第2話 取説はちゃんと読みましょう

「……なにやってんだあいつ?」


 今日の夢の中でお世話になろうと貧乏店主さんを一目見にやってきた俺は、ウィズ魔道具店の前でそわそわと歩き回るゆんゆんの姿を見つける。


「何してんだよ、無駄に発育のいいぼっち娘」


 そう声をかけられたゆんゆんは一瞬ビクリとした後、俺の顔を見て『なんだダストさんか……』と大きくため息をつく。

 …………おい、なんだとはなんだよ。冒険者のくせに近くに来るまで気づかなかったことといい、こいつにはいろいろと教え込まないといけないかもしれない。

 まぁ、とりあえず今はこいつの変な行動を聞くか。 


「……で? お前は何してたんだ? ウィズさんの店の前をうろうろして。営業妨害か? そんなことしてもどうせウィズさんの店にお客さんなんて来ないから意味ないと思うぞ」


 少なくとも俺がウィズさんの顔を見に来た時に客がいた覚えはない。……サキュバスの店の常連にはよく会うけど、あいつら別に客じゃないし。

 …………というか、なんでこの店潰れないんだろう。バニルの旦那が来る前に潰れてなかったのが不思議でならない。


「ダストさんじゃないんですからそんな嫌がらせしませんよ!」

「失礼なことを言う奴だな。俺だって別に誰かれ構わず嫌がらせするような陰湿なやつじゃねーぞ。ムカつくやつには正々堂々と喧嘩売ったり架空請求送りつけたりはするが」


 少なくともウィズさんみたいな優しい美人さんに嫌がらせなんてしない。


「道歩いてる人に自分からぶつかって治療費払えとか言うチンピラさんにそんなこと言われても信用ならないんですが…………あと、架空請求は陰湿すぎるんで後で通報しときますね」

「それは嫌がらせじゃなくて小遣い稼ぎって言うんだよ。それだって誰かれ構わずじゃなくて金持ってそうなやつをちゃんと選んでるぞ」

「なお悪いですよ!」

「お前が俺の酒代とかメシ代とかサky……喫茶店代とかくれればそんなことしなくても済むんだがな。つまりお前が小遣いをくれないのが悪い」

「…………この人もう一生牢屋で過ごしててくれないかな」


 サキュバスサービスを毎日頼めるならそれも悪くないかもしれない。




「話がそれたな。嫌がらせじゃねーならなんでうろうろしてたんだ?」

「べ、別にウィズさんの所に遊びに来たけど、いきなりきて迷惑じゃないかなぁと入るに入れなくてそのまま帰ろうかなと悩んでたわけじゃないですよ?」

「…………お前、もしかしてこの間もそんな感じで何もせずにそのまま帰った所だったのか?」


 考えてみればあの時こいつが歩いてきた方向はウィズ魔道具店のある方だった。


「………………そ、そんなことないですよ?」


 どもってる上になんで語尾上げて疑問形になってんだよ。……ったく、本当こいつはどうしようもねーな。


「ま、優しい俺はぼっちの悲しい習性には触れないでおいてやるよ」

「どこに優しい人がいるんですか? 私の前にはろくでもない金髪のチンピラさんがいるだけですけど」

「…………お前は引っ込み思案のくせに言いたいことはほんとズバズバ言うよな。そんなんだからぼっちなんだぞ」

「いえいえ、流石にここまで容赦なく言えるのは友達になりたくない相手だけですから」


 俺以外にもわりと毒舌だったりするくせに。あれもしかして無意識なのか。


「まぁお前とはいずれ決着をつけるとしてだ……ゆんゆん、今暇なんだな?」

「決着なら既についてると思うんですが…………暇ですけどなんですか? ダストさんに何を言われようとダストさんのやることに協力はしませんよ? むしろ邪魔しますよ? あ、やっぱり邪魔するのもろくな目に合わなそうなので無関係でいたいです」

「よし、じゃあクエストに行くぞ。ジャイアントトード討伐で当分のサキュ……もとい宿代を稼ぐ」

「人の話聞いてますか? ……と言うか、宿代とか言ってどうせすぐお酒飲んで消えるんですよね」


 失礼な。サキュバスサービス代だけは計画的に運用してるっての。ギャンブルに負けようがリーンに借りた金を返せと言われようがサキュバスサービス代だけは手を出さない。


「……どっちにしろダストさんのクエストに付き合うとかありえないので関係ないですが」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで行くぞ。ほら、まずはウィズさんの店で買い物だ」


 俺は金ないからウィズさんの顔見るだけだけど。


「ちょっ……ダストさん! 人の服引っ張らないでください! 行きますから! ほ、ほんと引っ張らないで、この服脱げやすいんですから!」


 …………このぼっちは優等生ぶってるくせになんでそんな無駄にエロい服着てんだろうなぁ。





「…………何をニヤニヤしてんだよぼっち娘。無駄に気持ち悪いぞ」


 街を出てジャイアントトードが繁殖している所まで向かう中。なにかを思い出してるのかにへらとした笑いを浮かべるゆんゆんに俺は話しかける。


「ほら、さっき私ウィズさんに言われてたじゃないですか、ダストさんみたいなどうしようもないチンピラのクエストを手伝ってあげるなんて偉い、友達として誇らしいって」

「どうしようもないチンピラ云々はお前の返しであって、ウィズさんは友達のクエスト手伝うなんて偉いですねって言ってただけだけどな」


 別に友達として誇らしいとかも言ってない。こいつ頭の中でどんだけ拡大解釈してんだ。


「ダストさんは心が汚いから……ウィズさんの心の声が聞こえないんですね」


 そんな自分に都合のいい幻聴が聞こえるようになるなら心が汚くていい。…………というかこいつ爆裂娘に長いこと会えなくてちょっとぼっちがやばいことになってねーか。




「お、第一ジャイアントトード発見。ゆんゆん、『カエル殺し』を使ってみろよ」


 そんなゆんゆんにわりとドン引きしながら歩いていたら、のんきに歩いているジャイアントトードの姿を見つける。

 俺の言葉の前にゆんゆんも気づいていたのか、ウィズさんオススメの魔道具『カエル殺し』を取り出していた。

 『カエル殺し』はジャイアントトード討伐に行くと言ったら是非とウィズさんが薦めてきた魔道具だが…………まぁ、値段設定以外はまともそうなので買ってきた。どうせ金払うのはゆんゆんだし、喜ぶウィズさんを見てゆんゆんも喜んでたし。

 …………もうこいつがあの店のガラクタ全部買い取ればいいんじゃねーかな。


「はい。あ、ダストさんはここで待っててくださいね。爆発すると危ないですし。私も設置したらすぐ離れますから」

 

 そう言ってカエル殺しを片手に俺から離れてジャイアントトードの近くへ行くゆんゆん。

 普段ぞんざいな扱いしてくるくせにこういう時は素直に忠告してくる。なんだかんだで世話焼きなのはゆんゆんの本質なんだろう。…………それ以上に凶暴性を持ってるのも本質だと俺は睨んでるが。


「これで設置よしと……あとはさっさと離れ……って、え?」


 ぴょんぴょこと動く『カエル殺し』をジャイアントトードの前に置いたゆんゆんはその場をすぐに離れようとした。したが…………


「おー地中から1、2、3……数えるのもめんどくさいくらい出てきたな」


 離れるのを邪魔するように地中から次々とジャイアントトードが出てゆんゆんを取り囲む。


「なんでこんなに出てくるんですか!?」

「そりゃ、『カエル殺し』がうまそうだからだろう」


 ウィズさんが商品説明でもそう言ってたし。


 そうこう言ってる内に一匹のジャイアントトードが『カエル殺し』を食べて爆発四散する。が、出てきたジャイアントトードの数を見れば焼け石に水だ。


「…………殺すのより呼び寄せる数のほうが多いって欠陥品じゃね?」


 誰だよこんな頭の悪い商品作ったのは。そんな頭の悪い商品を買いとっておすすめしてる残念な店主も店主だが。


「そんなこと言ってないで早く助けに来てくださいよダストさん! 流石に私一人じゃこの数は……っ!」


 身体強化をしておっきなカエル相手に大立ち回りをしているゆんゆんだが流石にあの数のカエル相手に詠唱をしながら戦うのは厳しいらしい。四方八方すぐ近くを囲まれてなきゃ『インフェルノ』でも使えば一発なんだろうが、今の状況じゃ範囲系の魔法は使えない。魔法を放った後に後ろからパクリとやられたらおしまいだ。


「助けてやってもいいが…………助けて欲しければ金を貸してくれ。最近リーンが金を返せとうるさいんだ」

「この状況で金の無心とかどんだけクズなんですか!?」

「人の足元を見れるときはとことん見るのが冒険者ってもんだ」

「そんな冒険者はあなたくらいです!」

「いや、カズマだったらもっと足元見るだろ」

「……………」


 否定はできないらしい。まぁカズマは鬼畜なことにかけてはアクセルの街では他の追随をゆるさないとバニルの旦那お墨付きだからな。流石は俺の悪友だ。


「もういいです! こんな時のためにウィズさんがマジックポーションを安くでくれたんです! 前は自分まで麻痺しちゃいましたけど改良版のこれなら……」


 そう言ってマジックポーションを飲み干して詠唱を始めるゆんゆん。


「『パラライズ』!」


 マジックポーションで強化されたゆんゆんの魔法が発動しジャイアントトードたちの動きが完全に止る。


「おう、すげぇな。……で、落ちはやっぱり自分まで麻痺してると」


 誰も動かなくなった戦場にスタスタと歩いてきた俺は空になったマジックポーションの取説を読む。


「なになに……『パラライズの威力と効果範囲を問答無用で強化するマジックポーションです。以前のバージョンより効果時間を改良しています』。…………頭おかしいんじゃないのか? この道具製作者」


 ついでにそんなものを買い取っておすすめしてる貧乏店主も。以前に使っててまた自分まで麻痺してるぼっち娘も。





「ま、ゆんゆんのおかげでジャイアントトードも楽にたくさん倒せたしこんだけ買い取ってもらえりゃ当分は宿代に苦労しないな。ありがとよ親友。報酬は倒したジャイアントトードの数で計算して分けるのでいいよな」


 動けなくなったジャイアントトードをスパスパと切り倒した俺は未だに動けないゆんゆんにそう言う。ちなみにキルレートはゆんゆん3、俺20。


「じゃ、ゆんゆんまたな。俺は今からちょっとサky……喫茶店に行ってくるから」

「この状況で一人だけ帰る気ですか!? せめて私が動けるようになるまではいてくださいよ!」

「動けるようにって……いつ動けるようになるんだ?」

「……分からないです」

「じゃ、そういうことで。心配しなくてもクエスト完了の報告はしとくからよ」


 そうすればギルドの職員がジャイアントトードを引き取りに来るだろうし、その時にも動けないようだったら回収してもらえばいい。俺はウィズさんに夢のなかで会うのに忙しいからさっさと帰らせてもらうことにする。


「…………分かりました。甚だ不本意ですけど私を街までおんぶしてください」


 本当に不本意そうにゆんゆんはそう言う。


「嫌だっての。なんで俺が14歳のクソガキをおんぶして帰らないといけないんだ。お前動けないからおんぶするのもめんどくせぇし」


 俺の守備範囲は15歳以上だ。14歳のゆんゆんはお呼びじゃない。腕に力入らない相手をおんぶするというのも手間だ。

 だけど……


「まぁ、俺は受けた恩を忘れないのとパーティーメンバーには優しいことを自負している男だ。次のクエストも手伝ってくれるならなんとかしてやらないこともないかもしれないな」


 今回の儲けは結構なもんだし、こんだけ楽に稼げるならその投資をするのも悪くはない。


「……本当にダストさんって最低の屑ですね。分かりました。次だけですからね」


 大きな溜息をつくゆんゆん。


「こういう状況じゃバニルの旦那はもっとえげつない要求すると思うぞ。いるのが俺でよかったな……よっと」


 ゆんゆんの肩とスカートの端に手をやってそのまま自分の胸のあたりまで持ち上げる。


「な、なな……なんでお姫様抱っこなんてしてるんですか!?」

「あん? おんぶはめんどくせぇからしょうがねぇだろ。それとも肩に背負えばいいか?」

「そっちのほうがいいですよ!」

「…………まぁ、お前がそれでいいならいいが…………お前のスカートの短さじゃパンツ見えるぞ」

「………………このままでお願いします」


 …………本当、こいつはなんでこんな服を着てんだろうなぁ。




「けど、ほんとお前って無駄に発育いいよなぁ……これでクソガキじゃなけりゃ文句ないんだが」


 すぐ近くで揺れる胸を見ながら俺は思う。まな板のリーンより出るとこほんと出てるし、かなりエロい。

 ………そうだ、ゆんゆんの年齢を17歳にして夢のなかに出てきてもらうというのはどうだろうか。よし、そうしよう。サキュバスサービスに不可能はない。


「なんだか身の危険を感じるんですが…………私襲われたりしないですよね?」

「14歳のクソガキで親友で動けない相手を襲うほど俺は落ちぶれちゃいねーよ」


 というよりそこまで溜まってない。サキュバスサービスは街の平和を守ります。


「いつもセクハラばっかりしてくるくせに…………あとダストさんは親友じゃありませんよ。ただの知り合いです」

「おう、ただの知り合いでパーティーメンバーだ。一時的とはいえよろしく頼むぜ親友」


 何が面白かったのかゆんゆんはクスッと吹き出した。

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