第22話 悪巧みはやめましょう

 刃もないただの木剣。本来なら殺傷能力なんてほとんどないはずの訓練の用の剣が、当たりどころが死にかねない威力を持って俺に迫ってくる。


(っ……ほんとこのロリっ子は狂ってるな!)


 その一撃を紙一重で避けながら俺はアイリス――この模擬試合の相手――の強さを改めて実感する。


「流石ですね、今のを避けるなんて」

「槍使いが自分の間合いより内側に入られてる時点で褒められるもんじゃねーよ」


 続けてくる斬撃に近い打撃の波を穂のない槍で弾きながら、俺は防戦一方の今の状況に歯噛みして答えた。


(剣に対する槍の優位性はその間合いの広さだ。その優位性を簡単に譲ってたら話にならねぇ)


 魔法も何もない武器のみの戦いではどうやって自分の間合いで戦うかが一番重要だ。槍の間合いで戦えば剣は勝てないし剣の間合いで戦えば槍は勝てない。そして、その自分の間合いに持っていくのは間合いの長い方が簡単だ。


(集中しろ……ライン昔の俺なら息をするより簡単にできたはずだ)


 何年もサボっていた俺があの頃と同じように戦えるなんて都合のいい話はない。だが、死と隣り合わせで駆け抜けたあの日々が全てなかったことになるなんてこともないはずだ。


 月日に埋もれたその残滓を掘り起こし、かつての自分を可能な限り再現する。


「……切り替わりましたか。少しずつ早くなっていますね」

「本当は槍持った時点で切り替えて―んだがなっ!」


 剣と槍。互いの間合いを見定めた俺は、ロリっ子の攻撃を大きく弾き、後退する。


「仕切り直し…………ここからが本番ですね」

「俺は最初っから本番なんだけどな…………ま、たしかにお前にとっちゃここからが本番か」


 互いの間合いの外で。楽しそうに笑うアイリスに冷や汗をかきながら。一つだけ大きく息を吐いて槍を構え直す。


「こいよ。少しは楽しませてやる」


 一段階スピードを上げて迫ってくるアイリスを構えた槍で迎えて。俺は自分の間合いを維持するのだけに集中して打ち合いに応じていった。




「だーっ……また負けかよ」


 その場に自分の体を投げ捨てながら。模擬試合の結果に俺は悔しがる。


「こんなことならもう少しくらい『槍修練』スキルにポイント振っとくんだったか」


 『修練』系のスキルはその武器を使用した時の威力や命中率を上昇させる効果がある。ポイントを振れば振るほど効果が上がるそのスキルに俺はライン時代に1ポイントだけ振っていた。


「……その話、今でも信じられないのですが。王国一と言われた槍の使い手のダスト様が、『槍修練』スキルにほとんどポイントを振っていないなんて……ぃっっ」

「アイリス様、口の中も切られてるんですか? 回復ポーションを塗りますから口を開けてください」

「れ、レイン! 口の中は後で鏡を見ながら自分でするから! というより、もう普通に飲ませて!」


 治療をしてくれているレインにアイリスは顔を赤くして抗議している。口を開けて薬塗ってもらう所を他人に見られるのが恥ずかしいんだろうか。

 まだまだロリっ子なんだから気にすることね―だろうに。まぁ、今が成長期みたいだし1年後は結構大人の体になってそうではあるが。


「ダメですよアイリス様。怪我をそのままにして帰ってクレア様に気づかれたら大変なことになります。…………大変なことになるのはダスト殿でしょうし、別にいいような気はしますが」


 おいこら。


「それに回復ポーションは確かに飲んでも効果はありますが、塗ったほうが少量で効果が高いんです。戦闘中ならともかくそんな無駄遣いはダメですよ。……この回復ポーション一ついくらすると思ってるんですか」

「…………はーい。……はぁ、なんだか最近レインが前よりも口うるさくなった気がします」

「それはアイリス様が以前よりもわがままをおっしゃられることが増えてるからですからね」

「……お兄様の所に家出をしようかな」

「泣いてお願いしますからからそれだけはやめてください!」


 …………どこの国の姫様付きも変わんねーんだなぁ。少しだけ親近感わくし助け舟出してやるか。


「アイリス、さっきの話だが、俺が『槍修練』のスキルにポイント振ってないのがそんなに不思議か?」

「あ、はい。凄腕と言われる武器使いの方はたいていその武器の修練スキルを多く振っておりますので。ミ……ミタラシ様も確かそうでしたし」

「ミツ……ルギ殿ですよアイリス様。ミツルギキョウヤ殿です。なんですかそのなんだか美味しそうな名前は」


 え? 魔剣の兄ちゃんの名前ミタラシじゃなかったのかよ。爆裂娘もみたらし言ってたしそっちが正しいと思ってた。……あー、でもあの白スーツの女はミツルギとか呼んでたような気もしないでもない。


 ……………………まぁ、どうでもいいか。魔剣の兄ちゃんは魔剣の兄ちゃんだ。


「確かに修練スキルにポイント振れば確実に腕前は上がるし、たくさん振れば国一番の腕前になるのも簡単だろうな」


 レベル上げの時間を考えなきゃすぐに腕前上がるし。初期ポイントが多いやつなら冒険者カード作った時点で凄腕と言われる武器使いになるのも可能だろう。

 どんなに訓練しても攻撃が当たらないクルセイダーでも修練スキルにポイントを振ればすぐに攻撃が当たるクルセイダーに早変わりだ。


「だがな、修練スキルを取らなきゃ凄腕になれないなんてことはない。……ちゃんと時間かけて特訓して、多くの実戦を経験すればその腕前はちゃんと上がるんだよ」


 よっぽどその武器を使う才能がないとかじゃない限り。つまりララティーナお嬢様は諦めろ。まともに戦いたければ大剣修練スキルにちゃんとポイント振れ。……あの不器用さだと大剣修練スキルにポイント振るのにも余計にポイント消費しそうだけど。


「ま、スキルシステムってのは結局補助具みたいなもんだ。スキルを取ればそれが確実に出来るようになるってだけで、なくてもできるやつは出来る。スキルによって難易度はぜんぜん違うけどな」


 簡単なもので言うなら料理スキル。あれば美味しい料理が作れるがなくても美味しい料理を作るやつは作る。ただ、スキルなしで美味しい料理を作るやつは長年料理を続けている事が多い。

 逆に難しいのは魔法系のスキルか。あれも理論上はスキルなしでも覚えられるが、覚えるには膨大な知識と魔法を操る感覚を自分で掴まないといけない。もう少し体系が整理されたらスキルポイントなしでも2、3年の修行で覚えられるようになる時代がくるかもしれないが……今の時代じゃ素直にスキルポイントに頼ったほうが現実的だ。


「スキルを取ればすぐに腕前が上がるし、しかもどんなに怠けても腕前が下がるなんてことはない。……ホント便利なもんだぜこのシステム」


 一体全体誰がなんのために作ったのかね。冒険者カード自体は人間が作ったと聞いてるが、その作った人間は間違いなくまともじゃない。




「ポイントを振らなくても腕前が上がるというのは分かりました。ポイントをほとんど振らずに王国一の槍使いと言われるほどになるとは、相当訓練されたのですね」


 アイリスの治療を終え、俺の横にやってくるレインを見ながら。俺はアイリスの質問に答える。


「訓練はぶっちゃけそんなしてねーな…………おい、レインのねーちゃんよ、なんでそんなに離れて座ってんだ。それじゃ治療しにくいだろ?」

「………………近くに座ったら毎回セクハラされるのでダスト殿とはこの距離が最適だと学習しました」


 しっかりしてるねーちゃんな事。そういうところも含めて割りと好みの女だ。貴族じゃなければ本格的に口説くんだが。


「訓練をしていない…………では、それだけダスト様が槍使いとしての才能に溢れていたということですか」

「……才能があった事自体には否定しねーが、それだけで王国一になれるほどあの国は甘くねーよ」


 あの国は兵の数こそ少ないが兵の質は悪くない。流石に一兵卒まで下がればこの国の兵士には負けるだろうが指揮官クラスやその直属くらいまでなら負けていない。特に最上位クラス、ドラゴン使いとドラゴンナイトのみで構成された騎竜隊は局地戦では無類の強さを誇る。

 上位ドラゴンがいなくなった今、その強さは全盛期の半分以下まで落ち込んじゃいるだろうが、それでも人類側が持つ最強の部隊のはずだ。

 だっていうのに、その部隊が魔王軍と戦い続けているこの国に派遣されず遊ばされてるあたり、あの国の糞っぷりが分かる。風のうわさじゃ最近は魔獣使い、モンスターテイマーの雇用も推し進めてるらしいし、本当何を考えているのか。


「ダスト殿はアイリス様と戦っている時や、何か考え込んでいる時は別人のような顔になりますよね。いつもそうしていれば多くの女性に慕われるでしょうに」

「なんだよ、俺に惚れたのか?」

「そういう笑えない冗談はちょっと……。すぐにチンピラ顔に戻られなければ少しは考えるんですが」


 どっかのぼっち娘にも言われたがチンピラ顔ってマジで何なんだよ。


「レイン、私としてはレインがダスト様と付き合ってこの国に引き抜いて来れたら嬉しいんですが……レイン、そっちの方面で籠絡とかやってみませんか?」

「しませんよ! というか誰ですかアイリス様にそんな事を教えたのは!?」

「お兄様ですね」

「…………アイリス様、そろそろあの人やあの人が教えたことは忘れてくれませんか?」

「マジ無理ですね」

「…………本当恨みますよカズマ殿」


 そもそも本人の前で籠絡しろとか言ってどうすんだよ。……知ってても美人に迫られたら引っかかりそうではあるが。


「けど、本当カズマってロリコンだよなぁ……爆裂娘といいアイリスといい、ロリに手を出す率高すぎだろ」


 本人はロリコンじゃないと否定してるが。まぁ、ララティーナお嬢様ともいい雰囲気なってるみたいだし拗らせてないだけマシか。


「お兄ちゃんをロリコン扱いしないでください! マジぶっ飛ばしますよ!」

「お、おう…………。おい、このロリっ子やばくね?」


 お姫様としてこの言葉遣いはまずいだろ。


「…………これでも私が元の言葉遣いに戻るように頑張ったんです。おかげで普段は割りとまともなんですが、怒ったりするとこれなんです」

「誰の影響でって……カズマの影響以外ないか。あいつもろくなことしねーな」


 流石俺の悪友。アクセル随一の鬼畜冒険者なだけはあるぜ。




「…………あれ? レイン、私たちは一体何の話をしてましたっけ?」

「…………なんでしたっけ? もう、ダスト殿がまともな顔をするから忘れたじゃないですか」

「それ本当に俺のせいか? どいつもこいつもとりあえず俺のせいにしとくかみたいなスタンスは何なんだよ」


 レインみたいな基本的にまともなやつにまでそんな扱いされるとちょっとへこむぞ。


「? ダスト様はそういう扱いをされると喜ぶんじゃないんですか? セシリーお姉さんにそう教えてもらったのですが……」

「あの残念プリーストか……」


 今度あったらどうしてくれよう。………………本当どうしてやればいいのか。あの女生半可なことじゃなんでも喜びそうだから困る。まじで首輪つけて散歩でもさせるしかないかもしれない。


「まぁ、いいや。何の話って俺の槍の腕前の話じゃなかったか?」


 それが何故か二転三転するというか、脱線しまくってるけど。


「そうでした。才能だけじゃ王国一になれないのなら、特訓はほとんどせずにどうやって王国一に……」

「決まってんだろ。実戦だよ。……気を抜いたら一瞬で死ぬような実戦続きで、生き残るためには腕を上げるしかなかったんだよ」


 もちろん、最初に振っていた『槍修練』スキルと、両親健在の頃に教えてもらった事が技術が前提ではあるんだが。それを伸ばしていったのは間違いなく実戦の日々だ。


「死ぬような……? ダスト様は中位ドラゴンと契約されていたのですよね? 中位ドラゴンと契約されているドラゴン使いが死にかける戦いとなるとそれこそ魔王軍幹部や大精霊クラスの相手しかないような……」

「ん? ああ、そういや言ってなかったっけか。両親が死んでから俺は契約するドラゴンがいない時期があってよ。ドラゴンがいないドラゴン使い状態で国から出されたクエスト消化してたんだ」


 本当あの頃は明日死ぬんじゃねーかっていつも思ってたな。


 『ドラゴン使い、ドラゴンいなけりゃただの人』


 ドラゴンのいないドラゴン使いとか本当に何の能力もないからな。むしろ全職業中唯一基本ステータスに制限がかかる職業だし、ドラゴンいない状態だと間違いなく最弱。ドラゴンナイトになればステータス制限はなくなって全体的に少しだけ上昇するからドラゴンいなくても多少はマシだけど。


「ドラゴンいなけりゃ竜言語魔法も使えないし本当槍一本が俺の武器だったからなぁ。一緒に戦う仲間もいないのにそれだけで白狼の群れを相手にしたりマンティコアやグリフォン相手にしてたら…………あれ? 何で俺死んでないんだ?」

「「それはこっちの質問です」」


 だよな。まぁ、聞かれてもどうして生き残ったかなんて分かんねーんだけど。


「まぁ、あれだ。とにかく死ぬような目に国に合わされ続けた俺は、はれてドラゴンナイトになる資格を得てミネアと契約。最年少でドラゴンナイトになって王国一の槍使いって呼ばれるようになったってわけだ」


 だからまぁ、才能があった事自体は否定しないが、才能だけでなれたとは言えない。というより才能がなくてもあの日々を生き残れるなら、誰だって国一番の槍使い位にはなれるんじゃねーかな。才能ゼロなら多分途中で死ぬけど。


「最年少ドラゴンナイト様…………話は聞いていましたが、まるで冗談のような方なんですね」


 まぁ、俺も昔の俺は冗談みたいな存在だと思うが…………。


「お前にだけは言われたくないぞロリっ子」


 実戦経験がほとんどないのにアホみたいに強いこいつにだけは本当に言われたくない。










「ふぁ~あぁ…………ねみぃ……帰り着いたらさっさと寝るか」


 レインにテレポートでアクセルに送ってもらった後。馬小屋への道を歩きながら俺は大きな欠伸をする。


(やっぱ遅くなるんだよなぁ……はぁ、明日のゆんゆんとのクエストサボりてぇなぁ……)


 でも、ジハードとのふれあいの時間も欲しいんだよなぁ…………ゆんゆんだけクエストにいかせてジハードは俺が預かるとか出来ねーかな。


 そんなことを考えながら。俺は眠たい足を引きずってなんとか借りている宿の馬小屋へとたどり着く。


「あ、ダストさん、やっと帰ってきました。もう少しで今日の『夢』はキャンセルになるところでしたよ」

「…………もう、そんな時間かよ。悪かったなロリサキュバス。待たせちまったみてーで」


 帰り着いた殺風景な馬小屋には、そこに似つかわしくない可憐さと少しの淫靡さを漂わせる幼い少女の姿。俺らあの店の常連からは新人ちゃんだのロリサキュバスだの呼ばれているサキュバスの姿があった。


「別にいいですよ。今日の私の担当さんはダストさん以外は鬼畜の常連さんだけでしたし」

「またカズマの奴来てんのかよ。最近多くねーか?」


 またこの宿に泊まりにきてんのか。アクアのねーちゃんがいるからあの屋敷じゃ頼めないのは分かるんだが…………こんなに頻繁に外泊してて怪しまれないだろうな。


「なんでも最近焦らしプレイばっかりだそうで……夢を見なきゃやってられないと」

「……カズマも苦労してんなぁ」


 もしかしたらその苦労の原因は、俺がララティーナお嬢様をけしかけた事に少しあるかもしれないが。


「ちなみに今日のカズマの夢の内容は?」

「いつも言ってますけど、そのあたりは守秘義務があるんです。破ったら地獄に送還されちゃいます」


 流石は安心安全のサキュバスサービス。客のプライベートはきっちり守ってやがる。


「しっかし地獄ねぇ……サキュバスはバニルの旦那の領地に住んでんだっけか」

「そうですよ。クイーン様のもとでたくさんのサキュバスたちが住んで働いています。……ちなみに、地獄に強制送還されたサキュバスはクイーン様に恐ろしい罰を与えられるとか」

「ちょっとその罰を詳しく教えてくれ」


 サキュバスクイーンがやる罰とか絶対エロいだろ。


「…………ダストさんって本当自分の欲望に正直ですよね。悪魔の私が感心しちゃうレベルって凄いと思いますよ」

「それ絶対褒めてないよな?」

「いえ、褒めていますよ? その生き方は悪魔の理想そのものです。バニル様がダストさんの事を気にいっているのも多分そのあたりがあるんじゃないでしょうか」

「…………褒められてんだろうが全然褒められてる気がしねぇ」


 実際俺がそうして生きてるのは間違いないから否定はできないんだが。


「ふぁー……まぁいいや。さっさと寝るから『夢』はよろしく頼むぜ」


 藁に敷かれた白布の上に疲れた体を預け、俺はロリサキュバスに一日の最後の楽しみを頼む。


「それは仕事ですからもちろんですけど…………また、同じ夢でいいんですか? ここ最近ずっと同じ夢ですよね?」

「気持ちいい夢ならなんだっていいしな。シチュエーション考えてリクエストするのも面倒だし、かと言って新人ちゃん言われてるお前に今からおまかせすんのもあれだし」


 このロリっ子はまだサキュバスとしちゃ未熟って例の店の店長が言ってたからな。


「これでも最近は腕を上げてるんですよ? 鬼畜の常連さんとかムッツリの常連さんとかは結構いろんな状況の夢をリクエストされますから、私も色々勉強させてもらってるんです」

「ふーん……カズマとテイラーがねぇ…………あいつらが見ている夢を見せてもらうとかは…………出来ねぇんだよな」


 サキュバスが勉強になるという夢の内容。男としては非常に気になる。…………まぁ、同じ男だから大体分かる気もするが。


「はい、守秘義務違反ですからね。そんなに気になるのでしたら本人に内容を聞き出してください」

「そうするか」


 教えてくれるかどうかはしらねーけど。まぁ、教えてくれなければバニルの旦那に付き合ってもらって見通す力使ってもらおう。


「それでは、今日の夢はいつもと同じ『17歳のぼっち娘とのイチャラブ』で宜しいですか?」

「おう、それで頼むわ」

「…………でも、あの怖い魔法使いさんってあと1年位で本当に17歳になりますよね? その時はどうするんですか?」


 あいつももう16だもんなぁ。確かに1年経てば17になる。


「その時は普通に『18歳のぼっち娘とのイチャラブ』になるだけだから心配すんな」

「いえ、別に心配してるわけじゃないんですが…………いまいちダストさんとあの怖い魔法使いさんとの関係がよく分からないです」

「奇遇だな、俺もよく分からねーわ」


 あいつとの関係は色々混ざりすぎて何が何だか分からない。強いて言うなら『ダチ』なんだろうが……それもなんかしっくりこないんだよな。


「まぁ、あんな守備範囲外のクソガキのことはどうでもいいや。じゃなロリサキュバス。俺は寝るわ」


 そう言って俺はさっさと目を閉じる。このまま起きてたら夢の途中でゆんゆんに起こされる事になりかねないし。


「はい、おやすみなさいダストさん。いい『夢』を」

「おう、おやすみ…………くぅ……」


 途切れかけの意識でなんとかおやすみを返して。疲れた体はすぐに俺の意識を『夢』の中へと連れて行ってくれた。












「あ、ダストさん、起きましたか? おはようございます」


 外から差し込まれる朝の光に起こされて。目を開けた俺の視界に入ってくるのは大きな胸とぼっち娘の顔。頭に感じる藁とは違う柔らかい感触も合わせて考えればこれはあれか。膝枕か。


「おはよう……何をしてるんだ?」

「何って……膝枕ですよ」

「いや……なんで膝枕してるのかを聞いたんだが……」


 まぁ、いいか。いつものことと言ったらいつものことだ。


「えっ!?」

「? どうかしたのか?」


 そんなに驚いた顔をして。


「い、いえ…………なんでも…………。その……ダストさん? 私っていつもこんなことしてましたっけ?」

「はぁ? そんなこと聞くまでもないだろ?」


 聞かなくても自分が一番良くわかってるだろうに。そういう意味じゃいつもと様子が違うのかもしれない。


「けど本当こうしてみるとゆんゆんって顔と体だけは完璧なんだよなぁ……性格が生意気で歳が守備範囲外じゃなければ本当俺の理想の女だわ」

「えっと……どうしたんですか、いきなり? ダストさんが私のこと褒めるなんて……」

「? ゆんゆんのいない所じゃわりとゆんゆんのことは褒めてるぞ?」


 生意気だし俺に対しては毒舌ばっかだから本人に直接褒めることは少ないが。リーンとかとゆんゆんのことについて話す時はわりと褒めてる気がする。


「…………もしかしてダストさん、気づいてますか?」

「? もしかして俺が気づいてるって気づいてなかったのか? 旦那」

「…………通りで汝の反応がおかしかったわけだ」


 ゆんゆんの顔でため息を付いて。バニルの旦那は話し方を変える。


「どこで気づいたのだ? 少なくとも見た目は完璧のはずなのだが」

「うーん……どこって言われると難しいんだが…………なんとなくだな」


 たとえばゆんゆんなのにジハードが一緒にいないこととか。たとえばゆんゆんからジハードの匂いがしないからとか。そんなことが重なってゆんゆんじゃないなって判断したに過ぎない。


「…………汝のドラゴンバカっぷりを忘れておったわ」

「そんなに褒めるなよ旦那」


 俺のドラゴンバカっぷりなんてまだまだだっての。


「というか、そういう旦那こそ俺が気づいてるってなんで分からなかったんだ? 旦那の見通す力があれば余裕だろ?」


 それくらいすぐに分かりそうなもんなんだが。


「ふーむ……前にも言ったやも知れぬが、汝やぼっち娘はどこぞの駄女神やポンコツ店主程でなくとも見通す力が効きにくい。表層意識を読み取るくらいであれば容易だが無意識で思っている事を読み取るとなると面倒なのだ」

「ふーん……見通す力もそんなに万能じゃないんだな」


 まぁ、面倒なだけでちゃんと読み取ろうと思えば読み取れるんだろうけど。


「そういや、なんで俺やゆんゆんは見通す力が効きにくいんだ? 未来を見通すならともかく無意識を読み取るのが阻害されるくらいに俺やゆんゆんが強いとは思えないんだが」


 まぁ俺はレベルだけは高いし、ゆんゆんも優秀なアークウィザードであるのは確かなんだが。ただ、アクアのねーちゃんやウィズさんほど旦那の実力に迫ってるとは全く思えない。


「うむ……だから、汝ら2人に見通す力が効きにくいのは強さ以外にも何か理由があると睨んでおるのだが……」

「その理由がわからないのか」

「一応仮説はある……が、現状はその程度であるな」


 なんとなく当たりはつけてるけど確証は全く無いってところなのか。


「ま、いいや。旦那ならそのうち答えを見つけるだろうし、その時に教えてもらえばよ」

「我輩の想像通りであれば汝に協力を頼むやもしれぬ。分かった時は汝にも教えよう」


 旦那が俺に協力を頼むねぇ……。逆は結構あるけど頼まれたことは一度もないよな。それだけ旦那にとって大事なことが関わってるんだろうか。



「ん…………そういや頼むっていや、俺も旦那に頼んどきたいことがあったんだ」

「ほぉ……この地獄の公爵にして七大悪魔である我輩に頼み事か。ちゃんと対価は用意しているのだろうな?」

「えーっと…………俺に対する貸しじゃダメか?」


 対価って言われても今の俺は大したもの持ってないからなぁ。


「我輩と汝の仲だ。別に構わぬが…………汝への貸しが結構溜まってきておるが大丈夫か?」

「大丈夫じゃねーけど…………というか、旦那が借りを返す機会作ってくれないのも問題だと思うぜ?」


 契約を大事にする悪魔への借りというのは言葉以上に重い。旦那は軽く言っているが、もしも俺が借りをなかったことにしようとすれば、命を落とす。


「まぁ、悪魔との契約の意味をちゃんと分かっている汝であれば大丈夫であろう。頼み事を言ってみるといい」

「恩に着るぜ旦那。…………結局借りを返す機会については触れないあたりになんか嫌な予感がするけどよ」


 旦那のことだし本気で俺が嫌がることはさせないとは思うが。



「それで頼みというのは何なのだ? 我輩が今つけているぼっち娘の皮を譲って欲しいと、そういう頼みか?」

「守備範囲外のクソガキの皮もらってもなぁ……」


 守備範囲内なら是非とも貰いたいんだが。


「そうか……汝であればぼっち娘に化けて女湯に堂々と入りたいなどと考えていると思ったのだが……」

「旦那、後でゆんゆんの皮を譲って貰うことについて相談な」


 その手があったか。女同士なら警戒も薄いだろうしいつもよりセクハラも捗りそうだ。旦那天才かよ。


「汝のそういう所は好きにならざるをえない」

「俺も旦那のことはドラゴンの次くらいに好きだぜ」


 本当、旦那と一緒にいると楽しいことばかりだ。








 ちなみに。俺が旦那に本命のお願いを終えた所で、本物のゆんゆんが来てしまい、『ゆんゆんに化けてセクハラ作戦』は実行の前段階で失敗に終わるのだった。

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