第37話 このチンピラ冒険者に転職を!

──ゆんゆん視点──


「…………どうしよう」


 ギルドの酒場。料理とついでにダストさんを待ちながら私は手の中にあるものを見て頭を悩ます。


「里の召集命令…………行かなきゃいけないよね」


 クエストが早めに終わり、大衆浴場に入ってから宿へと一旦帰宅して、白のワンピースに着替えた私は、自分へと手紙が届いてるのに気づいた。その内容は――


「――王都へ魔王の娘率いる魔王軍主力が襲撃予定を立てている。里の外にいるものは一時帰郷し、その後王都へ救援に向かう……か」


 外に出ているものを召集するなんてタダ事じゃない。魔王の娘が初陣で隣国へと精鋭率いて攻め入った時でも、こんなことはなかった。


「紅魔の里の長を目指してる私がこれを無視する訳にはいかない…………いけないんだよね」


 これは里の決定だ。その決定を無視するものを誰が長と認めるだろう。悩む必要なんてない。考えるまでもない。私はこの召集に従う…………そうでなければならない。

 あれだけ苦労して手に入れた族長になる資格と、子供の頃からの夢。それを無駄にする、少なくとも遠ざけでしまう選択肢を選ぶわけにはいかないんだから。



「何を変な顔してんだよ悪友」


 いつの間に来たんだろうか。私の気づかないうちに後ろを取っていたダストさんは、ひょいと、私の持っていた手紙を取り上げる。


「なになに…………。ふーん、里の召集命令か」


 読み終えたダストさんが手紙を机の上におく。


「はい…………」

「で? お前は何を悩んでんだよ。お前の夢を考えりゃ、考えるまでもねぇだろ」

「悩んでなんかないですよ。悩んでなんかないですけど…………この街にも魔王軍の襲撃があるって話を聞いたんで…………それが心配なんです」


 捕縛されたという例のダークプリーストからの情報によれば王都への襲撃に合わせてこの街へも襲撃があるという。それが本当なら、里の召集に従えば私はこの街を守れないということになる。


「はっ……お前一人いなかったくらいでどうにかなるような街じゃねぇよ。里に帰って、王都で暴れてこい。そうすりゃお前はきっと里の長として認められる。…………お前にはそれだけの実力があんだからよ」

「ダストさんは…………ダストさんは、それでいいんですか?」

「いいも悪いもねぇよ。悪友が夢を叶えようとしてんだ。アクセル随一のチンピラ言われてる俺でも、その後押しくらいするさ」

「そう…………ですか」


 だったら、どうして寂しそうな顔をしているんですか、ダストさん……。



「その手紙、この街の紅魔族にも見せねぇといけねぇんだろ? とりあえずお前の親友のロリっ子に見せてきたらどうだ?」

「めぐみん、二軍の補欠って書かれてるから怒りそうだなぁ……」


 爆裂魔法の威力は凄いけど、相手が魔王軍の主力であることと魔王の娘の能力を考えれば爆裂魔法一発では形勢を変えるほどではない。

 里の人達は今のめぐみんの本気の爆裂魔法を知らないからそう考えるのも無理はないのかもしれない。


「とりあえず、明日の朝めぐみんと森で待ち合わせするために手紙出してきますね」

「………………は?」

「? なんで、ダストさん『こいつ何言ってんだ?』みたいな顔してるんですか?」

「こいつ何言ってんだ? って思ってるからそんな顔してんだよ」

「?? 私、なにか変な事いいましたか?」


 ダストさんがめぐみんに見せてこいって言ったのになんで不思議そうな顔をしてるんだろう。


「…………じゃあ、質問。なんで森で待ち合わせすんだ?」

「え? だって、アポを取らないと家には伺えませんし、呼び出した方が早いじゃないですか」


 お邪魔してもいい大義名分……もとい、やむにやまれぬ事情がある時以外はお邪魔する前にアポを取るのが常識だ。特にめぐみんの所はめぐみん以外にも住んでいる人がいるわけだし。

 手紙を出して家に来てもいいという許可をもらうのを待ったりするよりは、森に呼んだ方が話が早く済むと思うんだけど……。


「なんで行けねえんだよ。友達の家くらい普通に行けよ……」

「え? ……………………いいんですか?」


 そんな友達みたいなことして。…………あ、友達だからいいのか。


「で、でも…………いきなりだと驚かれるかもしれないですし、やっぱり手紙は出しますね」


 そして、今度から家をアポなしで訪ねていいかめぐみんに聞こう。


「お前、相変わらずぼっち病治ってねぇのな」

「ぼっち病ってなんですか!?」

「ぼっちが罹るかかるという難病だ。罹ると祭とかパーティーに自分なんかが行ったら盛り下がるよねって言い訳して行かなくなる」


 …………心当たりがありすぎて心が痛い。


「お前、毒舌は誰に対してもわりと遠慮ねぇのに、そういうのは親友相手でも遠慮すんのな」

「だって…………嫌われたくないんですよ」


 相手が悪いことをしたならそれを指摘するのは『相手』のためだ。だから私はなんだって言える。でも『自分』のために相手へと接するのはどうしても怖い。


「お前、俺には全然遠慮しねぇから、とっくに治ったと思ってたぜ」

「だって…………ダストさんは私が何をしても変わらないじゃないですか」


 最初、私はダストさんになら嫌われてもいいと思っていた。なんだって言えたし、遠慮なんてしなかった。

 でも、ダストさんは私が何をしても変わらなかった。どこまでいってもどうしようもないチンピラだった。


「だからダストさんは例外なんです」


 周りに沢山人がいて注目されてるとかでもない限り、私はダストさんになんでも言えるしなんでもやれる。

 私がこの人にしたいことを私は我慢しない。だってそれが『悪友』って関係だと思うから。


「はぁ…………まぁ、いいけどよ。親友の家にくらい遠慮せず行けるようになれよ」

「ど、努力します…………」


 気にせず行けるようになりたいなと思う私だった。










「──で? お前は結局この街に残ることにしたって? ……お前はほんと馬鹿だよ、馬鹿」

「もう、そんなに何度も言わなくてもいいじゃないですか」


 それから数日後、ギルドの酒場で。お酒を飲むダストさんに、めぐみんと話し合った結果を伝えた私は、何故か馬鹿馬鹿と連呼されていた。

 確かに今回の自分の選択はどうかと思うけど、普段馬鹿な行動しかしてないダストさんに言われると釈然としない。


「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ馬鹿。…………王都への救援行かないとか、お前紅魔の族長になりたかったんじゃねぇのかよ」


 めぐみんに後押ししてもらったとはいえ、私が自分で考えて決めた答え。それはこの街に残ってみんなを守るということ。

 つまりは、紅魔族の招集は無視するということで、確かに紅魔族の族長を目指すものとしては暴挙とも言えることだし、ダストさん以外には馬鹿と言われても仕方ない選択かもしれない。


「別に族長になることを諦めたわけじゃないですよ。確かに道は遠くなったかもしれないですけど…………紅魔の里は実力主義もとい成果主義……というかかっこよければなんでもいい所なんで、今回のマイナス以上の成果をあげればきっといつかなれますよ」

「だといいけどよ……」


 試練を合格して手に入れた族長の資格を取られることはないとはいえ、今回のマイナスは他の資格者たちのことも考えれば確かに小さくない。それを払拭するとなるとダストさんが懸念してるように大変なのは間違いないと思う。

 それでも、私はこの選択を後悔なんかしない。友達を守りたい、それは紅魔の族長になりたいと思う気持ちに負けないくらい、確かな想いなんだから。


「あんな事言ってるけど、ダストのやつゆんゆんが残ってくれて嬉しがってんだぜ」

「ダストは素直ではないからな」

「なんだかんだで、ダストはゆんゆんのこと好きだもんねぇ…………ま、あたしもゆんゆんが残ってくれて嬉しいけど複雑な気持ちは一緒なんだけどさ」

「うるせえぞ、そこのパーティーメンバー3人。ただでさえ酒が入って頭が回らねぇってのに、外野がうるさくしてんじゃねえよ。……あー、マジで飲まなきゃやってらんねぇぜ」


 リーンさんたちの言葉に文句を返してから、ダストさんはクリムゾンビアをジョッキ1杯一気飲みする。

 この話を始めてからそこまで時間経ってないのにもうジョッキで5杯飲んでるけど、流石にペースが速すぎないだろうか。なんかみたいになってるけど。


「……んだよ、ぼっち娘。人が怒ってんのにニヤニヤしやがって」

「え? ニヤニヤって、私今笑ってます?」


 そんなつもりはないんだけど……。ダストさんの言うとおり、怒られて喜ぶ理由なんてダクネスさんじゃないし私にはない。

 釈然としないとはいえ、ダストさんが本気で私のために怒ってるのは流石に分かるし、笑うのは失礼だとさえ思ってるのに。


「笑ってるって―か…………なんか嬉しそうにしてるからムカつくんだよ」

「嬉しい?……そう言われてみればそんな気分な気もしないではないですね。…………なんでそんな気持ちなんでしょう? 日頃ダストさんに迷惑かけられっぱなしだから、ダストさんが不機嫌になってることで他人の不幸は蜜の味シャーデンフロイデに目覚めちゃったんですかね?」


 そうだとしたら嫌だなぁ…………ダストさんに影響されすぎて私悪い女になっちゃったんだろうか。


「最近の俺はむしろお前に迷惑かけられ……いや、もう慣れたからいいけどよ。とにかく、言うほどお前に迷惑かけた覚えねーぞ。ジハードの面倒見てんのも考えればお前は俺に借りがあるレベルだろうが」

「そう言えばそうですね。……………………あれ? え? あなた本当にダストさんですか? なんで私に迷惑かけてないんですか?」

「お前いい加減にしねえとマジでぶっ飛ばすぞ」


 えー……人に迷惑をかけないダストさんってそれもうダストさんじゃないんじゃ……。


「ゆんゆんって毎日のようにダストにご飯を奢らされてた気がするんだけど……」

「ゆんゆんの中じゃそれはもう迷惑でもなんでもないんだろう。……慣れとは恐ろしいものだ」


 あ、やっぱりダストさんはダストさんだった。むしろ、ダストさんを奢ることに違和感がなくなってた私がやばいかもしれない。

 …………まぁ、ハーちゃんのことでお世話になってるのは確かだし、別に嫌ではないんだけど。



「…………。なぁ、ゆんゆんが嬉しがってる理由なんて傍から見ればわかり易すぎんだが、当人たちは気づかないもんなのか?」

「ダストは女心が全然だから気づかなくても無理はないだろう」

「ゆんゆんはまぁ……友達少なくてそういう経験が少なそうってのもあるし、ダストに思われてるから嬉しいってのを認められないのもあるんじゃない?」


 なんで私親友に友達少ないとか言われてるんですかね?


「なるほどなー。…………ダスト死なねえかな」

「聞こえてんぞー、キースー。……ったく、これじゃ見世物みてーじゃねえかよ。…………おい、ベル子! もう1杯持ってきてくれ!」


 近くを通り過ぎようとしたウェイトレスを呼び止め、ダストさんはまたお酒を注文する。


「ダストさん、流石に飲み過ぎじゃないですか? もうすぐ会議が始まるのに……」


 今日ここに入るのはいつものようにご飯を食べるためだけじゃない。王都の襲撃と同時に行われるというこの街への魔王軍の侵攻。その対策会議をするためにギルドへと冒険者が集まってきていて、私達も一応その一員だった。

 と言っても、ダストさんやキースさんが真面目に会議に参加するはずもなく、テイラーさんやリーンさんもこういう場で強い主張をするタイプでもない。必然として話し合いの主流とは離れた酒場の席に座っていた。


「そんなもん知るか。たかだか魔王軍がこの街に攻めてくるってだけの話だろうが。この街は大精霊だろうが魔王軍幹部だろうが機動要塞だろうがなんでも退けてきた。魔王の娘が王都に向かってんなら万に一つもこの街が負けることなんてねぇよ。…………たとえ、ゆんゆんがいなくてもな」


 確かにダストさんの言うことも分からなくはない。駆け出しの街と言いながらもこの街は魔王軍幹部であるデュラハン『ベルディア』を討伐し、あの最強最悪の賞金首とまで言われた『デストロイヤー』さえ破壊に成功している。

 めぐみん……もといカズマさんパーティーの活躍が大きいとは言え、この街の冒険者たちのレベルが妙に高いからそれらは成し遂げられたんだと思う。

 常勝と恐れられる魔王の娘が王都へ向かうというのであれば、確かにこの街が負けるというイメージは思い浮かばない。それは仮に私がこの街に残らず王都へ向かったとしても変わらないだろう。


「それならそれでいいんですよ。私はこの街に住む友達を守りたいだけですから」


 必要とされたいという想いはある。でも、今はそれ以上に友達を守るために戦いたい。

 自分でも馬鹿だと思う選択だけど、それでも今私は後悔してないんだから。



「お前はそれでいいかもしれねえけどな。それじゃ俺が納得できねえんだよ。…………俺の大切な悪友の夢を遠回りさせるなんてことはよ」

「え? ダストさん今なんて──」


 難しい顔をして何かを呟いたダストさんだけど、その言葉を私は聴き逃してしまう。聞き返そうと口を開くが、


「──さて、冒険者の皆様に集まって頂いたのは他でもありません。この街に、魔王の軍勢が襲撃に来るとの噂についてです」


 ちょうどそのタイミングで会議が始まった。雰囲気的に何か大事なことを言った気がするんだけど、会議が始まり周りが静かになった状況で会議と関係のない話をするのは気まずい。

 あとで聞いたらダストさん教えてくれるかな……。




 私がダストさんの顔色を伺っている間にも、ルナさん進行で魔王軍襲撃に対する会議は進む。最初に現状の説明から始まり、その後対策を話し合っていく。冒険者の中から様々な案が挙げられるが、その中にこれはと言えるようないい案はない。

 それでも会議に参加している人たちに絶望の色がないのは、ダストさんの言うとおり、この街には今以上の絶望を撥ね退けた実績があるからなんだろう。


「魔王退治!?」


 そんな雰囲気の中、会議の流れとは別に大きな声がする。見てみれば王都でも有名な魔剣の人……確かミタラシさんがカズマさんの胸ぐらを掴んでいた。話を聞いた感じだと、どうやらアクアさんが一人で魔王退治に向かったらしい。


 ミタラシさんはアクアさんが心配だとすぐに追いかけようとするけど、ルナさんを始めギルドの職員の人達はミタラシさんが街の防衛から抜けると困ると止める。


「おい、行かせてやれ!」


 そんな言葉から始まり暴言を吐いていくのはダストさんだ。暴言を止めようと一瞬思うけど、アクアさんが心配な私はミタラシさんのような実力者がアクアさんを追ってくれるのは嬉しいので止めるに止められない。

 ……というか、この状況でダストさん止めると私に注目集まりそうで恥ずかしい。




 そうしてなんだかんだでミタラシさんはアクアさんを追うことになったらしい。その前提でルナさんたちも話をすすめる。


「冒険者のみなさーん! 今から班分けをします──」


 班、分け…………?


 ルナさんから発せられた言葉に私は数々のトラウマを蘇えらせる。

 そのトラウマは私なんかと班が一緒になったら気まずいよね、私は一人で防衛にあたった方が効率もいいよねという気持ちにさせ…………あ、これがぼっち病なんですねダストさん。


 私が固まっている内にダストさんたちはもう少し離れた場所で班分けを待っていた。私もそこに行こうとするけど、


(いつものダストさんなら無理やりにでも連れて行くのに、私に声もかけなかった。……やっぱり怒ってるのかな?)


 そう考えると、ダストさん達のそばに行くに行けない。でもめぐみんたちがアクアさんの救出に向かう以上、防衛に当たる冒険者パーティーで私が輪に入れるのはダストさんたちくらいで…………結局悩んだすえに私はダストさんたちからほんの少しだけ離れた場所に立った。


 ぽつんと一人で立つ私は、ちらちらと、リーンさんたちに仲間にしてほしいと視線を向けるけど、リーンさんやテイラーさんは苦笑していて、キースさんは妙に楽しそうな顔をしている。

 ダストさんは私の様子を見て大きくため息をつくと、面倒くさそうな顔をしながら私のそばまで来る。


「あ、ダ、ダストさん。私も一緒に──」


 ここで遠慮したらきっとダストさんは本当に仲間に入れてくれない。そんな確信があった私は勇気を振り絞って『一緒に戦わせて下さい』とお願いしようとして、


「──おい、何やってんだよ。ここはお前のいる所じゃねーから」


 けれど、その願いは口にする前に拒絶された。


「あ、あの……。──」


 それでも、と口を開こうとするけど、ダストさんの『王都に行って来い』という言葉を無視したのは私で、そんな私が自分の願いだけ都合よく言ってしまっていいのだろうか。


「──ご、ごめんなさい…………」


 そう思ってしまった私は、結局それ以上自分の想いを告げることができなかった。ぺこぺこと頭を下げてダストさんから離れようとする。

 ダストさんには遠慮しない、そう決めてたはずなのに……それが守れない私はきっと悪友失格だ。



 仕方がないと、後ろ髪を引かれる想いで私はダストさんに背を向けてトボトボと歩き出す。

 けれど、どれだけ私は未練がましいんだろうか。本当に後ろ髪を引かれているように、私は後ろへ引っ張られる錯覚を感じて──



「どこ行こうってんだよ。お前の居場所はあそこだろうが」




 ──その言葉と一緒に強く引っ張られた私は、それが錯覚じゃないことに気づいた。

 ダストさんはさっきと同じ面倒そうな顔をしながら、でもしっかりと私の手を掴んで連れていく。


 一瞬、一緒に戦ってくれるのかと思ったけど、すぐにそれは違うことがわかった。

 だって、私が連れて行かれるのは防衛戦には参加しない、めぐみんやミタラシさんが集まっている所だったから。


「ダストさん………………?」


 どうしてここに連れてきたのか。分からないと首を傾げる私に、ダストさんはため息を付いてから話し始める。


「お前はこの街で、一、二を争うぐらいの実力を持つ冒険者だろ。そこのいけ好かない魔剣の兄ちゃんと、なんちゃって紅魔族じゃない、本物の紅魔族であるお前が手を組めば、案外魔王相手にも良い勝負が出来るんじゃないのか? お前、ちょっとクソ迷惑な魔王のとこまで行って、俺達の代わりに一発かましてこいよ」


 それはつまり、私にめぐみん達と一緒に行けってこと……?


「こいつらだけじゃ、どうにも心配だからな。アクアのねーちゃんを連れ帰って来るだけならいいが、どうせろくでもない事に巻き込まれるに決まってる。なんちゃってアークウィザードじゃない、本物のアークウィザードなお前が着いて行ってやれ。……ま、お前はテレポートが使えるんだ。いざって時には最悪一人だけでも帰って来い」


 ダストさんの言いたいことはよく分かる。確かにめぐみんたちはトラブル体質だし、一緒に行って助けたいって気持ちはある。テレポートが使える私が行けば、いざという時の選択肢が増えるし、この街の防衛よりもきっと私が必要とされると思う。

 でも、それじゃあ何のために王都へ行かなかったのか。守りたい対象であるめぐみんたちがいなくなるとは言え、他にもリーンさんを始めとして私が守りたい対象はこの街にいるのに。


 そんな私の気持ち伝わったんだろうか。それとも最初からその言葉を言うと決めてたんだろうか。私にだけ聞こえるような小さな、けれどはっきりとした声でダストさんは続ける。




「……お前は『友達』を助けに行ってこい。この街にいる『友達』は俺が代わりに絶対守ってやる」





 そして私は、魔王討伐へ向かうことになった。大切な友達を助けるため、大切な悪友の後押しを受けて。





──ダスト視点──


「ダストさん!」

「あん? どうしたよ、ゆんゆん。さっさと行かねーと、魔剣の兄ちゃんが待ちくたびれちまうぜ?」


 頭のおかしい爆裂ロリっ子と話を終えたゆんゆんがジハードとともに走ってくる。


「はい、なので少しだけ。…………私が旅に出てる間、ハーちゃんのこと、預けます」

「なんでだよ。ジハードがいりゃ大分戦闘が楽になるだろ」


 ジハードの能力は回復能力とドレイン能力。アクアのねーちゃんと合流できるなら回復能力はいらないかもしれないが、ドレイン能力は魔法使いにとってあるかないかは大きい。

 魔力切れを気にせず戦えるならゆんゆんはミタラシよりも活躍できるだろうに。


「そうですけど……ダストさんが本気で戦うにはドラゴンが必要ですよね? でも、ミネアさんを連れてきたらバレちゃうんですよね?」

「みとm……気づいてたのかよ」


 それは俺がドラゴン使い……ライン=シェイカーだと認める言葉。気づかれてたの自体は分かっていたが、このタイミングでそのことを告げてくるとは予想外だ。


「さぁ、どうなんでしょう。ただ言えるのは……私にとってダストさんはどこまで行ってもダストさんだってことです」

「そうかよ…………。分かった、ジハードは預かる。その代わり約束しろ。必ずこの街に帰ってくるって。…………俺とジハードに仇討ちなんてさせるんじゃねぇぞ」


 ゆんゆんにはああ言ったが、こいつが一人だけ逃げて帰ってくるなんてことはありえない。むしろ自分を犠牲にしてでも友達を逃がすのがこいつだ。

 本当を言うなら行かせたくない。こんな危なっかしいやつを眼の届かない所に行かせるなんて心労のもとだ。

 それでも、行かせない訳にはいかない。王都での活躍を逃したこいつが、族長レースを勝ち抜くには魔王討伐メンバーという称号を手に入れるしかないのだから。

 なんだかんだでカズマ達は魔王を倒して帰ってくるだろう。となればチャンスは今しかない。


「はい、約束します。だから、ダストさんも約束してください。この街を……私と私の友達が帰る場所を守るって」

「俺が本気出せばそれくらい余裕だから安心しろよ。…………ほら、行け。クソ迷惑な魔王に一発かましてこい」


 そう言って俺はゆんゆんを見送る。

 最後にゆんゆんが俺に見せた笑顔。あの様子ならきっとあいつはちゃんとやり遂げて帰ってくるだろうって信じられた。


「…………問題はむしろこっちか」


 余裕だと思ってたが、ミタラシやゆんゆんだけじゃなく、カズマパーティーもいないとなれば、この街を守るのはちょっとばかし厳しいものがある。一般兵だけならともかく、準幹部クラスがくれば対抗できる奴が現状いない。モノホンの幹部は残りの人数的に来ないだろうが、だからこそ準幹部クラスが複数くる可能性が高い。


「…………ま、俺が本気だすなら別に問題ねえか」


 アイリスとの特訓で槍の腕は大分取り戻してる。ライン時代に比べればそれでも訛っちまってるだろうが、槍の腕だけで戦おうとしなければ、準幹部相手ならお釣りが出るだろう。



 守るって約束したからには本気の本気…………本領を発揮しねえといけねえよなあ。




「てわけでルナ。忙しいとこわりぃが、『転職』頼むわ」


 いろいろと覚悟を決めて。俺は忙しそうにしてるルナに冒険者カードを渡す。


「…………いいんですか? 魔王軍や隣国に知られる可能性高いですよ」

「別にいいさ。カズマたちが上手くやれば俺を狙うのはあの国だけになるだろうからな」


 面倒な相手が一つだけになるならなんとかあいつらを守りきれるはずだ。そもそも、賞金が懸けられてる魔王軍はともかく、あの国が今でも俺のこと狙ってるかは微妙だし。


「それに俺のパーティーメンバーはもう、守られるだけの奴らじゃねぇからよ」


 あいつらだっていつまでも駆け出しなわけじゃない。俺の事情や例のアレサキュバスサービスがあって旅立ってないだけで、今のテイラー達なら俺抜きで戦っても次の街で十分戦っていけるだけの実力はある。


「だから、もう大丈夫だ。……もう、ギルドとの契約も破棄しようと思ってる。今まで隠してくれてありがとよ、ルナ」

「……いえ、別にお礼を言われることはしていませんよ。正直ダストさんがろくでなしすぎて、正体を思い出すことなんて殆どありませんでしたし」

「俺の演技が完璧過ぎたんだな」

「……………………えーと、はい。わーダストさんの演技すごいですねー。私すっかり騙されちゃいましたよー」

「おう、俺が悪かったからそのムカつく棒読みはやめろ」


 俺も言ってて流石にねえなと思ったけど。仮に俺がダストにならなかったとしても、ろくでなしなのはきっと変わらなかったからな。主に父さんがそうだった的な意味で。

 あの国の束縛から逃れ、姫さんという暴走列車から開放された俺がろくでなしになるのはもう運命と言って問題ないだろう。

 …………というより、俺がここまでろくでなしになった原因の半分以上は姫さんな気もする。いい意味でも悪い意味でも。


「それで、転職するのはでいいんですよね? ただ、その場合は契約するドラゴンがいないと…………って、それは大丈夫みたいですね」


 俺の隣で眠そうにしているジハードを見てルナは頷く。冒険者カードの操作して転職の作業を始めた。


「ま、ジハードだけでも大丈夫だろうが、念には念を入れてミネアも呼ぶけどな」


 ゆんゆんの気遣いには悪いが、もう俺が正体を隠す必要はない。となればミネアと離れている理由もなくなるわけだ。

 あいつとの約束を守るため本気の本気で戦って…………冒険者らしく旅に出るだけだ。


(……問題はこの街を出たらサキュバスサービスが受けられねえことなんだよなぁ)


 結局彼女なんて出来る気配欠片もないし。ロリサキュバスにサキュバスの出張サービスとかサキュバスの店の支店とかねえか聞いとくとしよう。なければリーンにスキルアップポーションを貢いででもテレポート覚えてもらって、いろいろ溜まったらアクセルの街に戻れるようにしときたい。

 問題はスキルアップポーション代だが、多分ギルドとの契約破棄でいくらかは返ってくるだろうし、炎龍の討伐報酬と破棄された契約期間を考えればリーンのレベルと合わせてちょうどテレポートが覚えられるくらいだと思う。

 テレポート覚えるくらいなら上級魔法覚えたいとリーンは拗ねるだろうがそこはエロのためだ。仕方ないだろう。……そもそも俺がサキュバスサービスに頼らないといけないのアイツのせいだし、責任取ってもらわねえと。


「なら、本当にあなたが本気で戦ってくれるんですね。…………この街の切り札が本気で戦ってくれるのなら、安心できます」

「あん? 切り札はカズマパーティーじゃねえのか? もしくは魔剣の兄ちゃんとか」


 カズマパーティーとかはアクセルのエースって言われてるの聞くけど、俺が切り札とか言われた覚えねえぞ。


「ミツルギさんはこの街の所属かと言われたら微妙ですし、カズマさんたちも戦力や実績は申し分ないんですが、安心して任せられる戦力かと言われたら…………」


 ……まぁ、あいつらは確かに自信持って切れる札じゃねえわな。噛み合えば恐ろしいくらい力を発揮するが、トラブルメーカーで簡単に崩壊しそうな危うさあるし。色んな意味でカズマ次第なパーティーだ。

 ま、だからこそ今回は大丈夫だって信頼もしてんだが。


「だからこそ、この街の古参の冒険者やギルドにとっての切り札はあなたです。…………あれだけ問題起こしても王都の牢屋に移送させられなかったのは、こういう時のためなんですから本当に頼みますよ」

「上げたと思って下げるのはやめてくれねーかな」


 いや、あんだけやりたい放題してて、なんだかんだで留置所から出てこれるのはそんなこったろうと思ってたが。


「──はい。『転職』終わりました。あなたはこれより『ドラゴンナイト』です」


 そうこう話している内に俺の転職は終わったらしい。ジハードとはまだ契約できてないし、ミネアは紅魔の里で遠くにいるため大きく何か変わった感覚はないが、それでも『戦士』だった頃と比べれば全体的にステータスは上がっていることだろう。

 ここからミネアやジハードの力を借りれるなら、幹部じゃない魔王軍相手に遅れを取るわけがない。

 いや、遅れをとる訳にはいかないといったほうが正解か。



 なぜなら俺は──



「炎龍からこの街を守った英雄の活躍を期待しますよ。……『ライン=シェイカー』さん」

「おう、任せろ。ドラゴンと一緒に戦えるんだ。魔王軍ごときに負けるわけがねえ」



 ──シェイカー家のドラゴン使い。ドラゴンと共に生き、共に戦い、ドラゴンが最強だと証明するものだから。



「それに、負けたらどっかのぼっち娘が煩そうだしな。そういう意味でも負けるわけにはいかねえよ」



 そうすることでしか悪友との約束が守れないのなら。としても、そうあることに否はない。



 ラインとしての理由もダストとしての理由も。ここで負けるわけにはいかないと言っている。

 使命と約束とサキュバスサービスのため、俺は俺の持てる力すべてを持ってこの街を守ろう。





「ところでクズデレのダストさん、もといラインさんにこんな手紙が来てるんですが…………」

「クズデレってなんだよ……って、その手紙についてる印どっかで見たことあるんだが……」


 ルナが机に出した封のされた手紙。その封にされている印にはどうも見覚えがある。主に魔王軍が立てる旗とか、魔王軍の付けてる鎧とか兜とか、そんなところで。


「…………魔王軍から俺への手紙? しかもこのタイミングとか嫌な予感しかしねえんだが…………」

「奇遇ですねダストさん。私もこの手紙を見なかったことにして存在を忘れたいくらいには嫌な予感がしますよ」


 俺の冒険者としての勘だけじゃなく、ルナのギルド受付嬢の勘がそう言ってるなら間違いなくろくなもんじゃねえな……。


「なぁ、ルナ。この際その手紙燃やしちまわねえか? 俺もお前も見なかったことにしたいんだしよ」

「そうしたいのは山々なんですが…………そうしたら更に大変なことになる気がするんですよ…………」

「だよなー…………」


 重い溜息をついて俺はルナから手紙を受取、無駄に固く封をされた手紙を取り出す。そこに書かれていた内容は──




『あんた、ぶっ殺すから。あんたとあんたと契約するドラゴンだけ連れてまで来なさい。こなかったら全力でアクセルを潰すから──』


 物騒な内容と、妙に可愛らしい絵で描かれたアクセル周辺の地図とそこに矢印で示されたの位置。

 そして最後に書かれた手紙の送り主の名前は──



『────魔王軍筆頭幹部より』






「…………なぁ、ルナ。急に俺逃げ出したくなったんだけどダメか?」

「駄目です。というか、あれだけカッコつけてたくせに今更何言ってるんですか?」

「だよなー……」



 余裕だと思っていた魔王軍の襲撃。どうやらそれは正真正銘命がけの戦いになりそうだった。

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