第16話 考えてから提案しましょう

「というわけで彼女がほしい」

「……帰っていい?」


 冒険者ギルドの酒場。俺の前には呆れた顔の貧乳魔法使いが一人。


「そう言うなよリーン。今日は俺の奢りだからよ」


 この間のグリフォン討伐報酬のおかげで少しだけ懐が潤ってることだし。

 ……明日は残った金で久々にギャンブルしてくるか。でも、この街じゃギャンブルって言ってもしけてるからなぁ。あー……俺もエルロードいきてーなぁ。もしくはこの街にもカジノとかできればいいんだが。


「金貸してる相手に奢られても反応に困るんだけど。…………はぁ、大事な話があるって言われたから来たってのに。――あ、お姉さん注文いいですか?」


 反応に困るとか言いながら思いっきり注文してんだがこの貧乳娘。


「ご注文を繰り返します。『大若蛙の唐揚げ』に『一撃熊の手の姿煮』。お飲み物に『地獄ネロイド』。デザートは『アクシズ教団のアレ』でよろしかったでしょうか?」

「あ、それでお願いします」

「全然よろしくねーよ! ジャイアントトードの唐揚げ以外法外な値段じゃねーか!」


 唐揚げも拘りのジャイアントトード使ってるやつみたいで千エリスと割りと高いのに、他の奴は1万エリス超えてやがる。…………というかアクシズ教団のアレってなんだよアレって。


「あんた奢ってくれるって言ったじゃん。無理だっていうならあたしは帰るよ」

「っぐ…………人の足元見やがって」


 ここでリーンに帰られたら相談できねーし…………まぁ、払えない額じゃないし仕方ねーか。

 …………これで相談した結果が散々だったら覚えとけよ。


「というわけでお姉さんよろしくー。ダストは何頼むの?」

「あー……俺は大蛙の唐揚げ定食にでもするか。飲みもんは酒だったら何でもいーや。酒持ってきてくれ」


 メニューを眺めながら俺はボリューム美味しさ安さに定評のある初心者冒険者に人気の定食と、酒を頼む。

 最近はジハードと一緒にいること多くて酒飲むの自重してたし、たまには酔っ払うくらい酒を飲ましてもらうか。


「申し訳ございません、お客様へお酒は出せません」


 そんな感じでうきうきしてたのにウェイトレスは冷たい目をしてそんなことを言う。


「はぁ? なんだよ、金の心配か? 一応今日は金持ってるから心配すんな。もし足らなかったらここにいるリーンかゆんゆんとかいうぼっちに請求すればいいから」

「あんた奢るって言ったのに何いってんの?」


 リーンの分の飯は奢るが自分の分を他人に払わせないとは言ってないだろ。だからリーン、そのゴミを見るような目はやめろ。ただでさえウェイトレスの目が妙に冷たくてぞくぞくしてるってのに。どっかのお嬢様みたいな性癖が目覚めたらどうしてくれんだ。


「いえ、代金の問題は別に何も。あなたの場合は料金を先払いしてもらうだけなので」


 ……ちっ、最近はここじゃゆんゆんと一緒に食べること多くて後払いでも許されてたんだが、リーンと一緒じゃ無理か。まぁ、リーンはゆんゆんと違って俺の分まで素直に払ってくれるたまじゃねーし仕方ないが。…………いや、ゆんゆんも別に喜んで払ってるわけじゃねーけど、あいつは店のこと考えて払っちまうお人好しだからな。そのあたりも店側も分かってるから許されてるんだろう。


「じゃあなんで酒出せないってんだよ」


 金の問題じゃねーってんなら客に注文したもの出さないとかどういうことだよ。


「この間あなたがこの店で酒を飲んだ時に問題を起こした件数が500件を超えたので…………ギルドの方からあなたにお酒を出す禁止令が出たんです。なのでギルドから許しが出るまではあなたはこの国だけでなく他の国でもギルド系列の店でお酒を飲むことは出来ません」

「はぁ!? ふざけんじゃねーぞ! 俺が一体全体何をしたってんだよ! ちょっと酒飲んでいい気分になってただけだろうが!」


だと言うのにこの店どころか他の街や国でもギルドじゃ酒飲めないとか横暴にも程がある。


「そのちょっといい気分のままにウェイトレスや他のお客様にセクハラの限りを尽くしてることが問題なんですが。…………私だけでもお尻を触られたりスカートをめくられたり、酷い時はガーターベルトを脱がされたり……………………あの、すみません、死んでもらえませんか?」

「うわぁ…………あんたの酒癖悪いのは知ってたけど、そこまでしてたんだ。…………死んだほうがいいんじゃない?」

「わーったよ! 酒は諦めるからその生ゴミ見るような目はやめろ!」


 …………というか、酒飲んだ時の俺はそこまでしてんのか。尻を撫でたりくらいは覚えてるが、ガーターベルトを脱がすとか。覚えてないのが残念で仕方ない。





「で? 何の話だったっけ?」


 氷点下の目をしたウェイトレスに俺とリーンの飯を運んできて後。高い飯を幸せそうに食べながらリーンはやっと本題に入ってくれる。


「だから、俺が彼女欲しいって話だよ」

「あー…………そういえばそんな話だったね。…………正直面倒なんだけど、相談に乗らなきゃダメ?」

「別にいいがその場合はちゃんと飯代は自分で払えよ」


 というより既に代金は俺が払ってるからその分俺に渡せよ。


「ちぇっ……仕方ないなぁ。正直ダストの恋愛云々なんてどうでも良すぎるんだけど」

「お前に取っちゃそうかもしれないが俺にとっちゃ死活問題なんだよ」


 もしこの街を離れることになった時に彼女がいなければ俺はどうやって性欲を処理しないといけないのか。目の前でパクパク美味しそうに飯食ってる女は俺が手を出そうとしたらダガーでちょん切ろうとするアレな女だし。ナンパが一度も成功したことがない俺じゃ行きずりの女とってわけにもいかないだろう。そうなると風俗しかないわけだが…………サキュバスサービス知ってると風俗なんかに金使うの馬鹿馬鹿しいんだよなぁ。


「死活問題とか言われてもへーそうなんだ、としか。……あ、この一撃熊の手美味しい。ねぇ、ダストもう一つこれ頼んでいい?」

「…………後で覚えとけよ。というか、そんなに食ったら太るぞ」

「熊の手ってなんか美容にいいとか聞いたし大丈夫なんじゃない? というわけでお姉さんこれと同じやつもう一つお願いします」


 人の金だと思いやがって。というか美容とか関係なしにそんなに食ったらマジで太るぞ。


「…………そんだけ遠慮なしに頼んでんだから相談乗ってくれるんだよな?」

「ま、飯の代金がわりに聞くだけは聞いてあげるけど」


 仕方ないなぁとため息をつくリーン。

 その態度に折檻してやりたい気持ちが湧くが今は相談のほうが大事だ。頭のなかでリーンのほっぺを思いっきり引っ張りながら俺は話を切り出す。


「そうか。じゃあ相談なんだがな………………俺に女の子の友達を紹介してください」

「え? やだよ。何いってんの?」

「………………なんでだよ?」


 頭のなかで『生意気なこと言うのはこの口か』とリーンのほっぺたを限界まで引っ張りながら。俺は感情を押し殺してそう聞く。


「だって、ダストとか紹介したら友達の縁切られそうじゃん」

「ふざけんなよ! このまな板娘が! 人が下手に出てたら調子乗りやがって! 表出ろ!」


 飯食えなくなるまでそのぷにぷにしたほっぺたを引っ張ってやる!


「あ、一人だけダストに紹介できそうな友達いたかな」

「犬と呼んでくださいリーン様」

「…………あんた、プライドとかないの?」


 そんなもんで彼女ができるなら苦労しない。


「それで、俺に紹介できる女の子はどんな子なんだよ」

「えっとね…………まず、胸がそこそこ大きいかな」

「おう、さすがリーン俺の好み分かってんじゃねぇか」


 やっぱ胸の大きさは大事だよな。小さくてもそれはそれでいいもんだが、大きい方が揉んだ時に楽しいし。


「それで、顔はこの街でも上から数えたほうが早いくらい可愛くて、性格もこの街で一番と言っていいほど優しくて常識人」

「顔は良くても性格残念なのが多いこの街でそんな理想的な女性がいるだと……」


 カズマパーティーの女たちを筆頭に見た目だけはいい女が多いこの街。ただ蓋を開けてみれば顔の良さなんて色んな意味で可愛く見えるアレな性格なやつばかりなだけで……。本当にそんな女がいるならちょっと本気で口説いてもいいかもしれない。


「後は、髪は黒で目は紅い15歳で巷じゃレッドアイズの切り込み隊長だって噂の」

「ゆんゆんじゃねぇか!」


 期待して損した。


「えー……どう考えてもあんたにはもったいない女の子なんだけど、何が不満なのさ?」

「容姿は確かに悪くねぇよ。性格もまぁ確かにこの街じゃまともなほうだろうさ。……でも、15歳とか守備範囲外。あと人のことボコボコにしてくるし」


 見た目がいいのは認めてるし性格も生意気な所に目を瞑れば悪くない。だけど流石に4歳下を恋愛対象にすんのは無理がある。…………セクハラはまぁするし夢の中じゃ17歳のゆんゆんにお世話になってるが。


「…………ま、いいけどさ。そんなこと言っててゆんゆんに彼氏が出来たとかなったら悶えるくせに」

「……まぁ、それも否定はしねぇよ」


 勘違いだったとは言えリーンの時だってそうだったんだから。


「……もう、この際贅沢は言わねぇ。リーンでいいから付き合ってくれ」


 胸に目を瞑ればこいつの容姿も悪くないし、性格も生意気な所に目を瞑れば悪くない。何よりこいつは一応俺の守備範囲内だし。


「嫌に決まってんじゃん」


 そんな俺の妥協案をバッサリと切り捨てるリーン。


「…………なんでだよ?」

「だって、あたしは好きな人いるし。なんでダストと付き合わなきゃならないのさ」

「…………そうかよ」


 結局俺に彼女は出来なそうだ。




「あ、きたきた。うーん……最近はこれ食べるのも一苦労なんだよね。昔は飽きるくらい食べたんだけど」


 リーンに笑顔でデザートを持ってきたウェイトレスが俺に氷点下の目を一瞬だけ向けていなくなる。

 …………あの冷たい目をしたウェイトレスが俺にガーターベルトを脱がされたのかぁ。覚えてないことなのになんだが胸がドキドキしてくる。もしかしてこれは恋なんだろうか。


「ねぇ、ダスト。あたしの話聞いてんの?」

「ん? ああ、聞いてるぞ。お前の胸はもう大きくならないから諦めろ」

「聞いてないし…………いや、別にどうでもいい話だから聞いてなくてもいいんだけどさ…………そのいやらしい目をウェイトレスにずっと向けてたら店から追い出されるよ」


 …………それは困るな。ほどほどにしとくか。


「ん? お前の食ってるそれ…………」


 リーンの食ってるデザート。『アクシズ教団のアレ』とやらを前に俺は妙な引っ掛かりを覚える。


「? どったのダスト。もしかしてダストって『ところてんスライム』知らないの? もしかしてダストの故郷にはなかったとか?」

「いや、別にそんなことねーよ。というか『ところてんスライム』は俺の故郷の国が発祥だし。特に貴族や王族の女性の間じゃ人気でよ……俺の母さんもよく食ってたな」


 というかあの国で俺の周りにいた女はところてんスライムばっかり食ってた気がする。


「ふーん…………じゃあ、何をまじまじと見てるの? 今でこそご禁制の品で手に入りにくいけど、珍しいものじゃなかったでしょ?」

「いや…………ところてんスライムの匂いを最近どっかでよく嗅いでるなぁって」


 どこだっけか。ご禁制の品だし俺自身は別に好きでもないから嗅ぐ機会なんてそうそうないはずなんだが…………割りと頻繁に嗅いでる気がするし、ついこの間も嗅いだような…………。


「…………あ、セシリーか」


 あの残念プリーストからしてる菓子みたいな甘い匂い。ところてんスライムだったのか。


「? セシリーって誰? 女の人?」

「おう、一応性別上は女のプリーストだな」


 だから何だというのがあの女だけど。


「…………なによ、あたしに相談しなくても普通に女の知り合い居るんじゃん。そっちに相談でもナンパでもすればいいのに」

「なんだよ今更嫉妬か? だったら俺が付き合ってって言った時に素直に――」

「――いや、それはありえないけど」


 ……最後まで言わせろよ。


「ただ…………その…………なんていうか…………分かるでしょ? あんたみたいなのでも一応は仲間なわけだし…………こう…………微妙な気持ちになるというか」


 まぁ、分からんでもない。こういうのは好きとか嫌いとかそういうもんじゃないもんな。リーンも俺と同じようなもんなんだろう。

 だけど……。


「…………言っとくが、そのセシリーってのはアクシズ教徒だぞ? それでも微妙な気持ちになるか?」

「あ、全然そんな気持ちなくなった。そっかぁ……アクシズ教徒かぁ…………それならあんたと間違い起こっても問題なさそうだしいっかな」


 …………あれ? 微妙な気持ちになってたのってそういう理由?





 


「そんなはずないわ! あのドラゴンはキョウヤが一撃で倒したはずだもの!」

「そうよ! そうよ!」


ギルドの受付。俺とリーンが座ってる席から見える所で、槍を背負った女と盗賊風の女がルナに絡んでいた。


「あ、いえ別に以前のクエストの結果を疑っているというわけではないのです。ミツルギさんたちからの報告はなかったとは言え、それ以降にドラゴンの目撃報告がなくなったのは事実なので。シルバードラゴンなので恐らくは別のドラゴンなのでしょうが、最近またギルドに目撃報告がありまして。以前にも討伐クエストを受けたミツルギさんたちのパーティーに確認をお願い出来ないかという話です」

「う……でも、今はキョウヤとは別行動だし、二人でドラゴンにあう可能性があるとか……」

「……あの時も私達何もしてないしね」





「ねぇ、ダスト。あの話って……」

「分かってる。ちょっと行ってくる」


 リーンをその場に残して俺はルナのところに行く。


「おい、ルナ。そのクエスト俺が受けるが問題ねぇよな?」

「はぁ、まぁ確認さえしてきてくれるなら誰でも問題無いですよ。…………ただ、確認クエストなので報酬はそこまで高くないのですが大丈夫ですか?」

「それでも一撃熊の討伐クエストくらいの報酬はあんだろ。十分だ」


 まぁ、ドラゴンに会う可能性を考えれば危険に見合った報酬じゃないのは確かだが。いないってのを確認するだけでも報酬がもらえる確認クエストじゃそれも仕方ない。


「確かにミツルギさんたちが受けられないのでしたらダストさんたちが適任かもしれませんね。(……ですがいいんですか? ドラゴン関係のクエストとなるとあなたを探している人たちの目に触れられる可能性がありますが)」

「(まぁ、大丈夫じゃねーの? そこまであの国も魔王軍も暇じゃねーよ)」


 小声で聞いてくるルナに俺も小声で返す。


「(てーか、そういや思い出した。お前ロリっ子共に俺の正体ばらしやがっただろ?)」

「(? 何の話ですか?)」


 本当に何の話かわからないのか首を傾げるルナ。…………くそっ、可愛くとぼけたふりしても許さねーぞ。


「(あ……もしかして、金髪で凄腕の冒険者としてダストさんを紹介した件ですか? でもあれはギルドとの契約は関係ないのでは……)」


 …………マジでルナのやつ気付かず紹介したのかよ。いやまぁ、俺がギルドとの契約をした時、こいつはまだ受付嬢見習いだったし詳しいこと知らなくても仕方ないんだろうけど。


「まぁ、いいか。とにかく問題ねーならそのクエスト俺とゆんゆんで受けるわ」


 終わったことを今更あーだこーだ言っても仕方ない。反応見る限りどっかの爆裂娘やらパンツ取られ盗賊には俺の正体がバレちまってるみたいだが、あいつらは言いふらすタイプでもないだろう。今はそれよりもドラゴンだ。


「ちょ、ちょっと、いきなり出てきて何言ってんのよ!」


 ルナと話がまとまったと思ったら、槍を背負った女がそう文句を言ってくる。


「お前らが受けるかどうかを悩んでるから俺が受けるって言ってるだけだろうが。それともお前らが受けるのか? それならそれで別にいいぞ」


 こいつらが行く前にこっそり先に探しに行くだけだし。


「………………こ、今回は忙しいからそのクエスト譲るわ」

「キ、キョウヤのレベルに追いつくまでモンスター狩りで手一杯だものね」


 こいつらホント魔剣のいけすかねぇ兄ちゃんいねぇと何も出来ねぇんだな。まぁ、ドラゴン関係のクエストなんて冒険者の中でもトップクラスの奴らじゃなきゃ受けるだけ無謀だし妥当な判断なんだが。


「てわけだ、ルナ。そのクエストは俺とゆんゆんで受ける」

「了解です。冒険者パーティー『レッドアイズ』のクエスト受注処理完了しました。ご武運をお祈りします」


 ……いつのまにそれ俺らの正式名称になったんだよ。








――ゆんゆん視点――



「それでいきなり呼び出されたわけですか…………明日じゃダメだったんですか?」


 アクセルの街の近くにある山脈の奥深く。周りを警戒しながら私はダストさんにそう聞く。


「そんなに警戒して歩かなくてもいいぞ。得意じゃねーが今日は俺がちゃんとやってやる。ジハードと俺がやりゃ十分だからよ」

「…………またなにか悪いものを食べましたかダストさん」

「その反応はもう良いって言ってんだろうが! ……ったく、お前の言う通り明日でも良かったんだが、ちょっと俺的に急ぎたくてよ。だから少しだけ悪いと思ってんだよ」


 …………ダストさんがそんな気遣いをしてるなんて明日は槍でも降るんじゃないだろうか。やっぱり悪いものでも食べたのかもしれない。もしくは……。


「急ぎたいって何か理由があるんですか?」

「…………別にそういうわけでもねーよ。ただの気まぐれだ」


 そう言ってるけど、今のダストさんは妙に焦ってる気がする。なんだか話をしてても心ここにあらずというか…………言うなれば、そう、変な顔をしている。


(こうして真面目な顔をしているとなんかかっこいいというか品があるような感じだけど…………ダストさんがそんな顔してるとすごく変)


 私の知らない人が隣りにいるような気がしてすごく落ち着かなくなる。


「けどみたらしさんたちって凄いですね。エンシェントドラゴンって凄い強そうなのに討伐したとか」


 落ち着かない気持ちを誤魔化すように私はさっきの話の中で気になった事を質問する。


「ちゃんと報告してねーみたいだし、多分エンシェントドラゴンを倒してなんかいねーよ。ドラゴンを倒したって言うのは多分本当だろうけど」

「つまり、ドラゴンを倒したけど、それはエンシェントドラゴンじゃなかったってことですか? どうしてそう思うんですか?」

「エンシェントドラゴンっていったら上位ドラゴンの中でも最上位に位置するドラゴンだ。種族ではなく途方もない時間を過ごしたドラゴンに与えられる称号みたいないもんなんだが、その大きさは王城と比べてもまだ大きいほどだって言われているし、本気のブレスは爆裂魔法にも匹敵するとか言われてる。……そんなやつが駆け出しの街のすぐ近くにいるとも思えないし、あの魔剣がどんなに凄くとも一人で勝てるような相手じゃねーよ」


 王城よりも大きい相手と一人で剣で戦うとかたしかに無理ですね。


「それで報告してないのも考えれば勘違いだったと思うわけですね」


 ギルドの人が冒険者カードを見ればどんなモンスターを倒したかはっきり分かるから。


「でも、ちゃんと報告しなくてもいいものなんですか? 普通討伐クエスト受けたらちゃんと報告しないと失敗扱いでペナルティもらったりしますよね」

「ドラゴン討伐クエストには報告義務はねぇよ。失敗する可能性が高いクエストだしペナルティもない。というより失敗したら帰ってこれない可能性が高いクエストだからな」

「…………やっぱりドラゴンって生き物としての格が違うんですね」


 この間苦労して倒したグリフォンだってそんな特例措置はない。それだけドラゴンという存在が特別ということなんだろう。


「まぁ、最強の生物だからな。そりゃ個体差はあるだろうが種族としてみれば最強の生き物なのは間違いねぇよ」


 隣を飛んでるハーちゃんもいつかはそんな存在になるのかな。


「ところで目撃されたって話のドラゴンはシルバードラゴンなんですよね? どんなドラゴンなんですか?」

「どんなドラゴンって言われてもな…………取り敢えず言えんのはシルバードラゴンはすごい綺麗なドラゴンだってことだな」

「綺麗…………ダストさんにそんな風に思う感情があっただなんて意外ですね」

「なんとでも言え。あいつを前にしたら誰だってそういう感想を思い浮かべるに決まってんだよ」


 …………あいつ、ねぇ。

 まぁ、ダストさんのドラゴンバカは分かりきってることだし、それに限って言えば綺麗とかいう感想を持つのも不思議ではないんだけど。


「それと、シルバードラゴンもブラックドラゴンやホワイトドラゴンほどじゃないにしても珍しいドラゴンだな。希少さだけなら黄金竜と同じくらいだ」


 黄金竜ってめぐみんたちがエルロードで倒したっていう、凄い買取価格がつくっていう? 素材としてはまた違うんだろうけど、そんな希少なドラゴンよりもハーちゃんは珍しいドラゴンなんだ。………………本当に何でこの人はそんなドラゴンの卵を私に無償でくれたんだろう。


「ま、希少さなんてどうでもいいさ。どんなドラゴンでもドラゴンってだけで十分過ぎる価値があんだからよ」


 …………この人は本当にドラゴン好きというか、ドラゴンのことになると別人みたいにまともになる。

 いつも今みたいなことを言っていたらこの人の評価ももっと違うものになっているだろうに。



「それにドラゴンは竜種よりも生きた年月のほうが重要だ。上級の竜種でも100年も生きてない下位種じゃ上位種の亜竜には勝てない。……まぁ、あのクーロンズヒュドラですら中位種のドラゴンだし、今じゃ机上の空論なんだけどな」


 クーロンズヒュドラでも中位種なんだ。


「ダストさんは……」


 どうしてそんなにドラゴンのことを詳しいんですか、と。そう聞きたい気持ちがある。認めたくないけれど、この人のドラゴンの知識に助けられたことは多いから、その根源がどこから来たのか聞いてみたい。


「? どうしたよ、言いにくそうな顔しやがって。いつもみたいに毒舌混じりで遠慮なく聞きたいこと聞けよ」


 でも、今の私はそれを聞くことが出来ない。いつも適当なことしか言っていないこの人はドラゴンのことに関してだけはどこまでも真摯だから。私が持っている興味という理由じゃ、それに応えられないから。


「…………ダストさんは、今から確認しようとしてるドラゴンに心あたりがあるんじゃないですか?」


 だから、私はそれだけを聞いた。興味ではなく既に私が確信を持っていることで、ダストさんもまた気づかれているだろうと思っていることを。


「…………ああ。ここにいるのはシルバードラゴンのミネアって名前の中位ドラゴンだ」

「……どういう関係か聞いたら教えてくれますか?」

「…………俺の友達だよ」

「そうですか。それじゃ早く見つけてあげないといけないですね」


 もっといろいろ聞きたいという気持ちがある。でも同時にそれ以上のことを聞くのが怖いという気持ちもあった。

 真摯さに応えられないという理由とは別にある私の感情。それはなんだか不安という感情に似ている気がして…………私はそれ以上踏み込まないということで自分を納得させた。


(そういえば『ミネア』って、ダストさんがうなされていた時に言ってた名前だよね)


 それも合わせて考えればダストさんの言葉に誤魔化しや嘘はない。今は取り敢えずそれだけでいい気がした。






『グォォォオオオ』


 低く唸るような鳴き声。声のした方向を注視してみればくすんだ銀のウロコを持ったドラゴンが岩陰から顔を出している。


「ミネア!」


 その姿を見たダストさんは一直線に走りだしてドラゴンのもとに行く。


「ハーちゃん、私達も行こう?」


 遅れて私とハーちゃんもダストさんの後を追う。


「良かった、無事だったんだな!…………って、こら、人の顔を舐めるな!」


 ダストさんは文句を言いながらも嬉しそうにドラゴンの大きな頭を撫でている。

 ミネアと呼ばれたドラゴンもまた気持ちよさそうにダストさんの撫でる手に任せていた。


(……ハーちゃんに向けてる笑顔と一緒)


 ダストさんらしくない普通の青少年みたいな笑顔。それはきっとドラゴンだけに向けられるもの。……私が知ってて、そしてほんとうの意味では知らない顔。

 その顔を私はハーちゃんと一緒にダストさんが撫で終えるまで眺めていた。





「……それで? 結局ミネアさんはどうするんですか?」


 撫で終えた後。なんだかまだ撫でたりなそうな顔をしているダストさんに私はそう聞く。


「…………どうしたら良いと思う?」

「質問に質問を返さないでください」


 そんなこと私に聞かれても。私は確認クエストに付き合っただけですし。


「とりあえず、この場所にいたらまた目撃されて討伐クエストが発生しかねない。てわけでここからどっか別の所に移動させないといけないんだが……」

「アクセルの街に連れ帰る訳にはいかないんですか?」


 これだけダストさんに懐いてたら大丈夫な気がするんだけど。


「それができりゃ苦労しないというか…………こいつもお尋ね者だしなぁ」


 くぅぅんと鳴くミネアさん。………………大きいのに可愛い。私も後で撫でてみようかな。


「だったら、ひとまず紅魔の里に行きませんか? あの里ならドラゴンの一匹や二匹連れて行っても喜ばれるだけですよ?」


 ミネアさんがどこから追われてるかは分からないけど、あの里ならどんな勢力からも守れるはずだ。たとえベルゼルグの王様であってもあの里が望まない事を強要は出来ないんだから。

 …………私はそんな里の族長の娘。私がお父さんに頼めば、ミネアさんを匿うくらいはしてくれると思う。


「…………いいのか?」

「?……いいって何がですか?」

「いや……ゆんゆんがそれでいいなら助かる。一旦ルナにクエストの報告したらミネアと一緒に紅魔の里に飛ぼう」

「?……はい」


 …………って、あれ? 紅魔の里にミネアさんとハーちゃんとダストさんを連れて帰る?

 ……………………………………………………………ダストさんを連れて紅魔の里に帰る?


「あれ!? なんかこの後の展開が読めたんですけど!?」


 今更撤回するわけにもいかず気づくのが遅い私だった。

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