EX ゆんゆんとジハード 中編

「──てわけなんだよ、バニルの旦那。嘘だとはわかってるけどゆんゆんをリッチーなんかにするわけにはいかねぇからよ。なんかいい方法ねぇか?」

「相変わらず金は持ってない上に相談屋をやってない時間に相談に来られても困るのだが…………」


 ウィズ魔導具店。まだ開店前のその店内で。ぱたぱたと掃除を行っていたバニルの旦那は俺の話にそう言ってため息をつく。


「……まぁ、よいか。が来るとしてもまだ先の話であろうし、あのぼっち娘をリッチーなぞにするわけにもいかぬ。少しくらいなら相談に乗ってやろう。相談の報酬は汝への貸しである」



「あのー……一応、私リッチーなんですけど…………『なんか』とか『なぞ』とか言われると地味に傷ついちゃうんですが……」



「旦那に結構借り作っちまってるなぁ。溜めると怖いんだが。……言っとくけど俺に金はねぇから期待しないでくれよ?」

「誰も万年金欠のチンピラに金の期待なぞしてないから安心するが良い。……それで相談というのは確かあのぼっち娘をリッチーにしたらポンコツ店主と同じ残念リッチー街道まっしぐらだからどうにかしたいという話でよいのか、ダスト」



「バニルさん? 喧嘩売ってますか? …………って、あれ!? なんかバニルさんが普通にダストさんの名前呼んでるんですけど!」



「ええい、そこのポンコツリッチーさっきからうるさいぞ! 今日の晩ごはんは奮発して水飴を食べさせるゆえ黙っておれ」


 カウンターから俺達の話にいちいち反応をしめすウィズさんに旦那はそう言う。


「水飴は嬉しいですけど誤魔化されませんよ! 長い付き合いの私だって片手で数えるくらいしか名前で呼ばれたことないのに!」


 水飴が嬉しいってどんな生活送ってんだよウィズさん…………。


「我輩が名前を呼ぶのは我輩が認めたもののみである。人間時代の武闘派店主は我輩が初めて認めた人間であるため名前で呼ぶのも吝かではないが、今の汝は我輩が稼いだ金をすべてガラクタに変える穀潰しではないか。強いのは認めているが名前を呼ぶのは気が向いた時だけになるのは仕方あるまい」

「う……それを言われると言い返せないです」


 全部ガラクタに変える穀潰しって言われて言い返せないって…………バニルの旦那も苦労してんなぁ。


「でも、それじゃあどうしてダストさんのことは名前で呼ぶんですか?」

「このチンピラは性格こそあれだがトカゲと一緒に戦えば我輩を倒し得る実力者である。間抜けではあるがこれで頭の回転は悪くない。本人は万年金欠ではあるが我輩に儲け話を持ってきてくれることもある。ぼっち娘と一緒にいれば我輩好みの悪感情を勝手に作ってくれる。…………まだ他にもあるが、説明が必要か?」

「…………もういいです」


 どうせ私なんかといじけてるウィズさん。……どちらかというと俺がいじけたいんだけど。


「あー……ウィズさん? バニルの旦那がウィズさんより俺を認めてるってことはないから安心してくれよ。旦那は俺のことを本当の名前で呼んだことはないからよ。それにわざわざ俺をダストって呼んだのだってきっとウィズさんをからかいたかったからだぜ?」


 バニルの旦那がこの街で1番認めてるのはウィズさんだ。そんなこと見通す力なんかなくても分かる。


「悪友に察しが悪いと評価されてるチンピラごときが我輩を見通したような風に言いおって…………呪いで汝を女に変えても良いのだぞ」

「土下座して謝るからそれだけはやめてくれ!」


 一瞬の躊躇いもなく俺は土下座する。…………バニルの旦那を怒らすのはやめよう。


「そっかぁ……バニルさん私にかまって欲しかったんですね」


 ふふっ、と嬉しそうに笑うウィズさん。


「そこのポンコツ店主は水飴没収である。ついでに飲まず食わず寝ずで1週間働くがよい」

「死にますよ! ……いえ、リッチーだから死なないですけど。謝って黙りますから許してください!」


 バニルの旦那つえぇなぁ……。一応バニルの旦那はアルバイトでウィズさんが店主だった気がするんだけど。この力関係おかしくね?




「あむあむ」


「さて、いきおくれ店主は水飴食べさせて黙らした。本題に入ろう。…………なぜ本題に入るまでにこんなに時間がかかるのだ」

「バニルの旦那が素直じゃないからじゃねぇかな」


 美味しそうに水飴を食べるウィズさんを横目に見ながら俺とバニルの旦那は本題に入る。…………ウィズさん可愛いなおい。


「それで本題はあの最近ぼっちじゃなくなってきたぼっち娘が使い魔の下位トカゲと話したいということだったか」

「それ以上ドラゴンをトカゲと呼んだらバニルの旦那相手でも戦争だぜ。……まぁ話はそれであってる。なんかいい方法ねぇかな。使い魔と話せるくらいに意思疎通出来るスキルとか上位種になってないドラゴンを人化させるスキルとか」


 バニルの旦那はリッチー化の秘術も知ってたらしいし、いい方法を知ってる可能性は高いはずだ。


「ふむ……前者に関しては今ぼっち娘が使っているであろう使い魔の契約以上のスキルはあるまい。あれは必要最低限の意思疎通はできるし普通はそれで満足するのだが……」

「あのボッチーは満足しないわがまま娘なんだよなぁ」


 ほんとに手のかかるやつだ。


「あのさみしがりやな娘が我儘を言ってる相手は汝くらいの気がするが…………。後は竜を人化させるスキルであるが、あれなら竜に関するスキルであればなんでも覚えられるドラゴンナイトであれば覚えることは可能であろう。汝が覚えてあの下位種に代わりにかけてやればよい」

「…………わりと簡単に解決策が出てきたな」


 簡単すぎてなんか落とし穴がありそうなんだが。


「ふむ……女心の察しが悪いくせにこういう所で察しが良い童貞男よ。汝の懸念する通り問題点が二つある」


 だよなー。


「一つはスキルポイントの問題。人間である汝が覚えようとすれば人化のスキルはどんなに才能あるものでも50ポイントは使うであろう」

「今の俺のレベルって55なんだが…………こっから50ポイント稼ぐの無理じゃね?」


 大精霊を倒したり魔王軍幹部クラスを複数一度に相手したり、修羅場をくぐってくぐってやっと上がったレベルだ。魔王が倒されてわりと平和になったこの世界でこれ以上レベルあげるのは相当苦しい。


「あむあむ…………あ、ダストさん、それなら私がレベルドレインしましょうか? 私の『不死王の手』のスキルならレベル下げられますよ。運が悪いと麻痺ったり猛毒にかかったりしますけど…………ダストさんなら即死しなそうですし大丈夫ですよね?」


 水飴を美味しそうに食べながらそんなこと言ってくるウィズさん。


「ということである。スキルポイントのことに関してはそれでよかろう。レベルを上げなおせばスキルポイントはその分溜まっていく。3回ほどレベルをあげなおせば50ポイント位はすぐ溜まるだろう。ドラゴンナイトである汝ならドラゴンさえいればレベルによるステータスなど誤差であるし弱くなる危険もない」


 そのレベルドレインする時が危険みたいなんだが……。


「心配せずともこの店は解毒のポーションなどもしっかりと扱っておる。安心するが良い」

「その台詞のどこで安心すればいいんだよ旦那……」


 流石はバニルの旦那。きっちり商売しやがる。




「それでもう一つの問題点ってなんなんだ?」


 スキルポイントのことはまぁ不安はあるけどなんとかなりそうだ。もう一つの問題点というのが気になる。


「ドラゴンナイトであれば竜に関するスキルを全て覚えられるといったが、人化のスキルなどは爆裂魔法同様使えるものに教えてもらわねば覚えられぬ」

「ドラゴンの人化が使えるって言ったら…………上位ドラゴンしかいないよな?」

「そうなるな。竜は上位種になれば自然と人化のスキルを覚える。というより人化のスキルを覚えるのが上位種になった証と言ってもよい」

「……でも、今はまだこの世界に上位ドラゴンは生まれていないはずだ」


 ある日を境に上位ドラゴンと中位ドラゴンがまとめていなくなったこの世界で。上位ドラゴンが生まれるのはまだ100年は先の話だ。

 つまり、この世界には人化のスキルを使えるドラゴンはいない。


「それなのだがな、実はつい最近魔王が倒されたという事実を受けて一匹の上位種がこの世界に帰ってきたらしい。…………ちっ」

「まじかよ。運がいいな。…………ドラゴン嫌いだってのはゆんゆんから聞いてたけど、そんな舌打ちまでしなくてもいいじゃねぇかよ旦那」

「こればっかりは仕方あるまい。ただの上位種ならともかく、帰ってきたのが神魔大戦の時に散々我輩の邪魔をした奴ゆえ」

「へぇ……地獄にいる旦那の本体を相手に戦えるとかドラゴン使いの強化を受けてるにしてもすげぇな」


 地上にいる旦那は仮の姿で、本来は更に強い。七大悪魔の第一席、地獄の公爵って称号は伊達じゃないのだ。


「いや? あの忌々しい竜はドラゴン使いと共に戦ってなどおらぬぞ」

「…………は? いやいや、流石に上位ドラゴンでもドラゴン使いのアシスト無しで旦那と戦うとか無理だろ。ドラゴンは最強の生物だけど最強の存在じゃないんだからよ」


 ドラゴン使いと一緒に戦うドラゴンは最強だって俺は証明してみせるけど。


「ふむ…………あれはただの上位種ではない。上位種の中でも上位の存在…………巷じゃ『エンシェントドラゴン』とか偉そうな称号を受けていたか」



 …………………………。



「エンシェントドラゴンって言ったらあれか? 体の大きさが城と同じくらいでかいという?」

「うむ」


「ただのブレス攻撃が爆発魔法と同じくらいの威力があってそれを連発するとかいう?」

「うむ」


「本気のブレス攻撃なら爆裂魔法と同じくらいの威力があってそれを何発撃っても魔力切れ起こさないとかいう?」

「うむ……まぁ、その噂話で大体あっておるな。この世界で振るえる力を考えればそんなものであろう」


 つまり制限を受けてその強さなのか…………。


「俺はそんな相手から人化のスキルを教えてもらわないといけないのか……」


 機嫌損ねたら消し炭になりそうだなぁ。


「うむ、戦って強さを認めてもらえば教えてくれるだろう」


「え?」

「ん? どうしたチンピラ冒険者よ。ジャイアントトードが駄女神のゴッドブローを食らったような顔しおって」


 なんなの? その表現流行ってるの?


「……じゃなくて! 戦うって誰とだ……?」

「そんなものあの無駄に大きな身体の忌々しいエンシェントなんちゃらである」

「無理に決まってんだろ! 一瞬で死ぬわ!」


 そこまで人間やめた覚えはない。というか魔王軍幹部クラスや炎龍が可愛く思えるような相手と戦うなんて考えたくもない。


「心配せずともあれも手加減くらいはするであろう。なにより竜が自らの知識や力を与える相手と戦うのは、魔王が勇者に倒されるというのと同じくらい大きな役目である。戦わずして力を授けられることはあるまい」


 ……そんなもんなのか。いいじゃん別に戦わなくても力くれて。魔王も別に勇者じゃなくて神様とか幹部の裏切りで倒されてもいいじゃん。





「──まぁ、納得は行かないけど俺がどうすりゃいいかは分かったよ旦那。借りはいつかちゃんと返すぜ」


 エンシェントドラゴンがいる場所等を教えてもらい相談を終えた俺はそうバニルの旦那に言う。


「言われずともちゃんと返して貰う予定は立てているから安心するがよい。汝たちには我輩の夢を叶えるためやってもらいたいことがあるゆえ」


 汝『たち』……?


「ま、こまけぇことはいいか。んじゃ、バニルの旦那、ちょっとエンシェントドラゴンと戯れてくるぜ。…………あと、ウィズさんにもう少しまともなもん食わしてやろうぜ」


 じゃないと栄養失調で死ぬぞ。……リッチーだから死なねぇけど。


「たまには串焼きの屋台の店主に腐りかけの肉をもらって食べさせておるから安心するがよい」


 ……リッチーといえどドラゴンやドラゴンハーフじゃねぇんだから腹壊すだろ。


「……ま、こまけぇことはいいか」

「細かくありませんよ!? ダストさんもバニルさんの私に対する扱いが酷いことなんとか言ってください!」


 水飴食べ終わったらしいウィズさんがそう叫ぶ。


「言ってもバニルの旦那が聞くとは思えねぇし…………ウィズさん、強く生きてくれ」


 ある意味もう死んでるけどな。

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