第3章

第21話 セクハラはやめましょう

「ラインは本当にドラゴンが好きだな」


 目付きの鋭い、えてして人相が悪いと評されるだろう男が、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「うん!だってドラゴンは強くて格好よくて可愛いから!俺、絶対父さんみたいなドラゴン使いになるんだ」


 あぁ……これは夢だ。そんなことは考えるまでもなくわかる。


 この夢はもう何度も繰り返し見たものだし、人相が悪いのにいつも楽しそうに笑っている目の前の男はもうどこにもいないのだから。


(早く……起きねーと……)


 今見ているこの幸せな夢はまだいい。だが、この夢はすぐに悪夢へと変わる。


「あらあら、お父さんみたいなドラゴン使いになりたいなんて大きく出たわね。ラインのお父さんはこの国唯一のドラゴンナイトで、王国一と評判の槍使いよ?」


 起きないといけない。分かっているのに俺の意識はこの光景から離れようとしない。……いや、離れられるわけがないのかもしれない。たとえこの先の結末がどうであろうと、この光景は数少ない両親との幸せな思い出なのだから。

 そんな感傷が俺みたいなチンピラにまだ残っているというのは最高に滑稽だが。


「うぅ……でも、父さんみたいな強面のろくでなしが母さんみたいな美人で優しい人と結婚出来たのは凄いドラゴン使いだからだろうし……」

「おい、こら息子」

「俺も母さんみたいな多少変な名前でも美人で優しい人と結婚したいんだ」

「ライン君? その何も考えないで喋る癖やめようっていつも言ってるよね?……女好きな所といい本当どこかの誰かさんにそっくりなんだから」


 ため息をつく母さん。その輪郭は既にぼやけていて思い出せないが、その髪と瞳が綺麗な黒色だったことだけは覚えている。


「いや……ラインのこの思ったことを素直に言う口の悪さはどう考えても母さんの――」

「『カースド――」

「土下座して謝るんで雷撃も氷漬けも勘弁してください!」

「もう…………ライン君? ライン君はお父さんみたいなろくでなしになっちゃだめなんだからね?」


 母さんの言葉にコクコクと頷く俺。普段は優しい人だが、家族に怒る時だけは本当に容赦がない人だった。


「ごほん……まぁ、母さん。そう無理な話でもないんじゃないか?」

「? 何の話?」

「ラインが俺のようなドラゴンナイトになるという話だよ」


 土下座をやめて父さんは続ける。


「ラインが俺の子どもってだけなら難しいかもしれないが、母さん……この国一番の魔法使いの子どもでもあるんだ。案外俺なんかよりずっと早くドラゴンナイトになるかもしれんぞ」

「うーん……確かに才能はありそうだし私の息子ってだけなら信じられるんだけど…………お父さんと同じろくでなしの血筋だからなぁ。私みたいなお目付け役がいないと怠けて才能ダメにしちゃうんじゃないかな」

「…………信用されてないなぁ、息子」

「この場合は信用されてないのは父さんじゃね?」

「…………可愛くねーなぁ、息子」


 人相は悪いのにそうやって不貞腐れている様子は子供っぽくて……大人と子供が同居している、そんな印象の父親だった。




「よし……そろそろ休憩はいいな。もう少し槍の特訓するか? それともモンスター相手でレベル上げするか?」

「レベル上げ」

「……即答だな息子。ぶっちゃけ俺らドラゴン使いにはレベルなんて大して意味ねぇから、槍の特訓させたいんだがな……ま、モンスター相手の戦い方覚えるのも大事だしいいけどよ」

「それじゃ『魔物寄せ』使うわね」


 魔道具によって呼び寄せられる魔物。それを横目にしながら父さんは俺の頭を乱暴になでながら。



「いいか、ライン。これだけは覚えとけ。『子は親を超えなければならない』。お前がどんなろくでなしになろうと構わない。だが、この言葉だけは絶対に忘れるな」


 それは、戦うこと以外はまともに教えてくれなかった父さんが唯一俺に教えてくれた教訓。俺が一番つらかった時期を支えてくれた言葉。


「さーてと……んじゃ、ライン、俺達の戦い方をよく見とけよ。――ミネア、休憩終わりだ。いつまでも寝てねぇでお前も準備しろ。母さん、よってきた敵はどんな感じだ?」

「敵感知の魔法に引っかかる感じじゃ見えてるだけね。つまりグリフォンとドラゴンゾンビとマンティコア2体」

「…………いやまぁ、このあたりのモンスターの分布じゃ確かにありえない組み合わせじゃないんだが…………やりすぎただろ? 母さん」

「大丈夫大丈夫。この国一番の竜騎士様とその相棒のドラゴンならこれくらい余裕余裕」

「……倒すだけならともかくラインにとどめを刺させるために手加減しねぇといけないんだぞ? このレベル上げ考えたのは母さんなんだからちゃんと援護してくれ」

「別に私が考えたわけじゃないんだけどなぁ……ま、お父さんをサポートするのが私の仕事だからいいけど」




 俺はもう父さんの顔なんてほとんど思い出せない。声もあやふやならきっと話し方だって正確じゃない。

 だけどその背中……ミネアと一緒に並び立つその後姿だけは今でも鮮明に思い出せる。


 その姿に憧れた。

 その背中に追いつきたいと願った。


 ただのチンピラとなった今にして思えばどこまでも滑稽な幼いドラゴン使いの夢。




(…………さっさと起きろよ、俺)


 これから先はもっと滑稽で嗤うしかない光景が続くって分かっているんだから。




「…………セレスのおっちゃん、これ……何……?」


 夢が変わる。暗い家の中で俺は二つの指輪渡そうとする兄弟子にそう問いかけていた。


「…………それが何か、ラインが一番分かっているだろう」

「……『双竜の指輪』…………」


 シェイカー家に代々伝わる二つで一つの役割を果たすマジックリング。

 …………両親ふたりが肌身離さず互いに一つずつつけていたはずのものだ。


「…………なんで?」


 それがどうしてここにあるのかと幼い俺は聞く。…………そんなこと聞くまでもなく分かっているはずなのに。


「……とある大物賞金首にお前の両親は襲われたそうだ。戻ってきたのはミネアとこの二つの指輪だけだ」

「意味……わかんねーよ…………父さんと母さんが…………あの二人がやられるわけないだろ?」

「…………勝てないと思ったあの2人はどうにかしてミネアだけでも逃がそうとしたんだろうな。……お前がドラゴン使いになるためにはミネアは……ドラゴンは絶対に必要だから」

「…………ミネアは?」

「今は竜舎にいる。傷だらけだが治療も終わってるし命に別状はないってよ」


 そこまで聞いて幼い俺は兄弟子から指輪を受け取って竜舎に走り出す。


「ライン! お前の面倒は俺が見る! 心配すんな、俺だって下級だが貴族のはしくれでドラゴン使いだ。不自由はさせねーよ。それにあの2人に頼まれてるからな。2人にもしものことがあったら俺が代わりにお前を立派なドラゴン使いにしてくれってよ!」


 その兄弟子の申し出を受けたのはいつだったろう。一週間か二週間か。ミネアと一緒に帰ってくるはずのない両親を待ち続け……ろくに飯も食わなきゃ寝ることも出来なくて死にかけた後だったのだけは覚えている。


(…………ああ、本当に嗤えるな。ここで死んどけばよかったのによ)


 これから先に起こることと今を思えば本当にそう思う。


(ま……悪いことばかりでもなかったけどな…………)


 短かったけど姫さんと過ごした日々は悪くなかったし、に出会ってダストになったことも後悔はしてない。……最近はわりと生きてて楽しいしな。





「ん……んぅ…………」


 次の夢へと引っ張られそうになる意識を俺は無理やり覚醒させようと、瞼に力を入れて目を開けようとする。


「あ、ダスト君、起きた?」

「…………姫さん?…………ちっ、まだ夢の中かよ」


 でも……まぁ、いいか。姫さんの夢ならもう少しなら付き合っても……。


「ダスト君、もしかして寝ぼけてるの?」

「あん? 夢の中なんだから寝ぼけてて当然だろ。相変わらずおかしなこと言う姫さんだな」

「おかしなこと言ってるのはダスト君だと思うんだけど……お姉さんのこと誰かと勘違いしてない?」


 勘違い? こんだけところてんスライムの匂いさせてる女なんて俺は母さんと姫さんしか知ら…………って、あれ?


「…………なんだよ、セシリーじゃねえか」


 紛らわしい匂い漂わせやがって。


「流石のお姉さんも膝枕してる相手にため息されたら傷つくんだけど…………これはもう責任取って結婚してもらうしか……」

「ふぁーあぁ…………ねみぃ…………もう少し寝るか」


 流石に嫌な夢の続きは見ないだろう。


「おーい、ダストくーん? 流石のお姉さんも完全スルーは予想外なんだけどー?」

「しらねーよ……いいから寝かせろよ。昨日の夜遅くて寝不足なんだよ……」


 だからこうして木の下で昼寝してるってのに。…………なんでこのプリーストが膝枕してるかはしらないけど。


「寝不足? なになに? エッチな話?」

「うぜぇ…………なんでいきなりそんな話になんだよ」

「え? だってダスト君って私と同レベルの変態さんじゃない? 寝不足って言ったらそういう話になると思うのよ」

「変態なのは否定しねーがお前と同レベルってのは死ぬ気で否定してやる」


 というか仮にも性別女だったらもっと慎み持てよ。


「私以上の変態…………もしかしてダスト君はゼスタ様クラス……?」

「ねーよ! 何で俺がお前以上の変態になんだよ!?」

「だってダスト君って私を裸にして首輪つけて散歩させようとしたことがあったじゃない? さすがのお姉さんもドン引きだったわよ?」


 …………………………


「で、何でお前は俺を膝枕なんてしてんだよ?」

「ダスト君って本当誤魔化すの下手ね」


 うるせーよ。あと、あれのこと考えてもこいつのほうが絶対変態だって。


「んー……膝枕の理由って言われても、ダスト君が硬そうな所で寝てるから膝枕してあげたってだけよ?」

「暇人かよ……」

「だって最近めぐみんさんもアイリスさんもアジトに来ること少なくって…………ゆんゆんさんは定期的に掃除しに来てくれるけど」

「いや、お前の本職はプリーストだろうが。プリーストの仕事しろよ」


 というかゆんゆんは何してんだ。このプリースト甘やかしたらろくなことならないんだから自分で掃除くらいさせろよ。で、俺の借りてる馬小屋の掃き掃除する回数をもっと増やせ。


「でも、ダスト君。プリーストの仕事って何をすればいいのかしら? アクシズ教団の例のアレを売る仕事とエリス教会に喧嘩を売りに行く仕事ならちゃんとやってるけど」

「そんな仕事はネロイドにでも喰わせて一緒に飲んじまえ」

「お姉さん的には食べさせるなら生きのいいところてんスライムに食べさせてから頂きたいわね」

「……てーか、ところてんスライムも取扱禁止なの考えれば犯罪スレスレというかアウトの行為しかしてないじゃねーか。それを仕事とか言うのはやめろよ」


 一応アクシズ教徒の教義の中にも犯罪はまずいって内容があっただろ。『犯罪じゃなければなんでもやっていい』とかそんなの。…………別に犯罪やったらダメって内容じゃねーな。


「それはダストくんにだけは言われたくないんだけど…………ダスト君マッチポンプを仕事と言って何度も捕まってるわよね?」

「記憶にないな。ゆんゆんか誰かと勘違いしてるんじゃないか」


 あいつは確かマッチポンプ詐欺で捕まってたよな。




「ダスト君って本当ろくでなしよね」

「ま……お前には言われたくないけどな」


 俺がどうしようもないろくでなしのチンピラだってのは間違いない。


「でも…………初めてあった時に比べたら凄くいい笑顔をするようになったかな」

「あん? お前と初めてあったときって言ったら留置所だっけか。…………別に変わったきはしねーんだが」


 あの頃と違ってジハードとミネアがいるし、そういう意味じゃ笑うこと増えてるかもしれないが。こいつとあった時から俺はダストとして好き放題してるし。


「うん……確かに変わって変わって……でも、本質的な所は全然変わってないわね」

「いや…………マジでお前が何言ってるか分からねーんだが。つーかお前が俺の何を知ってんだよ」


 ただの友達の友達のくせに人のこと分かったようなこと言いやがって。


「ダスト君が『――たがり』なのは知ってるわね」

「………………やっぱ俺お前のこと苦手だわ」


 そのことは誰にも言ったことがないってのに。


「そう? お姉さんはダスト君のこと好きよ」

「そうかよ」

「…………………………」

「………………………?」


 何をこいつは似合わない真面目な顔して俺のこと見つめてきてるんだ? 凄い気持ちわr……もとい気色悪いんだが。


「ねぇ、ダスト君」

「なんだよ」

「…………そろそろセシリーお姉ちゃんに惚れた?」

「お前そのいきなり訳の分からないこと言い出す癖マジでやめろ」


 毎回毎回反応するのに苦労してんだからな。


「あの……? 一応でもこんな美少女が好きだって告白してるのよ?」

「しらねーよ。一応の上に美はともかく少女じゃねー守備範囲外に告白されたからってなんだってんだ。つーか、お前のその告白はいつものことだろうが」


 その後何も言わずに見つめてきてたのだけが謎なだけだ。


「おかしいわ…………マリスに教えなきゃ最近パッドを付け始めたことを街中にバラすわよと脅して教えてもらった告白方法なのに……ミステリアスな雰囲気から告白したらどんな男でもイチコロというのは嘘だったのかしら?」

「あの処女プリーストが男の扱い方知ってるわけねーだろ。適当だ適当」


 てかあの貧乳プリースト、パッドをつけ始めたのか。キースに今度教えてやろう。


「てかだな。そもそもお前は守備範囲外だって何度も言ってるだろうが。クソガキとアクシズ教徒にどんなに情熱的に告白されようが俺にとっちゃ問題外だっての」

「そんなこといってさっきからダスト君太もも撫でてきてわよね?」


 ただしセクハラしないとは言ってない。いや、本当こいつも見た目だけは悪くないんだよな。自分からセクハラする気はないけど膝枕までされてる今の状況だと触ってもいいかな程度には思ってしまう。


「まぁ、あれだ。もう少し言うなら仮にお前がアクシズ教徒じゃないにしてもお前の好きって言葉じゃ揺さぶられないと思うぞ」

「どうして?」

「だってお前いろんなやつに好きだ好きだ言ってるけどそれ全部親愛だろ? 恋愛的な意味で言われてないなら別になんとも思わねーよ」


 こいつが示す愛情は親愛と敬愛と性愛だけだ。恋愛なんてもの欠片もない。


「…………私、ダスト君のそういう所苦手だわ」

「そりゃ両思いだな」


 俺もこいつの妙に鋭い所は苦手だし……ってさっき言ったよな。


「けど、ダスト君って童貞なのにそういう乙女の機微がちゃんと分かるのね。ちょっとだけ意外だわ」

「おいこら待て。誰が童貞だ誰が。勝手に決めつけてんじゃねーぞ」

「お姉さんダスト君のそういう強がりな所は好きよ?」


 ぐぬぬ……本当に童貞じゃないってのに。…………夢の中じゃ百戦錬磨だっての。


「今ダスト君から邪悪な気配を感じたんだけど…………もしかしてお姉さんに内緒で悪魔に関わることやってないわよね?」

「お前らアクシズ教徒のセンサーはどうなってんだよ!?」


 こいつの前じゃサキュバスサービスのことを思い浮かべるのはやめたほうが良さそうだ。


「まぁ……あれだ。俺は乙女心なんて全然分かんねーけどよ。『好き』って言葉が親愛か恋愛かどうかくらいは分かるんだよ」

「乙女心より普通そっちの方が難しいと思うんだけど……お姉さんの『好き』って言葉を親愛だと見破ったのなんてダスト君くらいよ?」


 お前は親愛と一緒に性愛も混ぜてやがるからな。普通混ぜないもんを混ぜてるから誰だって勘違いするわ。俺がそれを勘違いしないのは……


「…………親愛の言葉を勘違いして痛い目に二回くらいあってるからな。流石に三回目は勘弁だ」


 ……二回目の時は危うく性別変わりかけたし。


「んー…………なんだろう、このダスト君からする勘違いしてるのを勘違いしてるような微妙な雰囲気は」


 何でこいつは可哀想なものを見るような目を俺にしてるんだろうか。


「つーか……お前のせいで完全に目が覚めちまったじゃねーか。今日の夜も遅くなりそうだからもうちょい寝たかったってのに」

「そう言えば、さっきそんなこと言ってたわね? エッチなことじゃないなら何の用事があるの?」

「何って言われるとすげー説明がしづらいんだが……」


 ちゃんと説明するとなると俺とイリスロリっ子の正体を話さないといけないし。


「簡単に言うならちょいと良家のお嬢様に家庭教師をしてんだよ」


 ロリっ子に特訓してほしいってお願いを叶えるため。俺は自分の槍の訓練がてらあのドラゴンスレイヤーと模擬試合のようなことをしている。

 夜にレインとかいう女が迎えに来てロリっ子が待つ所に連れて行かれるから、訓練が白熱すれば自動的に睡眠時間が削れてしまう。


(聖剣なし魔法なし身体能力低下でようやく互角とかあのロリっ子狂ってるよなぁ)


 なにをどうやったらあの歳であの域になるのか。俺は槍を使ってて武器の利があるっていうのに、こっちが押され気味なのはなんといえばいいのか。

 ハンデありとは言え自分と互角に戦ってくれる相手が珍しいのか向こうは喜んでるみたいだが。…………おかげで毎回のように白熱して睡眠時間削れるのはそろそろなんとかしたい所だ。


「ふーん…………夜が忙しいのはわかったんだけど、その分朝を遅くすればいいんじゃないかしら? ダスト君別に早起きキャラじゃないわよね?」

「早起きキャラってなんだよ……。いや言いたいことは分かるけど。…………俺としてもゆっくり寝たいんだがな、あのぼっち娘がクエスト行きましょうと起こしてきやがるんだよ」

「ぼっち娘って…………ゆんゆんさん?」

「そ、あの毒舌ぼっち娘」


 人が気持ちよく寝てるのも気にせずいつまで寝てるんですかと起こしてきやがる。

 前は俺が構ってやらなきゃ俺のとこにくることなんて殆どなかったのに、最近は妙に干渉が多い。まぁ、汚くしてたら馬小屋の掃除とかもしてくれるし、文句を言える立場じゃないんだが。


「……最近お姉さんの所にもゆんゆんさんが来て、朝起こしてくれたり朝食作ってくれてたりするんだけど…………お姉さんの所だけじゃなかったのね」

「…………あいつは本当何やってんだ」


 どんだけお人好しなんだよ。世話焼きなのは知ってはいたが。


「ついにお姉さんの魅力にゆんゆんさんが惚れちゃったのかなと思ってたんだけど…………ダスト君の所にも行ってるってことは――」


 まぁ、あいつの友達に対するスタンスが変わったってことだろうな。今までは遠慮して友達でも自分から関わっていけなかった所がなくなったと。お人好しの世話焼きのあいつならそうなるのも分からないでもない。


「――二股ということね!」

「想像通りの台詞をありがとよ。お前は本当ブレねーな」


 こいつと話してると真面目に物を考えるのが馬鹿らしくなるわ。





「な、なな……っ! 何をしてるんですか!?」

「ん? なんだよぼっち娘じゃねーか。お前こそこんな町中でいきなり叫んでどうしたんだよ」


 驚いたような叫び声に目を向けてみれば、妙に顔を赤くしているぼっち娘とそれに付き従うジハードの姿。


「それはこっちの台詞ですって! ダストさん、セシリーさん、こんな町中で一体何をやっているんですか!?」

「何って言われてもな…………一応昼寝……か?」


 寝れてないけど。


「お姉さんはダスト君に膝枕してるだけね」

「とぼけないでください!」


 俺とセシリーの回答に納得がいかないのか。さっきよりも顔を赤くしてゆんゆんは叫ぶ。


「おい、残念プリースト。あのぼっち娘は何をあんなに怒ってるんだ?」

「んー……お姉さんにもよく分かんないわね。ただ、あれは単純に怒ってるというより同時に恥ずかしがってる雰囲気よ」


 恥ずかしがる……ねぇ。今更街中で叫んだことが恥ずかしかったんだろうか。けど、どっちにしろ最初に怒って叫ぶ理由が謎だな。


「というわけだ。ぼっち娘。お前が何を言ってるか全然分かんねーから、ちゃんと説明してくれ」

「ちゃ、ちゃんと説明って…………セクハラするのもいい加減にしてください!」


 セクハラ? なんで怒ってる理由説明しろって言ったらセクハラになるんだ?


「あ…………お姉さん、ゆんゆんさんが恥ずかしがってる理由わかったかも」

「お、マジかよ。何だよ分かったんならさっさと教えろよ」


 というか、もしかして怒っていることより恥ずかしがってることの方が主題なのか。


「えー……でも、恥ずかしがってるゆんゆんさん可愛いし……説明してもらってもっと恥ずかしそうにしている様子が見たいわ」

「お前に頼んだ俺がバカだったよ」


 ゆんゆんはこいつと友達で本当にいいんだろうか。


「まぁいいや。この変態プリーストは当てにならねーからゆんゆん、お前が何で怒ってるか教えてくれ」

「…………もしかして、本当にダストさん気づいてないんですか?」

「気づくと言われてもな…………マジで俺は昼寝してただけだぞ」


 なのになんで叫ばれたりセクハラ言われないといけないのか。


「…………だ、だったら自分の両手が今どこにあるのかちゃんと確認してください」


 はて? 俺の両手?


 右手。セシリーの尻。

 左手。セシリーの下乳。


 ふむ…………。


「よく分かんねーな。おいぼっち娘。何がどう悪いのかちゃんと説明してくれよ」

「その顔完全にわかってますよね!? というか、気づいたんならすぐやめてくださいよ!」

「やめるって言われてもなあ……俺は別に昼寝してるだけだし……なぁ? セシリー」

「そうよね。私もダスト君も別に変なことしてるつもりはないもの。ちゃんと言葉にしてもらわないと分からないわ」


 セシリーはわざとらしいくらいにニヤニヤしてそんなことを言う。多分俺の顔もそんな感じだ。


「こ、このろくでなし二人は…………わ、分かりましたよ……ちゃんと言いますから、言ったらすぐに止めてくださいね」


 そう言って覚悟を決めたのか。うぅ、と呻いた後に続ける。


「ダ、ダストさん。こんな町中でエッチなことは止めてください。……お、お尻や胸からすぐに手を離して……」

「「ごちそうさんごちそうさま」」

「…………何で私こんな人達と友達になっちゃったんだろう」


 満足気な俺たちにゆんゆんは魂の抜けたような顔してそんな今更なことを言っていた。




「いやー……しっかしマジで無意識だったな。太もも撫でたあたりくらいまでは自分の意志でやってたんだが」


 ぽよんぽよんとセシリーの胸を押して遊びながら。俺は自分の無意識にちょっとだけ驚いていた。


「ぁん……もう、ダスト君ったら、女の子の胸はあんまり強く押しちゃダメよ?」

「お前はもう女の子って歳じゃないだろ。だからセーフ」

「セーフ……じゃないですよ! 止めてっていったのにさっきより酷くなってるじゃないですか!?」


 そんなこと言われてもなぁ……。


「意識して触ってみると触り心地が良すぎてやめられないんだよ。お前も触ってみるか?」


 この残念プリースト。性格は残念を極めているが体と顔は全然残念じゃない。


「結構です!」

「まぁ、お前は自前のがあるもんな。触りたきゃ自分の触ればいいか」


 このプリーストのよりも大きくて立派なのが。


「セクハラにも程がありますよ!?」


 ……流石にこれくらいにしてやるか。あんまり怒らすとゆんゆんは明後日の方向に吹っ切れちまうからな。魔法が飛んでこない内にからかうのは止めとくか。


「あら? もうお終いなの?」

「おう、また今度気が向いたらな」


 多分気が乗ることはないと思うが。なんてーか…………一旦離れてみるとやっぱこいつにセクハラする気なんて全然起きないんだよな。不思議だ。


「おう、よしよし。ジハードは相変わらず可愛いな」


 俺がセシリーから離れて起き上がった所で。ゆんゆんの傍にいたジハードが飛んできてじゃれついてくる。


「あー……やっぱジハードの触り心地は最高だなぁ…………ミネアにも負けてないぜ」


 その黒い宝石のような体を撫でながら俺はその感触にひたる。…………あぁ、もうずっとジハードを撫でていたい。ジハードも嬉しそうな声あげてるし別にいよな。


「この人……さっきまで女の人にセクハラしてたと思ったら、いきなり無邪気に人の使い魔を撫で始めてるんですけど…………なんなんですか…………」

「ダ、ダスト君? なんだか幸せそうだけど、そんな堅い鱗に覆われてる体より、お姉さんのおっぱいのほうがさわり心地いいわよね?」

「あん? ふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすぞ。ジハードのさわり心地の方がいいに決まってんだろうが」


 比べることすらおこがましいっての。


「うん…………この人女好きだけどそれ以上にドラゴンバカでしたね。まぁ、ハーちゃんが嫌がってないみたいだから好きにさせますけど」

「そ、そんな……お姉さんのパーフェクトボディ以上の触り心地なんて…………」

「嘘だと思うならお前も触ってみるか? ちょっとだけならジハードも許してくれると思うし」


 あんまりジハードをゆんゆんや俺以外に触らせたくはないんだが…………まぁ、胸と尻を触った分くらいは許してやろう。


「ハーちゃんの許しも大事ですけどその前に主である私の許しも得てくれませんかね。…………聞いてないみたいですしもういいですけど」


「そうっとだぞ? あんまり強く撫でるとジハードが嫌がるからな」

「分かったわ。…………っ、嘘、何この触り心地…………堅いのに妙に弾力があって……まるで柔らかい宝石みたい……!」

「すげーだろ? この柔らかさは生まれて2、3年のドラゴンにしかねーからなぁ。それ以降もまた格別のさわり心地ではあるんだが」


 まぁ、なんにせよドラゴンの触り心地は最高ってことだ。その中でもジハードとミネアの触り心地は至高。


「これは悔しいけどお姉さんの負けを認めるしかないわね…………ねぇ、ダスト君。もっと強く撫でていいかしら?」

「ちっ、しゃあねぇな。俺がドラゴンのちゃんとした撫で方を教えてやるよ。そしたらジハードも嫌がらねぇだろうしよ」


 俺と同じように夢心地でジハードを撫でているセシリー。ドラゴンの魅力に気づいたのならそれを無下にするというのも可哀想だろう。



「あー……私の使い魔人気者だなぁ………………いいなぁ」

「ん? 何してんだよぼっち娘。そんなとこに突っ立ってないでこっち来てお前も一緒にちゃんとした撫で方覚えろよ」


 ゆんゆんの撫で方は丁寧ではあるんだがおっかなびっくりって感じで撫でても撫でなくてもあんまり変わんない感じなんだよな。そんなんじゃジハードも喜びきれないし、ゆんゆんもジハードの触り心地をちゃんと楽しめない。いい機会だからちゃんと教えてやろう。


「えっと…………私も一緒でいいんですか?」

「はぁ? なんか一緒じゃダメな理由でもあんのか?」


 何故か来たそうにしてるくせに来ようとしないゆんゆん。


「だって……お二人って付き合ってるんですよね? 恋人同士がイチャツイてる所に入っていくのはなんだかなぁって」


 ……………………


「おい、あのぼっち娘ついにぼっちをこじらせて頭おかしくなったんじゃないか?」

「うふふ……お姉さんとダスト君の熱い関係がついにバレちゃったみたいね」

「ダメだ。最初から頭おかしいこいつに聞いた俺がバカだった」


 学習能力ないな俺。こいつにまともな会話を求めるとか。


「あ、あれ!? その反応付き合ってないんですか!?」

「いや……むしろ何でお前は付き合ってるだなんて思ったんだよ」


 俺とこいつの間にそんな雰囲気なんて欠片もないだろうが。


「だって……街中であんなエッチなことしてたんですよ? セシリーさんも嫌がってる様子じゃなかったですし…………」

「いや……この女がセクハラされて嫌がるわけ無いだろ?」

「む、失礼ねダスト君。私だってセクハラされて嫌な相手くらいいるわよ。可愛い女の子やカッコイイ男の子とダスト君ならいつでも歓迎だけど」


 ま、こんなやつだからな。嫌がってないから恋人同士だなんて考えるなんてバカバカしすぎる。


「で? なんでかっこいい男と俺を別のカテゴリで言った?」

「そんなことを私に言わせたいの?…………ダスト君のえっち」


 …………やっぱこいつとまともに会話しようとするほうが間違ってるな。


「てわけだ。俺とこいつは恋人同士だなんてありえないからさっさとこいよ。俺もこいつもお前の友達なんだから遠慮する理由はねーだろ? むしろ俺に取っちゃ友達の友達のセシリーが遠慮するなら分かるが」


 ジハードの主はゆんゆんなんだから、セシリーなんかよりずっと学ぶ権利と義務がある。


「え? ダスト君お姉さんのことそんな風に思ってたの? 友達以上恋人未満の甘酸っぱい関係だと思ってたのは私だけ?」

「間違いなくお前だけだから安心しろよ守備範囲外。…………ん? 何を笑ってんだよゆんゆん」


 こっちに歩いてきながら。ゆんゆんは肩を震わせて笑っている。


「いえ…………っっ……すみません。なんだか楽しいなぁって」

「はぁ? お前もわけわかんないやつだな…………まぁいいや。んじゃ、講義始めてやっからそこに座れ」


 何が楽しいのか分からないゆんゆんを座らせ、


「ねぇ、ダスト君! せめて友達! 友達になりましょう! これだけ付き合ってて友達の友達なんてあんまりだと思うの!」

「あーはいはい。ジハードが怯えるからあんまり騒ぐんじゃねーよ。友達くらいなら認めてやるから静かにしろ」


 うるさい残念プリーストを黙らせて、


「うし、じゃあまずはドラゴンの撫で方の歴史から説明始めるぞ――」


 平和な昼下がりの中、講義を始めるのだった。

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