第38話 準備は念入りにしましょう

 フィーベル=フィールという少女にとってアクセルの街は異邦の地だ。彼女の故郷は隣国にある村であり、アクセルには出稼ぎに来ているにすぎない。5年近くはアクセルにいるため多少の愛着はあるが、この街の為に命をかけるほどでもなかった。

 だから、今回魔王軍の襲撃がくると聞いたときは長期の休みを貰って実家に帰り、騒動が収まるまでだらだらしようかと考えていたくらいだ。


(なのに、なんで私は今死にそうになってるんですかね!?)


 心の中で叫びながらフィーベルはアクセルの街中を走る。後方には彼女を追いかける魔王軍指揮下の魔族の姿があった。


「お姉ちゃん! もういいよ、わたしだけ置いて逃げて!」


 フィーベルに手を引かれて走る、7歳位の少女に見える子がそう叫ぶ。


「ここまで来て出来るわけ無いですよ! あともう少しでテレポート禁止エリアだから頑張って下さい!」



 王都への襲撃と同時に行われるアクセルの街への魔王軍の襲撃。その尖兵はテレポートにより街の各所へ直接現れた。とある理由によりそれを予見していた冒険者ギルドは、予め町の中央部にテレポートでの転移を禁止するエリアを作成。避難をしなかった一般市民をそこに集め、一部の騎士や冒険者にて防衛を行っていた。

 フィーベルも早々に避難をしていれば文字通り難を逃れられたはずだったが、街に残った理由、ある男への接触をギリギリまで試みている途中で、親とはぐれて迷子になっと主張する子を保護。小さな体格の子との移動は思った以上に時間がかかり、今の魔王軍に二人して追いかけられるという状況が生まれていた。



「ここを曲がれば──」


 1つ角を曲がれば冒険者たちが守るエリアが見える場所まで来て。フィーベルは荒い息を吐きながらも安心する。

 魔王軍の兵は未だ追いかけてきているが、距離的にはなんとか逃げ切れる。普段馬鹿な行動しかしてない冒険者たちだけでは心もとないが騎士もいる。魔王軍とは言え一般兵相手なら自分たちを守ってくれるだろう。

 そんなフィーベルの考えは、


「──グリ……フォン?」


 角を曲がった先で待ち構えていた最上位の魔獣の姿に打ち砕かれた。




(逃げ……ないと……)


 グリフォン。幻獣とも時に言われるB+ランクの魔獣。その巨体は普通の民家ほどの大きさがあり、上級の冒険者でもパーティー単位で命がけで戦う相手だ。襲われれば一般人のフィーベルは一瞬で肉塊になる。そんな存在が見上げるほど近くにあった。


「お姉ちゃん止まっちゃダメだよ! 早く逃げよう!」


 そう言って小さな手がフィーベルの手を引っ張る。だが、フィーベルの体は凍ったように動かない。


(あの時と一緒です……)


 フィーベルをその場に縛り付けるのは小さい頃のトラウマだ。

 彼女の故郷の村で、ちょうど今手を引く子と同じくらいの見た目の歳に。村を定期的に襲ってきていたグリフォンに同じように襲われたことがあった。その時感じた絶望をまたフィーベルは感じている。


(あの時は確か、お姉ちゃんが命がけで戦って時間を稼いでくれて……そして──)


 フィール家は代々魔法使いを排出する家系だ。家を継いだ兄や女性の身で騎士になった姉を始め優秀な魔法使いが多い。フィーベル自身には魔法の才能はなかったが……。


「それでも、あの時のお姉ちゃんみたいに、この子を守らないといけないよね」

「お姉ちゃん……?」


 自分に戦う力はないけれど。それでも見ず知らずの女の子を守るために命を賭けようと。フィーベルは覚悟を決めてグリフォンに対峙する。それがあの時死ぬはずだった命を救われた者の義務だと。


「でも…………どうしてこのグリフォンは襲ってこないんでしょう?」


 襲ってくればその身を盾にしようとくらいは覚悟したフィーベルだが、グリフォンが動き出す様子はない。むしろ後ろから追ってきている魔王軍の方がフィーベルを焦らせるくらいの固まりっぷりだ。


(…………考えてみれば、このグリフォンは最初から動こうとして──)

「──? 何やってんだよベル子」


 フィーベルの思考を遮って、グリフォンの巨体の向こうから顔を出すのはこの街一番のチンピラと言われる金髪の冒険者。


「そんなところで遊んでたら危ねえからさっさと向こうの防衛エリア行けよ」

「だ、誰のせいで私が危ない目に……! というか、何度も言ってますがベル子はやめて下さい! 私の名前はフィーベルです!」

「はいはいベル子ベル子。ま、向こうから魔王軍も来てるみたいだしさっさと終わらせるかね。…………多分そっちは俺が対応しなくても良さそうだが」

「? 何言ってるんです? と言うかダストさん。このグリフォン、さっきから動かないんですけど、ダストさんが何かしたんですか?」


 ダストとフィーベルが普通に話し合いを始めてもグリフォンが動き始める様子はない。息はしてるし死んでるということはないはずだが……。


「んー? 俺が怖くて動けないだけじゃねえの? つうか、お前らがいるの気づいてからこっち、少しでも動いたら殺すつもりだったしよ」

「はい? あの……グリフォンですよ? 魔獣というカテゴリでは間違いなく最強のグリフォンが恐れて動けないのなんてそれこそドラゴンくらいで……それを街のチンピラのあなたがいつでも殺せるみたいな……」


 そこまで言ってフィーベルはダストが持っている得物がいつもと違うことに気づく。そしてフィーベルが接触して問いただそうと思っていた相手がダストだと思いだした。

 そして、フィーベルの思い至ったそれが正しいのであれば、確かにこの男はグリフォンくらいいつでも殺せる実力を持っている。


「グロいから向こう向いとけばいいぞベル子。冒険者なら慣れっこだが一般人が見たら卒倒してもおかしくないからな」

「馬鹿にしないで下さい! それくらい大丈夫なんですから!」

「そうかよ。どうなっても知らないぞ、っと……『速度増加』『筋力増加』──」


 ダストが戦う姿を目に焼き付けようと。フィーベルは槍を構えるダストの姿に目を凝らす。


「──はい、終了っと」


 だが、目を凝らしていたはずなのにその瞬間を見ることは叶わなかった。気づけばダストは自分のすぐ傍まで来ていて、その後ろではグリフォンが倒れている。『次の瞬間には』。フィーベルにはそう表現するしかない過程でグリフォンは倒されていた。

 そしてその倒されたグリフォンは、生きてはいるようだがおびただしい迄の血を吹き出していて……


「……う、気持ち悪いです…………」


 その光景にフィーベルはふらりと体を揺らす。大丈夫と言ったがフィーベルには刺激が強すぎたらしい。


「っと……。だから向こう向いとけって言っただろうが」


 そんなフィーベルの体をダストは軽く支える。


「うぅ……屈辱です…………」


 普段セクハラされたり面倒かけられてるダストに助けてもらうというのはフィーベルにとって相当バツが悪い。忠告を無視して軽くとは言え自分が迷惑をかけた現状は穴に入りたいくらいの失態だ。

 自分だけならともかくその失態を自分が助けようとしていた女の子にも見られると考えれば──


「──って、あれ? あの子は……」


 自分と手を繋いでいたはずの子が傍にいないことに気づいてフィーベルは焦る。


「きゃああああああああああああ!」


 少女のような悲鳴。見ればフィーベルと一緒にいた子が追ってきていた魔王軍の兵に追い詰められ今にも襲われそうになっていた。


「げっへっへ……お嬢ちゃん可愛いじゃねえか。おじさんとちょっといいことしないかい?」

「この魔王軍の兵隊さんロリコンです! きっと私はこのまま連れ去られて調教されてメイドにされちゃうんです」

「ふっふっふ……確かに私はロリコンだ。…………というか、キミよく私が考えてることわかったね?」

「きゃー! キャー!」



「ダストさん! 何を傍観してるんですか!? 早くあの子を助けてあげて下さい! このままじゃあの子ロリコンに人に言えないことされちゃいますよ!?」

「はぁ? 何を助けるってんだよ。巻き込まれたくねえし終わるまでお前もここで見とけ」

「このゴミクズ男……! 本気で言ってやがりますね! いいですよ! 私が助けてきます!」


 つまらなそうにロリコン兵と少女に見える子とのやり取りを見てるダストに心底呆れて。やっぱりあの人なんかじゃないと思いながらフィーベルは走り出す。


「さて……拉致る前に脱がせて味見をさせてもらうとしよう」

「ふぇぇぇ! お姉ちゃん助けて! このままじゃ私脱がされて──」

「大丈夫ですよ! 私がそんなことさせませんから!」


 そんな話をしている間にもロリコン兵は少女服を手をかけそのまま脱がせていく。そしてその幼い身体が──


「──バニルさんに変身しちゃう!」

「「…………はい?」」


 ──さらされることはなく、幼い身体から大柄のスーツ姿の男が飛び出してきた。


「華麗に脱皮! フハハハハハハ、魔王軍に襲われるか弱い少女だとでも思ったか? 残念、元魔王軍幹部の大悪魔にしてギルドの相談屋のバニルさんでした! おお、ロリコンからの悪感情は言うまでもないが、そこの正義のヒロインに酔っていた『お姉ちゃん』からも素晴らしい悪感情であるな。美味である」

「「えー…………」」


 敵であるはずのロリコン兵と一緒になって放心するフィーベル。


「だから、終わるまで一緒に見とけって言ったのに……」


 そんなフィーベルにため息を付きながら、ダストはロリコン兵を一撃のもとに伏せる。


「なんだ、クズデレのチンピラではないか。忙しそうであるな」

「まぁな……こっちは死なないために奔走中だぜ。旦那は随分楽しんでるみたいだな」


 楽しそうなバニルに比べ心底疲れている様子のダスト。


「うむ。人間に比べれば美味しくないが、魔王軍兵士の悪感情も久しぶりであれば楽しめるというものだ。それにどんなに悪感情を搾り取っても近所付き合いに悪影響が及ばないというのもいい」

「本当、楽しんでんなー……。まあ、旦那のお陰でなんとか勝負になってんだから文句も言えねえけどよ」


 街の各所に直接敵が現れる。その恐ろしさは言うまでもない。どのタイミングでどれほどの敵がどこに現れるのか。それが分からなければ戦いを始めることすら出来ない。

 その圧倒的不利を有利に変化させたのがバニルの『見通す力』だ。いつ誰がどこに現れるのか。その情報さえあればテレポートでの奇襲などただの案山子でしかない。

 バニルの協力を得るためにとある受付嬢が生贄に捧げられ悪感情を搾り取られる未来が確定したがそれはそれ。戦端はアクセル側の優勢で終わろうとしている。


「それより、汝はなぜあの幼女が我輩であったと気づいたのだ? 今回はぼっち娘の時と違いドラゴンの匂いなど関係ないだろうに」

「あいつと戦う前に出来るだけ敵を狩っときたいからよ。感覚器と魔力探知の能力を『竜言語魔法』で上げてんだ。どんなに隠そうと旦那の強すぎる魔力なら気づけるぜ」

「ふむ……そういうことか。それで首尾はどうなのだ?」

「一応、最低限は集められたんじゃねえかな。本当はもう少し集めときたかったが…………、野良のモンスターが魔王軍の襲撃を察してかはどうかはしらねえが見当たらなかったのは誤算だったぜ」


 フィーベルには意味の分からない話をする2人。ただ一つだけ彼女にも意味の分かる単語があった。


(『竜言語魔法』? じゃあやっぱりダストさんがあの人なの……?)


 魔王軍の襲撃があると分かってからこっち、ギルド内でまことしやかに噂される話。

 それはアクセル随一のチンピラであるダストが最年少ドラゴンナイト、彼女の祖国の英雄ライン=シェイカーであるというもの。


「そろそろ、あいつの所に行かねえとやばいよな、旦那?」

「うむ、アレに我輩の見通す力は効かぬが性格は知り尽くしておる。気の短いあやつのことだ、本格的な襲撃が始まる前に行かねばそのまま攻め込んでくるに違いあるまい」

「そうなったら当然俺らに勝ち目はねえよな?」

「仮に我輩が一緒に戦ったとしても難しいであろう。……犠牲が出てもよいのであればそうなっても最終的には勝つであろうが」

「アクアのねーちゃんがいない今それは避けてえんだよなあ。俺みたいに一度死んでて次の蘇生が出来ないやつも結構いるし」

「であれば、行くしかあるまい」

「やっぱそうなるか。…………ま、しゃあねえ。死ぬ気で時間稼いでくるとしますかね」


 そう言って気合を入れた顔は、フィーベルの知るチンピラのダストとは似ても似つかない。


「つーわけでベル子。俺はもう行くからお前はさっさと防衛エリアに行けよ。……旦那、悪いけどベル子を送ってってくんねえか?」

「ふむ……それくらいであれば美味しい悪感情をくれたことだ。引き受けよう」

「つーかすぐそこだしな。…………ん? どうしたベル子。なんか言いたそうな顔してるが」

「あの…………えっと…………、ん…………そ、そう言えばどうして防衛エリアなんて作って一般人を残したんですか? よくよく考えてみれば街に襲撃が来るのに戦えない一般人を残す意味ってないですよね?」


 一般人を守るとなればそれだけ貴重な戦力をそこに割かなければならない。タイミングの分からない奇襲であれば仕方ないが、戦場になると分かっている場所に一般人を残した理由は何なのかとフィーベルは聞く。


「ん? ああ、そりゃ囮にするためだな。囮を使わずに真正面から向かっていったら冒険者の犠牲が増えすぎる」

「囮って…………確かに冒険者の方の命も大事ですが、そのために一般人の命を危険に晒すなんて……」


 酒場の方で働いているとは言えフィーベルはギルドの職員。そういう考えは受け入れにくかった。


「危険になんて晒してないんじゃねえか? むしろあそこは今どこよりも安全だろうよ」

「? 確かに騎士や冒険者に守って貰ってるでしょうが、危険なのは変わりないですよ」

「いいや、安全だろうよ。……なあ、旦那?」

「うむ、見通す悪魔も断言しよう。心配せずともあそこいるものたちが危険に晒されることはあるまい」

「は、はぁ…………バニルさんがそこまで言うのでしたらそうなのでしょうが…………一体全体何を根拠に?」


 不思議がるフィーベルに、



「この街最強の魔法使いがあそこを守ってるからな」



 ダストは自信満々でそう言った。






「『カースド・クリスタルプリズン』」


 上空から襲い来る魔王軍の兵は全てを凍らす冷気に飲まれ、地に落ちそのまま砕け散る。


「な、何故あなたがここにおられるのですか……!?」


 一人生き残った魔王軍の兵は、自分たちを全滅させようとするに問う。


「知らなかったんですか? 私はこの街で魔導具店をしているんです」

「そんな……では、あなたは…………」

「はい、今この瞬間はあなた達の敵ですよ。…………戦えない人たちを襲おうとしたあなた達の中立にはなれません」


 魔王軍幹部、かつて『氷の魔女』と魔王軍に恐れられたアンデッドの王は、形だけの……けれど憎くも思っていない部下たちにそう宣言する。


 魔王軍幹部の中でも上位の実力を持つウィズだが、その役職に反して人類の敵対者ではなかった。魔王城を守る結界の維持に協力をしているだけであり、人に仇なす存在ではない。

 そして同時に魔王軍の敵対者というわけでもなかった。彼女の立場は言うなれば人類と魔王軍における中立。その戦いを静観する立場だ。


 ただ一つの条件。魔王軍が戦えない一般人を襲わないという場合に限って。



「1つ質問があります。一般人を襲おうとしたのは魔王の娘さんの指示ですか?」

「いえ……あの方は戦えないものは無視しろと」

「では、あなた方は独断で?」

「はい………………だって仕方ないじゃないですか。可愛い幼女がいたら襲って連れ去りたくなるのはロリコンの性です」

「そんな性はゴミ箱に捨てて下さい。というかアレだけ襲ってきた魔王軍みんなロリコンですか!?」

「そうですね」


 うわーと、ドン引きするウィズ。襲ってきた魔王軍は数えるのが面倒なくらいはおり、そろそろ魔力の補給をしなければいけないかと考えていたくらいだった。それが全てロリコンだと考えれば魔王軍は本当に大丈夫なのだろうかと心配にもなる。

 そして同時に魔王城で自分があまり女性として見られていなかったのはそんな理由だったとのかと納得していた。


(…………私に寄ってくる男性の方ってベルディアさんくらいでしたもんねえ)


 ロリコンなら仕方ないと、けして自分に女性としての魅力がなかったわけじゃないとウィズは微妙に自分を励ます。


「それで……ウィズ様? ここで謝ったら見逃してもらえるとかないでしょうか?」

「そうですね……有用な情報も貰えましたし、もう襲ってこないというのであれば、いいですよ」


 某堕天使の件以来、失い気味だった女性としての自信を、多少なりとも取り戻してくれたと、ウィズは機嫌よく見逃すことにする。


「は、はい! ありがとうございます!」

「魔王の娘さんによろしく言っていてくださいね~!」


 飛び去っていく魔王軍の兵をそう言って見送り、ウィズは一つ息を吐く。魔王の娘が指示していないのであれば今後ここを襲ってくる敵はほとんどいないだろう。ここまでは計画通りだ。



「ウィズさん! ご無事ですか!?」

「はい、どうにか。騎士様の方も問題はありませんか?」


 駆け寄ってきた若い騎士にウィズはそう確認する。


「はい、こちらも問題ありません! というより、私みたいな新米の騎士相手に様付けなどやめて下さい! ウィズさんのような高名な元冒険者の方に比べれば自分など……!」

「そう卑下しないで下さい。騎士になって市井の人を守ろうとする意志はご立派ですし、騎士になるにはそれ相応の実力がないといけないんですから」

「こ、光栄です!」


 褒められて嬉しがる新米騎士をウィズは微笑ましく思う。この場を守っている騎士や冒険者たちは本当に新米騎士や駆け出し冒険者と称すべき人たちだけだ。

 騎士は実力は多少あるが実戦経験がほぼないし、冒険者たちは多少の実戦経験はあれど圧倒的に実力が足りない。仮に魔王軍とぶつかれば高確率で死んでしまう者たちだろう。

 そんな彼らが街を見捨てず、命をかけて戦おうとこの場にいるのだ。それを好ましく思わないわけがない。


「それでウィズさん。どうしましょうか? この場はウィズさんがいれば大丈夫そうですし、我々も前線へと行ってもよろしいでしょうか?」


 冒険者でもないウィズだが、この場の指揮を全て任される立場にある。


「そうですね…………今はまだ動くべきではないと思います。一応は追い払えましたが、また来ないとは限りません。次も私一人で対応できるかは分かりませんから」

「そう…………ですか。先輩たちが前線で戦っているのに自分達は実質待機……歯がゆいです」

「お気持ちはわかります。ですが、戦えない人たちを危険に晒すことは万に一つでも避けないといけません。どうか堪えてください」


 ウィズにも新米騎士の気持ちはよく分かる。けれど、それを許してしまえばやはりこの人たちは死んでしまうだろう。

 それを避けるための囮作戦…………『戦おうとする戦ってはいけない人達』を守るための作戦なのだから。


「きっと、あなた達が戦う番が来ますから、それまでは……」


 それはきっと今回の戦いではない。けれど、守ろうとする意志のあるこの人達にはいずれ訪れる番だ。そこまで導くのが人生の先輩としての自分の役割だろうとウィズは思う。



(人生の先輩と言っても私はまだ20歳ですけどね)



 ただし、そこだけは譲れない恋の出来ない乙女なウィズだった。













 大きな扉があった。


(この先に魔王がいるんだ……)


 その先に待つ存在に怯えそうになる心をゆんゆんは気合で抑える。その扉はダクネスにより今にも蹴り開けられようとしており、怯えている暇などなかった。


(約束は守るからね、めぐみん)


 そう思いゆんゆんが手に持つのは、親友から大事に使えと言われ渡されたマナタイトだ。その最高品質のマナタイトの感触を感じながら、ゆんゆんは扉が開くその瞬間を待つ。


(ダストさんとの約束を守るために使うんだから……大事に使うことになるよね)


 ゆんゆんはマナタイトを使い開幕いきなり魔王へと先制するつもりでいた。大事に使えと言ったのに開幕いきなり使うとなれば親友は確実に怒るだろうと思うが、それでもゆんゆんの中に開幕で使うことへの否はなかった。


 悪友との約束。確実に魔王へと一発かますには仕方がないのだ。


(ダストさん……私も約束を守ります。魔王を倒して皆で帰ってきますから。だから、ダストさんもどうかリーンさんたちを、アクセルの街の皆を守ってください)


 魔王の間の扉が開く。いきなりダクネスへと上級魔法がいくつも飛んでくるが人類最硬を誇る聖騎士はそれを物ともしない。

 そのまま文句を言いながら魔王の間へ突撃するダクネスに続き、ゆんゆんを含めた魔王討伐メンバーが入っていく。


 そして、魔王らしき人物が喋ってるのを確認したゆんゆんは、


「『インフェルノ』――――――――ッッッッ!!」


 唱えていた魔法をそれ目掛けて一発ぶちかました。









「じゃ旦那、俺は行くな。…………ミネア!」


 ダストの呼びかけに応じて現れるのは白銀の竜。最年少ドラゴンナイトの相棒として各国に知れ渡った中位種のシルバードラゴンだ。ダストは家屋より少し上を浮遊するその背中に、壁を走って飛び乗る。


(やっぱり間違いない、ダストさんはあの人なんだ!)


 その姿に確信をしたフィーベルは、さっき言えなかったことを、……ずっと言いたかったことを口にするべく大きく息を吸って叫ぶ。



「ライン様! あの時はありがとうございました!」



 幼いころフィーベルが姉と一緒にグリフォンに襲われた時。姉が時間を稼いだからといって、7歳だったフィーベルが一人で逃げられるはずもなく、姉が力尽きるのと同時に彼女も死ぬはずだった。

 その運命を変えたのがライン=シェイカーという当時10歳の少年だった。


 槍一本を武器にして巨大なグリフォンへと挑む少年の姿をフィーベルは今でも覚えている。

 別にその姿が格好良かったなんてことはないし、圧倒されるほど強かったというわけでもない。むしろ戦ってる姿は不格好だったし、姉が援護したとは言えグリフォンに勝てたのが不思議と思える程度の強さでしかなかった。

 それでも、フィーベルはその姿に強いあこがれを抱いた。自分とそう多くは歳が変わらないように見える少年が命がけで戦う姿には心を打たれた。


「私は……、あなたに救われた人たちは皆、今もあなたを応援していますから!」


 ライン=シェイカーは隣国の英雄だ。けれど、それには『元』がつくし、国を捨てた英雄とも言われていた。フィーベルの祖国では反逆者扱いされ、公の場ではその名を口にすることも許されない。

 それでも、フィーベルの祖国において、ラインの存在は市井の者たちの憧れだった。

 それはきっと最年少ドラゴンナイトという雲の上のような存在だったからでなく、『ドラゴンのいないドラゴン使い』という役立たずの代名詞のような存在でありながら、命がけで人々を救った姿を皆が覚えているからだろう。

 ライン自体はただ、ミネアと一緒にいるためとはいえ、その姿は多くの人の心に感銘を与えた。フィーベルもその一人だ。



「だから、待っています! あなたが帰ってくることを!…………姫様と一緒にあの国を変えてくれる日のことを!」


 それは、フィーベルの祖国で多くのものがラインへと願うこと。『英雄の帰還』。


 そんな隣国の者たちの代弁とも言える願いを聞き、ダストは、


「……悪いなベル子。その願いは俺には叶えられそうにねえわ。……ねえとは思うが姫さんに会ったらよろしく言っといてくれ」


 それだけを言って、ミネアを飛ばせて戦場へと向かっていく。



「…………………………なんですか。なんなんですか」


 ダストがいなくなり、バニルと2人だけになったその場所で。フィーベルは肩を震わせて憤る。


「なんですか、そんなに今のチンピラやってる生活がいいんですか? あれだけの実力があるのにそれを無駄にしてセクハラばっかりやってる今がいいんですか!? やっぱりあの男は最低です! ゴミクズ男です!」


 本気で憧れていただけにフィーベルの落胆は大きい。あの国で過ごす市井の者にとってラインは希望だったのだ。

 奔放すぎてやることなすこと無茶苦茶で、けれど心優しい姫様と、それを支える最強の竜騎士である英雄。彼らであればあの国の腐った支配層を変えてくれるんじゃないかと、そう信じていたのに……。


「…………なんですか、バニルさん。何が面白いんですか?」


 口元を歪め笑っているようにみえるバニルに、不機嫌なフィーベルは突っかかる。


「いや、なに。汝の悪感情もどこぞの行き遅れ受付嬢ほどではないが美味だと思ってな。どうだ? 我輩にその溜まりに溜まった愚痴をこぼしてはみぬか?」

「愚痴を聞いてもらえるなら確かにありがt…………でも、ルナさんのあれを見る限りこの悪魔さんを信用して本当にいいのかな……?」

「心配せずとも本当に愚痴を聞くだけだから安心するがいい。というより、ギルド公認で行き遅れ受付嬢で遊b……もとい、受付嬢から悪感情を搾り取る許可があるのだ。わざわざ新たな悪感情を作ったりはせぬ」

「あー…………じゃあ、その、聞いてもらえますかね、私の愚痴を」


 お世話になっているギルドの先輩がこれから大変そうだと思いながらも、フィーベルはダストへの愚痴をバニルへこぼしていくのだった。

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