第14話 冗談はほどほどにしましょう

「つつっ……やっぱジハードの回復魔法じゃ大きな傷は治りきらねーな」


 グリフォン討伐クエストからの帰り道。街中を歩く俺は頭の上を飛んでるジハードから回復魔法を受けていた。だが、小さな傷こそ治ったものの大きな傷、特にグリフォンに爪で貫かれた腹の傷はいくら回復魔法を受けても治る様子がなかった。


「大丈夫ですか、ダストさん。あんまり痛むようでしたらアクアさんに治してもらったほうがいいんじゃ…………ちょうど今日はこの後アクアさんとウィズさんの店で会う約束してますし、一緒に行きますか?」


 そんな俺の横を歩くゆんゆんは珍しく素直に心配そうな様子を見せてそんなことを言う。

 ……こいつもいつもこんな感じなら少しは可愛げがあるんだけどなぁ。


「あー……アクアの姉ちゃんか。ただでさえ借り作ってるからあんまり世話にはなりたくないんだよな」

「? そうなんですか? むしろゼル帝ちゃんの件でダストさんが貸しを作ってる方だと思うんですけど。…………というか、リーンさんから聞いてはいましたけど、貸しとか借りとかをダストさんって本当に気にするんですね。すごく意外です」


 やっぱこいつ可愛げないわ。あと、ゼル帝ちゃんって凄い違和感のある呼び方やめろ。


「いろいろあんだよ。あの雄鶏の件はゆんゆんが助けたことになってるから借りを返したことにはならないし。…………そもそも何で俺がお前みたいなクソガキにかm――」

「? 私がどうかしたんですか?」

「……いや、なんでもねーよ」


 …………別にはこいつに言うことでもないか。言ってもこいつは俺に余計なお世話ですって言うに決まってるし。


「んなことより、お前の最後の魔法凄かったな。『カースド・クリスタルプリズン』三連発。詠唱破棄であれは凄いんじゃねーか?」


 グリフォンの動きを完全に止めてたし。


「そ、そうですか? でも、あれって凍らせてはいますけど冷気はそれほどでもないんですよ? あくまで一時的に固定させるのだけが目的で冷たさだけならカズマさんのフリーズの方が上なくらいで。もちろんちゃんと詠唱すれば冷気も伴いますけど、今日のあれじゃグリフォンにダメージはほとんど与えられてないと思います」


 なるほどな。冷気を捨てることで詠唱破棄による魔法の不安定さを軽減したのか。


「あの状況でジハードと一緒に戦うって意味じゃそれで問題ねーよ。初めての連携ってのも考えれば90点位上げてもいいな」


 本当、こいつは土壇場になれば強い。その土壇場の強さがいつも発揮できればジハードの主として一人前だと認めていいくらいだ。


「あ、ありがとうございます。ダストさんに褒められてもいつもは全然嬉しくないですけど、ハーちゃんとのことで褒められるのは素直に嬉しいです」


 …………なんでこのぼっち娘は毎回毎回一言多いのかね。照れて顔赤くしてるのはちょっとだけ可愛いのにもったいねー。




「あーっ! なんだかゆんゆんさんと金髪のお兄さんが甘酸っぱい雰囲気出してる!!」

「「…………………………」」


 そんな感じで歩いていた俺らの前方からする甲高い声。その声の主が誰かちらりと確認する俺とゆんゆん。

 その声の主が想像通りのあれだと確認した俺らは――。


「あれ? ハーちゃんの大きさが元に戻ってますね」

「回復魔法ずっとしてたから魔力を吐き出しきったんだな。おいジハード、もう無理すんな。後は回復ポーションか何かでどうにかするからよ」


 ――何も見なかったことにした。


「ねえ、なんで二人共私のことを無視するの? お姉さんが2人のいい雰囲気を邪魔したことを怒ってるの? でも、仕方ないじゃない。ゆんゆんさんにも金髪のお兄さんにも私という運命の人がいるのに、2人でイチャイチャするなんて。浮気はいけないことなのよ?」


 見なかったことにした何かが俺らの横に並んで何か訳の分からないことを言っているがスルー。

 …………いや、本当にこいつが何を言っているかマジで分からない。こんな奴のこと留置所で一緒になったならともかく街中であったなら無視するに限る。


「あの……セシリーさん? 私とダストさんがイチャイチャなんてするはずないのもそうなんですが、いつ私がセシリーさんの運命の人になったのかとか、浮気はいけないとかどの口が言うんですかとかいろいろ突っ込みどころがありすぎるんですが……」

「バカっ! なんで無視しねーんだよ!」


 ちょっとツッコミどころありすぎること言われたくらいで釣られてんじゃねーよ!


「あっ……。で、でもしょうがないじゃないですか! ダストさんとイチャイチャしてるなんて思われるのは正直我慢できませんし! それに、話しかけたのに無視されるって凄い辛いんですよ! ダストさんならともかくセシリーさんにそんな対応するのは流石に可哀想かなって……」

「俺ならともかくってなんだよ俺ならともかくって。どう考えてもこの節穴プリーストに比べれば俺のほうがまともだろうが。それに俺だってお前みたいな毒舌ぼっちとイチャイチャしてるなんて思われたくねーっての」


 それでもこの残念プリースト相手するよりかはマシだと思ったからスルーしてたってのに。こいつのぼっち経験とお人好しっぷりを舐めてたわ。スルーじゃなくて逃げ出すべきだったか。


「ねぇ、二人共お姉さんに何か恨みでもあるのかしら? 私なんていなかったみたいにされて目の前でイチャイチャされると流石のお姉さんも悲しくて泣いちゃうわよ?」

「「誰もイチャイチャなんてしてねーよませんっ!」」

「…………やっぱりお姉さんちょっと泣いていいと思うの」


 そんなこと言って本当にしくしくと泣き出す残念プリースト。

 …………たまにちら見してわざとらしくまた泣き始めるのが凄いうざい。



「それでゆんゆんさんと金髪のお兄さんは2人で何をしていたの? デートだというのならお姉さんも混ぜてほしいんだけど」


 泣くのに飽きたのか、残念プリーストは横から覗き込むようにして俺らにそんなことを言ってくる。…………ちっとも目が赤くなってねぇ。やっぱり嘘泣きじゃねーか。


「何してたっていうか、単なるクエストの帰りだよ。ギルドで報酬もらったあとは解散するだけだ。……こんなクソガキとデートなんてありえねーよ」

「それは間違いなく私の台詞ですからねダストさん。というかそう言うならいつものセクハラやめてくれませんかね?」


 だからそれはそれ、これはこれ。恋愛対象にならないこととセクハラ対象にならないことはまた別だ。…………横を歩いてるこのプリーストは恋愛対象にもセクハラ対象にもならないが。


「金髪のお兄さんばっかりゆんゆんさんにセクハラするなんてずるいと思うの。私にもゆんゆんさんをセクハラする権利はあるはずよ!」

「別にダストさんにもそんな権利はありませんから! セシリーさん、それ以上近づいてこないでください! なんだか身の危険を感じます!」


 なんだか手をわきわきさせてゆっくりとゆんゆんに近づいていく残念プリースト。このまま見逃せば間違いなくこの女の魔の手によってゆんゆんはエロいことをされてしまうだろう。


 止めるべきか見逃すべきか



1:止めない

2:見逃す



 ………………このまま見逃すか。

 少しだけ考えて俺はそう結論を出す。というか考えるまでもなく俺がゆんゆん助ける理由ないし。このまま見逃せば間違いなく無駄にエロい光景が見れるしむしろ見逃す以外の選択しない。


「せ、せせ、セシリーさん!? 一体どこを触って……っ! って、なんでダストさんは親指立てていい笑顔してるんですか!? 見てないで助けてくださいよ!」


 そんなこと言われても、こんな光景前にして止められる男がいるはずない。見た目だけはぐうの根も出ない美少女2人(片方は行き遅れだけど)の絡み最高だわ。見てみれば街中で広げられるそんな風景に俺以外の男たちも親指立ててるし。


「やっ…だめっ……そこは…っ、本当にダメっ……んっ………………」

「ふふ……ダメとか言いながら身体は正直ねゆんゆんさん」


 お、おお……? いけ、残念プリースト、そこだもっとやれ。


「んっ…あっ………………って、本当にいい加減にしてください!」


 そこで堪忍袋の緒が切れたのか。ゆんゆんは自分にセクハラの限りを尽くしていたプリーストは投げ飛ばす。

 …………綺麗な一本背負いじゃねーか。やっぱこいつ体術も侮れねーな。


「正座してください」

「ゆ、ゆんゆんさん? 美少女にお仕置きされるのも悪くはないんだけど、少しだけ休ませてくれないかしら、綺麗に投げられたから怪我はないけどちょっとだけ目が回って……」

「正座してください」

「は、はいっ!」


 跳ぶようにしてゆんゆんの前に正座するプリースト。……元気いっぱいじゃねーかよ。


「…………何を他人事みたいに見てるんですかダストさん。あなたも一緒に正座してください」

「はぁ? 何で俺まで正座しなきゃなんねーんだよ」

「正座してください」

「……お、おう。正座してやるからそんな怖い目でみんなよ」


 しぶしぶとプリーストの横に座る俺。くそっ、この格好地味にきついな。誰だよ正座なんて座り方考えたやつ。


「セシリーさん。言い訳があるなら聞きますけど、何かありますか?」

「だって……金髪のお兄さんばっかりずるいと思うの。可愛い女の子はみんな私のものなんだからお姉さんにもゆんゆんさんにセクハラする権利があるはずだもの」

「…………素直に謝ったら、正座十時間コースは許そうと思ったんですが」

「ごめんなさい。お姉さんもちょっと悪乗りしすぎました」


 おう、清々しいまでの土下座だな。この土下座なら雪精をいじめても冬将軍が許してくれるに違いない。


「ダストさんも何か言い訳がありますか?」

「はぁ? 言い訳も何も何で俺まで正座させられてんのか分かんねーっての」


 ゆんゆんの目が人殺しそうな目してたから従っただけだ。


「…………まぁ、ダストさんですしね。女の子の微妙な気持ちを分かれというのが無謀でしたね」


 はぁ、と大きなため息をつくゆんゆん。本当にこいつは何を言いたいんだろうか。


「おい、残念プリースト。お前にはゆんゆんが何を言いたいか分かるか?」

「金髪のお兄さんったら馬鹿ね。ゆんゆんさんはお兄さんに助けてもらいたかったのよ。お兄さんなら助けてくれるって信じてたのに裏切られてゆんゆんさんは傷心中なのね」

「まじかよ…………いつの間にか俺はゆんゆんのフラグを立てちまってたのか」


 いやぁ……モテる男は辛いぜ。これで守備範囲外のクソガキじゃなければ宿屋に今すぐ連れ込むってのに。


「…………二人共正座二十時間コースがお望みですか?」

「「ごめんなさい」」


 二人して土下座。


「まったくもう…………。別に最初からダストさんが助けてくれるなんて欠片も思ってないですよ。ただ、ダストさんに恥ずかしい所見られたのが恥ずかしすぎて誤魔k…………なしです。今のは聞かなかなかったことにしてください」


 なんだ、ただの照れ隠しかよ。…………照れ隠しで正座させるとかほんとこのぼっち娘可愛くねーな。


「ごほんっ。…………そんなことよりお二人に聞きたいことがあるんですけど」


 わざとらしく咳払いをしてゆんゆん。


「何かしら? ゆんゆんさんと私の仲よ。なんでも聞いてちょーだい?」

「答えたら正座やめていいなら答えてやるよ」

「あ、お兄さんずるいわよ! ねえ、ゆんゆんさん、私も答えたら正座やめてもいいかしら? お姉さん的には美少女からのお仕置きも悪くはないんだけど、もっと雰囲気のある所でしたいのよ」

「…………まぁ、答えてくれたら正座やめてもいいですよ。といっても、聞きたいことと言っても大したことじゃないんですが」


 ただの照れ隠しの照れ隠しで聞こうとしてるだけだもんな。


「その…………お二人とも、どうしてお互いを名前で呼び合わないんですか? セシリーさんとダストさんって、私2人のこと何度か呼んでますよね?」


 あー…………そのことか。確かにゆんゆんがこの女のことを『セシリー』って呼んでるのは知ってるし、この女がいる前でゆんゆんが俺のことを『ダスト』って呼んでるのは確かだ。不思議に思うのも仕方ないかもしれない。


「だって、お姉さん、金髪のお兄さんの名前教えてもらってないもの」

「そうだな。俺もこの残念プリーストの名前を教えてもらった覚えはないわ」


 まぁ、だからといって自己紹介しあったわけでもなければ他人に紹介されたわけでもないわけで。わざわざ名前を呼ばないといけない理由もない。

 …………というか、覚えにくいんだよ『セシリー』って名前。3日くらいしたら毎回忘れてるから残念プリーストでいいやってなったんだよな。

 それに……こいつの名前は『セシリー』じゃなくて他にあるんじゃないかって、何故かそう思っちまうんだよな。だからこそ俺はこいつの名前を覚えられないんじゃないかってそんな気もする。


「だったら、今ここで自己紹介しあってくださいよ。そしたら正座やめてもいいです」


 …………ま、何か確信があるわけでもなし。凶暴なぼっち娘の機嫌が取れるなら別に拘るほどのことでもないんだが。


「あーっ……俺の名前はダストだ。セシリー……だっけか。よろしくはしないが、今度会っちまった時はそう呼ばせてもらう」

「ふふっ、お兄さんは相変わらず素直じゃないのね」


 いや、多分お前に対してだけは100%正直に生きてると思う。


「私の名前はセシリー。よろしくね


 ……………………


「おい、どうして君付けなんだよ。お前基本的にさん付けだろうが」


 こいつは年下でもさん付けが普通だし、目上のやつなら様付けするやつだったはずだ。


「え? だってダスト君って君付けした方が喜ぶでしょ?」

「ああ? 何を根拠に。そもそも今まで俺を君付けしたような女は一人も…………」

「いなかったの?」

「…………2人くらいしかいねーよ」


 しかもそのうち一人は母親だし。


「…………なんだかダストさん顔がお赤くなってませんか? もしかして、ダストさんって甘えさせてくれるお姉さんタイプに弱い……?」

「そ、そんなことねーよ!」

「…………ダスト君?」

「おう、クソガキ。ふざけんのも大概にしろよ。ぶっ飛ばすぞ」

「んー……やっぱり赤くなってますね。これはもしかしてダストさんに対する切り札を得たんじゃ…………リーンさんにも教えてあげよっと」

「それは本当にやめろ!」


 あいつに君付けとかされたら…………マジで頭上がらなくなりそうじゃねーか。


「あれ…………? ここはダスト君とお姉さんがいい雰囲気になるシーンじゃなかったのかしら? どうしてダスト君とゆんゆんさんがちょっといい雰囲気になってるの?」

「悪いがそんなシーンはどこにもないしこれからもない。あと別にゆんゆんともいい雰囲気になるとかもありえない」


 あくまでこのぼっち娘はセクハラ対象。


「珍しくダストさんと同意見ですね…………って、ダストさんその血どうしたんですか!?」

「ん? あー…………腹の傷がやっぱ塞がってなかったか」


 ダラダラとは流れていないが止まらない血は俺が正座している地面を赤黒く濡らしていってる。


「えーっと……、は、ハーちゃん、回復魔法を!」

「やめとけ、ジハードはもう魔力使い切ってるし、いくらやっても今のジハードじゃ治せねーよ」


 今のジハードは魔力効率が悪すぎる。まぁ、生まれてから一週間ちょっとって考えれば逆に少しの傷くらいなら治せるだけで驚きなんだが。


「なんでそんなに冷静なんですか!? このままじゃダストさん死んじゃいますよ!?」

「いや……これくらいの傷じゃ死なねーよ。ウィズさんの店で回復ポーション買えばなんとかなるだろ」


 安い回復ポーションは全部使っても治らなかったから少しは高いの買わないといけないけど。…………まぁ、グリフォン討伐クエストの報酬に比べれば安いもんだ。


「むしろ、なんでおまえはそんなに慌ててんだよ。これくらいの傷冒険者の俺らにしたら慣れっこだろ」


 こいつがいくら凄腕のアークウィザードって言っても全く怪我をしないなんてことはないはずだ。後衛職だから俺みたいな前衛職ほど怪我をするわけじゃないだろうが、ソロで戦ってきた以上無傷でずっと過ごしたなんてことないはずだ。ゆんゆんの若さと今のレベルを考えればこれくらいの傷も経験せずに来れたとは思えない。


「それは……そう…………ですけど…………」


 俺の言葉にゆんゆんは落ち着いたのか返す言葉がないのか。慌てていたのから一転して黙り込む。自分でもどうして慌てていたのかわからないのかもしれない。


「ふふっ……ゆんゆんさんは本当に優しい子なのね。あの素直じゃないめぐみんさんが親友だって言うだけはあるわ」


 そう言ってセシリーは正座から立ち上がり…………立ち上がり…………?


「おい、お前何を遊んでんだよ」


 正座の姿勢から中途半端に起き上がらせて、そっから動こうとしない。


「…………ごめんなさい、足が痺れて立ち上がれないの。30秒だけ待っててもらえないかしら?」


 …………おう、待っててやるからさっさとしろよ。…………俺も、足崩しとこう。大事な場面で立ち上がれないとかかっこ悪すぎる。




「ふふっ……ゆんゆんさんは本当に優しい子なのね。あの素直じゃないめぐみんさんが親友だって言うだけはあるわ」


 取り直しのように。セシリーはそう言って正座から立ち上がりゆんゆんの前へとやってくる。


「あの…………さっきのはなかったことにするんですか……?」

「さっき……? 何のことかお姉さんには分からないわね」

「おいこらゆんゆん。お前は鬼かよ。ちょっといいこと言おうとカッコつけようとした所であれだぞ? 普通なら今すぐ逃げ出したいだろうに、それをなかったことにして話を始める勇気をお前は台無しにするきか」

「お兄さんもちょっと黙っててくれると嬉しいわね!」


 ちっ……留置所でさんざん迷惑かけられた仕返しをしようと思ったってのに。まぁ、いいか。今度会った時に今のことで憂さ晴らししよう。


「お姉さんはその場を見ていないからただの推測なんだけど、金髪のお兄さんの傷はゆんゆんさんを庇って出来た傷なんじゃないかしら?」

「…………はい」

「いや、誰もゆんゆん庇って傷なんて受けてないぞ。俺が庇ったのはあくまでジハードだっての。だれがゆんゆんみたいな生意気なガキを――」

「――ダスト君はちょっと黙っててって言ったわよね?」

「…………おう」


 分かったよ黙ってればいいんだろ黙ってれば。だから満面の笑顔なのに目が全然笑ってないとか器用なことすんな。


「自分を庇って傷ついた相手を、照れ隠しとは言えそれを忘れて正座なんてさせちゃった。…………そのことに責任を感じてゆんゆんさんは慌てちゃったのね」

「…………そう、かもしれないです」


 なるほどなー。…………そんなこと気にしてたら冒険者なんてやってられねーだろうに。お人好しにも程が有る。

 …………それとやっぱこのプリーストは侮れないというか、妙に鋭い所あるし油断ならねーな。単なるアホなら適当にあしらっときゃいいんだが。アクシズ教徒ってのは狂ってるだけで頭が悪いわけじゃないってのが面倒な所だ。特にこのセシリーって女はその面が強い。


「じゃあ、ゆんゆんさん、自分がどうすればいいか分かるわよね?」

「はい。…………というわけでダストさん。アクアさんの所が良いですか? ウィズさんの所が良いですか?」


 自分の気持ちが分かってスッキリしたのか。ゆんゆんはいつもの調子を取り戻してそう聞いてくる。…………少しだけ俺に対していつもより優しい気がするのは気のせいだろうか。


「そうだな…………やっぱアクアのねーちゃんに借り作るのはあれだしウィズさん所が良いな。ポーションを奢ってくれるんだよな?」

「はい、最高級のポーションを買いますね」

「うんうん、そうそう、それで…………って、違うと思うの!! ねぇ、ゆんゆんさんもダスト君もどうして普通にポーションを買いに行くって話になってるの!?」


 俺が立ち上がった所でセシリーはさっきまでのゆんゆんと同じように慌てた様子でそう聞いてくる。


「? そりゃこの傷そのままにしてたらまずいからな。流石に治療くらいはするぞ」


 死にはしないと言ったが、放ったらかしてたら流石に死ぬし。


「いえ、治療するのは当然だと思うの。でも、ほら……? ポーションを買いに行かなくても治療は出来ると思うの?」

「えっと……ハーちゃんの回復魔法のことですか? 見てたかどうかはしらないですけどハーちゃんの回復魔法じゃ治りきらなかったんですよ。だからいい回復ポーションを買いに行かないといけないんです」


 というか、その話はセシリーも聞いてた気がするんだが。なにをこの残念プリーストは言ってるんだろう。


「いいわ、二人共落ち着いて話をしましょう」


 落ち着くのはそっちじゃねーかな。


「ねぇ、ゆんゆんさん、ダスト君。私の職業が何か覚えているかしら?」

「えーっと…………セシリーさんは盗賊だったような…………」

「何言ってんだよゆんゆん。一応こいつは残念プリーストだったろ」


 それくらいは流石に覚えといてやれよ。いや、信じたくない気持ちもわかるけど。


「ダスト君正解! いえ、別に残念はいらないんだけど……。と、とにかくお姉さんはプリーストよね?」

「そーだな」


 だから何だという話だが。…………いや、こいつが何を言いたいかくらい流石の俺もゆんゆんも分かってはいるんだが。

 

「プリーストが何をする職業なのかは二人共知ってるわよね?」

「えーっと…………アクシズ教徒のプリーストの仕事ってなんでしたっけ? セシリーさんっていつも寝てるかお酒飲んでるかところてんスライム食べてるかエリス教徒に嫌がらせしてるか可愛い女の子にセクハラしてるかのどれかしか見たことないんですけど」


 このプリースト本当ろくなことしてないな。本当どうにかしろよカズマ。


「確かにそれも大事な仕事だけど…………ほら、基本的にプリーストにしか出来ない仕事があると思うの」


 それを大事な仕事だと認めるのかよ。もうだめだこいつ。早く誰かなんとかしてくれ。


「あー…………そういうことですか。セシリーさんはダストさんに回復魔法をかけてあげたいんですね」

「そう、それ! お姉さん回復魔法には凄い自信があるのよ」


 まぁ、俺が死にかけてた時にこいつに助けてもらったこともあるし、こいつの回復魔法なら確かにこれくらいの傷ならすぐ治るんだろうがな。


「…………でも、だったら普通に何も言わずにダストさんに回復魔法をかけてあげたらいいんじゃないですか? 別に私は止めませんよ?」


 結局そこなんだよな。何を遠回りして言ってんだろうか。


「ほら、そこは『助けてセシリーお姉ちゃん』ってゆんゆんさんに言って欲しくてね?」


 …………欲望に正直だなぁ。流石アクシズ教徒。


「たまに思うんですけど、セシリーさんってダストさん並みのろくでなしですよね」

「おう、流石の俺もここまでは酷くはねーぞ。こいつに比べれば俺はまともなはずだ」


 このアクシズ教徒に比べれば俺はまともだって断言できる。


「それはないです」

「それはないと思うわ」


 …………断言できるはずだ。


「とにかく、お姉さんとしてはゆんゆんさんに『助けてセシリーお姉ちゃん』って可愛くポーズを取って言って欲しいのよ!」

「そこまでする理由が私には全く無いんですが…………ダストさんが今すぐ死ぬって言うなら1時間くらい考えた後にお願いするかもしれないですけど」


 そんな状況で1時間も考えられたら俺死んでるだろ。というよりウィズさんの店かアクアのねーちゃん所に行ったほうが絶対早い。


「そんなこと言わないでゆんゆんさん! お姉さんどうしても可愛い女の子に可愛く頼られてみたいのよ!」

「それもうなんだか趣旨変わってませんかね!? ダストさんを助けるって話じゃなかったんですか!」

「それはそれ、これはこれ。私にとってはどっちも大切なのよ!」


 …………この茶番いつまで続くんだろうな。流石に付き合いきれないんだが。


「ん、ジハードどうした? お前も流石に付き合いきれないのか?」


 俺の頭に乗ってきたジハードは退屈そうにあくびをしている。ジハードも俺と同じような感じらしい。


「そうだな。俺らは先に帰るか。ギルドで報酬受け取った後にウィズさんの店に行こうぜ。それでこの際だから回復魔法の練習するか」


 ウィズさんに協力してもらって魔力を供給してもらいながら、魔力の効率的な使い方を教えてあげよう。

 そう考えるとこの傷もちょうどいい傷だな。






「ゆんゆんさんお願い! 友達として一生のお願いよ!」

「と、友達の一生のお願い……!? そ、そこまで言われたら仕方ないですね…………って、あれ? ダストさんとハーちゃんはどこに…………?」

「いなくなってしまったものは仕方ないわゆんゆんさん。それよりも今すぐ『助けてセシリーお姉ちゃん』って――」

「…………はぁ、私も帰ろうっと。そろそろアクアさんとウィズさんの店に行く時間ですし」

「あれ? ゆんゆんさん? どうしたの? わたしはいつでも抱きしめる準備はできてるわよ? ねぇ、どうして私に背を向けて歩きはじめてるの? ねぇ……って、走った!?」






 ゆんゆんがウィズさんの店に来たのは、ちょうど俺の傷がジハードによって全部治された頃だった。

 …………茶番に最後まで付き合わないで本当に良かった。

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