第3話 街にモンスターを連れ込むのやめましょう
「ったく……ゆんゆんのやつ、『めぐみんいなくて暇なんで里帰りしてきます』って言っていなくなったくせに、帰ってきても連絡の一つもよこさねぇ。クエスト手伝うって約束はどうなったんだ」
あのジャイアントトード討伐からはや一週間。あの後里へ向かったゆんゆんがアクセルに帰ってきたという噂を聞いた俺は、ゆんゆんの泊まる宿へとやってきていた。
「しかも帰ってきてからは部屋に引きこもりっぱなしとか……ぼっちの上に引きこもりとか救いようがねぇぞ」
宿屋の主人にゆんゆんのパーティーメンバーだと言っても信じてもらえなかった(多分ゆんゆんがぼっちすぎて仲間が出来るとは思ってなかったんだろう)が、教えないとぶん殴るぞと脅したらゆんゆんの様子は教えてもらえた。運んだ飯こそ食べてるみたいだが部屋からは全く出ていないらしい。
引きこもってても飯が出てくるなんていい身分なことだが、あいつには俺のクエストを手伝ってもらわないといけない。引きずり出してでも連れ出すことにしよう。
「おし……ここだな。……おい、ゆんゆん! 引きこもってねぇで俺に金を貸せ! それが嫌なら約束通りクエストに行くぞ!」
ゆんゆんの部屋を見つけた俺は、バンと鍵のかかってるドアを蹴飛ばして中へと押し入る。
そうしてそこで俺が見たのは――
「はい、アンちゃん、今日のご飯だよ? 一緒に食べようね」
「オイシイ、アリガトウ、ユンユン」
――安楽少女にご飯を分け与えてるゆんゆんの姿だった。
「………………おい、ゆんゆん。お前そいつがなんなのか分かってんのか?」
安楽少女のことは俺も知っている。俺の実家の近くにもこいつらはいた。下手なモンスターよりもゆんゆんみたいなぼっちには危険なやつだ。
「はい?……って、ダストさん!? いつの間にここに…………って、ドアがなんか壊れてるんですけど!?」
「そんなことはどうでもいいんだよ! そいつが安楽少女だって分かってるのかって聞いてんだ!」
「そ、それはもちろん、アンちゃんが安楽少女なのは知ってますけど…………でもアンちゃんはいい子なんですよ? ほら、私と友だちになってくれたんです」
「バカかお前は。そうやって自分の餌を捕まえるのがそいつらの習性だって分かってんだろ?」
「そうですけど…………だ、だけどアンちゃんは私を餌にするつもりないんですよ? アンちゃんは自分の実を食べさせようとしないんです。一緒にごはんを分けて食べてるだけなんです」
たしかにそれならゆんゆんが死ぬことはないだろうが…………。なるほど、この安楽少女の目的が分かった。
そういう事なら俺もご相伴にあずからせてもらおう。
「あのな、ゆんゆん。分かってると思うが街の中に許可のない魔物を連れ込むのは重罪だぞ? その中でも安楽少女は街中での危険性がトップクラスに高いからバレたら実刑は免れない」
「な、なんですか……ダストさんのくせになんでそんな正論言うんですか」
俺のくせにってなんだよ。喧嘩売ってんのかこのぼっち娘は。
「……ちっ。……お前が爆裂ロリっ子に長いこと会えなくて寂しがってるのは分かるけどよ、だからって犯罪はまずいだろ」
「…………今舌打ちしませんでした? あと犯罪はまずいとかダストさんにだけは死んでも言われたくないんですけど」
…………まぁ、俺も言ってて白々しいとは思うけどよ。このぼっち娘は本当言いたいことはズケズケいいやがるな。
「とにかくだ……俺はお前を犯罪者にはしたくない。だけどロリっ子に会えなくて寂しがってるお前がダチになってくれた安楽少女と離れたくないって気持ちは分からないでもない」
「…………ダストさん。あなたにそんなこと言われても全然嬉しくないどころか『カースド・ライトニング』を唱えたくなるんですけど……この気持ちは一体何なんでしょうか?」
反発心とかそんなんじゃねぇの。
「……とにかくだ。俺はこの安楽少女と話して本当に害意のないやつなのか確認するからよ。お前はちょっと部屋からでろ」
いろいろと言いたいことはあるがここで爆発させたらご相伴に預かることは出来ない。部屋をめちゃくちゃにしてやりたい衝動を我慢してゆんゆんにそう言う。
「そんなこと言って私がいない間にアンちゃんを経験値にするつもりなんですね! 人でなし!」
「なんでモンスターを倒して人でなし扱いされなきゃいけないのか分かんねぇが…………少なくとも今の俺にこいつを殺す気はねぇよ」
殺したらゆんゆんが色んな意味でめんどくさいことになるのは間違いないし。殺すつもりなら最初から問答無用で経験値にしてる。
「とにかく出て行けよ。じゃないと話をする前にギルドに報告しちまうぞ」
「っぐ……わ、分かりましたけど……アンちゃんに変なことしたら駄目ですからね? 絶対ですよ?」
「わーってるよ。心配しなくてもちょっと話をするだけだ」
俺の言葉に無理やり自分を納得させたのか。しぶしぶと後ろ髪を引かれながらゆんゆんは部屋を出て行った。
「……コロスノ?」
ゆんゆんがいなくなり怯えた様子をみせて安楽少女。
「殺さねーからその片言やめろ。てめーらが普通に話せるのは知ってんだ」
「…………っち、めんどくせぇな」
演技しても無駄だと本性を見せる安楽少女。……相変わらずいい性格してる魔物だよ。
「言っとくけどあの子を殺す気はないよ。だからあんたが心配するようなことは何もない」
「心配? 何を言ってるんだお前は」
「……え? あの子が心配だからあたしと話すって話だったんじゃ…………」
「ああ? 何で俺があんな生意気なクソガキのためにわざわざそんなことしないといけないんだよ?」
「じゃあ、一体全体あんたは何のためにあたしと二人きりで話そうなんて……」
「そんなもん決まってんだろ。俺も一緒にヒモ生活させろ。俺にも何もしなくてもご飯が出てくる生活味合わせろよ」
「…………………………えー」
「おい、なんだよドン引きした顔しやがって。お前と俺は同類だろうが」
こいつがゆんゆんを殺そうとしないのはそれが理由だ。ゆんゆん殺して養分にするよりゆんゆんの金で餌を持ってきてもらうのが楽だと判断したってわけだ。
「同類かもしれないけど……えー……これと一緒とかちょっと……」
「とにかく。ギルドに報告されたくなければ俺も一緒にゆんゆんに養ってもらうように言え」
そうすればゆんゆんはダチができる俺と安楽少女は何もしなくてもご飯が食べられる。誰もが幸せになれる関係だ。
「あー……うん。あたしが間違ってたよ。ゆんゆんが小金持ちだとしってヒモになろうとしたけど、やっぱりモンスターなんだから騙して殺して養分にしないといけないよね。ヒモになるってことはモンスターの誇りを捨ててこんな男と一緒になるということなんだから」
「おい、何を改心してんだ。ヒモでいいんだよ。俺とお前でゆんゆんに飯をたかるんだ」
「ありがとうゴミクズ男。これからはモンスターの誇りを胸に冒険者を騙して養分にしていくよ」
何故かすっきりとした笑顔で言う安楽少女。
おかしい……こんなはずじゃなかったのに……。
その日の夜、ゆんゆんは泣きながら安楽少女を元いた場所に帰したらしい。
「……って、ことがあったんだよ。バニルの旦那」
翌日、俺はギルドの片隅で相談屋を開いてるバニルの旦那に事のあらましを相談する。ゆんゆんは安楽少女もいなくなったのに未だに引きこもったままだ。
「ええい、勝手に相談されても金のないチンピラ冒険者に答える義理はないわ」
「そう言わないでくれよバニルの旦那。旦那だってゆんゆんが引きこもったままだと金づると労働力が減るだろ?」
「……はぁ、仕方あるまい。こうして絡まれてたらおちおち仕事もできん。一度だけ見てやるゆえ、それが終わったらさっさと帰るがいい」
大きくため息を付いて見通す力を使うバニルの旦那。
「しかし汝ら2人は無駄に見通しづらくて困る…………ふむ、世界最大のダンジョンの地下十階で見つけた卵をプレゼントするが吉。行き帰りは貧乏店主にでも相談するがいい」
「おいおいバニルの旦那。駆け出し冒険者の街にいる俺が世界最大のダンジョンの地下十階になんていけるはずないだろ」
この街じゃ腕利きの冒険者だと評判の俺だが、それはあくまでこの街での話だ。この街でさえ俺より強い奴はそれなりにいる。サキュバスサービスは街の男を強くします。
「助言はしてやったので後は知らん。そもそもアクセル随一のチンピラが何故いっちょまえに人の心配などしておるのか不思議でならん」
「え? 心配はしてないぞ? どうせさみしんぼのゆんゆんのことだ。そのうち寂しくなって部屋から出てくるだろうし」
「……やはり我輩の目に狂いはなかったか」
「ただ、早くゆんゆんから金を借りるかクエストをクリアして金を稼がないとリーンに金を返せねぇんだよなぁ」
最近リーンに会っても無視される。金を借りたいのに金を返さないと話もしてくれないらしい。パーティーメンバーに冷たいことこの上ない。
「……汝のろくでなしっぷりは相変わらず見ていて清々しいな。悪魔でもそこまで自分中心に考えられるものは少ないというに」
「そんなに褒めないでくれよ旦那。流石の俺も旦那にはいろいろ負けるしよ」
照れるぜ。
「ま、バニルの旦那にせっかく助言もらったんだ。なんとかしてみる」
世界最大のダンジョンか……。挑むならいろいろ準備しないといけないな。
「ふーむ…………これをゆんゆんにプレゼントするのか…………」
ダンジョンから帰ってきた俺はその手にある卵に頭を悩ます。
「これを売れば一財産どころの話じゃないんだがなぁ……」
苦労して手に入れた卵。それはブラックドラゴンの卵だ。ドラゴンの中でも希少な種族のドラゴンの卵となればいくらの値がつくか想像もつかない。最低でも億単位の値になるはずだ。
「まぁ、どんなに落ちぶれてもドラゴンの卵を売ることはしねーけどな」
それをしてしまえば俺は本当の意味でダストになっちまうだろうから。
クズでチンピラな俺の譲れないものの一つだ。
「……もったいねーけど、俺が持ってても仕方ないもんだしゆんゆんにやるか」
ゆんゆんの部屋の前。そこに来るまでの間に散々悩んだ俺は、結局卵をプレゼントすることにした。
もともとそのつもりでわざわざ危険な目に遭うの覚悟で世界最大のダンジョンに挑んだわけだし、ぼっちのゆんゆんにプレゼントするものとして人より寿命の長いドラゴンの卵はこれ以上ないものだろう。
「てわけでゆんゆん入るぞー」
そんな葛藤と一緒にゆんゆんの部屋のドアを蹴飛ばして中に入る。
「何がてわけで、何ですか! 女の子の部屋にいきなり入ってこないでください!」
今度はちゃんと俺が入ってきたの気づいたのか、ゆんゆんは怒った様子で立ち上がる。
……怒った理由は作ってたトランプタワーが崩されたからじゃねーよな? なんかゆんゆんが座ってた机に不自然に散らばるトランプがあるけど。
「ああ? 女の子だと? 発育が良いだけのクソガキが色気づいてんじゃねーぞ。17歳になってから出直してこい」
17歳のゆんゆんにはお世話になりました。
「……何でこの人他人の部屋に押し入ってこんなに強気なんだろう…………って、ダストさんだからか」
よく分かってんじゃねーか。
「…………まぁいいです。それで一体全体私に何の用ですか? 用を済ませて早く帰ってもらいたいんですけど」
「おう、一言多いのは気になるが喜べゆんゆん。お前にプレゼントがある」
「ダストさんが私にプレゼントって…………架空の請求書とか要りませんよ? あ、警察に通報する時に証拠で使えそうなんて一応もらっとこうかな」
…………やっぱこいつに卵やるのやめようかな。
「ったく……まぁいい。ほら、ブラックドラゴンの卵だ。親が産んだばかりだから生まれるまで少し時間がかかるだろうが」
そのまま帰りたくなる気持ちを抑えて俺はゆんゆんに卵を渡す。
「あなたは誰ですか!? こんな高価でまともなものをダストさんが人に上げる訳ありません! あ、分かりましたバニルさんですね! 人をからかうのもいい加減にしてください!」
…………やっぱ、やらなきゃ良かった。
「おう、クソガキ表にでろ。人が苦労して手に入れたもんせっかくプレゼントしてやってるってのに……泣いて謝っても許さねぇからな」
引っ叩いてひん剥いてやる……。
「おかしい……そのチンピラっぷりは確かにダストさんです。…………もしかして本物ですか? 悪いもの食べたんですか? 駄目ですよ道端に落ちてるものを食べちゃ」
このさびしんぼっちはほんとどうしてくれようか。
「あー…………もうとにかくさっさと受け取れ。でもって引きこもってないで俺のクエスト手伝え」
「あ……そういえば、クエストを手伝うって約束でしたね…………。ごめんなさい、アンちゃんのことで一杯で忘れてました」
「別にいいけどな。……まぁ、悪いと思ってんなら金を貸してくれればそれでいい」
「いえ、それはありえませんけど…………お詫びに約束の一度だけじゃなくて、何度かクエストを手伝うくらいはします」
「おう、そうしてくれ。あと気が変わったら金貸してくれてもいいからな」
てかホント金くらい貸してくれよ……。お詫びはいいから金をくれよ……。ゆんゆんが最近引きこもってたせいで酒どころかまともな飯も食ってねーんだよ。……最近は俺がきたら料金先払にしろって無銭飲食も出来ねーしよ。
あー……酒飲みてぇなぁ……。
「ど、どうしたんですかダストさん? いきなり落ち込んで……この卵のこともありますし、少しくらいなら貸しても――」
「――本当か親友! やっぱ持つべきものは親友だな! 流石俺の親友は太っ腹だぜ!」
「少しですからね少し! 後ダストさんは親友じゃありません! 友達の友達です!」
どうやら知り合いから友達の友達程度には認めてもらえたらしい。
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