドラゴンが絡んでいると割りと無害なんですよね。できればドラゴンハーフ、難しければクォーターの人に心当たりありませんか? ダストさん対策で受付に雇いたいんですが」

「心当たりはないが、見通す力で探すのは構わぬぞ。無論占う代金は払ってもらうがな」


 ……なんか後ろで凄い気になる話をルナと旦那がしてる気がするが、今はジハードが優先だ。

 後ろ髪を引かれながらも俺はウィズさんの部屋にお邪魔し、ジハードと共に眠りについた。








「ライン兄、美味しい?」


 小さなリーンが、サンドイッチを食べる俺を期待を込めた瞳で見ている。


「普通」

「普通!?」


 そんなキラキラした瞳に応える事もなく、俺は素直すぎる答えを返した。


「うぅ……頑張って作ったのに『普通』って……」

「でも、初めて作ったんだろ? 上出来じゃないのか?」


 卵の殻が少し混じっててたまにジャリって音がするけど、リーンが作ったサンドイッチは食べられないような味じゃない。


「上出来じゃダメだもん。『美味しい』って言ってもらいたいもん」

「そうか、ならもっと練習しないとダメだな。言っちゃ何だが、一応俺も元貴族で美味しいもんは食べ慣れてるからよ」


 同時に極悪な環境での生活も経験してるから、不味いもんも食べ慣れてるが。


「分かった。絶対上手くなってライン兄に美味しいって言ってもらうもん」

「おう、頑張れ。楽しみにしてるからよ」



 それから、リーンが俺に自分の手料理を持ってくることは一度もなかった。俺はあの日のことなんてリーンは忘れてるんだろうと思ってたが、今日の料理は──




「あ、ダスト。起きた?」

「ん……リーン? どうした? ゆんゆんをちゃんと祝えって小言言いに来たのか?」


 夢から覚めて。目を開いてみれば隣りには夢で見た少女の成長した姿があった。

 ……こうしてみるとリーンも出会った頃とすれば大きくなったよなぁ。胸はあの頃から殆ど変わってないけど。


「別にそんなこと言わないわよ。ゆんゆんが寂しそうにしてたら話は別だけど」


 ま、俺もあいつが寂しそうにするんだったら起きてただろうしな。


「じゃ、何しに来たんだ?」


 他に俺なんかやらかしてたっけか。最近は無銭飲食もしてないし割りと大人しくしてるつもりなんだが。

 いい加減金返せという話だったら土下座しよう。


「…………ありがとね、ダスト」

「……は? ありがとうって……別に俺お前に感謝されるようなことした覚えねえぞ?」


 文句が来るのを身構えていたのに。リーンの口から出たのは感謝の言葉。

 ゆんゆんにならまだ感謝されるのも分からないでもないが、今回俺がリーンに何かしたわけじゃねえのに。


「仮面の人に聞いたよ。あんた、自分があたし達を守れない状況になったら、代わりに仮面の人にあたし達を守ってくれるように契約してたって」


 契約の内容を他人に話すってありかよ旦那。いや、別に黙ってると確認したわけじゃないし文句言える立場じゃねえけどさ。

 ……ゆんゆんに化けてセクハラ作戦に目が眩んで確認を怠った俺が悪いか。


「……別に、頼んだだけだ。大したことじゃねえよ」

「嘘つき。よく分かんないけどあの仮面の人って凄い悪魔なんでしょ? 契約してってなると凄い代償取られるはずだよ」

「かもな」


 今はまだ『借り』という形だが、いつかそれを『代償』として払わないといけない時が来るだろう。


「分かってるなら、なんでそんな契約したの?」

「んなもん、言うまでもないだろう」


 契約したのがバレた時点で言ってるようなものだ。


「それを、言って欲s…………ううん、やっぱりなんでもない」

「なんだよ、途中で言うのやめやがって。変なやつだな」

「うっさいばーか。あんたにだけは変なやつとか言われたくないし」

「はいはい。……本当、可愛げのないやつだぜ」


 リーンが言おうとした言葉。それはきっとラインには言えてダストには言えないものなんだろう。


 だから、俺はそれを口にすることはない。

 だから、俺はそれを心のなかで呟く。



 俺は、お前らを何があっても守ってやりたかっただけだ。



「ん……もう夜が明けるね。そろそろパーティーもお開きかな?」

「だな。俺もそろそろ起きるか」


 それを口にすることは出来ない。けど──


「……そういや、リーン。お前も料理作ったんだってな」

「え、あ、うん。そう……だけど? もしかして何か問題あった?」


「いや……美味しかった。そう言いたかっただけだ」


 ──これくらいは、俺が言っても許されるよな。


「…………ばーか、あんたに美味しいって言われても全然嬉しくないし、わざわざ言わなくてもいいのに」

「そうかよ」


 褒めてやったってのにリーンの台詞は相変わらずそっけない。


「でも…………ありがと」


 だけど、今はそれでいいのかもしれない。少なくとも今、こいつは笑顔でいられているんだから。






「なあ、ゆんゆん。今日は予定あるのか? ないんだったら一緒に遊ばないか? 友達としてゆんゆんをもっと祝ってやりたいんだ」

「キースの下心丸出しの誘いはともかく、確かに俺もゆんゆんをもう少し祝いたいな。この一週間辛い時間を過ごさせてしまったようだし、友達としてもう少し埋め合わせをしたい」

「う、うーん……キースさんの誘いだけだったらなんか怖いんで断るんですが、テイラーさんにもそう言われたら……」


 リーンとジハードを連れて。ウィズさんの部屋を出てみれば、地味に玉砕されてるキースと純粋に友達として遊びに誘ってるテイラーの姿。

 誘われている本人はと言えば友達2人からの誘いに迷っている様子。

 ……ったく、あいつは本当しょうがねえな。


「あ、リーンさん、ダストさん。起きてきたんですね。……そうだ、リーンさんもダストさんも一緒に遊んでもらえますか? それなら、迷わないで済むんですが」

「もちろんあたしは問題ないけど。ダストは?」

「問題ないわけねえだろ。おい、ゆんゆん、お前今日は里に帰るって話だったろ」


 だからこそ、俺が計画した誕生日パーティーは昨日だったわけで。


「はい、その予定だったんですが、別に帰ると連絡してるわけでもないので。明日でもいいかなあと」

「ダメだ。少なくとも今日中に一回は帰れ。それから戻ってきた後なら一緒に遊んでやってもいい」


 里帰りを延期しようとするゆんゆんを俺はそう言ってやめさせようとする。


「ダストさんがそう言うなら、そうしますけど…………どうしてダストさんは私にそこまで里帰りして欲しいんですか?」

「そんなことも分かんねえからお前はいつまで経ってもクソガキ言われんだよ」

「えぇ……なんで私ちょっと聞いただけでクソガキ言われないといけないんですか? リーンさんは理由わかります?」

「あー……まぁ、なんとなくは」


 親ってのは子供の成長を1番楽しみにしてるもんだ。誕生日という節目の日。その日に自分が成長した姿を親に見せてやるのは子供の義務ってものだろう。


「──という事をそこのチンピラは考えているようだな」

「なるほど……ようは親孝行してこいってことですか」

「旦那ー? 人の考えてること勝手にバラすのやめてもらえねえかな?」


 契約をバラしたことといい、俺のプライバシーは旦那の中でどうなってんだ。


「美味しい餌の元であるが、何か問題があるのか?」

「問題ありまくりだし、わざわざ心のなかで思ったことに答えなくてもいいから……」


 旦那はやっぱり平常運転らしい。



「ま、とにかく分かったんだろ? さっさとロリっ子の所行ってから親孝行してこい」


 いつまでも親がいるなんてことはねえんだ。出来る時にしとかねえと後悔すんのは自分だからな。


「はい。めぐみんにあってからちゃんと親孝行してきます。それで、その……その後は……」

「わーってるよ。そうだな……朝はやることあるから無理だが、昼以降なら一緒に遊んでやるよ」


 言いにくそうにしてるゆんゆんの言葉を先取りして。俺はさっさと行けとばかりに手を振る。


「はい! それじゃ、ハーちゃんいこ? みなさんもまた後で!」


 そう言ってジハードを連れて元気いっぱいに店を出て行くゆんゆん。


「いってらっしゃーい。……で、ダスト。あんた朝に用事って何かあんの?」

「用事っていうか……ま、ちょっとばかしカズマの所行って小遣い稼いでこようと思ってな」


 あのクソアマに痛い目合わせるには、あいつに協力すんのが1番だからな。俺自身の目的は果たしちゃいるが、気持ち的には全然納得してないし。

 俺にゆんゆんを泣かさせた分はきっちり痛い目にあってもらおう。


「あんまり悪いことはしないでよ? 困るのはあたしやゆんゆんなんだからさ」

「大丈夫だって。やるのは精々楽しい噂を流すくらいだからな」


 どんな噂を流すかはカズマと話し合って決めるが。いやぁ……本当楽しみだな。


「うん……その顔はろくでもないこと考えてる顔だね。まぁ、今回は止めないけど」


 リーンのお許しも出たことだし、いろんな奴に声かけて盛大にやらせてもらおう。









「っし……綺麗になったな。んじゃ、寝るかジハード」


 夜。セレナとのやり取りから始まり、誕生日パーティーや、カズマとの打ち合わせ、適当にゆんゆんと遊んでやったりと、本当にいろいろあったその日の終わり。

 最後に一緒に眠るジハードの体をタオルやブラシで綺麗にし終えた俺は、その黒の鱗が月光を反射してるのを見て満足する。ジハードも嬉しそうな声を上げてるし我ながら上出来だろう。


「本当はワックスがけまでした方がいいんだろうけどなぁ……でも流石に毎日それは金がねぇ……」


 サキュバスサービス代に手を出せばワックスがけまで出来そうなんだがなぁ。でもそうしたら流石にたまるというか、ジハードの横で自分でするわけにもいかないし。ジハードはまだ幼竜とはいえ、人の言葉を理解できるくらいに賢くて、女の子なのだから。

 ……というか、『ジハードにも穴はあるんだよな……』とかいう状況にはなりたくないのでジハードにはワックスを我慢してもらおう。


「臨時収入があったらワックスがけまでしてやるからよ」


 頭をなでてやるとジハードは藁の上に敷いたシーツの上の方を陣取って横になる。


「ありがとなジハード。…………おやすみ」


 枕になってくれたジハードに感謝の言葉を告げ、俺は大好きな感触に包まれながら目を閉じた。






──ゆんゆん視点──



「(ダストさーん、起きてますかー?)」


 小さな声でそう呼びかけながら。私は抜け足差し足でダストさんとハーちゃんの眠る馬小屋に入る。


「寝てるみたいですね。それじゃ、おじゃまして…………よいしょと」


 すやすやと眠ってるのを確認して、いつかのように私はダストさんの体をシーツの端っこの方へとずらす。


「うん、やっぱりハーちゃんの感触は最高ですね」


 そうして出来たスペースに横になった私は、硬いのに柔らかい、そんな不思議な感触のハーちゃん枕に骨抜きにされていた。何度か経験してるけど、この感触は本当に最高としか言いようがない。ダストさんが夢中になるのも分かる。


「くすっ……やっぱりダストさんの寝顔は可愛いですね」


 横でスヤスヤと眠っているダストさんの寝顔を観察しながら、私はそんなことを思う。いつもはチンピラ顔で可愛げが欠片もない人だけど、眠っている時だけは可愛いという印象がある。

 ……年上の男の人の寝顔を見てそう感じるのは凄い失礼なんだろうけど、そう思ってしまうのは思ってしまうんだからしょうがない。


「でも…………やっぱりドキドキはしないんですよね」


 こんなすぐ近くに男の人が眠っているというのに。それどころかその横で私も眠ろうとすらしているのに。

 それなのに私の胸はちっとも高鳴らない。それどころか変な安心感というか、……ダストさんの横は落ち着いてしまう。


(だからやっぱりこのダストさんに向けてる感情は恋なんかじゃないんだよね)


 恋ってもっとドキドキしてハラハラするものだと思うから。だから、私がダストさんに向けているこの感情は大切な『悪友』に対するもので正しいはずだ。


「ダストさんのそばにいると、怒って呆れてばっかりだけど寂しくないんです。なんだか落ち着いて……ほんの少しですけど楽しいんです」


 だからこそ。


「ダストさんが私の知らないダストさんの顔をしていると不安になるんです。どこか知らないところへ行ってしまうんじゃないかって…………きっと、先にいなくなるのは私なのに」


 自分勝手だなって思う。自分はいなくなることを決めていて……それでいて相手にはいなくなって欲しくないだなんて。


「そんな私でも……ダストさんの悪友でいさせてください。ダストさんに泣かされて、ダストさんをボコボコにして」


 呆れて喧嘩して……そんな仲でいさせてください。いつか来る終わりの日まで。


「ダストさんの正体をいつまでも認められない私ですけど…………ダストさんがダストさんだってことは知っていますから」


 どうしようもないチンピラだけどドラゴンのことが大好きでちょっとだけ仲間にも優しい人だって。





「ふわぁ~……んぅ、やっぱりダストさんと一緒だとすぐ眠くなっちゃいます」


 自分の気持ちを再確認したら、徹夜明けの眠気が一気に襲ってきた。一人だと今日の興奮と寂しさで全然眠れそうになかったのに。


「今度、めぐみんやリーンさんと一緒に寝てみようかなぁ」


 でも、そうしたら私は夜通し話してる気もする。きっと楽しくて興奮しちゃうだろうから。


「おやすみなさい、悪友さん、ハーちゃん」


 明日は絶対にダストさんより早く起きよう。

 目を閉じてすぐに訪れたまどろみの中で、私はそう強く思う。



 だって、隣に潜り込んで眠っているのがバレるのは恥ずかしすぎるから。





──ダスト視点──



「ダストさん、まだ起きてるんですか?」


 すやすやという寝息を聞きながら。俺はやってきた小さな姿にもうそんな時間かとため息をつく。


「悪いなロリサキュバス。今日の夢はキャンセルだ。文句なら人の寝床に勝手に忍び込んできたこいつに言ってくれ」


 セレナに操られてた時はサキュバスサービス受けるって考えなかったし、久しぶりの今日は楽しみにしてたってのになぁ。


「この人いきなり上級魔法使ってくる怖い人だから無理ですよー。カズマさんのところのめg……アークプリーストの人ほどじゃないですけど」

「アクアのねーちゃんが女神ってことは知ってるから別に隠さないでいいぞ。てか、冒険者の間じゃ結構知られてることだしな」


 最初の頃は頭の可哀想な自称女神という評価のアクアのねーちゃんだったが、今じゃ本物の女神だと信じている冒険者は多い。それだけ、あのねーちゃんがこのアクセルの街に馴染んでいるという証拠だった。

 …………だからこそ、セレナのやったことはあいつの逆鱗に触れたし、セレナに心底ムカついてる俺が決着をつけるのをあいつに譲ったんだが。



「とりあえず今夜は帰りますけど……大丈夫ですか? この一週間ご利用なかったですし結構溜まってるんじゃないですか?」

「あー……まぁ大丈夫だな。不思議と今日は落ち着いてるわ」


 本当自分でも不思議だが、性欲がたまりすぎてきついって感じは全然しない。普通一週間もご無沙汰なら溜まるもんなんだが…………性欲の代わりにドラゴン欲を満たしたからかね?


「本当に大丈夫ですか?……隣にこんな可愛い子が寝てたらダストさん襲っちゃいません?」

「それはないから安心しろよ。俺からこいつに手を出すことはねぇから」


 セクハラはしても本気で手を出すつもりは欠片もない。……つーか、最近はセクハラすんのもあんまり気乗りしないんだよな。しなけりゃしないでなんか負けた気になるから無理やりセクハラしてるけど。


「毎日毎日この人の夢を見たいってアンケートに書いてるのにですか? 隣に寝てて手を出さないとか凄い変な話ですよね」

「だから何度も言ってるだろ? 俺はロリコンじゃないんだよ。4歳年下や見た目ロリに手を出すほど俺は落ちぶれちゃいねえ」


 夢で見てるのは3歳年下のゆんゆんであって、隣で男を全く警戒せず寝ている守備範囲外じゃない。


「えっと…………多分この街で1番落ちぶれてるチンピラさんが何を言ってるんですか?」

「なんでお前は本気で不思議そうな顔してんの?」


 喧嘩売ってるなら喜んで買うぞ。

 …………でも、こいつとガチで喧嘩したらサキュバスサービスは受けられないわ男性冒険者は全員敵に回すわで踏んだり蹴ったりなんだよな……。

 もしかしてサキュバスって男性冒険者の天敵なんじゃないだろうか。


 

「とりあえず、今日はもう帰りますね。それでは常連さん、またのご利用をお待ちしております」

「おう、次からはこのぼっち娘が潜り込んできても無視して寝てるからよ。よろしく頼むぜ」


 改まって挨拶をするロリサキュバスにそう返すと、ロリサキュバスは何が面白いのかクスクスと笑う。


「それと…………お帰りなさい、ダストさん」

「……ああ、ただいま」


 今度は静かに微笑んで。ロリサキュバスはゆんゆんを起こさないように静かに馬小屋を出て行く。

 その姿が見えなくなるまで見送ってから、俺は一つだけ大きく息を吐いた。


「早く寝ねーとな……」


 ぶっちゃけ、隣で眠るゆんゆんの存在は凶悪だ。目を開ければ無防備な姿を晒してるし、目をつぶってもすやすやという寝息や、甘い香りを漂わせて俺の眠りを阻害してきやがる。


「今日の夜は少しだけ長くなりそうだな……」


 でも、それくらいは別にいいのかもしれない。どうせ明日の朝はゆんゆんより遅く起きないといけないし……今日これから見る夢は幸せなものだろうと、不思議と確信できていたから。

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