第20話 このさみしがりやな娘に友達を!

――ゆんゆん視点――



「ダストさんダストさん、この前ダストさんがミネアさんとでかけた日に王都では銀髪盗賊団が出たらしいですよ。しかも今回は『ライン=シェイカー』っていう最年少ドラゴンナイトさんも一緒だったらしいです」


 ギルドの酒場。運ばれてくる料理を待ちながら、私はイリスちゃんから聞いた話をダストさんにしてみる。


「ふーん……ライン=シェイカーねぇ。この街にいるって噂だったが王都に移ったのか」


 興奮気味に話してる私とは対照にダストさんは興味が無いんだろうか。頬杖をつきながら欠伸までしていた…………って、あれ?


「もしかしてダストさんって最年少ドラゴンナイトさんの名前を知ってたんですか?」

「あん? それくらいこの街に長くいるなら知ってるやつのが多いっての。まぁ、最年少ドラゴンナイトが『ライン=シェイカー』ってのは知ってても得物が槍だってのまでは知らないやつも多いだろうがな」


 そう言えば、前に私達が最年少ドラゴンナイトさんを探してた時は金髪で凄腕の槍使いを探してたっけ。もしかして普通に元最年少ドラゴンナイトの人を探せば名前くらいはすぐに分かったんだろうか。


「けど、最年少でドラゴンナイトになった上に王国一の凄腕の槍使いとか本当にすごい人ですよね。……どんな人か会ってみたいなぁ」

「最年少ドラゴンナイトって言っても元貴族なんだろ? どうせ性格悪い残念男だぜ」

「えー、そんなことないですよきっと。友達を置いて女の人についていったり、友達を足に使っといて肝心の目的の場所には連れて行ってくれないような薄情な人じゃなくて優しい人だと思います」


 最年少ドラゴンナイトさんはお姫様のお願いを叶えるために英雄としての立場を捨てるくらいの人だし。目の前の性格悪いチンピラさんとは全然違うはずだ。


「……前者はともかく後者は悪かったよ。謝るから機嫌直せよ」

「ふーんだ……謝られても許しません」


 そっぽを向く私に面倒そうなため息をつくダストさん。

 自分でも今の自分は面倒だなって思う。


(でも……私はもう、ダストさんを友達だって認めてしまったから)


 だからこれくらいの文句は許されても良いはずだ。……友達に置いていかれることは凄く寂しいことだから。


「ったく……このさみしんぼっちはすぐに機嫌悪くするから困るぜ」

「機嫌悪くするようなチンピラさんが悪いと思いますけど。……そういえば、どうしていきなり昼食に誘ってきたんですか?」


 たまにクエストの帰りにご飯誘ってくれることはあるけど、ご飯だけに誘われたことは考えてみればない。だからこそ自分が怒ってる相手の誘いにほいほいのっちゃったんだけど。


「ん? まぁ、そろそろ来るからだろうから気にすんなよ…………っと、ごちそうさん」

「来るって……誰か来る予定なんですか?…………って、何で一人だけ食べ終わっちゃってるんですか。一緒にご飯食べるって言うから来たっていうのに」


 こっちはまだ注文した料理も来てないんですけど。


「んだよ? もしかして俺と一緒に飯食いたかったのか?」

「…………一人で食べるよりかはマシですから」


 たとえ相手がどんなに性格の悪いチンピラさんであろうとも。一人で食べるよりは何倍もマシだ。

 まぁ、贅沢を言うならめぐみんやイリスちゃんと食べたいんだけど。


「お前……最近妙に素直だよな。なんだよ? もしかして俺に惚れたのか?」

「すみません、そういう笑えない冗談はやめてもらえますか?」

「おう、真顔で言うのやめろ。ちょっと傷つくだろうが」


 そんなこと言って実際は全然傷ついてないくせに。セクハラこそしてくるダストさんだけど、本当に手を出そうとしてきたことは一度もない。守備範囲外という言葉に嘘はなく、私のことをそういう対象としては見てないというのはこれだけ付き合っていれば分かっていた。


「なんかお前のその顔ムカつくな。なんつーか、俺のこと見透かしてるような…………あ、リーンに似てやがんのか」

「まぁ、私やリーンさんに限らずダストさんと長く付き合ってたら誰でもこんな顔するようになると思いますよ?」


 チンピラっぷりにさえ慣れてしまえばこれほど分かりやすい人もいないと思う。


「よし、お前ちょっと表出ろ。どっちが上か思い知らせてやるからよ」

「嫌ですよ。もうそろそろ料理届くと思いますし。そんなに喧嘩したければ壁とでも喧嘩してきてください」

「…………お前、本当リーンに似てきやがったな」

「リーンさんにはダストさんのあしらい方とか教えてもらってますからね」


 そういう所で似てくるのは当然だと思う。


「何を教えてんだよあいつは……」

「曲がりなりにもダストさんと付き合っていくには必須の技能ですし、リーンさんには本当感謝しています」


 本当にリーンさんと友達になれたのは幸運だった。


「お前らは俺を何だと思ってんだよ!?」

「どうしようもないろくでなしのチンピラなドラゴンバカさんですかね」


 穏やかな言い方するとそんな感じだと思う。




「あはは……キミ達って仲良いのか悪いのかよく分からないよね」

「…………やっと来たか。遅いぞクリス。お前らが早く来ないからぼっち娘の毒舌に無駄にストレス溜まったじゃねーか」


 適当に話をする私達に笑いながら近づいて来るのはクリスさん。そしてそのすぐ後ろには……。


「一応約束通りの時間だと思うんだけど…………ま、いっか。ごめんごめん。……ほら、ダクネスもちゃんと挨拶しなよ」

「や、やあ、ダストにゆんゆん。今日はお、お招き…あ、ありがとう」


 めぐみんのパーティーメンバーであるダクネスさんの姿があった。

 ……なんか声が震えてるというか、見る限りに顔が強張ってるけど、緊張しているんだろうか?

 かくいう私もいきなりの来客にちょっと緊張してるんだけど。……クリスさんにしてもダクネスさんにしても、盗賊団とかめぐみんを通じてそれなりに付き合いはあるんだけど、あんまり話したりはしてないからなぁ。


「? 何を緊張してんだよララティーナお嬢様。俺もゆんゆんも別に知らない顔じゃねーだろうが」

「私をララティーナとよぶな!……だって、仕方ないだろう? 今日は私とクリスがゆんゆんと――」

「あー、ごめんねダスト。なんだかんだでダクネスもぼっち属性だから」

「そうか、ぼっちなら仕方ねーな」

「それで納得できるのか!?」


 なんだろう、ダクネスさんから私と同じ匂いがする。



「ま、お前らが来たんなら俺はもういいよな? クリス、後は頼んだぞ」


 そう言ってダストさんは席を立ち上がり、そのままギルドを出ていこうと歩き出す。


「ダストさん、行くんですか?」

「…………お前は、もう少し自分に自信持てよ。お前ならそれだけでいくらでも友達できるだろうからよ」


 思わず呼び止めた私の頭をぽんとなでたと思ったら、ダストさんはすぐにギルドを出ていってしまった。





――サイドA:ダスト視点――


(しっかしまぁ…………ララティーナお嬢様も意外と可愛いとこあんだな)


 あれでも大貴族の令嬢。社交性はあるはずだし、実際冒険者の奴らと話す時も性癖除けばまともだ。だからこそ今回の話に適任だと思ってたんだが……。


(……ま、そのあたりはクリス様がしっかりやってくれるか)


 ゆんゆんあいつもなんだかんだで少しは成長してるはずだしなんとかなるだろう。


「けど…………このあと何するかね。クエストする気分じゃねーし、ジハードも今日はぐっすり寝てて起きないみてーだし…………暇だ」


 思わず口に出してそう言ってしまう。今更あいつらの所に戻るのも格好付かないし…………久しぶりにナンパでもするか?


「では、少し私に付き合っていただけないでしょうか? 『ダスト』様」


 そんな俺の呟きを拾って、待ち構えてたかのように掛けられる声。


「……ん? そろそろ誰かが来る頃だとは思ってたがお前が来たのか金髪のロリっ子」


 確か名前はイリスとか言ったか。白スーツの女とどっちが来るかと思ってたがこっちが来たんだな。

 …………薄々気づいてたがこのロリっ子相当上級の貴族か。あれだけの騎士や冒険者を指揮していた白スーツの女が護衛についてるくらいだし。クリスやめぐみんが変な反応してたのもそれなら説明がつく。


「その様子では私がどのような要件で来たか分かっておられるのですね」

「ま、お前とあの白スーツの女にはちょっと接触しすぎてたしな。爆裂娘と一緒じゃなければまだバレなかった可能性もあるだろうが……」


 冷静に考えれば気づいて当然なだけの手がかりは残っている。


「…………ひとまず場所を移しませんか? 私としてもこれからする話は他の方に聞かれたくないのです」

「それもそうだな。……喫茶店にでも行くか?」


 ああいう店は座る場所や時間帯さえ間違えなければ人に聞かれたくない話をするのに適している。


「そうですね…………それもいいのかもしれませんが、今回は街の外にしませんか? 街中ですとクレアにすぐ見つかってしまう気がするので」

「あの怖い白スーツの姉ちゃんか。ま、そういうことならいいぜ」


 移動に時間がかかるのが難点だが……どうせ今日の俺は暇している。


「ただ、もしモンスターに襲われた時はちゃんと俺のこと守れよ? ジャイアントトードやはぐれ白狼くらいならなんとかするが初心者殺しやグリフォンの相手は無理だからな」

「任せてください。私、戦うことは得意ですから」


 カズマみたいなロリコンならすぐに落ちそうな笑顔で、金髪のロリっ子はやる気殺る気満々でそう言った。





「『エクステリオン』『エクステリオン』――『セイクリッド・ライトニングブレア』!…………ふぅ、これでゆっくりとお話ができますね」

「お、おう……」


 チャキンと聖剣を鞘に収めて振り向くイリス。その何事もなかったかの様子に俺はドン引きしながらもなんとか声を出して応える。


(何が俺と同じくらい強いだよ爆裂娘のやつ。普通に今の俺の本気より強いじゃねーか)


 グリフォンを瞬く間に倒すとか。ステータスだけならミネアの力を借りた俺もそう変わらないだろうが、その戦闘技術と得物の差は比べるのも馬鹿らしい。

 というか、最近グリフォンがこの街の近辺に流れ着きすぎだろ。爆裂娘たちがグリフォンとマンティコアのクエストを消化してからこっち、野良グリフォンが出没しすぎだ。一種の空白地帯みたいなもんなんだろうが…………そのうちアクセル周辺のモンスター分布にグリフォンが追加されかねない。


「さてと……話を始める前に、改めて名乗らせていただきましょうか」

「あん? 名前はイリスじゃねーのか。たしかそう呼ばれてたよな」


 ゆんゆんの話の中によくイリスって名前は出て来るし。めぐみんやクリスも確かそう呼んでたはずだが。


「この街では確かに私はチリメンドンヤの孫娘イリスと名乗っていますが本当の名前は違います。…………あなたと同じように」

「…………本当の名前ってのは?」

『ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス』。それが私の本当の名前です」


 ベルゼルグっておい…………この国の王族じゃねーかよ。通りでアホみたいに強いわけだ。


「……あなたのお名前もお聞かせ願えますか?」

「俺の名前はダストだ。昔はまぁ……『ライン=シェイカー』って呼ばれてたが」


 今も冒険者カードに乗ってる名前は『ライン=シェイカー』ではあるが、そっちの名前を使う気は今のところない。あいつと一緒にいると決めてからの俺はダストで間違いないのだから。

 ……このさい冒険者カードの名前も変えたいんだけどなぁ。名前の変更は聖職者になって名前を新たにもらうとかそういうのじゃない限り出来ないのが難しい所だ。おかげで俺やララティーナお嬢様みたいに偽名で冒険者したければギルドに金払って協力してもらわないといけない。


「……あまり、私の正体に驚かれてないのですね」

「十分驚いてるっての。……まぁ、相当高貴な血筋ってのは薄々気づいてたことだし、貴族や王族の相手すんのも慣れてるからな」


 だから驚く以上に得心したってか、いろいろ腑に落ちてなかった所が解消出来たって気持ちのほうが大きいのも確かだ。


「やはりあなたが最年少ドラゴンナイト様なのですね」

「ま……ここに来て否定はしねーよ」


 その称号は捨てたものだから心情的には否定したいところだが。


「でしたらこの国の王女としてお願いします。どうかこの国の騎士として魔王軍と戦っていただけないでしょうか?」


 青い瞳でまっすぐに俺を見つめて。アイリスは真摯に願ってきた。


「…………答えを出す前に聞いてもいいか?」


 その瞳から目をそらしながら。俺は質問する。


「俺の正体に気づいたやつ。王国側じゃどれだけいる?」


 その答え次第で俺の今後の行動が決まる。


「気づいたのは私一人です。……おそらく今後気づくのも私一人ではないでしょうか」

「ホントかよ…………ほら、あの白いスーツの女とか気づかないほうがおかしいと思うんだが」

「それはそうなんですが…………あの様子では気づかないと思われます」


 ダストの時に何度かあって追い掛け回されてるし、この間も普通に会話したんだぞ? なんで気づかないんだよ。


「気づかないって思う根拠はなんだよ?」

「えっと…………ですね。あまりこの話はしたくないといいますか、先方の名誉のために名前は伏せますが…………とある魔法使いの方にクレアが最年少ドラゴンナイト様の正体をしつこく訪ねまして」


 …………とある魔法使いってどう考えてもあいつか。


「…………それで?」

「魔法使いの方は『よくよく考えたら私があの男を庇う理由などないじゃないですか』とおっしゃいまして…………」

「…………おう」


 あいつには今度ジハードを噛みつかせて一日一爆裂出来なくしてやろう。


「ダスト様の正体をクレアにバラしたのですが、クレアは『あんなチンピラがシェイカー殿であるわけないだろう』と笑い飛ばしまして…………まぁ、その…………そんな感じなのです」

「…………俺が言うのも何だが、この国大丈夫なのか?」


 いや、本当に俺が言うのもなんだけど。騎士を指揮してたあたり一応お偉いさんだろ?


「言わないでください…………クレアは基本的には聡明なのですが、自分より下と見たら見下す悪癖があって…………きちんと力を示せば認める柔軟さもあるのですが」


 ようは少しでも俺がまともなところを見せていればバレてたかもしれないってことか。


「それでダスト様。お答えをお聞かせ願えますか? どうかこの国で一緒に魔王軍と戦ってください」

「…………お前はいい目をしてるよな。この国の王族はどいつもこいつもそんな目をした奴らばっかだ。…………ほんとあの国の王様に爪の垢飲ませたいぜ」

「? お兄様……ジャティスお兄様やお父様と会われたことがあるのですか?」

「一度だけな。俺がドラゴンナイトになってすぐの頃一緒に戦ったことがある」


 その時の功績と最年少ドラゴンナイトの実績から俺はあいつの護衛になったから、本当にその一度きりだったが。この国で曲がりなりにも俺の噂が流れてるのはその時のことも理由の一つだろう。


「では……また一緒に戦っていただけるでしょうか?」


 その瞳は本当に真っ直ぐで澄んでいて……貴族や王族が嫌いと言ってはばからない俺をして好意的に捉えざるを得ない光がある。


 ミネアが戻ってきた今、もしも俺が一人だったらきっとこの誘いに乗っていた。

 もしも俺があの国から逃げ出してから最初に出会ったのがジャティスやこいつだったのなら魔王軍と戦っていた今もあっただろう。


 だけど……それは全部仮定の話だ。俺の答えは最初から決まっている。


「悪いが俺はもう国のために働く気はないんだ。『騎士』になんか絶対なりたくねーし、自分から魔王軍と戦いに行く気もない。…………ジャティスや国王のおっさんには悪いが、一緒に戦うことはねーよ」

「…………どうして、と聞くことは許されるでしょうか?」


 どうして、ね。いろいろと理由はあるが、それを全部ひっくるめて言うなら……。


「俺が『ダスト』だからだよ」


 俺はもう最年少ドラゴンナイトの『ライン=シェイカー』なんかじゃない。ただの街のチンピラ『ダスト』だ。


「こんなどうしようもないチンピラには魔王軍と戦う理由なんてねーし、戦って生き残るだけの力もない。そもそもが見込み違いなんだよ」


 今の俺が戦線に参戦しようが大局は変わらない。俺に強化されたミネアは確かに戦場で最強かもしれない。でも今の俺はその隣で戦えるほどの力はない。すぐに死んじまうのが落ちだ。


「…………本当の理由は話してくれないのですね」

「別に嘘は言ってねーんだがな……」


 確かにそれが一番の理由ではないが。どちらにしても今の俺が『ダスト』だからって言葉に全部込められている。それを一から説明する気は確かにない。


「……で、だ。俺がこの国で騎士として戦う気はない。それはどれだけ言葉を重ねても変わらない。その上でお願いと言うか取引がしたいんだが……」


 断っておいて虫の良い話だとは分かっているがしないわけにもいかない。どうせ俺はどうしようもないろくでなしなのだからと開き直って切り出す。


「ダスト様の正体を隠していて欲しいという話でしょうか? 別に最初から誰かに伝えるつもりはありませんよ。あなたほどの経歴の持ち主が名と実力を偽りはじまりの街にいる……その意味は分かっているつもりです」

「そう言っててあっさりばらしたらしい爆裂娘魔法使いがいたみたいだけどな」


 いや、まぁ確かにあいつには俺の正体隠す義理なんてないから仕方ないけどよ。


「いえ……本当に安心してください。めぐみんさんもクレアの質問がしつこすぎて答えてしまっただけです。私にそこまで強く質問できる人はこの国にはいませんし、たとえされてもベルゼルグの名にかけてバラしません」

「まぁ……別にお前のこと信じてないわけじゃないんだがな」


 ゆんゆんの話の中でこのロリっ子がどういう奴かは分かってるつもりだ。筋の通らないことをするタイプじゃないだろう。


「ただ、それじゃ俺の気がすまねーんだよ。ここでお前の好意に甘えたら俺はお前に借りができちまう。……ただでさえ最近借りを作っちまったやつが多いからそれは避けたい…………って、なんだよその意外そうな顔は」

「いえ…………その…………ゆんゆんさんから聞いていた話から伺える人物像とは大分違いまして…………」


 あいつは俺のことなんて話してるんだよ。……いや、だいたい想像つくけどよ。


「とにかくだ。お前が俺のこと黙っててくれるってのはありがたい。だけどその代わりになんか俺にやって欲しいことを言ってくれ。可能な限りなんとかしてやる」


 だから取引。今回のことを貸しでもなく借りでもない形で終わらせる。そんな自分本位でろくでもないお願いだ。


「…………難しいですね」

「まぁ、こんなチンピラに頼むことなんてないか」


 なんてったってこいつは王族。望めばたいていのことは叶ってしまう。そんなやつが街のチンピラなんかに頼むことなんてそう思い浮かばないだろう。


「いえ……色々ありすぎて困っているんです。例えばドラゴンの背に乗せてほしいとか、お姫様との逃避行中の話を教えてほしいとかあるのですが……どれか一つとなると…………」


 …………前者も後者もできれば勘弁してほしいんだが。あんまりあいつのことは思い出したくないし。


「…………決めました。あの……私に戦いを教えてもらえませんか?」

「はぁ? 戦いって俺がお前に何を教えんだよ。ぶっちゃけお前今の俺より強いだろうが」


 それに今の俺は曲がりなりにも剣を使って戦ってるが、人に教えられるほどじゃない。槍ならともかく聖剣使いのこのロリっ子に教えられること何てほとんどないだろう。


「戦闘技術という意味では確かにそうかもしれません。私は小さい頃から魔法に剣術にいろいろ教わってきましたから」


 今でも十分小さいけどな。……まぁ、そう言えるだけの間叩き込まれてきたんだろう。王家の才能を余すところなく開くために。


「ですが……私は『戦い』を知りません。お兄様やお頭様のように『冒険』をしたことがない…………今の私では本当の強敵が現れた時にお兄様は頼ってくれません」

「…………そういうことか」


 俺がこいつに感じていたこと。このロリっ子はたしかに強いが、それを裏付ける『凄み』がない。実戦経験が圧倒的に足りない……もしくは実戦経験があっても自分が圧倒的に有利な状況でしか戦ったことがないんだろうとは思っていた。

 そういう奴は自分よりも弱い相手であれば問題なく勝てるが自分より強い相手になると全力を出せず負けてしまうことが多い。…………戦場じゃ1番死にやすいタイプだ


(つっても……このロリっ子より強い敵なんて数えるほどしかいねーだろうし、そんな相手に王族をぶつけるはずもない)


 だから問題なんてないはずなんだが…………それなのにこうして頼んでくるのは王族としての強さを求める性か。あるいは……。


「……ま、いいぜ。そういうことなら俺でも教えられることはあるだろうしな。お前が納得するまでお前を鍛えてやるよ」

「本当ですか!?」

「おう、まぁ大したことは教えられないだろうけどな」


 それにこれは俺にとってもそう悪い話じゃない。訛ってしまった槍の腕。それを鍛え直す相手にこのロリっ子はうってつけの相手だろう。


(…………けど、それじゃ借りを返したことにはならねーな)


 自分にも得のある話じゃ当然そうなる。結局、このロリっ子にも借りを作ることになりそうだった。







――サイドB:ゆんゆん視点――


(……自分に自信を持つなんて…………それができたら苦労しないのに)


 去っていくダストさんの背中を見つめながら。私は服をぎゅっと掴んで不安な気持ちを誤魔化す。


「おい、クリス。あの男は誰だ。私の知っているダストはもっとこう…………残念なふうにクズなチンピラだぞ」

「あー……まぁ、なんかいいことでもあったんじゃないかな。もしくはなにか悪いものでも食べたとか」

「なるほど……悪いものを食べたと考えればあの様子も頷ける」

「…………事情知らなければあたしもそう思うあたり人徳だなー」


 なんか失礼なことを言ってるダクネスさんとクリスさん。ダストさんの評価はどこでも同じらしい。




「さてと……あたしたちのご飯も来たしそろそろ本題にはいろうかな。…………さっきからダクネスもゆんゆんも話さないであたしばっかり喋ってるし」

「……すみません」

「すまない……」


 クリスさんたちのご飯が来るのを待ってる間のやり取りを思い出して私は顔を俯けながら謝る。

 けど、私はいつものことと言ったらいつものことだけどダクネスさんはどうしたんだろうか。めぐみんやカズマさんと一緒にいる時のダクネスさんはもっと堂々としていた気がするんだけど。


「そ、それで私に用事というのはなんですか?」


 ダクネスさんのことを考えてたら少しだけ気が紛れたのか。なんとか気を取り直した私はそう話しかける事ができた。


(…………けど、私に用事って本当に何なんだろう?)


 もしかしてギルドでトランプタワーを作るのは迷惑だからやめてほしいとかだろうか。

 それともバニルさんと友達ということがバレて悪魔と友達なんて魔女の所業と裁判に掛けられるんだろうか

 はたまた…………って、ダメダメ。どうしてこう悪い方悪い方に考えちゃうんだろう。めぐみんとかダストさんが傍にいる時はもっと前向きになれてる気がするのに。


(…………うん。とにかくもっと前向きに考えないと)


 暗いことばっかり考えてたら暗い顔になってしまう。クリスさんもダクネスさんも心優しい人たちだって事は知ってる。だからもっと楽しいことを考えてもいいはずだ。

 たとえば……そう。私とと、友達になって欲しいとかそういう話をしにきたんじゃないだろうか。


「うん。その用事なんだけどね。ねぇ、ゆんゆん。あたしとダクネスと友達になってくれないかな?」

「そうそうこんな感じで………………って、え!!? 友達って私とですか!?」

「他に誰がいるのさ?」


 ダクネスさんもクリスさんの言葉に頷いている。……え? これ夢じゃないの?


「で、でも、どうしていきなり友達になんて話になるんですか?」


 もしかしてこれは壮大なドッキリなんじゃ…………。


「あー……実はダストに頼まれたんだよ。手を貸す代わりにゆんゆんの友達になってくれないかって。それでせっかくだからってことでダクネスも連れてきたんだ」

「…………そうですか。ダストさんに頼まれて」


 …………結局そうだ。私は自分で友達なんて作れはしない。バニルさんの時もアクアさんの時もそして今も。お膳立てされた場がなければ私なんて……。


「確かにダストの言う通りかもね。ゆんゆんはもっと自信を持つべきだと思うよ」

「そうだぞゆんゆん。確かに私もクリスもダストの提案でこうしてこの場にいるが、この場に来ようと思ったのは相手がゆんゆんだからだ」

「ダクネスの言う通りだよ。あたしもダクネスもゆんゆんとなら友達になりたいって思ったからダストの提案に乗ったんだ。……というよりあたしは今結構ショックなんだからね? あたしとしてはもうとっくにゆんゆんと友達になってたと思ってたのに」


 うつむいていた顔をあげる。目の前には少しだけ強張った顔をしたダクネスさんと、いたずらっぽい笑みを浮かべたクリスさんが優しい眼差しで私を見ていてくれた。


「…………本当に私でいいんですか?」


 その優しい眼差しに勇気を出して私は聞く。本当はこんな質問をするなんて相手に失礼だって分かっているけど…………不安な気持ちの中にいる私はどうしてもその答えを聞きたかった。


「本当はここはお説教しないといけないんだろうけど…………それは友達になってからでもいいかな。……キミいいんだよ、ゆんゆん」

「むしろその質問は私のほうがするべきだろう。ゆんゆんこそ私のようなへn…………何をするクリス。いくら私がドMの変態だからといっていきなり太ももを抓られても困るぞ」

「嬉しそうな顔でそう言われても説得力ないんだけど!? というか、ダクネスちょっと空気読もう? じゃないとこれから一ヶ月の間ララティーナって呼んじゃうよ?」

「…………最近その恥ずかしい名前で呼ばれるのも慣れてきたというか、少しだけ嬉しく感じるようになってきたんだが……クリス、どう思う?」

「とりあえず黙ってればいいと思うよ。…………あ、ごめん、謝るからその嬉しそうな顔やめて。普通に喋ってお願いだから…………って、ゆんゆん? 何を笑ってるの?」

「っっ……ご、ごめんないさい……二人のやり取りが面白くて……」

「べつに漫才をやってるわけじゃないんだけどなぁ……」


 ぽりぽりと顔の傷跡を掻きながら。クリスさんは困ったようにそう言う。


「まぁ、いいじゃないかクリス。おかげで私もゆんゆんも緊張が解けたようだし」

「…………ま、それだったらいいんだけどね。それで、ゆんゆん。納得はできたかな?」

「えっと…………はい。まだ、少し本当にいいのかなって気持ちはありますけど…………」


 この二人が本当に私と友達になりたいと思ってくれていることは信じられる。

 ほんの少しだけ不安というかしこりのようなものが残っているのは否定出来ないけれど……。


「なぁ、ゆんゆん。まだ少し引っかかっているようだが、これくらいのことはなんでもないことなんだぞ?」


 そんな私の様子に気づいているんだろうか。ダクネスさんはそう言って続ける。


「友達の紹介で友達が増える。それはどこにでもある普通の話だ。そんなに身構えることじゃない」

「……それ、さっきまで緊張してたダクネスが言っても全然説得力ないんだけど。……ま、確かにダクネスの言う通りよくあることだよ」


 そっか……ダストさんは友達だから、その紹介で友達になっても何もおかしいことはないんだ。


「クリスさん、ダクネスさん。どうか私と友達になってくれませんか?」


 そう思った私はすんなりとその言葉が言えた。


「うん。改めてよろしくね、ゆんゆん」

「こちらこそよろしく頼む」


 こうして私にまた友達が2人も増えた。




「しかし、ダストにあんなまともな所があるとは驚いたな。てっきりたんなるヘタレたチンピラだと思っていたんだが……」


 一緒に楽しくご飯を食べ終えて。代金を払おうとカウンターに並ぶ私達三人は、無駄にカッコつけて去っていったダストさんの話をしていた。


「まぁ、あれでこの街じゃ1、2を争うくらいに過去に色々あったみたいだからねぇ…………チンピラやってるのは素だろうけど」

「ダストさんのチンピラはもうどうしようもありませんね。……でも、あれでドラゴンにはすごく優しいんですよ。ハーちゃんダストさんに撫でられるとすごく嬉しそうな声で鳴きますし」

「あのチンピラにそういう面が…………意外過ぎるな」

「まぁそうだろうね」


 そうこう話している内に私達の会計の番になる。


「それと……本当にたまーにですけど友達にもちょっとだけ優しいです。……あ、ここは私が払いますね」

「ダメだよ、ゆんゆん。こういうのは割り勘ってのをするのが友達なんだから。ね? ダクネス」

「…………お前、私にはいつも奢ってと言ってなかったか?」

「それはそれ、これはこれ。3人以上の時はいつも割り勘してたじゃん」

「そもそも3人以上で食べることが少なかっただろう…………全くお前は調子のいいやつだ」


 ため息をつくダクネスさんはでも同時に楽しそうで…………この二人が本当に親友なんだなってことを実感させられた。

 私もこの二人の間に少しでもはいっていけるように頑張ろう。


「先に帰られた金髪の男性の代金と合わせて1万500エリスになります。…………お会計はどうなされますか? 別々に勘定することも出来ますが」


「「「…………………………」」」


 ウェイトレスの言葉に絶句する私達。私も二人もせいぜい1500エリス分くらいずつしか食べてないのにこの値段……。


「ねぇ、ゆんゆん。誰が友達にちょっとだけ優しいって?」

「あの男……カッコつけていなくなったくせに食い逃げか……」

「えっと…………その…………さっきの言葉聞かなかったことにしてください…………」



 今度会ったら色んな意味であのチンピラの友達にはお礼をしようと決める私だった。

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