EX ゆんゆんとジハード 前編
「あ、ダストさんおはようございます。そろそろ朝ごはん出来ますからハーちゃんと一緒に座っててくださいね」
「お、おう……?」
宿の食堂。ジハードと一緒に馬小屋から出てきた(入ってきた)俺は、何故か厨房で料理をしているゆんゆんにそう声をかけられた。
この宿は食事のサービスこそないが、併設の食堂で金を払えばいつでも飯を食える。いつもはゆんゆんも俺と一緒に飯を注文して食べる立場なんだが、なんであいつは今料理なんてしてるんだろうか。
「お待たせしました。……? どうしたんですか、ダストさん。バニルさんに化かされた時みたいな顔してますけど」
食堂のテーブルに座って待つ俺に出来た料理を持ってきたゆんゆんはそんなことを言いながら俺の正面に座る。
なんかトラブルがあって厨房手伝ってんのかと思ったんだが、このまま飯食うみたいだし違うのか。
「いや、なんでお前自分で料理作ってんだ?」
「? ……ああ、そのことですか。なんでも食堂のコックさんが里帰りらしくて、今日から一週間は食堂がお休みみたいなんです」
俺ら以外に人の姿が見えないのはそういう訳か。
「なるほど。だけど、じゃあなんでお前は料理なんてしてんだよ」
「休みの前に使いきれなかった食材があるみたいで、保存の効く食材以外は自由に使っていいみたいなんです。自分ひとりだけならともかくダストさんも一緒なら作った方がいいかなって」
「つまり、俺に手料理を作って食べさせたかったと、そういうことか」
守備範囲外とはいえ、見た目は完ぺきな女にそう言ってもらえるなら多少は嬉しいな。
「いえ、いつもダストさんにご飯奢らされてますし、二人分の食事代を払うよりかは自分で作った方がいいって思っただけですよ」
知ってた。
「あ、ハーちゃんにはもうご飯食べさせてくれてるんですね。ありがとうございます」
美味しそうにドラゴンフードを食べているジハードを撫でながらゆんゆん。
「礼なんていらねえよ。俺がジハードに食べさせたかったから食べさせただけだからな」
「ですよね。知ってました。私も自分で食べさせてあげたいですし」
ドラゴンが美味しそうに飯を食ってるのを見るのは至福の時間だしな。ドラゴンの世話をしたことがあるやつなら誰でもそう思うに違いない。
「ん……んだよ、結構美味えじゃねえか」
派手さのない普通の朝食だが押さえる所は押さえてる。何ていうか、食べてて安心する味だ。
「そうですか?…………うん、確かに美味しいですね。朝食を作ったのは久しぶりだから少し心配だったんですけど」
「お前も基本的には店で食ってるもんな。てか、こんだけ上手いってことは里にいた頃は結構料理してたのか?」
「えっと……まぁ、欠食児童に勝負を挑むために毎日料理してた気はします。…………流石にお母さんが作った料理を賭けの対象には出来ませんし」
「? よく分かんねえがお前のことだからどうせ爆裂娘関連でなんかあったのか」
「そんなところです」
まぁ、理由なんてどうでもいいか。重要なのはこいつが美味い料理作れるってことだ。
…………見た目完璧なこいつが作った美味しい料理ならなんか金稼ぎにも使えそうだな。こいつのバニー姿エロかったしなんかコスプレでもさせて料理させときゃ多少ボッタクリの値段でも売れまくるんじゃねえか?
「またろくでもないこと考えてませんか?」
「いや、そんなことはねえぞ。カジノもなくなったし清く正しく金を稼ぐ方法を考えてただけだ」
「本当ですか……? ダストさんがそんなこと言ってもちっとも信用出来ないんですけど」
「あん? 最近の俺は悪いことなんもしてねえだろうが」
むしろ魔王の娘を追い払ってこの街を守ったんだし、もっと褒められてもいいはずだぞ。………………てか、あれ? マジでおかしいな。誰にもこの街を守ったことを褒められた覚えがねえぞ。
「そういえばそうですね。口が悪いのと私に事あるごとにご飯を奢らせてくる所以外は悪いとこありませんね」
「そうだろ? だからお前ももうちょっと俺を信用しろよ」
「私に奢らせることは欠片も悪いと思ってなさそうなあたりダストさんですよね」
別にいいだろ飯を奢ってもらうくらい。悪友なんだからよ。金に余裕がある時は俺もたまに奢ってやってるし。
いや、金があってもすぐに使い潰す俺にそんな余裕がある時がほとんどないというのは置いといて。
「お金といえば……ダストさんがカジノで買い取ったあのサキュバスの子はどうしてるんですか? てっきりダストさんの部屋にでも連れ込んでるかと思ったんですけど」
「ロリサキュバスか。あいつならリーンが面倒見てるみたいだな。こんな小さい子を馬小屋で寝かせるなんて信じられないって言って」
悪魔が風邪引くとは思えないし、ゆんゆんの言う通り俺の泊まってる馬小屋かその隣にでも泊まってもらおうかと思ってたんだがな。俺もあいつも金持ってないし、夢を見せてもらうのにもちょうどいいから。
「あー……なるほど。リーンさんの立場ならそう言いますよねぇ。……それより、意外だったのはダストさんがあの子のことサキュバスだってバラしたことです。なんで私達に教えたんですか?」
「ん? そりゃ、あいつも俺らの仲間になるみたいだし、仲間内で隠し事するわけにはいかねえだろ」
それにロリサキュバスがあの店辞めたって言うなら、店のことを女たちにはバラさないっていう男同士の約束にも反しねえし。
「仲間……そっか、あの子も仲間になるんだ。仲間……なかま…………リーンさん以外の女の子の仲間…………ふふ……」
「おーい……ゆんゆん? 何考えてるか想像はつくが危ない顔してんぞ帰ってこい」
「はっ!? べ、別に仲間だったらアイスクリームの食べさせあいっこしても大丈夫だよねとか思ってませんよ!?」
「はいはい、それくらいはしていいから妄想はそのくらいにしとけよ」
あいつ微妙にゆんゆんのこと怖がってた気がするけど、まぁそれくらいなら大丈夫だろう。どうせリーンも一緒だろうし。
「え? いいんですか? じゃ、じゃあお風呂で流しあいっことかそういうのも……?」
「…………まぁ、いいんじゃねえの」
そこまで行くと仲間というかダチじゃなきゃダメな気がするが。まぁ、ロリサキュバスがそれを受け入れるならそれはもうダチと言っていい間柄だ。
ゆんゆんが受け入れてもらえるかどうかは知らん。
「ところでダストさん。あの子のことはなんて呼べばいいんですか? ダストさんはロリサキュバス、キースさんとかは新人ちゃんって呼んでますけど」
「あいつの呼び方なぁ…………まぁ、お前らは『ロリーサ』でいいんじゃねえの? あいつに名乗れるちゃんとした名前はねえみたいだし」
悪魔の真名は他人に教えられないし、下級悪魔であるロリサキュバスにはバニルの旦那やゼーレシルトの兄貴のような仮の名前もない。仮に俺がロリサキュバスと真名契約をしてたらちゃんとした名前を名付けないといけないみたいだが、ただのダチで仲間になっただけだし適当でいいだろう。
「ロリサキュバスだからロリーサって…………適当すぎませんか?」
「実際適当だけど可愛いからいいだろ」
少なくともゆんゆんとかめぐみんとかよりはおかしくない。
「ふぅー……ごちそうさん。割と美味かったぞゆんゆん」
というかアクセルに来てから食べた朝食の中じゃ一番かもしれない。
「お粗末さまでした。やっぱり例えダストさんが相手でも褒められたら嬉しいですね」
「お前は相変わらず一言多いな……」
褒められて嬉しいなら素直にそれだけ言っときゃいいのに。
「そういや、今日はお前何をするんだ? クエストは休みだが、また爆裂娘と散歩か?」
「えっと……それは今日はないと言うか……目標見つかるまで私の出番はないと言うか……」
「? お前いつも爆裂娘とテレポートでどっか行ってたよな? なんかあったのか?」
いつもなら朝飯食べたらすぐに爆裂娘が来て一緒にテレポートでいなくなるんだが。
「何かあったと言うか……何かがなくなったと言うか…………えっと、とりあえず詮索はなしにして下さい」
「まーたあのトラブル娘は何かやらかしたのか。流石頭のおかしい爆裂娘の称号は伊達じゃねえな」
まぁ、カズマパーティーの女たちは何もやらかしてないときのほうが異常だし今更なんだが。
「と、とにかく! 今日は特に用事はありませんね」
「そうか。お前がどっかに行くんならジハード連れてミネアと遊ぼうかと思ってたんだが」
一緒にいれるようになったミネアだが、基本的には相変わらず紅魔の里で過ごさせてもらっている。冒険にはそこから飛んできてもらって一緒に戦ってるわけだが、休日とかはテレポートで跳ばしてもらって俺の方から里へ向かうことが多かった。
「残念ながら今日は私がハーちゃんのブラッシングをさせてもらいますからね。……というか、最近ダストさんばっかりハーちゃんと遊んでてずるいです」
「お前が爆裂娘とどっか行くことが多いのが悪い。基本的にジハードは放って置いても寝てるだけだし手のかからない方ではあるが……」
それでもいつもそんな扱いしてたら寂しがるし、代わりに俺が面倒見てやってると言うのに。
「まぁ、ダストさんがいるからハーちゃんを置いていけるというのは確かにあるんですけどね……。特にめぐみんとの爆裂散歩はハーちゃんが爆裂魔法に怖がるから連れていけませんし」
「…………。ま、そのあたりを今更俺が何か言う気はねえけどよ」
使い魔の契約でジハードの感情は察することの出来るゆんゆんがそう言うんだ。ジハードが怖がってることに間違いはないだろうし、その考えが主として絶対に間違ってるとも言えない。
ゆんゆんとジハードは主従だ。その道を歩みだした2人に周りがその関係をとやかく言うわけにもいかない。道を踏み外してない限り、その関係を決めるのは主従2人であるべきだ。
「そうですか? …………ん、そう言えばハーちゃんで思い出したんですけど、私、リッチーになろうと思うんですよ」
「…………は? お前、いきなり何を言い出してんだよ」
なんでジハードの話をしてていきなりリッチーになるだなんて話に………。
「だって、ダストさん前に言ったじゃないですか。ハーちゃんが上位種になって人化できるようになる頃には自分は死んでるって。私はどうしてもハーちゃんとお話してみたいですし、そうなればもう寿命がなくなるリッチーになるしかないですよね」
「そういう事か。……いや、言いたいことは分かるがお前馬鹿だろ」
使い魔と話したいからリッチーになりますとかリッチーの大安売りにも程が有るぞ。ヴァンパイアに並ぶアンデッドの王だぞ。どっかの魔導具店の店主さん見てたらそんな存在とは全然思えないけど。
「そんなに友達と話したいって願いはおかしいですか? ダストさんが言ったんですよ。ハーちゃんは……私や私の子孫といつまでも一緒にいてくれる『友達』だって」
「お前のその願いは間違ってねぇよ。間違ってねぇが…………お前がリッチーになるのは無理だよ」
「どうしてですか? 一応これでも私は魔王討伐に参加したアークウィザードですよ? それに実際にリッチーになったウィズさんもいますし、不可能じゃないと思うんですけど」
「そうだな。お前の言ってることは何も間違ってねぇ。間違ってねぇが…………やっぱ、お前は馬鹿だよ」
実力的な意味や方法的な意味じゃ確かにゆんゆんがリッチーになるのは不可能じゃない。きっちり準備してからやれば確かにリッチーになれる可能性はかなり高いだろう。だが、ゆんゆんの想像にはその後がない。
誰よりも寂しがり屋なこいつがリッチーとして在り続けるなんて無理に決まってんだろ。
「……とにかく、ジハードとどうにかして話せるようには俺がするから、リッチー化は諦めろ」
簡単には諦めないかもしれないが、どうにかして説得しないといけない。……こいつが寂しそうな顔して泣く姿なんて俺は二度と見たくねえんだ。
「あ、本当ですか。じゃあ、リッチー化は諦めますから、ハーちゃんと話せるようにする件よろしくお願いしますね」
……………………………………。
「……おい、お前リッチーになる気なんて最初からなかっただろ?」
簡単にどころか、悩む素振りすら見せないゆんゆんに俺はジト目を向けてそう聞く。
「え? そんなことないですよ? あー、ハーちゃんと話したいなぁ……ダストさんがどうにかしてくれないならリッチーになるしかないなぁ」
わざとらしい棒読みでそんなことを言うゆんゆん。
「…………お前、性格悪くなってねぇか?」
「そうだとしたら間違いなくダストさんのせいだから自業自得ですよ。……それに、こんなふうに自分本位でお願いできる相手なんてダストさんくらいです」
「……お願いがあるなら普通にしろよ」
「そんなこと言って私が普通にハーちゃんとお話したいって言ってもめんどくさがって聞いてくれないですよね。ダストさんがクズデレなのを私はよく知ってますから」
「クズデレってなんだよ…………」
言いたいことはなんとなく分かるのが悔しい。
「それでダストさん。…………私のお願い、聞いてもらえますか?」
さきほどまでの小悪魔のような自信のある態度とは変わって、おどおどとして少し心配した様子でゆんゆんは聞いてくる。
(…………ったく、このぼっち娘はほんとどうしようもねぇな)
俺には遠慮しないって言ってたが、それでもここまで自分のためのお願いをしていいのかは不安だったんだろう。
その上でこうしてお願いしてきたのはそれだけジハードと……『友達』と話したいという気持ちが大きかったってことだ。
「わーったよ。男に二言はねぇ。ジハードと話せるように俺がなんとかしてやる」
ジハードは下位ドラゴンだがこっちの言ってることが分かるくらいには賢い。バニルの旦那あたりに相談すれば可能性はあるかもしれない。
「だからよ…………こんなことぐらいでおどおどしてんじゃねぇよ、悪友」
これくらいのお願いじゃ、お前からもらった恩は全然返せないんだからよ。
──ゆんゆん視点──
ダストさんは私が何でおどおどしてるのか分かってないんだろうな。
私がどうして人にお願いするときにおどおどしちゃうのか。それはお願いした相手に嫌われたくないから。
だから簡単なお願いや相手にも得があるお願いならそこまで悩まずできるけど、自分勝手なお願いになればなるほど私はおどおどしてしまう。
ダストさんが私にとって嫌われたくない相手になったことを。
嫌われることが怖くても、ダストさんなら嫌わないでいてくれるって信じられたことを。
そんな私の葛藤をダストさんはきっと分かってない。
でも、それでいいと思う。
そんな察しのいい人だったら私はきっとダストさんと友達にはなれても悪友になんてなれなかっただろうから。
どんなに察しが悪くても、私を泣かせる人がいたら怒ってくれる人だって私は知ってるから。
(めぐみんもダストさんも自分は私の事泣かしてばっかりなのにね)
でも、私が泣かされてたら怒ってくれるって信じられる。
だから──
「はい。信じてますよ、ダストさん。あなたがどうしようもないチンピラだって事実と同じくらいには」
──私はこうしてこの人に甘えてしまうんだと思う。
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