第15話 喧嘩は仲良くしましょう

――サイドA:めぐみん視点――


「お頭様、是非ともお耳に入れておきたい話があるんですが……」


 どっかのプリーストに居座られて、来る度に小汚くなっていくその屋敷。どっかのぼっち娘には『ここってアジトじゃなくてただのたまり場だよね』とか言われようが紛うことなき我が盗賊団のアジトにて。

 爆裂魔法を撃ったいつもの倦怠感でソファーに沈む私に、約束無しで呼び出されたアイリスがそう話しかけてくる。


「なんですか下っ端ナンバー3。あなたを呼び出すために撃った爆裂魔法で疲れているのです。話があるなら一眠りした後にしてください」

「あの……お頭様? 自分で呼び出しておいて、呼び出した相手を放って置くのは流石に酷いと思うのですが……」

「そうですか? うちのクルセイダーはわりと喜びますよ? 高貴な身分の人間はみんなそういう扱いを望んでいるのでしょう?」

「王族や貴族を何だと思っているのですか!?」


 何だと思ってるかと聞かれても……。


「ドMの変態じゃないんですか?」

「違いますよ!……そ、それは確かに王族や貴族の中には性的嗜好が歪んだ人が多いのも確かですが……全員が全員ララティーナのような嗜好を持っているなんてことは……」

「そうなのですか。それは素直に謝りましょう。…………しかし、イリスから性的嗜好とかそういう言葉が出てくるとなんだか新鮮ですね」


 ドMの変態の意味もちゃんと分かったみたいですし。純真培養で育ったはずのアイリスがそういうことの知識があるのはなんだかすごく意外だ。


「…………3割ほどはお頭様のだと思いますよ」

「なるほど。私が先輩としていろいろ教えてあげたですか。残りの7割はなんですか?」

「3割はお兄様とララティーナの二人でしょうか」


 あの二人を見てたらそうなりますか。あの二人は純粋な子供には絶対に見せられないようなやり取りを普段から平気でやってますからね。エルロードへの旅路から先、結構な間あの二人のやり取りを見る機会はあったでしょうし。

 一応アイリスの前だと自重はしていたはずですが、自重したくらいでまともになるかと言われたらそんなわけもなく。

 …………カズマとダクネスにはこのことは黙っておいてあげますか。全てじゃないとは言え自分たちのせいでアイリスが俗世に汚れてしまったと知れば本気で落ち込みそうです。


「あぁ…………小さい頃私を可愛がってくれたララティーナはどこに行ってしまったのでしょうか」

「多分、その頃からダクネスの本質は変わってないと思いますよ」


 今でも真面目にやっていれば完璧な令嬢ですし。あの男といるとダメな本質がよく表に出てきてしまうと言うだけで。


「それより、残りの4割は何なのですか?」


 私やあの二人の他にこの子に影響をあたえるような人物は思い浮かばないのですが。


「…………クレアです」


 …………四六時中アイリスと一緒にいる変態がそう言えばいましたね。


「最近のクレアはなんだかおかしいんです。私がお風呂に入っている時自分も入ってこようとしたり……ど、同性同士で愛し合うこともあるんですよとか講義の中で教えてきたり……」

「今すぐクビにした方がいいですよ」


 冗談抜きで。姫様付きの護衛がそれとか流石にまずいでしょう。

 ダスティネス家に並ぶ大貴族の令嬢が王女に手を出したとかいう国が傾きかねない事件が起きる前に手を打ったほうがいいんじゃ……。


「そ、それ以外のところでは普通に優秀ですし……私がなんだかんだでここに遊びにこれるのはクレアがお目こぼししてくれてる面もあるので。…………お兄様の所に行こうとしたら全力で止められるんですが」

「いい護衛ではないですか。これからも雇い続けるべきです」

「いきなり言ってることが変わっていませんか……?」


 いや、まぁ教育的に考えればカズマに会わせないというのは間違っていないと思いますよ。……会わせようとしないのはそういう理由からではないでしょうが。


「それで? 結局何を私に話したいんですか? 今ならちょっとだけ聞いてもいいですよ」


 思わぬ所に私の恋路の協力者がいると分かったことですし。


「なぜお頭様は勝ち誇ったような顔をしているのでしょうか……」

「おや、それは失礼。ポーカーフェイスを自称する私としたことが」

「そのような自称は初めて聞いたのですが。お頭様はクールに見えて実際話したらアレですし、ポーカーフェイスからは程遠いような……」

「大きなお世話ですよ! あなた最近私に対する遠慮とかなくなり過ぎじゃないですかね!?」


 どっかのぼっち娘も遠慮しなくなってきてるんですが、この子もそれに負けていない。……最初の頃の何をするにも新鮮そうに私に色々聞いて頼ってきたこの子はどこへ行ってしまったのか。一体誰の影響で――。


「私の遠慮がなくなっているとしたらそれはお頭様の影響が1番だと思います」


 ――そうですか、私のせいでしたか。なら仕方ありませんね。


「…………まぁ、いいです。それでお頭様に聞いて欲しい話なのですが、実は例の最年少ドラゴンナイト様の詳しい話を仕入れてきたんです」

「最年少ドラゴンナイト? ああ、あの槍使いの話ですか。お姫様との真相が分かったんですか? それなら少し興味があります」

「お姫様との真相……? それはもう以前私が話したと思うのですが」


 いえ、あれは王族や貴族の令嬢が勝手に噂しているだけの話だったでしょう。


「んー……じゃああまり興味ないんですが。それでその最年少チンピラナイトがどうかしたのですか?」

「ち、チンピラナイト?…………えっと、最年少ドラゴンナイト様なんですが、クレアも探しているみたいで、私がレインより聞いた話よりも詳しい話が聞けたのです」

「? あの変t……ダスティネス家に並ぶ大貴族のシンフォニック家の令嬢が何のために探すんですか? 婿探し……なんてことはないですよね」


 貴族や王族が才能あるものの血を取り入れようとする事はよくあることではありますが、ダクネスやクレアといった大貴族であれば勝手に周りからそういう話がやってくる。変な血を入れるわけにもいかないから上流になっていくほど保守的になっていく傾向があるらしい。むしろ王族や下級貴族のほうがそういう話に積極的だったりするというのを以前ダクネスが話していた気がする。

 下級貴族は成り上がりたくて優秀な血を入れたいというのは分かりますが、なぜ王族が乗り気なのか。……まだ強くなるつもりなんですかね。今でも既にアレなんですが。


「はい、クレアは私の護衛役の仕事の他に軍事の相談役としての仕事にもついているんです。それで隣国で英雄だった最年少ドラゴンナイト様を我が国に騎士として正式に招きたいみたいですね」

「はぁ……槍の腕が凄いのは認めますが、それだけでわざわざ招き入れる必要はないと思いますよ。イリスの話では確かドラゴンナイトの資格を奪われたので今はそれ以外の職についているのでしょう?」


 超レア職業だというドラゴンナイトについている上で国1番の槍使いだった男なら確かに招き入れる価値があるかもしれませんが。この国には『チート持ち』と呼ばれる冒険者や紅魔族がいることですし。凄腕の槍使いをわざわざ探して招き入れる必要があるとは思えない。


「あの…………お頭様の口ぶりだと最年少ドラゴンナイト様に会ったことがあるように聞こえるのですが」

「気のせいですよ」


 まぁ、十中八九あの男なんでしょうが。別に確認したわけじゃありませんし。仮にあの男がそうだとしても、最年少ドラゴンナイトとしてのあの男と話したことなんてありませんしね。


「そう…………ですか? それならよいのですが。……お頭様の質問ですが、確かに最年少ドラゴンナイト様は隣国でドラゴンナイトとしての資格を奪われました。なので隣国ではギルドで転職しようとしてもドラゴンナイトにはなれません。ですが、この国であれば話は別です」

「? それは、この国であればドラゴンナイトになれるということですか? いまいちそのあたりの話は分からないのですが」


 ギルドや国の罰で強制転職と、転職禁止の罰があるというのはよく聞く話だ。特に盗賊職が盗賊のスキルを冒険以外の悪行で使った場合などに刑されることが多いらしい。最年少ドラゴンナイトとやらもそんな感じでドラゴンナイトにはなれないと思っていたのですが……。


「はい。もともと転職禁止の刑はギルド側が発する場合と国がギルドに頼み発する場合があります。前者であれば例え国が変わろうと禁止された職へと就くことはかないません。けれど後者の場合であれば、国が変わればギルドで普通に転職を行うことが可能です。最年少ドラゴンナイト様は後者でしたのでこの国であれば好きに転職ができるのです」


 なるほど。そういうことであれば最年少ドラゴンナイトをわざわざ招き入れる価値がありますか。


「?…………ですが、そういうことならなぜあの男はドラゴンナイトをやっていないのでしょう?」

「やっぱりお頭様は最年少ドラゴンナイト様に会ったことがあるんですね!?」

「気のせいですよ。ちょっと言い方を間違えただけです」

「…………本当でしょうか? では、どうして最年少ドラゴンナイト様がこの国でドラゴンナイトをやっていないと知ってるのですか?」


 ちっ……細かいことを気にする下っ端ですね。


「別に知っているわけじゃないですよ。ただドラゴンナイトなんて超レア職業についていたらすぐに見つかるだろうと思っただけです」

「それは…………確かにそうですね。お頭様の疑問ですが、ドラゴンナイトをやっていないのはおそらく契約しているドラゴンがいないからだと思います。…………ところで今舌打ちはしませんでした?」

「気のせいです。……契約しているドラゴンがいないというのはどういうことですか?」

「クレアの話では最年少ドラゴンナイト様が契約していたドラゴンは国の保有している中位ドラゴンだったそうです。ドラゴンナイトの資格が取り上げられれば契約は破棄され、国の保有へとまた戻りますから」


 そしてドラゴンがいなければドラゴン使いはただの一般人。ドラゴンナイトと言えどドラゴンと契約していなければ普通の上級職についていたほうが戦力的にも上ということですか。…………何故かあの男は下級職の戦士なんかやってますけど。戦士なんて中途半端な職に就くくらいならカズマみたいに初級職の冒険者やってたほうがマシだと思うんですけどね。


「イリス、少しあなたに聞いてみたいことがあるのですが。その最年少ドラゴンナイトが槍も普段は使わず職業も上級職ではなく下級職をやってるとしたらどんな理由を思いつきますか?」

「…………やっぱりお頭様は最年少ドラゴンナイト様に会われたことがあるんじゃ……?」

「そうですけど、そんなことはどうでもいいじゃないですか。質問に答えてください」

「そうですか気のせい…………って、本当に会われたことがあるのですか!?」

「ただの言葉の綾です。気にしないでください。とにかく質問に答えてくださいよ」


 興奮気味のアイリスをあしらいながら私は答えを促す。考えれば考えるほどあの男がやってることはチグハグだ。

 …………こうなるからあまりあの男のことについては考えないようにしていたと言うのに。


「何が言葉の綾なのか全然わからないのですが…………お頭も後でちゃんと答えてくださいね? 仮に槍すら使ってないとすればそれは自分の正体がバレるとまずいと考えているということだと思います」

「そうでしょうね」


 それくらいは考えなくても分かる。というよりそうじゃないのに使ってないとすれば単なる舐めプだ。…………槍を使うことが嫌になる出来事が会った可能性もあるでしょうが、そんなセンチメンタルな男にはまったくもって見えない。というか、初心者の冒険者に普通に槍使ってましたし精神的な理由で使ってないことはまずないだろう。


「そして正体がバレるのがまずいとしたらどこからか追われているという可能性ですね」

「追われている……? 一体全体あのチンピラを誰が追うのですか?」

「もう突っ込みませんからね。後で絶対教えて下さいよ。…………例えば魔王軍とかになら追われている可能性はありますよ。最年少ドラゴンナイト様はかつてこの国にいた『氷の魔女』と呼ばれた凄腕のアークウィザードとほぼ同額の懸賞金を魔王軍に掛けられていたという話ですから」

「なんですかその『氷の魔女』というアークウィザードは。私を差し置いてそんなかっこいい二つ名を持っているアークウィザードがいるんですか」


 私にも何かかっこいい二つ名がないでしょうか。


「お頭様は既に魔王軍に『頭のおかしい爆裂娘』として懸賞金が掛けられているという話ですよ。もしもお頭様が魔王軍戦線の最前線に向かったりしたら真っ先に狙われると思うので気をつけてくださいね」

「私の二つ名それですか!?」


 もっとあるでしょう! 『終焉をもたらす破滅の魔女』とかそんな感じのかっこいい二つ名が!


「そんなことを私に言われましても…………文句があるなら魔王軍の方へ言ってもらわないと」

「…………そうですか」


 まぁ、今度魔王軍と戦うことがあれば思いっきり爆裂魔法を食らわしてやることにしましょう。


「それで、その『氷の魔女』とやらは今何をやっているのですか? 最強の魔法使いを目指す身としては高名な魔法使いには是非とも勝利しておきたいのですが」


 アクセル最強の名はどこかの鬼畜な男に取られてしまいましたが、アクセル最強の魔法使いの座は今も私のままなことですし。その氷の魔女とやらに勝てば世界最強の魔法使いの座もそう遠くはない気がする。


「さぁ……私が生まれたばかりの頃に活躍していた魔法使いの方らしいので詳しいことは」

「なんだババアですか。それなら老衰で私より先に死ぬでしょうし無理して戦うことありませんね。私の勝ちです」


 また戦わずして勝ってしまいましたか。


「お頭様の謎理論は置いておきましょう。…………最年少ドラゴンナイト様の話だったはずなのですが。どうしてお頭様やお兄様と話しているとすぐに脱線してしまうのでしょうか」

「そんなこと知りませんよ。ええっと…………ああ、最年少ドラゴンナイトが魔王軍に懸賞金が掛けられているという話でしたか」


 それでドラゴンいなくて弱くなってる相手を殺して一攫千金を狙うやつに追われていると。確かに正体を隠す理由で筋は通っていますね。


「魔王軍以外であの男を追う可能性がある所はいますか?」

「魔王軍以外だと特には……。最年少ドラゴンナイト様が元いた国は追放した形で追う理由はありませんし」

「そうなのですか? 例えばあの男がお姫様の婚約指輪を盗んで持っていったとか、国の保有してるドラゴンを拐かして連れて行ってしまったとか」

「確かにそれだけのことをすれば追われる可能性はありますが…………最年少ドラゴンナイト様は人格者だと伺っていますし、その可能性はないと思いますよ(…………お兄様ではないですし)」


 なるほど、通りであの男が正体隠してるわけです。隣国に追われていたからですか。多分あの男のことですから姫様の指輪やドラゴンを売り払ったりしたのでしょうね。いろいろと得心しました。


「ところで今小声で聞き逃せないことをいいませんでしたか? 下っ端」

「気のせいですよ、お頭様」


 …………この子は本当に一筋縄じゃいかなくなりましたね。






「めぐみーん……ダメだった、セシリーさんどうやっても起きないわ」


 二階から階段を降りてきながらゆんゆん。

 …………小汚くなっていく屋敷をどうにか当人に掃除させようと思いましたが無理でしたか。それとも私には遠慮なくなってきたとは言え基本的に引っ込み思案なゆんゆんに起こさせようとしたのが間違いでしたかね。


「それより二人共、何の話をしてたの? なんだか二階までキャッキャ楽しそうな声が聞こえてきて私凄い寂しかったんだけど」


 そんなことくらいで寂しがらないでくださいよ。相変わらず重いというかめんどい子ですね。


「ゆんゆんさん、いいところに来られました。最年少ドラゴンナイト様の話をしていたのですが、なんだかお頭様は食いつきが悪くて……」

「え!? 最年少ドラゴンナイトの人の話をしてたの! 聞きたい聞きたい!」


 そう言ってゆんゆんはアイリスに迫って話を促す。アイリスもそんなゆんゆんの反応が嬉しいのか、楽しそうに私にした話をもう一度繰り返していく。


(…………私も、最年少ドラゴンナイトの正体があれだと気づかなければ少しは楽しめたのかもしれないですがね)


 気づいてしまったのだから仕方ない。姫様と本当は何が会ったのかは気になりますが、その人物像には全く興味が持てなくなりましたし。どんな人物か込みで想像して楽しんでいる二人とは前提が違いすぎる。


(しかしゆんゆんの食いつきよう…………もしも最年少ドラゴンナイトの正体があれだと気づいたらどんな反応を示すのか)


 姫様との真相同様、それは少しだけ興味がある。



「ところで下っ端。結局あなたが私たちに耳に入れたいという話は何だったんですか? あの白スーツが最年少ドラゴンナイトを探しているって話しか聞いてないのですが」


 アイリスとゆんゆんの話が一段落ついたところで私はそう聞く。いろいろと回り道をしただけで、最年少ドラゴンナイト自体に関する情報と言えるのはそれだけだ。


「あ、はい。それでクレアの話ですが、やはり最年少ドラゴンナイト様はこの街にいる可能性が高いということでした」

「それは本当なのイリスちゃん!?」

「まぁ……そうでしょうね」


 興奮するゆんゆんに対して私はどうでもいい感じで返事する。…………うん、知ってたらこんな反応になっても仕方ないですよね。


「結局新情報といえるほどのものはありませんか。名前でも知れたらまだ情報としてありでしたが」


 この街にいるという話ももともとあった話ですし。


「クレアは最年少ドラゴンナイト様の名前を知っているような感じでしたけどね。…………教えてくれそうなところで今日の呼び出しがありましたので」

「そういうことなら仕方ありませんね。次に呼び出すまでに聞き出しといてください」


 正直私は興味ありませんが…………まぁ、嬉しそうにしているアイリスを見るかぎり指示を出してよかったのでしょう。…………ドラゴンを飼いだしてからこっち最年少ドラゴンナイトへの興味が増しだしてるゆんゆんも喜ぶでしょうし。


 そんなことを考えながら。2人が楽しそうに話す声を子守唄に私は限界になった眠気に身を任せるのだった。






――サイドB:バニル視点――


「相変わらずウィズの淹れる紅茶は美味しいわね。ねぇウィズ、こんな儲からない店なんて畳んで家に来なさいよ。ウィズなら家でメイドとして雇ってもいいわ」

「そんな、アクア様、恐れ多いです! 私なんかの淹れる紅茶なんて普通です」


 今日も今日とて。暇を持て余している自称女神が我輩のバイトする店でくつろぎポンコツ店主と茶番を繰り広げている。

 ……また小僧たちと一緒に旅に行ってくれないものか。できればポンコツ店主も連れて行ってくれれば最高であるが、せめてこの凶暴モンスターだけでもいなくなってもらわねば仕事にならん。


「本当ウィズって謙虚よね。どうしてそこの変な仮面の悪魔と仲がいいのか不思議だわ」


 その仲がいい理由をちゃんと話してやったのに途中で眠りこけてたのは貴様であるが。…………泣いて頼まれてもウィズとの昔話はもうしないと決めてある。


「あはは…………バ、バニルさんもあれで結構いい所があるんですよ? 確かに悪魔ですからいろいろ変なところはありますけど」


 汝にだけは変とか言われたくないのだがな、働けば働くほど赤字を生み出す奇特な才能を持つ店主よ。


「ふーん……ウィズって本当優しいわよね。こんな木っ端悪魔を庇うなんて。アンデッドにしておくのがもったいないわ」

「本当にバニルさんにもいいところはあるんですよ? 近所ではカラススレイヤーのバニルさんとか言われて評判いいですし。相談屋も結構お客さんが来ててこの店の稼ぎよりも多いくらい評判が良いんです」


 貧乏店主よ、笑顔で言っておるが、後半のそれは全然笑い事ではないからな? 駄女神ではないが本当に小僧の家にでもメイドとして送り出したくなる。


「へー……じゃあカラススレイヤー、お菓子持ってきなさいよ。あんた近所や相談屋で評判いい悪魔なんでしょ? そんなすばらしい悪魔だったらお客さまにお茶に合うお菓子くらい持ってきて当然よね?」

「我輩の見通す目を持ってしても『お客さま』の姿などどこにも見えぬのだが。見えるのは毎日毎日来てるのに買い物せずお茶だけ飲んでいく…………世間ではなんと言ったか。確か…………そう、『乞食』と言われるものであったか」



「「……………………………………」」



「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「華麗に脱皮!」



 閑話休題



「駄女神が来ると本当にろくなことにならぬ。うちのポンコツ店主がまた消えかかっておるではないか」

「それウィズを盾に取ったあんたのせいじゃない。人のせいにすんじゃないわよ」


 はて、ウィズを盾に取ったのは確かに我輩だが、それに気にせず浄化魔法を使ったのはこの駄女神だが。


「まぁ、ウィズが浄化されちゃったら寂しいけど、それはそれで新しい人生やり直せるから悪くはないからね」


 我輩の考えてることが分かったのか、そんなことを言ってくる駄女神。

 後半は自分勝手な神らしい考え方だが前半はどうか。…………この駄女神、地上に降りてきて人に毒されすぎである。神としても人としても中途半端というか。


(女神アクアと言えばあの悪名高いアクシズ教徒の首魁にして、創造神が最初に産んだ4柱の神の一柱。格だけで言えば我輩と同格だと言うのに)


 同時にその頭と運の悪さから出世できず、同期の他の三柱が神々を率いて我ら悪魔と戦う立場なのに対して、中途半端な地位にしか付けない残念な女神として有名ではあるが。


「まあ、そんな歳ばかり無駄に食ったババア女神のことはどうでもよいか。ウィズには砂糖水をやって回復させておくゆえ、貴様はさっさと帰るがよい」


 しっしと、犬を追い払うように手を振って駄女神を帰そうとする。


「言われなくてもウィズが起きてないんじゃ用はないし帰るわよ…………って、言いたいんだけど、あんたに聞きたいことあったのよね」

「なんだ、あの雄鶏の美味しい調理のしかたでも聞きたいのか。我輩の見通したところ照り焼きにするが吉と出ておる。さっさと帰って小僧に調理してもらうがいい」

「やめなさいよ! 最近本当にカズマさんのゼル帝を見る目が怖いのよ! あんた、冗談でもカズマさんにそんなこと言ったら塵も残さず浄化してやるからね!」


 小僧に最近雄鶏が煩くて朝眠れないからどうにかしてくれと相談を受けているのだが。…………そのことは黙っておいてやるとしよう。その代わり今度小僧から相談を受けたらさっさと照り焼きにするがよいと言うが。


「ではなんだ。答えたらさっさと帰ると約束するのであれば答えてやるゆえ、さっさと質問するがいい」

「…………この店にずっと居座ってやろうかしら」

「そうなった時はあの手この手で嫌がらして鬼畜な保護者に泣きつかせてやるゆえ覚悟するがよい」


 制限されているとは言え本体で来ている上位神相手では流石の我輩も土塊で出来た仮の姿では分が悪いが、それは正攻法で行った場合だ。嫌がらせして泣かせるくらいであればむしろこの体のほうがいろいろ都合がいい。


「…………まぁ、いいわ。今日は暴れた後だし、見逃してあげる」

「ふん、それで? 聞きたいこととは何だ。行っておくが貴様の未来を見通せと言われても我輩には無理である」

「別にそんなこと頼まないわよ。私の未来が明るいことは木っ端悪魔に見通されなくても分かっているし」


 その自信がどこから来るのか謎である。我輩が知る限りでもこの駄女神は泣いてばかりなのだが。


「で、聞きたいことはあれよ。ほら、ゆんゆんって最近あのチンピラとよく一緒にいるじゃない? だから、付き合ったりする未来があるのかなって」


 …………本当、これは我ら悪魔の天敵である神なのであろうか。俗世に染まり過ぎなのだが。


「…………仮に付き合う未来が見えたらどうするのだ?」

「それは、ゆんゆんはいい子だしあんなチンピラにはもったいないから別の男を勧めるわよ」

「なんだかんだであの金髪のチンピラと貴様は話があって仲は悪くなかった気がするのだが」


 だいたいエリスの胸はパッド入りだとかエリス教徒はパッド率高いとかそんなことばかり話しているようだが。


「それはそれ、これはこれよ。ダストと話をするのはうちの教徒と話してるような気持ちになってそんなに嫌いじゃないけど、ゆんゆんはもっといい人がいると思うのよ」


 この駄女神に言われるとはあの男も相当である。


「ふむ……まぁ、あの2人のことは我輩も知らない仲ではないゆえ見通してやろう」


 あの2人は無駄に実力があるゆえ、二人一緒に見通すとなると無駄に骨なのだが…………まぁ、出来ないこともないはずだ。この駄女神やウィズの未来を見通せとなれば不可能であるが、ぼっち娘とドラゴンのいないチンピラくらいならなんとかなるだろう。


「ふむふむ…………これは…………ほぉ…………」

「なになに? 何が見えたのよ、一人で納得してないで教えなさいよ」

「うむ…………何も見えんな」

「ふっざけんじゃないわよ! 見えないなら見えないで無駄に意味深な反応すんじゃないわよ!」

「別にふざけてるわけじゃないのだが。2人が付き合う未来を見ようとして見えないということは相当なことである」


 基本的に我輩の眼は見通せる未来の中で1番可能性の高いものから順に見通していく。だがそれは一番高い可能性だけしか見通せないわけではない。可能性があるものであれば全て見通せるし、そういう未来が見たいのであれば、そういう未来へと繋がるまでの道筋を見通せるのが我輩の見通す力だ。

 だから、どんなに可能性が低くとも可能性があるのなら2人が付き合う未来を見ようとすれば見れるはずなのだが……。


「ふーん…………ってことは、あの2人が付き合うことはありえないってこと?」

「見えないということはそういうことであろうな」


 今のあの2人が我輩以上の実力者ではない以上、見通せないということはそういうことだ。例外は我輩自身が深く関わることであるが…………まさか我輩含めた3人で付き合うことになるから見通せないとかそんなオチではあるまいな。


「うーむ………………ん? 駄女神よ、我輩の見通す力に一つだけ2人が付き合った先の未来が見えたのだが」

「そんだけ見通す力使って一つだけってことは相当可能性低いのね。少しだけ安心したわ。……で? どんな未来なのよ」


 ふーむ……これは駄女神に言ってもよい未来なのかどうか。駄女神の言う通り相当可能性の低い未来ではあるのだが。

 …………まぁ、言ってしまうか。この未来を我輩の胸の内だけで終わらすのもなんだか気持ちが悪い。



「うむ、なんだかよく分からんが、ぼっち娘が魔王になっておったぞ」



「なにそれ? 何かの冗談?」

「冗談ではないが我輩に聞かれても何も答えられん。過程も何も見通せずその未来だけぽつんと見えておるゆえ」


 だからこそ気持ちが悪いのだ。こんな見え方をしたのは長いこと存在してきて初めて…………ん? まて、そういえば、あのドラゴンが生まれたときも……。


「駄女神よ、我輩はちょっと考えることが出来たゆえ、さっさと帰れ」

「なによー、ゆんゆんが魔王化するとか私もすっごい気になるんですけど」

「お土産に貧乏店主がまた勝手に仕入れたゴm……もとい『カエル殺し』をくれてやる」

「しっかたないわねー。これは貸し1だからね。次来た時はちゃんと美味しいお菓子用意しときなさいよ」


 仕方ないとか言いながらゴミを嬉しそうに受け取ってる駄女神。…………こんなゴミで喜んで帰ってくれるならいくらでもくれてやるのだが。

 あと、むしろたまには貴様が菓子折りでやってこい。



 そんな感じで駄女神を追い払った我輩はウィズに砂糖水を与えるのも忘れて思案にふけるのだった。

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