第23話 デリカシーを持ちましょう

「ふざけんな! なんでミネアを連れていくんだよ! ミネアは家のドラゴンだろ!」


 幼い俺はミネアの前に立ち、下卑た笑みを浮かべる男に叫ぶ。


「知っていますよ。ですが今は非常事態……魔王軍との戦争中なのです。上位ドラゴンがいない今、最高戦力である中位ドラゴンを遊ばせているわけにはいかないのですよ」

「遊ばせるって……ミネアは俺と契約するんだ。国のために働けって言うなら働くからそれでいいだろ」


 両親が命懸けで俺に残してくれたドラゴン。俺にとって相棒であり家族であるミネアを連れていかれまいと幼い俺は必死だった。


「面白いことを言いますね。国の最高戦力である中位ドラゴンを何の実績もない10歳の子供と契約させる? そんなドラゴンを殺してしまうような危険を犯すくらいなら遊ばせていた方がましですよ」

「どうやってもミネアを連れていくってのかよ……っ!」

「最初からそう言っていますが?」


 短いやり取りの中で幼い俺は理解してしまう。ミネアを連れていかれるのを止められないと。

 目の前の貴族が言っていることは暴論ではあるが理屈は通っている。その理屈を国が正論として認めてしまっているのであれば、それを覆すことは難しい。

 口八丁に振る舞えば、この場は追い返して時間を稼ぐことは出きるかもしれない。だが、出来るのはそれまでだ。国の正論に何の実績もない子供の正論では結果は見えている。


「……ミネアは国の保有ドラゴンになるんだよな?」

「そうなりますね」


 俺の故郷の国において。ドラゴン使いはその実績に応じて国が保有するドラゴンと契約する機会が与えられる。


「だったら俺が実績を……国が無視できないくらいの功績をあげれば、ミネアと契約できるはずだ」


 連れていかれるのが止められないのなら。俺とミネアがまた一緒にいるためにはそれしかない。……馬鹿な――まだあの国の貴族の悪辣さを知らなかった――俺はそう考えた。


「そうですね、ドラゴンナイトにでもなれば認めるざるを得ないんじゃないですか」

「……だったらすぐだな。俺のステータスならあともう少しでドラゴンナイトになれる」


 この時の俺のレベルは15。力のステータス以外は既にドラゴンナイトになれるだけの水準を満たしていたし、力も20レベルになるまでには届くだけの高さがあった。


「ほぉ……それは凄いですね。ドラゴン使いの素質を持ったものはステータスが著しく低いのが特徴だと言うのに。流石はあの男の息子と言ったところですか。…………まぁ、この国でドラゴンナイトになるにはそれだけじゃ資格が足りないのですが」

「……資格?」

「? 知らなかったのですか? この国において『ドラゴンナイト』の職に就くには資格が必要なことを。具体的には『ドラゴン使い』の職に就いてる状態で国が指定したクエストを500件達成することで資格を得ます」

「……なんでそんな制限があるんだよ」


 500という数が多いのか少ないのかは分からないが、すぐに達成できる数でないのは確かだ。


「普通に考えれば当たり前の話だと思いますがね。『ドラゴン使い』はまだ弱点が多く対処が可能ですが『ドラゴンナイト』には弱点などなく強大な力を持つ。そんな職になんの制限もつけないなど正気の沙汰ではありませんよ。力を悪用されれば盗賊などよりも多大な損害を国に与える」


 この貴族のことは殺したいほどに恨んでいるが、この言葉だけは今も返す言葉を持たない。むしろ何の制限もなしに就けるベルゼルグが異常だと俺自身思っている。


「……だったら俺が契約できる国のドラゴンはいるのか?」

「先程と同じ言葉を返しますが……なんの実績もない10歳の子供に契約させるドラゴンなど下位ドラゴンでもいませんよ」

「…………じゃあ、俺がミネアと契約するにはドラゴンのいない『ドラゴン使い』として500のクエストをクリアしろってことか?」

「そんな無理をしなくても15にでもなれば下位ドラゴンとなら契約させてあげますよ。一応はあの男の息子ですし、才能もあるようですからね」

「5年も待てるかよ……っ!」


 ミネアは俺にとってただの使い魔なんかじゃない。大切な相棒で家族だ。両親が死んですぐのこの頃の俺にしてみれば5年という時間は耐えられるものじゃなかった。


「なら、槍一つを武器にして『ドラゴンナイト』の資格を満せばいいでしょう。資格を満たせば年齢を問わずこのドラゴンとの契約を認めてあげますよ。……ドラゴンと契約しているドラゴン使いを前提としたクエストを500も生きてやり遂げられるとは思いませんがね」

「それでも…………ミネアと早く一緒にいる方法がそれしかないのならするだけだ」




 それから俺は何度も死ぬような目に遭いながら『ドラゴンナイト』としての資格を得るために戦い続けた。そして2年半という月日の末に『ドラゴンナイト』になってミネアとも契約を結ぶことが出来た。


 だが今にして思えば、滑稽なことこの上ない。死ぬような目に遭いながらあの国の言うことを聞き続ける必要なんてどこにもなかった。

 …………結局俺はあの国を捨てて逃げ出すのだから。だったらこの時点で逃げ出してた方がミネアとずっと一緒にいれただけマシだ。


(……もし、本当にここで逃げ出してたら俺はもう少しマシな自分だったのかね)


 こんなチンピラとしてでなくドラゴン使いとして過ごす今があったんだろうか。


(……でも、その俺はきっととは出会ってないんだろうな)


 それは少しだけ寂しいかもしれない、と俺は思った。









「ダストさん! 朝ですよ、起きてください!」


 俺の意識を浮上させようとする聞き慣れた声。


「…………あと1時間寝かせてくれ」


 だが藁の上に敷かれたシーツの感触と朝の肌寒い空気は俺に二度寝をしろと猛烈に誘惑し、浮かびそうになる意識をまどろみの中へと引きずり込む。


「私だけだったら寝かせてもいいですけど今日はテイラーさんたちも一緒ですよ。起きないとリーンさんが何て言うか……」

「知らねーよ…………あいつがなんだってんだ」

「そんなこと言ってリーンさんが怒ったらたじたじになるのダストさんじゃないですか」

「すぅ……その時はその時だ。とにかく今は寝る…………くぅ」


 頭の片隅じゃなんかまずいなと思っているが、今の俺の意識の大半は夢の中だ。適当に返事して全力で二度寝に励む。


「駄目です起きてください! って、タオルどれだけ強く握りしめてるんですか。ハーちゃんごめん、引っ張るの手伝って」


 俺に心地よい温もりを与えていたタオルが二人分の力で引き剥がされる。


「うぅ…………さみぃ…………」

「寒いんだったら起きてくださいよ…………というかダストさんの寝間着ボロボロですね。そんなだから寒いんじゃないですか? 買い換えればいいのに」

「寝間着なんて買う金ねーんだよ……ぐぅ……」

「一応最近はクエストちゃんとやってるのになんで金欠なんですか…………って、本当いい加減起きてください!」


 声の主は本格的に俺を起こそうと、遠慮なしに体を揺さぶってくる。だが、この程度で素直に起きるほど俺は甘くない。

 と言うよりここまでくると起きたらなんか負けな気がするし。


「『カースド――」

「――分かったよ。起きりゃ良いんだろ起きりゃ」


 暴力に屈して。ふぁ~とあくびをしながら起き上がれば見慣れた――出会った頃と比べれば大人びてきた――ぼっち娘の顔がすぐそばにあった。


「おはようございます、ダストさん。よく眠れましたか?」

「遠慮なしに起こしといてその台詞は喧嘩売ってるぞゆんゆん。昨日寝るの遅くてもうちょい寝ときたかったのによ。…………ま、おはようさん」


 ただでさえ馬小屋生活でよく眠れない環境で夜も遅いってなると朝は本当にきつい。そんな状況で遠慮なしに起こされたりしたら不機嫌にもなる。


「遅いって…………何をしてたんですか?」

「別に日課の鍛錬に少し興が乗っちまっただけだよ」


 半年前から始まったアイリスとの模擬試合。最近じゃ俺の槍の腕も大分戻ってきて試合が長引くようになってきている。最初の頃はアイリスに弱体化系の魔法をかけてなんとか戦えてたのが今じゃそれなしでも勝負になるあたりライン時代の7~8割くらいは戻ってきていると思っていいのかもしれない。アイリスに借りを作らないために始めた模擬戦だが、やはりというか俺にも得する部分が結構あった。

 …………アイリスが自分は聖剣あり、俺はミネアの力借りてる状態で本気で戦いましょうとか言った時は本気で頭抱えたが。


「鍛錬って…………ダストさんまたセクハラですか?」

「……なんでセクハラになんだよ?」

「それを私に説明させようとするとか…………そんなだからダストさんは未だに童貞なんですよ」

「絶対お前の思考回路がエロいだけだと思うんだが。……というかなんで俺が童貞だって知って……いや、別に俺童貞じゃねーからな」


 夢の中で百戦錬磨の俺は童貞じゃないはずだ。………………はずだ。


「キースさんがダストさんは童貞だってこの前教えてくれましたよ?」


 あいつはあとで一発ぶん殴ろう。

 やっぱテイラーはともかくキースもゆんゆんと引き合わせたのはまずかったか。なんだかんだで俺やリーンと付き合いが長くなってきたの考えれば、ゆんゆんもあいつらとダチになって損はないと思ったんだが。


「まぁ、ダストさんって信じられないくらい女の人にモテませんし、そうだとはずっと思ってましたけど」

「お前もお前で本当口が減らねーな!」

「むしろ最近は増えてる気がしますね」


 全くもってその通りなんだが、なんでこのぼっち娘はそんな台詞を笑顔で言ってるんだろうか。こいつ本当俺に対して遠慮なくなりすぎじゃねーかな。

 …………最初から俺に対してはなかったような気もするけど。




「まぁ、さっさと着替えていくか……リーンが怒るとめんどくせぇし」


 俺はボロボロの寝間着を脱いで冒険服に着替え始める。


「きゃっ……なんでいきなり脱いでるんですか!?」

「だから着替えるって言ってんじゃねぇか」


 人の話ちゃんと聞けよ。


「着替えなら私が出て行った後にしてくださいよ!」

「別に見られて減るもんでもねぇし……」


 守備範囲外のクソガキに見られたからってなんだってんだ。


「私が恥ずかしいんです!」

「はっ……16のクソガキがいっちょ前に色気づきやがって」

「そう言うならいつもセクハラしてくるのもやめてくれませんかね!……まぁ、ダストさんに今更口説かれても困惑するだけだからいいですけど」

「心配しなくても4つ下のお前を口説くなんてこと一生ないから安心しろよ。……ほら、着替えるの待っててやるからさっさと出ていけよ」

「うーん……確かに安心なんだけど同時にムカムカするこの気持ちは何なんだろう」


 微妙に苛立った様子で馬小屋を出て行くゆんゆん。


「…………生理か?」


 ボソリと呟く俺に外から飛んできた黒い雷が直撃した。





――ゆんゆん視点――


「なんでダストさんってあんなにデリカシーが無いんでしょう」


 微妙に苛々した気持ちが残りながら私はクエストの場所への道を歩く。


「そりゃ、ダストだからじゃないか?」

「……デリカシーがあるダストというのも違和感あるな」


 そんな私のつぶやきを隣を歩くキースさんとテイラーさんが拾ってくれた。


「…………納得してしまいました」


 そうだよね……ダストさんだからデリカシーがなくて当然なんだよね。


「…………納得されるダストも可哀想だなぁ」

「日頃の行いだろう。キースも気をつけろよ」

「ああ、ゆんゆんにデリカシーのない男だと思われるのは勘弁だからな」


 いえ、既にもうキースさんのデリカシーの無さはダストさんと同レベルですよ?

 とは思ってても口には出さない。私は大人な女性で毒舌なクソガキなんかじゃないんだから。


「でも、本当キースさんって話に聞いていたとおりの人ですよね」


 初めてリーンさんに会った時、自分と仲良くするのは止めたほうがいいって言っていた理由を、私はしっかりと実感していた。


「…………聞いてた通りってのはダストやリーンが俺について話してたことか?」

「? そうですけど」


 そもそも私が普段話すのは盗賊団のみんなとダストさんとリーンさんくらいだし。その中でキースさんのことを話すのはその2人に決まっている。


「おい、テイラー。もしかしなくてもゆんゆんの俺に対する好感度、ダスト並みに落ちてねーか?」

「知らん。だとしたら自業自得だろう」

「えっと…………流石にダストさんよりはマシですけど…………どうしてそう思ったんですか?」


 話に聞いていたとおりと言っただけなのに。


「そりゃ、あの2人が俺について話すことがまともなはずないからな」


 …………まぁ、確かに。キースさんことを話す2人は『悪いヤツじゃないんだが』って頭につけてるだけで散々ないいようでしたね。実際その通りだからあれなんですけど。


「実際キースはダスト並みにあれなやつだから仕方ないだろう。…………ちなみに俺のことについて2人は何か言っていたか?」

「えっと…………二人共テイラーさんは頼りになるって言ってましたね」


 ちょっとムッツリスケベな所はあるけど、そこは男だから許してやれとはダストさん。


「…………俺とテイラーで差がありすぎないか?」

「日頃の行いだ。悔しかったら反省しろ」


 ……反省したくらいでダストさん並みのチンピラがどうにかなるとは思えないなぁ。





「っと、そうだリーン。『あれ』また頼むわ」

「えー……別にしなくてもいいじゃん。『あの』噂は王都の方に移ったんだし」

「それはそうなんだが……最近は『あの』ことを知ってるやつが増えてるしよ。金はちゃんと払うから頼むぜ」

「金払うとか言って毎回ツケにしといてよく言うよ」




 前を歩く二人の会話。指示語が多いが2人はちゃんと意味が通じているらいしい。


「……ダストさんとリーンさんってお似合いですよね。付き合ったりしないんでしょうか?」

「ダストとリーンが? ……ないよな? テイラー」

「……まぁ、ないだろうな」


 私の言葉にキースさんとテイラーさんは揃って否定する。


「どうしてですか? お互いのことよく理解してますし、良いカップルになりそうですけど」


 ドラゴンのこと以外はチンピラなダストさんが、リーンさんのことは結構心配してたりするし。リーンさんもダストさんへの対応だけ他の男の人と違う気がする。だから、二人共憎からず思ってるんじゃないかなって思うんだけど……。


「だって……なぁ?」

「ああ……リーンは『ライン=シェイカー』が好きだからな」

「ライン=シェイカーさんってあの最年少ドラゴンナイトのライン=シェイカーさんですか?」


 今は王都の方にいるって噂だけど前はこの街にいたらしいし、会ったことがあるんだろうか。


「ああ、そのライン=シェイカーで間違いない。俺達は会ったことがないが昔色々あったそうだ」

「…………そんな人が好きなんじゃ確かにダストさんに勝ち目はないですね」


 ダストさん可哀想……。正直ダストさんの相手をしてくれる女の人なんてリーンさんくらいだし、リーンさんがダメならダストさんは一生童貞さんのままなんじゃ……。


「でも、そんな凄い人が相手だったらリーンさんの失恋の可能性も高いですし、ダストさんにもチャンスはあるんじゃないですかね」


 噂を聞く限りライン=シェイカーさんは多くの女性に慕われてるって話だし、その中からリーンさんが選ばれる可能性は低い気がする。例の話のお姫様や、今隣を歩いている相手を選ぶんじゃないだろうか。


「お、おう……そう……だな」

「…………あ、ああ」


 そんな私の言葉に何故かぎこちない返事をする2人。


「? どうしたんですか? 二人とm…………」


 どうしてそんな返事をしたのかは前を見ればすぐに分かった。


「おう、ゆんゆん。誰がこんなまな板をおこぼれで貰うって? 怒らないから言ってみろ」

「ゆんゆん? あたしたち友達だよね?…………だから誰の失恋の可能性が高いか言ってみて? 怒らないから」


 いつの間にか前を歩いていた2人が私を挟み込むようにして隣を歩いている。その顔は清々しいほどの笑顔なのに目が全然笑っていない。


「既に怒ってるじゃないですか! 謝ります! 謝りますから笑顔で近づいてくるのやめてください! って、キースさんもテイラーさんも逃げないでください! ハーちゃんも何で一緒に離れてるの!?」


 薄情な友達と使い魔に見捨てられた私は、怒った友人2人にほっぺたをつねられながらこちょこちょされるという生き地獄を味わった。









――ダスト視点――


「……ったく、ゆんゆんのやつ大きなお世話だっての」


 クエストが終わり、ゆんゆんたちと別れた俺は隣を歩くリーンにそう愚痴る。


「あはは…………まぁ、今回のことに関しては同意してあげる。たとえあたしがライン兄にフラれたとしてもダストと付き合うとかありえないしね」

「へいへい……俺だってできればお前みたいなまな板じゃなくて胸とか大きいやつと付き合いたいっての」

「モテないくせに高望みしちゃって」


 どうせ誰とも付き合えないなら理想くらい高く持ってもいいだろ。妥協して誰かと付き合えるなら妥協するけど。


「あ、でもあのアクシズ教徒のプリースト……セシリーさんだっけ? あの人ならダストでも付き合えそう」

「見た目は文句ないが……妥協するにしてもあれはちょっと……」


 それにあいつは多分付き合おうとかそういう雰囲気見せたら遠ざかっていくタイプだ。…………エロいことするだけの関係なら行けそうな気はするが。


「あの人付き合いだしたら尽くしてくれるタイプな気がするんだけどねー」

「それは分からないでもないが」


 あいつの女神アクアへの信仰っぷりを見てたらそう思える。……ま、だからこそ難しい気がするわけだが。




「ん……おい、リーン。鍵開けてくれ」


 目的地。リーンの泊まる宿の部屋について。鍵のかかった扉を前にして俺はリーンに頼む。


「ほいほい、――『アンロック』。ほら、入って」


 魔法で鍵を開けたリーンが先に部屋に入り、俺を招き入れる。


「……本当便利だよなぁ、魔法って」

「そう思うなら魔法使いになればいいのに。あんたって確かあたしより魔力と知力高かったよね?」

「まぁ……知力はともかく魔力だけはゆんゆん以上にあるし、アークウィザードになれるだけは確かにあるんだがな」


 母親の影響なんだろうが、何気に俺のステータスで一番高いのが魔力の値だったりする。レベルが追いつかれたら流石に負けるだろうが現状ならゆんゆんよりも魔力が上だ。…………戦士やってる俺には無意味過ぎることだが。


「もったいないよね。使わないならあたしに分けて欲しいんだけど」

「お前が俺と付き合うって言うなら分けてやらないこともないぞ」

「あ、じゃあ無理だ」


 即答しやがってこのまな板娘……。


「それに今はジハードちゃんがいるし魔力切れの心配もほとんどなくなったしね」

「本当魔法使いにとっちゃ便利すぎるよなドレインタッチ」


 それを自前で出来る高位の魔法使いとかリッチー怖い。


「残魔力気にせず魔法使えるようになったらから最近レベル上がるの早いんだよね」

「キースとテイラーにもちゃんと経験値回せよ? レベル差が付きすぎるのはいろいろ危険だからな」

「…………それ、ダストが言う? 今でもあたしより倍以上レベル上のくせに」

「まぁ……それはそれだ」


 実際俺のレベルが高すぎるからうちのパーティーはいつまで経っても駆け出しの街を出られない。

 まぁ、今となってはサキュバスサービスがあるから出たいとも思わないんだが。



「ま、いいや。ほら、ダスト。ここに座って」


 いろいろ話している間に準備が終わっていたのか。俺はリーンに促されて椅子に座る。


「悪いないつも」

「良いよ別に。このために貴重なスキルポイント使ったんだから」


 リーンは俺の後ろに立ち、魔法の詠唱を始める。…………これでリーンの胸が大きければ肩のあたりに胸が当たるラッキーイベントが起きたかもしれないが残念ながらまな板ウィザードでは望むべくもない。


「なんか失礼なこと考えられてる気がするんだけど気のせい?」

「別にリーンってまな板だよなって改めて実感しただけだ」

「…………加減間違えて白髪になっちゃったらごめんね」

「悪かった! 謝るからいつもどおりちょっと金髪がくすむくらいで頼む!」


 20歳で白髪とか勘弁だぜ。


「はぁ…………ほんとダストって口が減らないよね」

「ま、それは俺のアイデンティティだからな」


 姫さんの護衛をやってた頃はかしこまった話し方を強要されたこともあったが…………基本的にはいつだってこんな感じだった。


「……なんだかんだでライン兄も素だと口悪かったし、そういう所は変わらないのよね」

「…………正直な話なんだがな。俺の正体を知ってて、どうしてお前がそんなに『ダスト』と『ライン』を別人扱いするのか分からねぇ」


 俺の正体を知ってる奴らのほとんどは『ダスト』と『ライン』を同一視している。『ライン』という槍使いが『ダスト』というチンピラに偽装して過ごしていると。そんな中で徹頭徹尾別人として扱っているのはリーンと俺くらいだ。


「全然違うよ。あたしの知ってるライン兄は……あたしの大好きなライン兄は口は悪くても優しくて、ちょっと三枚目な所もあるけどかっこ良くて……それで誰よりも強い男なんだから。

 それに対してダストは……あたしの大嫌いなダストは口は悪ければ性格も悪いし、完全な三枚目でかっこいいところなんて全然ないし……ちょっと腕が立つと思ったら油断して簡単に死んじゃうし。

 ……ほら、ぜんぜん違うじゃん」

「…………そうかよ」


 ラインに関しちゃ美化入ってる気がするがダストに関しちゃその通りなんで否定はできない。


「……でも、最近のダストはなんだかライン兄に戻ってきてる気がする……ゆんゆんのおかげかな」

「どうだろうな。俺自身には自覚なんてねーけど……一番俺を見てきたお前がそう言うならそうかもしれねぇ」

「うん……絶対そうだよ」


 今更俺みたいなチンピラが『ライン』に戻れるとも思えないし、戻りたいとも思っちゃいないが……リーンが言うならそうなんだろう。



 『ダスト』になった俺をずっと見てきたリーンが言うなら。

 『ライン』が『ダスト』になった理由のリーンが言うなら。




「ね、ダスト。あたしがライン兄と会った時のこと覚えてる?」

「…………忘れるわけねーだろ」

「そっかな? だって、もう7年も昔のことだよ?」

「もう、そんなになるのか…………」


 7年。それだけの時間が経てば確かに何かを忘れるには十分過ぎる。


「だけど、やっぱり忘れるわけねーよ」



 ミネア以外全てを捨ててきた俺を救ってくれた少女との出会いを。

 他の全てを捨ててでも『ダスト』になろうと決めた少女の願いを。


 

 ――――忘れられるわけがない。

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