EX ダストとゆんゆん 転

「なぁ、ジハードなにか食いたいものあるか? 昨日のクエストの報酬残ってるから好きなもの頼んでいいぞ」


 ロリサキュバスに良い夢を朝から見させてもらって。スッキリとした気分の俺は食欲を満たそうと街へと出てきていた。

 昼も良い夢見る予定だし宿で食っても良かったんだが、今日はジハードと一緒だし多少はいいものを食いたい。


「でも……なんだ? なんか街の連中に見られてる気がするな」


 ジハードと一緒に手を繋いで歩いてるだけでここまで注目されるなんて、


「ジハードが世界一可愛いのは確かだがここまで注目されるとジハードが照れちまうっての」


 やはりジハードの可愛さは世界の真理らしい。



「……相変わらずのドラゴンバカっぷりであるな、ろくでなし冒険者よ」

「おう、バニルの旦那じゃねぇか。奇遇だな」


 道行く人波から出てくるのは見知った仮面の男(?)。言わずとしれたバニルの旦那だ。

 苦笑の表情をのぞかせながらも、ジハードとは反対側の俺の隣に並び歩き始める。


「奇遇ではあるまい。今日の我輩は汝に会いに来たゆえ」

「? 旦那が俺に用だって? そりゃ珍しいな」


 俺から旦那に相談行ったり儲け話に付き合ってもらうことは結構あるが、その逆はあまりない。


「うむ。というわけだ。ダストよ少し付き合え。昼飯を奢ってやろう」

「だ、旦那が飯を奢ってくれるだと……?……さ、流石に昼飯くらいじゃ俺の魂はやれないぞ」

「……地獄の公爵である我輩がそんなせこい契約などするものか。少しばかり込み入った話をするから飯を食いながらどうかというだけだ」

「なんだよ……それならそうと最初から言ってくれよ」


 ……でも、旦那の話だしなぁ。生粋の悪魔が単純に飯を奢ってくれるってことはありえない。何か対価を…………俺にしてほしいことがあるんだろう。


「汝はこう……その察しの良さをなぜ女性関係で発揮できないのか。出来ておれば我輩も苦労することがないと言うに……」

「旦那ー? 見通す力使って人の心の中読まないでくれるか? それに俺の女性関係で旦那が何を苦労したんだよ」


 旦那にナンパを手伝ってもらったことはない。……手伝ってもらおうとお願いしたことはあるけど。


「十分苦労しておるぞ……。未来を見通しづらい汝らの関係をここまで進めるのにどれほど計画的に動かねばならなかったことか」

「汝ら? 俺の未来が見通しづらいってのは何度か聞いてるけど……それに関係?」


 もしかして、その見通しづらいもう一人が俺の彼女になるとか?

 …………ん? そういや、前に旦那が実力以上に未来が見通しづらいって俺と並んで誰かの名前をあげてたような……。


「──と言う訳だ。我輩に付き合えば汝が気になっているその辺りの話もしよう。…………くるか?」


 そう言われたら断れるはずもない。俺の恋人になるって相手も気になるが、単純に実力関係なく未来が見通しづらい理由も気になっているから。


「ジハード、身体を拭いて綺麗にすんの飯食ってからでも大丈夫か?」


 飯を食う前にジハードを綺麗にしてやろうと思っていたが、旦那を待たせるわけにも行かない。そっちは後に回したほうが良さそうだ。


「だいじょうぶです」


 そう言って可愛く頷いてくれるジハード。ジハードは本当いい子だなぁ……後に回す分隅々まで綺麗にしてやろう。


「……幼女の体を拭いて綺麗にするとは…………汝もやはり貴族の血を引いてるのだな」

「人を変質者みたいに言わないでくれ! 普通に竜化させてから拭くっての!」


 少なくとも俺はロリコンじゃねぇから!





「ありがとよ旦那。まさかジハードの飯まで奢ってくれるとは思ってなかったぜ。ほら、ジハードもバニルおじちゃんにありがとうって言ってやれ」

「ばにるおじちゃん、ありがとう」


 ギルドの酒場。俺がいつも酒を飲んでる席。俺とジハードはバニルの旦那に奢ってもらった飯を前にして感謝の言葉を言う。


「汝は本当にドラゴンの事になるとまともになるというか……まるで人の親のようだな」

「まぁ実際俺にとっちゃジハードは娘みたいなもんだしなぁ」


 ミネアが相棒で対等な関係だとするのなら。ジハードは保護者と被保護者の関係だろう。

 ……たまにジハードの教育方針でゆんゆんと喧嘩したりしてるし。


「……で? 旦那は一体全体俺に何をして欲しいんだ?」


 ジハードがカエルの唐揚げを美味しそうに食べているのを横目に見ながら、俺はバニルの旦那に単刀直入に聞く。




「うむ。ダスト、汝にはあのぼっち娘と子どもを作ってもらいたい」




「あ、こらジハード。ほっぺに衣がついてんぞ。ほら、拭いてやるからこっち向け」

「……人に殺意を覚えたのは数百年ぶりだ」

「バ、バニルの旦那? 冗談だからその殺気は抑えてくれ。ギルドの冒険者や職員が怖がってるから。明日から相談屋に客来なくなるぞ」


 ちょっとからかっただけじゃねぇか。


「そ、それで? 結局俺に何をお願いしたいんだ? ジハードのほっぺた拭くのに集中してて聞き間違ったみたいだからもう一度言ってくれ」

「聞き間違ってなどいないだろう。我輩は汝にあのさびしんぼっちと子どもを作れと言った」


 えー……聞き間違いじゃねえのかよ。


「…………えっと、旦那悪い、それ無理だわ」


 ゆんゆんと子ども作るって…………うん、欠片も想像できないわ。

 夢の中のゆんゆんならいくらでも想像できるが……だからこそ、現実のあいつとそういうことするのは想像できない。


「ふむ……汝は我輩に借りがたくさんあったはずだが……その借りを子どもを作れば全てなしにしよう。そう言っても無理か?」


 悪魔であるバニルの旦那が借りをなしにしようと言っている。それはつまりそれだけ本気の願いってことだ。


「旦那に借りは返してぇし、借りなんかなくてもバニルの旦那の願いなら聞いてやりたい。……でも、それは俺には叶えられないわ」

「ほう……汝に拒否権などないが無理だという理由を聞かせてもらおうか」


 拒否権がない? 流石の旦那も力づくで俺とゆんゆんに子作りさせるなんて鬼畜なことはしないと思うんだが……。


「理由って言われてもな……とりあえず、俺がゆんゆんを襲うとするだろ?」

「うむ」

「そしたら俺流石に殺されると思うんだよ」


 近くにミネアがいれば力づくでいけないこともない気がするが……その場合は多分テレポートで逃げられる。


「汝は本当に女性関係になるとアホだな。ナンパ連敗記録がそろそろ1000に届こうとしているのは伊達ではないということか」


 ……なんで俺罵られてんの? 俺が言ってること別におかしくないよな?


「まぁ、汝がそういうことになると途端に阿呆になるのは血筋のようだからしかたあるまい。では、襲っても拒否されないとしたらどうだ? それでも無理か?」


 襲っても拒否されないって……そんな仮定に意味あんのか? まぁ、拒否されないとして……


「……それも無理じゃねえかなあ。俺あいつに反応しないと思うんだが」


 可愛いしエロい体してんだけどなぁ……。守備範囲外だから仕方ない。


「汝たちは本当にめんどくさいな」


 バニルの旦那ははぁ、と大きな溜息をつく。


「てか、なんでそんなに俺とゆんゆんくっつけようとしてんだ?」


 別にバニルの旦那にとっちゃ人間の恋模様なんて餌の種でしかねぇだろうに。俺とゆんゆんが付き合えば美味しい悪感情でもできるのかね。


「まぁ、ここに至れば先に話してもよいか。話してやるからちゃんと聴くのだぞ」

「おう、他ならないバニルの旦那の話だ。ちゃんと聴くぜ。……ところで俺も飯食っていいかな? ジハードが美味しそうに食べてるし我慢の限界なんだが……」


 食べ飽きたはずのカエルの唐揚げだが、今日のは特別に美味しそうだ。美味しいジャイアントトードの肉が手に入ったのかジハードの可愛さ補正かは分からないが。


「……食べていいから話は聴くのだぞ」


 また大きなため息を付いて、旦那は話し始める。



「汝は我輩の夢を覚えておるか?」

「ああ、もちろんだぜ。あれだろ? ウィズさんにダンジョン作ってもらうことだろ?」


 だから旦那はウィズさんの所でバイトしてて金に汚いんだよな。


「その答えは間違ってはいないが30点である。我輩の夢はこの世でもっとも深き巨大ダンジョンを作りその最下層で冒険者を迎え撃つこと。そして死闘の末に我輩を打ち倒した冒険者に空っぽの宝箱を空けさせ、最高の悪感情を味わいながら滅ぶことだ」

「ほんとろくでもない願いだな。流石バニルの旦那だぜ」


 自分がその冒険者の立場になると考えると恐ろしい。


「……でも、それと俺とゆんゆんが子作りすることに何の関係があるんだ?」


 全然関係ないように思えるんだが。


「我輩は地獄の公爵にして全てを見通す大悪魔であるが、この我輩をしても見通せぬことがある。我輩と拮抗した実力以上のもののことと我輩自身が深く関わることだ。それ以外であれば見通しづらいことはあっても見通せぬことはない」

「ふむふむ……それにしてもうめぇなこのカエルの唐揚げ。いつもと味付け変えたか料理人が代わったのかね」

「…………いつもの料理人がぎっくり腰で休んでおる。今日は料理人の孫娘が代わりに調理場に立っているのだ」


 見通す力便利だなぁ。


「……話を続けるぞ?」

「おう、ちゃんと聴いてるから旦那も思う存分話してくれ」


 けど、こんだけ美味いんだったら料理人にはもう引退して孫娘に代わってもらったほうがいいな。


「…………、まぁよい。それで我輩に見通せぬことだが、見通せぬことの中でも特に見通すことが出来ぬのが我輩の『滅び』に関することだ。これに関係することであれば直接的でなくとも見通しずらくなる」

「あー……なんとなく話は見えてきたぜ。つまり俺とゆんゆんが見通しづらいのは俺とゆんゆんの子どもかその子孫が旦那を滅ぼすからってことか」


 旦那を倒し空の宝箱を開けさせられる犠牲者が俺とゆんゆんの系譜ってことか。その繋がりで間接的に俺らの未来も見通しづらくなってると。

 そう考えれば俺やゆんゆんの未来が見通しづらいってのにも説明がつくな。俺にしてもゆんゆんにしても人の中じゃ最強クラスではあるが、旦那やウィズさんほどの実力があるわけじゃない。

 ……まぁ、俺の場合ドラゴンナイトとしてドラゴンの力を借りてる状態ならそれに近い実力はあると思ってるが、ドラゴンの力を借りてない普段から見通しづらいってのはどう考えてもおかしいからな。


「汝は本当に馬鹿な行動ばかりするが頭の回転は悪くないな。我輩もそう睨んでおる。汝たちが仲良くなるに連れて次第に見通しづらくなっていったからな」


 なるほどなぁ……確かに旦那の話を信じるなら、旦那が俺とゆんゆんに子どもを作れっていう理由もわかる。旦那を倒す冒険者の存在はウィズさんと同じくらい旦那の夢を叶えるために必要な存在だ。


「でもよ……ぶっちゃけ俺とゆんゆんの子孫じゃなくても旦那を倒す冒険者はいつかでるだろ?」


 確かに俺とゆんゆんの子孫は旦那を倒すかもしれない。けど、たとえ俺とゆんゆんが子どもを作らなくても長い年月の中で旦那を倒す冒険者は生まれるはずだ。別に俺らに拘る必要はない。あくまで旦那の話は未来の可能性に過ぎないのだから、また別の可能性が旦那の夢を叶えてくれるだろう。


「そうだな……そう遠くない未来、この世界は変革を迎え、平和となって人々が腑抜けていく。それでも我輩を倒し得る人間は長い年月の中で生まれるだろう。それが冒険者などという奇特な職についてダンジョンに潜るなどという可能性がどれだけ低いとしても、ゼロではない」

「だったら──」



「──なぁ、ダストよ。自らを滅ぼすものが友と縁のあるものであって欲しい……そう願うのは感傷的過ぎるだろうか」



「……感傷的とは思わねぇが旦那らしくねぇぜ」

「……やもしれぬな。我輩としたことが不死者となりながらも人で在り続ける店主に毒されたか。永久に近い我輩の営みにおいて、ウィズとともにいた時間など刹那に満たないというに」


 それだけ旦那がウィズさんと一緒にいる時間を大切にしてたってことなんだろう。あれだけ自分の稼ぎをガラクタに変えられ続けても、旦那がウィズさんを見捨てないのはそういうことなんだと思う。



「……旦那の気持ちはわかったぜ。でも悪い。それでも俺は旦那の願いは聞けない」


 旦那には旦那の気持ちがあるように俺にだって俺の気持ちがある。……守備範囲外守備範囲外言ってきたあいつをどんな顔して抱けってんだよ。

 そして、俺と同じようにあいつにもあいつの気持ちがあって…………それを無視するにはあいつは俺の身内になりすぎてる。


「まぁ、汝がどう言おうと汝に拒否権などないがな」

「拒否権がないってどういうことだよ? いくら旦那とはいえ力づくで言うこと聞かせようってんなら俺にだって考えがあるぞ」


 例え旦那が相手とは言え、こっちの気持ち無視して従わせようというのなら、はいと素直にうなずく訳にはいかない。


 エンシェントドラゴン風に言うなら5通りの逃走手段をちゃんと用意してある。


「魔王軍幹部を辞めた今、何故我輩が自己防衛以外で人を傷つけねばならぬのだ。汝を思い通りに動かすことは面倒でも、汝とあのぼっち娘で子作りさせることくらい簡単である」

「……具体的にどうするつもりなんだよ旦那」


 なんかすげぇ嫌な予感がしてきたんだが……。



「なに、簡単なことだ。汝とぼっち娘が子作りをするまで、汝にはサキュバスの店の利用禁止である」



 ………………………………



「…………マジで?」

「マジである」

「当然、ロリサキュバスも……」

「あれも『バニル様の言うことでしたら喜んで協力します!』と言っておったな。今日の昼からの予定もキャンセルするということだったぞ」


 おいこらロリサキュバス。逆らえないのはともかく喜んでってどういうことだ。お前俺への義理はどうした。


「……さて、サキュバスの店を使えない汝が何日で性の獣になるか楽しみであるな」

「旦那は鬼か!」

「汝も知っての通り、我輩は鬼ではなく悪魔であるな。……うむ、我輩好みの悪感情大変美味である。いい昼食となったな」


 ニヤリとした笑みを浮かべてるバニルの旦那を見て俺は思う。

 やっぱり旦那はどこまで行っても悪魔なんだな、と。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る