EX ゆんゆんの里帰り 前編

「ダストさん、少しお願いがあるんですけどいいですか?」


 宿の食堂。用意された朝食に手を付けながら、対面に座るゆんゆんがそう話しかけてくる。


「なんだよ。言っとくが俺に金はねぇぞ」

「それは言われなくても知ってますから。というかいい加減前に貸したお金返してくださいよ……」


 あーあー、おかしいないきなり耳が遠くなった。


「別に今返せとはいいませんから耳塞ぐのはやめてください」

「ちっ……だったら、最初からそんな話すんじゃねぇよ。飯がまずくなるだろ」

「…………ダストさんのわりとドン引きなチンピラぶり久しぶりに見ましたね」


 おう、俺もお前のその生ごみ見るような目は久しぶりに見たな。




「……で? 金の話じゃなきゃ俺に何のお願いだよ」


 またジハードと話したいって時みたいな無茶振りじゃねぇよな……。


「別に大したお願いじゃないですよ。ちょっと紅魔の里に帰ろうと思うのでミネアさんで送ってくれないかなぁって。ハーちゃんも昨日目が覚めましたし、お父さんに紹介しようと思って」


 話の中に自分の名前が出たのが気になったのか、ゆんゆんの横でパンをはむはむしてるジハードが首を傾げる。

 相変わらずジハードは死ぬほど可愛い。早く俺の子になんねえかな。


「そういや人化出来るようになってからはまだ里帰りしてねぇのか。でも紅魔の里ならリーンに送ってもらえば一瞬だろ」


 ゆんゆんは今テレポートの登録先がアクセル・冒険のセーブ先・エンシェントドラゴンの棲む山頂の3つだから自力じゃ飛べないが、代わりにリーンが紅魔の里や王都を登録してる。



 ──余談だが、なぜゆんゆんがエンシェントドラゴンの棲家を登録してるかは、例の頭のおかしい爆裂娘がエンシェントドラゴンにしたお願いが理由であり、そのお願いのせいで旅に出るはずだったエンシェントドラゴンもこの世界に留まっているらしい。

 マジでエンシェントドラゴンを爆裂魔法の的にするとかあのロリっ子は頭おかしい。



「いいじゃないですか別に。また空を飛ぶ感触を味わいたいんですよ」


 そういうことか。空を飛ぶのは気持ちいいからな。分からないでもない。


「ま、俺も今日は暇してるからいいぜ。送ってってやるよ。リーンたちも暇なら誘ってやるか」


 ジハードの件で最近あいつらと俺はほとんど一緒に冒険してねぇからな。俺もゆんゆんも体調戻ったし明日から冒険復帰する予定ではあるが。


「キースさんとテイラーさんは今日は一日寝てるって言ってましたよ」


 キースとテイラーはいい夢を一日中見るつもりか。ロリサキュバスのおかげでお金は気にせずいい夢を好きなだけ見れるんだよな。

 …………どうしよう、俺もそうしてぇ。


「リーンさんはロリーサちゃんと王都の方に行くって言ってました。ロリーサちゃんの服を選んであげるって」

「そういやロリサキュバスは同じような服しか持ってねえもんな。……でも、あいつら二人で大丈夫か?」


 行き帰り自体はリーンがテレポートで王都とアクセルを登録してるから大丈夫だろうが。王都の中で変な奴に絡まれたりしないだろうか。


「あの二人なら大丈夫じゃないですか? リーンさんはいつもダストさんやキースさんみたいなチンピラを相手にしてますし、ロリーサちゃんもダストさんの相手に慣れてます。王都の変人さんくらいダストさんに比べればかわいいものですし、適当にあしらえますよ」

「おう、喧嘩売ってるなら買うぞ。そろそろお前に土の味を覚えさせてやろうと思ってたところだしな」


 今の俺は泣く子も黙るドラゴンナイト。下級職の戦士だった時とは格が違う。上級職とはいえ後衛のアークウィザードに喧嘩で負けるはずがない。


「別に喧嘩なんて売ってないですが……でもミネアさんが飛んで来るまで少し時間かかりますしね。いいですよ、ドラゴンのいないダストさんなんて怖くないですから喧嘩売ってあげます」

「上等だぼっち娘。表出ろ」

「喧嘩するなら街の外ですからね。街中で喧嘩したらルナさんに怒られますから」


 ふっ……そんな余裕ある態度してられるのも今の内だからな。






「ちくしょう…………魔法まで使うとか卑怯だろ」

「大人気なく先に槍を使ったのダストさんじゃないですか」


 口に広がる土の味に顔をしかめながら俺は飛んできたミネアの頭を撫でる。

 考えてみれば超レア職業とか言われてるドラゴンナイトって言っても、ドラゴンの力借りれない状態なら戦士とステータス補正はほとんど変わんねえんだよなあ。戦士では上がらない魔力とかも一応上がるけど、喧嘩には全然関係ないし。

 ステータスにマイナス補正かかるドラゴン使いに比べたら凄い上がったように錯覚するけど、ドラゴンのいないドラゴンナイトなんて下級職と同じようなものだ。むしろ専用スキルが使えない分初級職の冒険者の方がマシの可能性もある。


「もう少し早くミネアが来てくれればゆんゆんに土の味を覚えさせられたっていうのになぁ」


 その分、ドラゴン使いもドラゴンナイトもドラゴンがいる時の強さは他の追随を許さないが。というか最強の生物と言われるドラゴンのステータスを借りれるだけでもチートだってのに、竜言語魔法の万能性はどう考えても狂ってる。


「その上ドラゴンの力まで借りるつもりだったとか大人気なさすぎますよ。というかそんなことになったらすぐに降参しますから」


 はぁ、と大きな溜息をつくゆんゆん。


(……ま、でももうトラウマは大丈夫みてぇだな)


 俺に向かっていつも通り魔法を放てるんならもう大丈夫だろう。痛い目を見たかいがあったってもんだ。

 …………もう少し早くミネアが来てくれたらいつもボコボコにされてる恨みも晴らせて一石二鳥だったんだが。


「って、あれ? ダストさん、ミネアさんの角にロープなんてつけてどうしたんですか?」

「ん? ああ、これか。俺とゆんゆんの二人だけなら俺が角掴んどきゃそれでいいんだがジハードもいるからな。片手でもしっかり掴める所用意しときたいんだよ」


 片方の角だけ掴んでたらバランス崩すが、両方の角にロープを結んどきゃ片手でもバランスを取れないことはない。


「危ないんでしたらハーちゃんには竜化してもらって飛んできてもらうって手もありますけど……」

「いや、いい。ミネアにもそんな速く飛ばさせないしな」


 ジハードは目覚めたばかりだし無理はさせられない。竜化して長距離飛ばすのはやめた方がいいだろう。


「ってわけだほら。行くぞ」


 準備を終えて。俺達が乗れるように頭を下げてくれたミネアを撫でた俺は、ジハードを抱きかかえてミネアの頭に乗る。


「ゆんゆんは前みたいに俺に捕まっとけよ……って、何固まってんだ?」

「…………なんでもないです。ちょっと想定外なことがあっただけで」

「? よく分かんねえけど、問題ないならさっさと乗れよ」


 何故か固まってるゆんゆんに俺はそう言って促す。


「……いいなぁ」


 しぶしぶと俺の背中に抱きつきながら、羨望の声をあげるゆんゆん。


「いいなぁって、もしかして俺がジハード抱きかかえてるからか? お前はいつも寝るときジハード抱きかかえてんだろうが。俺にもたまにはジハード分を補給させろよ」


 いつもは俺が羨ましがる立場なんだからこういう時くらい譲ってくれてもいいだろ。


「…………もういいです。早く飛んでください」

「そりゃ言われなくても飛ぶが……って、おいこらゆんゆん。捕まっとけとは言ったがあんま強く締め付けんじゃねぇよ」


 高レベル上級職にやられたら痛いっての。……というかマジでこの力で抱きしめられたらジハード潰れるから気をつけろよ。



「まぁ、いいか。ミネア出発だ」


 強く締め付けられるのは痛いが、背中の感触はわりと幸せだし。流石のゆんゆんも里につくまでずっとこの力で締め付けるのは疲れて無理だろうしな。


 そんなことを思ってる内に、ミネアは力強く羽ばたいて、瞬く間に制限のない空へと飛び立つ。

 ドラゴンの背に乗り飛ぶこの高揚感は何度経験しても色褪せない。


「やっぱり空の上ってのは最高だな! ゆんゆんもそう思うだろ?」

「思いますよ。思いますけど…………うん。なんかむしゃくしゃしてるんでダストさん、派手に飛ばしてください」

「だから飛ばしたら危ねぇって言ってんだろ。紅魔の里についてジハード降ろしたらおもいっきり飛ばしてやるからそれまで我慢しろ」


 前の時もそうだったがゆんゆんは結構な飛ばし屋だな。ジハードがゆんゆんを乗せて飛べるようになったら苦労するかもしれない。


「…………思った通りの状況なのにこのむしゃくしゃする気持ちはホントなんなんでしょう」


 なんだか納得してない雰囲気を漂わせてるゆんゆんと、可愛くお利口にしているジハードと一緒に。俺はミネアに乗って紅魔の里へと文字通り飛んで行くのだった。

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