第39話 この因縁の戦いに決着を!

「待たせちまったみたいだな。…………お前が魔王の娘でいいんだよな?」


 魔王の娘が手紙で示した場所。かつて俺とミネアが『炎龍』と死闘を繰り広げたその場所で。

 ミネアから降りた俺は、その場に待っていたの面影を残す女に確信しながらもそう確認する。


「あの時のシルバードラゴンに金髪の槍使い…………なんか髪がくすんでる気がするけど、面影は残ってるしあんたが最年少ドラゴンナイトで間違いないわね」


 互いに面識があるとは言え、それはもう何年も前の話だ。その時俺は13だったし、魔王が年老いてから生まれたという魔王の娘も俺とそう変わらない歳に見えた。

 それから大きく成長した今、面影を残しているとは言え、互いにだと確信できるのは、それだけあの日の戦いが強く記憶に残っているからだろう。


「来るのが遅いから逃げたかと思ってたわ」

「逃げられるわけねえだろ。お前がアクセルに来たらこっちが必敗だ。勝つにはお前の挑発に乗ってここで止めるしかねえ」


 魔王や魔王の娘が持つ特殊能力。それは配下にいる存在の超強化だ。その強化を受ければゴブリンですら中級冒険者パーティーと戦えるようになる。それこそ親衛隊クラスが強化を受ければ幹部クラスだ。

 そんな能力を持つ魔王の娘が本格的に戦端が開かれたアクセルに現れれば、、その被害は甚大だろう。今戦ってる騎士や冒険者は全滅に近い被害をうけるはずだ。

 そうなりゃ、あいつと街を守ると約束した俺にしてみれば完全に負けになる。


「まぁ、そうよね。私が軍を率いて戦えば流石のあんたでも勝ち目はないものね。勝負の見えた戦いに興味はないし、あの戦いの清算にもならない。……そのためにこうして戦いの場を整えたんだから、数で押しつぶすなんて興ざめだわ」

「過去の清算ねぇ…………ようはあの戦いの再現をしようってんだろうが…………その割にはお前の取り巻き増えてねえか?」


 恐らく親衛隊……強化を受ければ幹部並みの力を持つ存在が魔王の娘の後ろに5人も控えている。前に戦った時は3人しかいなかったんだが…………幹部クラス6人とか無理ゲーすぎないか?


「魔物使いが配下を増やすのは普通でしょ? それ含めて私の実力なんだから。文句があるならあんたも他のドラゴン連れてきていいのよ? と言っても中位種以上のドラゴンじゃなきゃ私と戦うには役者不足でしょうけど」

「ま、そうかもな」


 魔物使いやドラゴン使い相手に一緒に戦う魔物やドラゴンが増えて文句言うなんて筋違いにも程がある。


「しっかし……なんでお前は俺がここにいるって分かったんだ? 俺はお前が王都を襲撃すると聞いてて安心してたのによ」


 王都には紅魔族が結集してるらしいし、チート持ちと言われる冒険者たちもいる。魔王の娘の能力を加味してもちょっとやそっとじゃ負けない戦力が揃ってるはずだし、何より王都にはアイリスがいる。はっきり言って負けるのを想像するほうが難しい。


「セレスディナ……セレナからの最後の報告でドラゴンを連れた金髪紅眼のチンピラに絡まれたって聞いたのよ。……王都とこの街にいるって噂、最近は王都にいるって噂のほうが大きかったから向こうに行こうと思ってたけど、セレナの報告でこっちだって私の勘が言ったのよね」


 ……魔王の娘をこの街に呼び込んだのは俺ってことかよ。セレなんとかが魔王軍だってことは分かってたしもう少し慎重に動くべきだったのかね?…………って、そんなの無理に決まってるよな。

 今でも最低限の慎重さを持って行動したと思ってるし、あいつが泣かされたのに正体バレ恐れて動かないなんて考えができるならダストなんてやってねえんだ。


 それに、どうせ魔王軍が襲ってくるのが変わらねえなら、ここで魔王の娘を追い返せれば全部チャラだしな。



「その顔…………気に食わないわね。自分が負けるとは欠片も思ってない。…………確かに私はあんたに一度負けたけど、あの時と私が一緒だって思ってるなら、そんな甘い考えは捨てたほうがいいわよ」

「流石にそんな甘い考えは持ってねえよ。常勝無敗……俺以外の相手には必勝だったらしいからな」


 ま、その連勝記録も今日で終わる運命だったみたいだが。アクセルに来ても王都アイリスに行っても結果はきっと一緒だった。


「…………そろそろ始めましょうか。そのふざけた顔を今すぐ叩き潰してあげる。本当は、あんたが降り立ってからずっと戦いを始めたくて仕方なかったの。私の初陣に泥をつけたチンピラを今すぐ倒して過去の清算をしたい……そうしないと私は魔王の座を父から心置きなく受け継げないんだから」

「魔王の座ね…………その魔王は今頃勇者に倒されてるかもな」


 距離を考えればちょうどあいつらが魔王城にたどり着いてる頃だろう。


「ありえないわね。例え魔王城にたどり着いても、『デストロイヤー』や『炎龍』さえ破れない結界を人間が破れるはずもない。その結界を破れたとしても、その先には幹部最強の魔法使いが城を守ってる。……まかり間違って城への侵入を許したとしても、あの城には親衛隊がたくさんいるのよ? 父の強化を受けた彼らを倒せる勇者なんか私はあんたしか知らない」

「そうか? お前も知ってんじゃねぇのか。『サトウ・カズマ』……あいつが今、魔王討伐に行ってんだよ。あいつならきっと魔王ぐらいさらっと倒しちまうぜ?」


 たしかに魔王城の守りは鉄壁だろう。筆頭幹部である魔王の娘が軍を率いていなくなってると言っても、それを補って余りある戦力が魔王城に揃っているのは間違いない。

 人類と魔王軍の戦い。その形勢が逆転し、人類側が優勢になったが、それは魔王軍の攻め手が減っただけであり、その守り手は人類側が劣勢だった頃と何ら変わってないのだから。


 ……それでも、俺はあいつらが魔王を倒して来ることを疑っていない。

  

「ベルディアに始まりハンスにシルビア、ウォルバクまで倒したっていう冒険者のこと? 確かに彼は幸運のチート持ちで搦手はなかなかにやるようだけど……最弱職である限り彼自体に魔王を討伐するような力はないわ」

「確かにあいつは弱いかもな。少しは強くなったとはいえ、単純な強さでいえば魔王はもちろん、ただの親衛隊にも負けるだろうさ」


 というより単純な強さを比べるなら初心者殺しや一撃熊にも負けるだろう。流石にゴブリンやコボルトには負けないだろうが、それも群れで襲われればどうなるかは分からない。


「それでも、俺はあいつにだけは勝てる気しねぇんだよ。やることを決めたあいつにだけはな」



 あいつはやると決めたことは必ずやり通す。やる気を出したあいつが魔王なんかに負けるはずがねぇ。





「それともう一つ。お前は俺のこと勇者だって言ったが、俺が勇者になるわけねえだろ?」

「なに? あんた自分がただのチンピラとでも主張するつもり?」

「まぁ、それもあるっちゃあるが…………そもそも俺は勇者の定義には欠片も引っかからねえんだよ」


 だから俺が勇者になるなんてありえない。


「勇者の定義? そんなのただの魔王の天敵でしょ?」

「それも間違っちゃいねえけどな」


 魔王がその役割を果たすことが出来るのは勇者に倒された時だけだろうから。


「『勇者』ってのは、ただ強いやつに与えられる称号じゃねえ」


 ただ強いやつだけの奴に与えられる称号はよくて『英雄』だろう。


「じゃあ、『勇者』はどんなやつのことを言うのよ」



「『勇者』ってのはな、足りない実力を知恵と勇気と幸運で補って偉業を成し遂げた奴に与えられるべき称号なんだよ」


 だから今代の勇者は……魔王を倒すのはあいつ以外ありえない。

 『勇者』なんて称号が誰よりも似合わないあいつが、きっと誰よりもふさわしい存在だから。


「…………ふーん。ま、あんたの決めた定義はどうでもいいわ。問題はなんでその定義にあんたは自分が当てはまらないとか言ってるのかよ」

「決まってんだろ。俺はドラゴン使いだ。最強の生物の力を借りて一緒に戦う存在だ。…………最強が最強以外に負けるわけねえだろ?」


 当たり前のことをやってるやつに『勇者』の称号が与えられるわけがない。だから俺がなれるのはせいぜい『英雄』だろう。


(……その『英雄』もダストになった今じゃ失格だろうけどな)


 どっかのウェイトレスの願いを断って曇らせた俺が『英雄』なんて名乗れるはずがないんだから。





「……無駄話はこれまでね。いい加減あんたの命をもらうわ」

「んだよ、そんなに怒んじゃねえよ。ちょっと俺がお前に負けるわけ無いって言っただけだろうが」


 殺気立つ魔王の娘と親衛隊達を前に、俺はいつもどおりの表情で挑発を続ける。


(つっても、会話でこれ以上時間引き伸ばすのは限界か……)


 口車に乗って時間を無駄にしてくれるか、もしくは挑発に乗って猪突猛進してくれれば楽だったんだが、そう上手くは行かないらしい。

 魔王の娘達は怒りを冷静に闘気へと変えて戦いを始めようとしている。

 

「なぁ、戦いを始めるのをもうちょい待つとか出来ねえか? もう少し待っててもらえりゃ役者が揃うからよ」

「役者? よく分からないけど、流石にこれ以上待ってる余裕はないの。今回の作戦に失敗は許されない……あんたを倒して早くあの街を落とさないといけないんだから」

「ま、そうだろうな……」


 この対峙は魔王の娘の意地で行われているにすぎない。戦って負けるならともかく、戦わないうちから失敗させる訳にはいかないだろう。

 俺に負けが許されないように、形勢が押され始めている魔王軍も作戦の失敗は許されない。




「それじゃ、準備はいいかしら? シェイカー家のドラゴン使い。あんたを倒して、私は過去の清算と魔王軍最大の脅威を排除するわ」

「魔王軍最大の脅威ならもう魔王城に向かってるぞ、魔王軍の魔物使い。……ま、帰ったら父親が倒されてるお前に同情する気持ちがないわけじゃねぇが……来る火の粉は振り払わせてもらうぜ」



 たとえどんな相手であろうとも、この街を守るのが約束だから。





「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 咆哮とともに、先制を決めたのはミネアだった。事前の計画通りに魔王の娘以外を突進で吹き飛ばし、そのまま親衛隊相手に格闘戦を始める。


「ふーん、あの時の再現ってわけ? ま、あんたが私に勝てるならこれが一番勝率が高いわよね」


 その様子を面白そうに見ながら魔王の娘は俺の刺突をで受け流してそう言う。


「お前さえ倒せりゃ親衛隊は親衛隊でしかねえからな。当然の選択だ」


 魔王の娘が言うとおり、これは俺が初めてこいつと戦った時の再現だ。


 あの時、俺は魔王の娘とその親衛隊を、ミネアは多数の精鋭を相手に一人ずつ戦っていた。ミネアの方はまだ優勢を保ってたみたいだが、俺は時間が経つごとに傷が増え、ミネアが倒しきって合流するまでは保たない状況だった。

 その状況を変えたのは族長……ゆんゆんの父親が率いる紅魔族だ。援軍にきた彼らがミネアが相手にしていた魔王軍たちの精鋭を引受、自由になったミネアは俺と合流した。

 そして合流したミネアに親衛隊の相手を任せ、俺は力はあれど経験の少なかった魔王の娘を倒し、なんとか追い返すことに成功した。

 ……倒したと言ってもこっちもその後すぐ倒れて意識を失ったし、俺は相打ちだったと思っているが、魔王の娘が唯一白星を上げられなかった戦いという意味では恨まれても仕方ないのかもしれない。


 そんな状況の再現ともなれば、過去の清算を目的にやってきた魔王の娘が乗らないはずもない。人間と同じ程度の大きさしかない魔王の娘や親衛隊を相手にするとなれば、俺とミネアが一緒に戦うのは難しいし、こっちとしても好都合だった。


「そうね、私を倒せるなら正解だわ。倒せるなら──ね!」


 刺突を受け流した後の魔王の娘の返しは強烈だった。槍で受けた俺をそのまま吹き飛ばし、体制を崩した所にお返しとばかりに連続で刺突を繰り出してくる。


「っく……てか、なんでお前が槍使ってんだよ。お前の武器前は鞭じゃなかったか?」


 その鋭い刺突をなんとか避けながら、俺は戦闘を始める前の想像との違和を聞く。


「そうね、今でも鞭のほうが得意よ。剣でも槍でも一通りの武器は使えるけど」

「鞭のほうが得意なのに、なんで槍使ってんだよ?」

「決まってるじゃない。…………相手の得意分野で勝負して叩き潰す。これ以上に楽しいことってないでしょ?」


 それは今代の魔王の逸話の一つ。剣士には剣で圧倒し、魔法使いには魔法で圧倒してその格の違いを見せつけたという。……次代の魔王にもその血はしっかりと受け継がれているらしい。


(けど……マジで口だけじゃねえな。この槍の腕ならあの頃の俺でも苦戦したぞ)


 つまりは、あの頃より腕が訛ってる俺じゃ勝てる見込みが薄いレベル。アイリスと特訓して訛った腕を叩き直してなきゃ既に致命傷を受けてるかもしれない。

 他の武器もこれと同じくらい使いこなしてて鞭はそれ以上だって言うなら…………何だこの化物。配下の超強化だけでも頭おかしいレベルだって言うのにあらゆる武器を使いこなす上、確かこいつは魔法も使えたはずだ。

 魔王の娘率いる魔王軍を倒すには魔王の娘の討伐が必須なのに、その本人がアホみたいに強い…………そりゃ魔王の娘が出陣した戦いは必勝だわ。紅魔の里が一度魔王軍に占拠されたと聞いた時は耳を疑ったが、こいつが出てるんならそりゃそうなると思える。


「けど、あのシルバードラゴン、前より大分強くなってない? 幹部クラスを5人相手に戦えるなんて、ドラゴン使いの強化を受けているにしてもただの中位ドラゴンとは思えないわ」

「ミネアはこと格闘戦においちゃドラゴンの中でもトップクラスだからな。多数を相手に負けないように戦う事にかけちゃ右に出るやつはいないぜ」


 ミネアは固有能力など特殊な力はないが、大振りな戦いをする傾向のあるドラゴンの中じゃ珍しく、隙のない戦いをする。正直俺よりも誰かを守るのが巧いくらいだ。


「あの強さはそれだけじゃ説明つかない気がするけど……」


 もちろん種はそれだけじゃないが……。それをこいつに説明するつもりはない。


「……ま、それはあんたを倒した後に問い詰めましょうか。…………けど、あのドラゴンに比べてあんたは弱くなったわね。正直がっかりだわ」

「そりゃ悪かったな。お前と違って俺は英雄なんてやめて楽しく暮らしてたからよ。鈍ってて当然なんだよ」


 がっかりしたと言いながらも、魔王の娘は手を弛めることなく激しい攻撃を続けてくる。俺はそれを避けて払い受け流して耐えるが、傷は少しずつ増えていっているし、こちらから攻撃を仕掛けるチャンスが掴めない。


「そう。じゃあさっさと終わらせてしまいましょうか。正直鈍ったあんたを倒しても嬉しさ半減だけど……魔王軍筆頭幹部としての仕事をさせてもらうわ」


 その言葉と同時に魔王の娘は俺から距離を取る。そして省略気味ながらもその口から紡がれるのは魔法の詠唱。それもこれは──


「──『ライトニングブレア』!」


 最上位に属する属性魔法の一角。『カースド・ライトニング』を越える密度の雷撃は一条の光となって俺に直進してくる。

普通の人間ならこの魔法一発で消し炭になる威力を持った魔法だが、竜言語魔法で魔法抵抗力を増加してる俺には致命傷になりえない。俺は魔法を切り払おうとして──


「──っ、そこか!」


 を思い出した俺は、魔法への対処を捨てて、雷撃の光に紛れて奇襲をしてきた魔王の娘の刺突を払う。


「へぇ……今のを避けるんだ。決まったと思ったんだけど」

「今の戦法を使う奴とちょっと前まで特訓しまくってたからな……」


 魔法を解禁したアイリスの即死コンボだ。何度これに負けたことか……。


「ふーん…………ま、致命傷は避けたみたいだけど…………傷が浅くないわけでもないわよね?」

「っ……」


 魔法抵抗力が増加している俺には魔法は致命傷にはならない。だが、直撃して無傷なわけでもない。最上位の雷撃魔法を食らったダメージはけして小さくないし、体が痺れて感覚も鈍っている。



「さて……あんたとドラゴン。どっちが先にやられるかしらね?」


 そう言って、魔王の娘は残酷なほど綺麗に笑った。





「──私の勝ちね、ドラゴン使い」


 倒れた俺に槍を突きつけて。最初からまで俺を終始圧倒した魔物使いは、自分の勝利を宣言する。

 俺はもうまともに動けないほどのダメージを負っているし、ミネアもそう遠くない内に倒れるだろう。ここからの逆転は普通に考えれば不可能。

 例えウィズさんやバニルの旦那が助けに来ても確実に押し返せるとは言えない戦力差なのだから。そう思うのも無理はない。


「?……なに? 何であんたこの状況で笑ってるの?」

「いや…………俺もバカなことしたよなって思って」

「そうね。生き残りたければあんたはとっとと逃げるべきだったのよ。それだけ弱くなってるくせに私の前に現れるとか命知らずにも程が有るわ。…………っ、だから何がおかしいの?」


 死にかけてる俺が笑ってるのが気に障るのか。魔王の娘は綺麗な顔を歪ませて詰問してくる。


「くくっ……いや、俺がバカなことしたってのはそういうことじゃねえんだ」

「じゃあ、何がバカだって言うのよ」


 今にも俺を殺しそうな魔王の娘に、俺は変わらず笑い続けて答える。




「お前がこの程度の強さしかないのが分かってたら、わざわざ苦労して死にかける必要もなかったのになって」




「は? あんた何を言って────っっっ!?」


 俺を問い詰めようとした魔王の娘は、自分に向かって来る極大の雷撃に気づき紙一重で避ける。


「い、今のはな──」


「ゴルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「──に…………?」



 大地を震わす咆哮。それを発した存在を見て魔王の娘は驚愕にその顔を染める。



「遅かったな、ジハード。ま、ギリギリだがセーフはセーフだ。…………俺は大丈夫だから、とりあえずミネアのとこに行ってくれ」


 かつての炎龍並の巨体で降り立ったジハードを撫でてやって。俺は今なお戦い続けるミネアの元へ向かわせる。


「じょ、上位ドラゴンですって……!? ありえない! 上位種のドラゴンは俗世に呆れて世界の狭間に引き込んだはず! 今地上にいるドラゴンが上位種になるには何百年という時間が必要なはずなのに!」

「ジハードは上位ドラゴンじゃねぇよ。下位ドラゴンさ。……と言っても確かに今のジハードは上位ドラゴン並の魔力はあるだろうが」

「ど、どういうこと……?」


 今の状況も忘れたように、魔王の娘はありえない状況を前にただただ疑問符を浮かべている。


「ま、ここまで来たら俺の勝ちは揺るがねえし教えてもいいか。もともと終わったら教えるつもりだったしな」


 ゆんゆんが前に『説明は敗北フラグなんですよ』とか訳の分からないこと言ってたような気がするが、これは種明かしのうちだし大丈夫だろう。というか紅魔族が学校で習ってることは俺には理解不能過ぎるしスルーだ。

 …………なんか母さんも同じようなこと言ってた覚えがあるが、変な名前だったことといい紅魔族だったんだろうか。目は黒かったけど髪は紅魔族と一緒で黒髪だったしよ。



「お前、クーロンズヒュドラは知ってるか?」

「この街の近くの湖に住んでた大物賞金首でしょ? 亜竜だし強さはそうでもないけど固有能力が厄介で討伐が面倒なやつ。数年前に頭のおかしい爆裂魔が倒したって聞いたけど」


 魔王軍じゃクーロンズヒュドラの件はそういうことになってんのか。実際とどめを刺したのはあのロリっ子だが…………カズマやララティーナお嬢様、そして何より俺の勇敢な活躍があっての勝利だと言うのに、爆裂娘一人の手柄にされるのはなんか面白くねえな。


「じゃあ、そのクーロンズヒュドラの固有能力が何かは知ってるか?」

「…………、一体全体それが今の状況と何の関係があるの? 確か、再生能力と土地から魔力を吸収する能力の2つ…………って、まさか!?」

「そう、そのまさかだ。ジハード……あのドラゴンは相手の魔力や生命力を奪う力を持ってる。さて、ここで問題だ。魔力の塊である純血のドラゴンがそんな力を使えばどうなると思う?」


 亜竜であったクーロンズヒュドラはその成長に物理的な限界があった。だが、純血のドラゴン……魔力の塊と言われ、生物でありながら精霊と同じような性質を持っている純血種がドレイン能力を使えば?


「…………際限なく強くなる……? でも、そんな力を下位ドラゴンが持っても……ううん、例え中位ドラゴンであっても暴走するだけじゃ」

「だろうな。魔王軍から魔力を集めさせはしたが、ジハードだけであれだけの力を制御するのは不可能だろうよ」


 だからこそ、俺は口を酸っぱくしてゆんゆんにジハードを戦わせるのは俺がいる時だけにしろと言い聞かせてたんだから。


「だから、俺が制御してる。ドラゴンとドラゴン使いにある魔力の繋がりを利用して、ジハードの中で暴れ狂う魔力を抑えてる。……結構これ、大変なんだぜ? 魔力の制御だけでもきついのに、魔力が増えるに連れてブラックドラゴンの凶暴な本能まで大きくなるからな」


 実は魔力の制御よりそっちの方がきつかったりする。仮に『本能回帰』を使ってジハードの本能を開放したら俺でも扱いきれるかどうか不安な程度にはやばい。



「とりあえず最低限の種明かしは済んだ…………ああ、そう言えばあと一つだけ伝えとかないといけないことがあったか」

「…………何よ」

「ジハードは回復魔法を使える。……ほら見てみろよ、ミネアの傷も完全に治ったぞ」


 ミネアと合流したジハードは回復魔法を使い傷ついたミネアを完全に癒やす。そしてそのままドレイン能力を使いミネアに自分が魔王軍から集めてきた魔力を分け与え始めた。


「ジハードの能力の説明が終わったところで、もう一つ問題だ。魔力を奪ったドラゴンと、そこから魔力を分け与えられたドラゴン。上位種並の魔力を持ったドラゴンが二匹いるんだが…………これをドラゴン使いやドラゴンナイトが強化したらどうなると思う?」

「っ…………」

「てわけだ。お前らの勝ち目は今ここで俺を殺すしかない。ミネアとジハードが俺の竜言語魔法で強化されたら万に一つも勝ち目がないからな。……お前に俺を殺せたらいいな?」

「っっ!! 舐めるんじゃないわよ! この死に損ないっ!」



 激昂して襲ってくる魔王の娘を冷静に見つめながら、俺はを使用する。そして──





「──俺の勝ちでいいよな? 魔物使い」

「…………この、化物。ふざけんじゃないわよ。何よその力……」


 無傷の俺に倒れ伏す魔王の娘。先ほどとは全く逆の状況に魔王の娘は悔しそうな表情で俺を睨みつけている。


「ま、確かにジハードの能力は規格外過ぎるよな。魔力を吸収してどこまでも強くなるとかそれなんてチートだよ」

「確かにあのドラゴンの固有能力もおかしいけど…………それだけの力を涼しい顔して制御してるあんたが一番の化物よ」

「お前にだけ……もといお前にも化物言われたくねえけどな」


 どっかの王女様といいお前が言うな感がやばい。どう考えてもお前らのほうがチートだからな。


「…………一つだけ聞いていいかしら? 何で、あのドラゴンを最初から連れてこなかったの? 魔力を奪うにしても私達から奪えばいいだけの話でしょ?」

「だから言っただろ、それは俺がバカだったって。……俺はお前らの強さをもっと高く見積もってたんだよ。普段のジハードは下位ドラゴンどころかまだ幼竜と言える段階だ。お前ら相手に守りきれるか自信がなかったんだよ」


 実際はこの程度の相手なら俺とミネアならジハードを守りながら戦えた。常勝だという実績にビビりすぎてたってわけだ。

 ……いや、ジハードの能力なければ余裕で殺されてるレベルの相手ではあるんだがな。瞬殺さえ防げればジハードの回復魔法でどうにか出来るってだけの話で。


「…………殺しなさいよ。殺さなきゃ私はあんたをいつまでだって狙い続ける」

「殺す……ねぇ。まぁ、確かに殺したほうが色々安全なんだろうが……」


 俺を狙い続けるという言葉に嘘はないだろう。俺だけの安全を考えるならここで殺す以外の手はない。だが……。


「なぁ、なんで俺がわざわざジハードの説明して、まで見せたと思ってんだ? お前に俺を狙うのが勘定に合わないって理解させるために決まってるだろ」

「それくらいわかってるわよ! それでも、私はあんたが許せない。一度ならず二度までも私に黒星をつけたあんたを許せるはずがない。大体、何であんたは私を殺そうとしないのよ」

「一番の理由は、お前を殺した後の復讐が怖いんだよ」


 魔王軍筆頭幹部。次期魔王であるこいつを殺せば魔王軍が復讐に来るのは間違いない。カズマたちが魔王を倒したとしても、むしろ倒した場合のほうが破れかぶれに魔王軍が襲ってくる可能性は高い。

 その復讐が俺だけに向かうならいいが、リーンやテイラー、ベル子に危険が向かうのは避けたい。

 つまりは、魔王の娘には魔王軍の統率をして俺は襲わないように制御してもらいたいわけだ。だからこそ殺さずに実力差を見せつけて、俺を襲うのはやるだけ無駄だと思わせようとしたわけだが…………


「ふん、だったら無意味ね。私は絶対にあんたを殺す。たとえ今勝ち目がないとしても、勝ち目が出るまで強くなってみせる」

「…………みたいだな」


 この調子だと宣言通り襲ってくることだろう。…………はぁ、男相手ならともかく綺麗なねえちゃん相手にこの手は使いたくなかったんだがな…………。


「ところで話は変わるんだがな。実はお前の親衛隊はまだ生きてるんだが」


 ミネアとジハード。上位ドラゴン級の力を持ったドラゴン2頭に倒された親衛隊だが、まだその生命は失われていない。というより、ミネアにもジハードにも絶対殺すなとお願いしたし生きててもらわないと困る。


「…………だから?」



「あいつらの命が惜しければこっちの言うこと聞いてもらおうか」



「………………………………………………………………あんたそれ完全に悪役の台詞だけど分かってる? セレスディナとかが凄い言いそうな台詞よ?」

「分かってるよ! 分かってるからその生ゴミを見るような目はやめろ! 仕方ねえだろ! お前を納得させるにはこれしかもう方法ねえんだからよ!」


 どいつもこいつも俺のことゴミのように見るんじゃねえよ!


「はぁ…………まぁ、あの子達の命を助けてくれるなら多少は交渉に乗っていいけれど…………あんたを襲わないって話なら難しいわよ? きっとあの子達だってリベンジの機会を望んでいるでしょうから」

「ま、そうだろうな。そこまでは俺も言わねえよ。ただ、俺の回りにいるやつを狙うのはなしだ。それさえ守れば不意打ちだろうがなんでもしてくれ」


 それなら最悪俺が死ぬだけで済む。あいつらを襲わないって確約してくれんならこいつを全力で守ってやってもいいくらいだ。


「…………そんなことでいいの? あの子達の命を守ってくれるならもっと大きな代償でも……」

「マジか!? じゃあそれプラスで俺の童貞貰ってくれ! いい加減卒業したいんだ!」


 俺もいい加減行き遅れだってルナを笑えねえ年齢だからな……。流石に魔王軍の筆頭幹部を恋人とかには出来ないだろうが、一回くらいならエロいことやっても皆許してくれるだろう。むしろ美人な女とエロいことやれるチャンスを逃すとか怒られるレベル。


「…………こんなのに負けたのって信じたくないんだけど」

「なんだよ、もっと大きな代償でもって言ったのはお前だろうが。お前みたいに美人とエロいことするチャンスなんて俺にはもう二度とねぇかもしれないんだぞ? というわけでお願いします!」


 最近ナンパが失敗するのがほんときついんだよ……。サキュバスサービスで解消すんのにも限界があるしよ。


「……そこまで熱烈に口説かれると、わりと新鮮でいいかなぁって気持ちもしないでもないんだけど…………後ろの彼女さんが怖いからやめとくわ」


 後ろの彼女?


「ダスト? あんた敵の大将口説くとか本気で言ってんの?」


 いつの間に来ていたのか。そう言って笑顔で青筋浮かべてるのはリーン。近くには苦笑してるキースとテイラーの姿もある。


「あれ? お前らがここにいるってことは…………そうか、街の方も勝ったんだな」


 まぁ、負けるとは思っていなかったが、随分早かったな。もしかして俺が想定してた以上にウィズさんの方に敵が引っかかったのかね。もしくは旦那が何かした可能性もあるか。


「そうだけど…………話そらそうとしてもダメだからね?」

「話しそらすというか……そもそも、俺が童貞な理由の半分はお前だろうが。お前が俺を受け入れてくれたらとっくに俺は童貞卒業してたわけで…………お前にだけは文句言われる筋合いねえと思うんだよ」


 というか、リーンにちょん切られそうになったトラウマで一時ナンパすら出来ない時期があったし、むしろ今すぐ責任取ってもらいたいレベルだと言うのに。


「だって、たとえライン兄が相手でもあんな性欲だけで抱かれるとか嫌だもん! もっと、こう、雰囲気作って欲しいし! かといってダストに雰囲気作られても微妙だし!」

「お前、ほんとめんどっくせぇな! だったら今だけラインになってやるよ! だったら文句ねえだろうが!」

「べーっ! ライン兄はそんなこと言わないもん! ダストになんか抱かれてやるもんですか!」


 あーだこーだと俺とリーンは言い合う。

 ……ったく、こいつは本当可愛げがねえ。あった頃のリーンはあんだけ可愛かったってのに。誰の影響かはしらねえが性格悪くなってんじゃねえか?………………多分キースの影響だな、間違いない。


「あー……ダストにリーン。痴話喧嘩してるとか悪いんだけどよ…………魔王の娘逃げたけどいいのか?」

「「え?」」


 キースの言葉にさっきまで魔王の娘がいた場所を見れば何もいない。当然のように親衛隊の姿もなくなっていた。

 テレポートも使えんのかよあの魔物使い。今頃は王都の方の魔王軍の主力と合流でもしてるかもしれねえな。


「キース、ダストはあのライン=シェイカーが正体なんだ。普段バカそうにしてるのは仮の姿で、今もわざと見逃したに決まってるだろう」


 おい、テイラー、そう言うならその笑いをこらえたような顔やめろ。おまえがむっつりだってこと街中にバラすぞ。


「ま、多分あの性格じゃ約束は守るだろうしな。別に逃げられても問題ねえよ。…………おい、なんだよお前ら。別にこれは負け惜しみじゃねえぞ、本当だぞ」

「はいはい、そういうことにしといてあげるから……くすくす」


 おいこらリーン。そもそもお前が邪魔するから俺は童貞捨てるチャンス逃したの分かってんのか? 笑ってんじゃねえよ。


「はぁ……まぁいい。勝ちは勝ちだ。街に帰ってカズマたちが魔王倒して帰ってくるのゆっくり待とうぜ」


 なんとなく魔王の娘とはまたどこかで会える気がする。口説くのはその時でいいだろう。

 …………てか、命狙うって宣言されてるし嫌でも会うことになるんだろうなぁ。めんどくせぇ。





「けどゆんゆんが帰ってきたら魔王討伐のメンバーかぁ…………なんだか遠くの存在になっちゃう気がするなぁ」


 街へとゆっくりと歩きながら。リーンは少しだけ寂しそうな様子でそんなことを言う。

 

「そんなことはねぇだろ。あいつが魔王討伐くらいで変わるんだったらとっくの昔にぼっちなんかやめてるさ」

「……それもそだね。ゆんゆんはあたしの親友でいいんだよね。たとえ、離れ離れになっても……さ」

「ああ…………悪いな、俺の冒険に付きあわせて」


 この戦いが始まる前にパーティーメンバーには俺の事情を話している。そして戦いが終わった後この街から旅に出ることも。


「いいよ……ライン兄の冒険についていくためにあたしは冒険者になったんだから。……ゆんゆんと離ればなれになるのは少し寂しいけどね」

「そうか。…………キースやテイラーも、本当にいいのか? 旅に出たらあの店には流石に毎日は行けないぞ」


 ロリサキュバスに聞いたらサキュバスの貸し出しサービスなんてものはないらしい。他の街に同じような店もないって言うし…………本当きつい。

 救いはスキルアップポーションをリーンにがぶ飲みさせてテレポートを覚えさせられたことくらいか。それでもリーンの魔力を考えればテレポートを頻繁には使えないしアクセルに帰ってこれるのは最低限になる。

 くそぅ……ジハードがうちの子になってくれればそんな心配しなくて済むというのに。もう俺とドラゴン使いの契約したんだしゆんゆんの使い魔やめて俺のとこの子にならねえかなぁ。


「まぁ、他の街にも普通の娼館くらいはあんだろうし…………俺はダストと違ってわりとナンパ成功するしいいぜ」

「…………大丈夫だ、問題ない」


 キースのムカつく台詞はまぁ後でしめるとして……テイラー、そんな全然大丈夫そうじゃねぇ顔で言うんじゃねぇよ。俺よりきつそうじゃねぇか。


「ま、旅に出るのは一週間後だ。そのころにゃカズマたちも帰ってきてるだろうし、ちゃんとお別れをして行こうぜ」




 一つの大きな戦いが終わり、この街と……そしてゆんゆんとの別れが近づいていた。

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